第475話 タッドの卒業式
ウエルス兄弟の話し合いの日から数日が経った。
ロイドは今ブルージェ領のウエルス邸で静養している。
元々ロイドの部屋はブルージェ領のウエルス邸にも有ったようで、ロイドは今そこで毎日窓の外を見ながらぼんやりとしているようだ。
何故ぼんやりとしているのかと言うと、それはロイドの婚約者であったガリーナ・テネブラエが盛っていた薬のせいだ。ロイドはかなりの量の薬を毎日お茶として飲まされ、そのうえ部屋にはあの香りの強い花を置かれていた。
あの花には催眠効果がある様で、ロイドがガリーナの事を愛おしいと思うのは、その花とお茶のせいだったみたいだ。いわば惚れ薬と言っても良いのかもしれない。
アダルヘルムの調べでは、あの花は元は麻酔用の薬に使われていた物らしい。それもアダルヘルムがだいぶ前と言っていたので、かなり古い話なのだろう。けれど効果が強すぎて国によっては禁止されてしまったものだそうだ。
つまりあの赤い花はレチェンテ国では禁止されている花だと言ってもいい。それを堂々と王都のウエルス邸で育てていたガリーナは、心臓に毛が生えているタイプなのかも知れない。いや誰にも分からないだろうと高をくくっていたのだろう。自分の力を過信するタイプ。ガリーナはプライドが高そうな気がする。まあ、私の予想だけどね。
ただし、アダルヘルムだからこそ、その花に気が付いたという事もある。普通の薬師では簡単には気付かないものだろう。だってまさかこの国に咲いているとは思えない花だからだ。それ位珍しく貴重な物の様だ。アダルヘルムの口元が緩んでいたのは見なかったことにした。だってとっても嬉しそうだったからね……怖い怖い。
「あの花は元はアグアニエベ国の花ですから……レチェンテ国では余り馴染みが無いのでしょう……」
そう、だからこそガリーナはやりたい放題だった。
そして今そんな頼りになるアダルヘルムは、毎日ロイドの診察にウエルス邸へと出向いている。
今のロイドは中和薬を飲まされ、体中に行き渡った毒が抜けるのを待っている状態だ。
ロイドの爪は普通の人よりも濃いピンク色になっていて、指の先まで毒が回っている状態のようだ。なので完璧に毒が抜け切るまでは、最低でも半年はかかるのではないかとアダルヘルムは診ていた。
ただ心までは中々治せない、ロイドの心はガリーナのせいで壊れてしまっている。
気が付けば一人で泣いていたり、自分の肌を掻きむしったりもしている様だ。それに安心して眠れない様で、今もまだアダルヘルム特製の睡眠薬を投与して貰っている状態でもある。
ただ、「ガリーナ、ガリーナ」と何度も名前を呟くことは無くなっているそうだ。
きっとロイドは今心に大きな穴が開いている状態なのだと思う。
リアムの賢獣のブレイデンと、ジュリアンの賢獣のリアナが、そんな様子のロイドを心配して付きっきりで面倒を? 見てくれている様だ。
二匹が傍に居ると、ロイドも落ち着いているらしい。時折リアナの言葉に笑う事もあるそうだ。リアムがホッとした表情でそんな事を教えてくれた。
ウエルス兄弟は何だかんだと合ったけれど、リアムもティボールドもロイドの事が放っておけないようだ。やっぱり兄弟なんだなって、そっくりなほど優しいリアムとティボールドを見てそう思った。
そしてそんなロイドの紳士的弟であるティボールドは、今午前中はウエルス商会、午後はスター商会へと店を行き来した忙しい日々を送っている。
ウエルス商会時代にティボールドが任されていた支店から、信頼できる従業員の一人を王都店本店に異動させ、今はその彼に店長代理の権限を与えている様だ。
ティボールドがいない時はその彼がウエルス商会王都店を取り仕切り、しっかりと守ってくれているらしい。ティボールドが信頼している相手なので、きっと仕事が出来る人なのだろう。ロイドが元気になってウエルス商会に戻って来た時に、支えてくれる人だと良いなとそう思う。
「兄上さー、結構仕事を頑張っていたみたいなんだよー……まあ、勿論出来ない成りにだけどねー」
なーんてちょっと意地悪を言いながらも、ティボールドは嬉しそうに話してくれた。
ガリーナとの出会いでロイドには悪いことだけでは無かったようだ。仕事をさぼってばかりだったロイドは、ガリーナによく見られたいからか、それなりに店長として仕事をこなしていたようだ。
そこだけはガリーナに感謝かも知れない。まあ、それ以上に酷い事をしているから、マイナスの方が大きいんだけどねー。
そんなこんなでウエルス商会の件が片付いた今、私には楽しみな事が待っていた。
それがタッドの卒業式だ。
タッドには卒業式のパートナーとして誘われた私なのだけれど、ハッキリ言って成人したタッドと比べると、私はちびっ子だ。本当に私がパートナーで横に立っても良いのかな? と何度も不安になったけれど、タッドはスター商会の会頭である私に立派になった姿を見せたかった様なので、そこは遠慮なくお相手させて頂くことにした。タッドの喜ぶ姿は私だって見たいものね。開店当初からスター商会の仲間として頑張ってくれたタッド、皆の良いお兄ちゃん役のタッド、きっと卒業パーティーでは良い笑顔を見せてくれることだろう。それは凄く可愛いと思うんだよねー。
ということで、私はアリナ協力の下、朝から卒業パーティーに向けて自分を磨き込んでいた。
パートナーであるタッドに恥は掻かせられないと、卒業生女子たちのような色っぽさが無い分、可愛らしさでせめて行こうと気合が入っていた。
午前中はタッドの卒業式があり、トミーとミリーはピートの母であるミアにリリーを頼んで卒業式へと参加していた。ゼンも在校生代表として卒業に参列しているそうだ。そのゼンの話ではタッドは生徒会長に、主席、それに女の子達にモテると、三拍子揃ったすんばらしい生徒だったそうで。自慢の兄だったらしい。尊敬するような表情を浮かべながら熱く語ったゼンは可愛かった。
なのでトミーとミリーも卒業式では鼻高だっただろうと想像していたのだけど、どうやらトミーは泣きすぎてそれどころではなかったらしい。
式の間「あの小さかったタッドが……」とブツブツと言い続けながらずっと泣いていたようだ。帰って来たときには酷い顔になっていたと、ゼンが後から教えてくれた。まああのトミーだ、想像がつくけどねー。
そんな訳で私の今日のドレスはピンク色だ。
タッドの卒業式ではピンク色のドレスを着たいと思っていた。それは前世の卒業の桜のイメージがあるという事もあるのだけれど、タッドの優しいイメージにはピンクが合うとそう思っていたからだ。
スター商会自慢のドレスに着替え、髪も可愛らしく結ってもらう。
私が言うのもなんだけど、ララは基本的に美少女だと思うので、これならばタッドの横にいても子供だからって笑われることは無いだろう。
妹さんを連れてきたのかしら?
なーんて思って貰えれば、タッドに恋している女の子達の邪魔にもならないだろう。
ゼン曰く、今日の卒業パーティーで、タッドに告白しようと思っている子はかなりいるらしい、庶民の女の子達はかなり積極的なようだ。私もいつかそんな風になるのだろうか? こればかりは想像が付かない。
タッドって優秀で可愛くって、その上就職先は今人気のスター商会……
うん、どう考えてもモテる理由が揃いまくってるよね? それに優しいし、面倒見は良いし、紳士だし、夢を実現させるだけの実力もある……ねえ、今日って私本当にタッドのパートナーとして出席して大丈夫かな? 急に襲われたりしないよね? なんだか違う意味でドキドキしてきたよ……女の子相手に手加減ってどうやるんだろう……最近はベアリン達とばっかり訓練しているから手加減が下手になって居る気がする。ルタへのデコピンだって軽くやったのに、頭吹き飛びそうだったとか言われたしね。
今日は普段の何十倍も大人しくしておこうと改めて決意した私だった。
タッドとの待ち合わせの時間となり、転移部屋を使ってブルージェ領のスター商会へと向かった。転移部屋の扉を開けると、そこには白のタキシードにピンクの色を合わせた、王子様の様にカッコイイタッドが待っていてくれた。
私がニッコリと微笑むと、タッドも嬉しそうに微笑み返してくれた。タッド……大人になったね……と感動してウルウルしそうになって居ると、手を差し出され声を掛けられた。
「ララ様、今日は私のパートナーになって頂き有難うございます。今夜は一生忘れられない夜になりそうです」
「タッド、私こそお誘い頂いて有難うございます。タッドのパートナーに選ばれたこと、とても嬉しいですよ」
「ララ様、今夜は昔の様に ”ララ” とお呼びしても宜しいですか?」
「ええ、勿論です。私とタッドは友人でもあるのですから……」
何気ない会話を済ませ、タッドのエスコートで玄関へと向かう。
そこには紺色の馬が引く、かぼちゃの馬車が準備されていて、セオとクルトが待機してくれていた。
仕事の時間に都合が付いた従業員達も私達を見送りに来てくれて、勿論そこには今日休暇を取ったトミーとミリー、それに可愛いリリーも待っていた。
トミーはタッドにエスコートされながら歩く私が見えてくると、「おう……おう……」と嗚咽を溢しながら大粒の涙を流していた。これでは折角のタッドの着飾ったカッコイイ姿が見えないだろうと思ったけれど、それを突っ込むともっと泣きそうだったので黙っておいた。リリーが結婚する日を迎えたら、トミーはどうなってしまうのだろうか……そこは怖いのでそれ以上は想像しないようにした。まだまだ先の話だものね。それに今夜は卒業パーティーだ。楽しまなきゃダメだよね。
「タッド、ララ様、とても素敵です!」
ミリーが自分の息子のカッコいい姿を見て喜んでいる。母親気分の私としては気持ちが良く分かる。うんうん、とミリーの言葉に頷き、私もオマケで褒めてもらったのでお礼を言う。リリーもニコニコ顔でカッコイイ兄を見て喜んでいる。この場で泣いているのはトミーだけだ。皆トミーのそんな様子には慣れているので、気にもしていないようだったけどね。
「ララじゃまー、タッドのごどーよどじぐおげねーじまじゅー」
「はい、トミー任せて下さい、どんな敵が来ても私がタッドを守りますからね」
「ぞうじゃなぎゅっで、タッドのぎもじぼーぐんでやっでぐだじゃやいでー」
「はいはい、分かりましたよ。しっかりタッドを見張っておきますからね、安心して下さいね」
泣きながらしがみついてきたトミーを、ミリーが苦笑いを浮かべながら私から引き離してくれた。
セオとクルトが今日は御者台に乗り、私とタッドは馬車へと乗り込んだ。
「それでは行ってきますね」
窓を開け皆に手を振る、タッドが私と一緒で楽しかったと思えるような卒業パーティーにしたいとそう思った。
タッドの通った学校。
想像しながら向かう道のりは、とてもワクワクした気持ちになった。
今夜の卒業パーティー、きっと私にとっても素晴らしい物になるだろう。そんな気がした。
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