第十四章 ララの忙しい日々

第446話 拗ねるララ

「駄菓子はこれで順調に仕上がりましたねー」

「はい、では試食しましょうか?」



 本日はスター商会の定休日。

 ブルージェ領側にある作業部屋で料理人たちと私たちが集まり、駄菓子の試作会を開いていた。

 この世界では保存用の魔道具がある為、生もののお菓子でも心配なく作ることが出来るが、駄菓子はやっぱり子供が買うものなので、ケーキなどは避けたい。ケーキはスターベアー・ベーカリーで販売しているという事も勿論あるのだが、子供が喜ぶような何か甘いものが気軽に食べられないかと、ベアーズの形をしたスタベアカステラと、アルパカ君の形をしたアルパカカステラなどを作ってみた。できればこれを駄菓子の目玉にしていきたい。


 それからキャンディーやグミも色とりどりで沢山作り、子供の体にいい様にと野菜を使ったものや、果物のキャンディー、それからショウガ味や紅茶味なども沢山作って見た。私の一押しは梅干し味なのだけど、こちらの世界で人気が出るかは微妙な所だ。でも楽しんでは貰えると思う。


 本当は前世の記憶のうま○棒とかチロ〇ョコなんかも作りたかったけれど、そこは追々だろう。メインはなんと言ってもおもちゃ屋さんなので、駄菓子のスペースはそれ程大きくは設置していない。スター商会では今はパティシエも少ないし、これから徐々に駄菓子は拡大をしていきたいと思う。


「僕ねー、キャラメルポップコーン大ー好きなんだ、とっても美味しいー」

「俺はこの胡椒が効いてる味のが好きだな」

「ララ様が作られたお米のお菓子もとても美味しいわ」

「御煎餅も子供サイズでおにぎりみたいな形で可愛いわよねー」


 おもちゃ屋さん担当のルベルとチコは勿論の事、今この場にはマシュー、ペイジ、モシェ、ボビー、ナツミ、ルネ、それにウィルとサム、ラウラとパオロもいる。そして私とセオとクルトだ。後でイライジャとランスも顔を出してくれることになって居るが、訳合って副会頭のリアムには声を掛けて居ない。


 実はリアムとティボールドがウエルス邸で、兄であるロイドとその婚約者であるガリーナ・テネブラエとの面談を終えた後、リアムは私に面談の内容を殆ど教えてくれなかったのだ。ティボールドやメルキオール、それに護衛のジュリアンとディエゴもリアム同様だんまりで、私に何があったのか教えてくれようとしなかった。

 これは返って何か話せない程の危険な事が有ったと言って居るという事だろうと判断した私は、だんまり組が話すまでは口を効かないと宣戦布告をした。子供の私を心配してのことだとは分かっているが、これは私自身にかかわることでもある。きちんと話してくれるまでは、リアムのおやつも無しにする事に決定した。ガレスは喜んでいたけどね。


(アダルヘルムに通信してたのは知っているんだからねー、私だけのけ者にしてるなんて酷すぎる!)


 男同士、男の語り合いとかならば私だってお邪魔したりはしないが、これは皆の命にも係わることだし、ディープウッズ家にもスター紹介にも重要な事だ。絶対に話して貰おうと決めていた。


「ララ様、お待たせいたしました」


 そんな事を思いだしているとランス、イライジャがやって来た。何故かその後ろには呼んでいないのにリアムが居た。気まずそうな表情で「よう」と声を掛けてきたが、プイっとそっぽを向いてやった。子供っぽいと言われようとも私は今はまさに子供だ。セオとクルトが困ったような表情をして居ても、話してくれるまでは許す気は無かった。


「ランス、イライジャ、良く来てくれました。早速味見をしてみて下さい」

「「あ、は、はい……」」

「あー……ララ俺もー」

「……」


 リアムが話しかけて来たが、ランスとイライジャだけの手を引き試食の場に連れて行く、リアムは呼んでないので無視だ。皆が美味しそうに食べている所をずっと眺めていると良いだろう。


 そしてランスとイライジャが試食を始める中、私はリアムをジッと睨み見つめた。

 リアムは大きなため息をつくと、頭をがしゃがしゃと掻いて私に近付いてきた。困った顔だ。

 

「……あー……ララ……あとでちゃんと話すからさー……もう怒るのやめろよ……」


 リアムはしゃがんで私の顔を覗き込んできた。幾ら子犬の様な可愛い顔をしても今回ばかりは腹立たしい。危険な事を内緒にするなんて許せなかった。クルトが「許して上げて」みたいな表情をしているが、クルトはリアム達の話を聞いていたからそう思えるだろうけど、私は仲間外れだ。そう簡単には許せなかった。


「ララ? なあ、ごめんって、お前が大事だから話したくなかったんだって、なっ」

「……分かりました。スター商会の会頭としてお話をお聞きします。許すか許さないかはそれから考えさせていただきます」


 それだけ言うとリアムの手にポップコーンを乗せて、目の前でリアムの大好きなセオにへばりついた。

 私が出来る仕返しはせいぜいこれぐらいだろう。セオは困ったような顔になって居たが、リアムはちょっとショックを受けて居る様子だった。

 私だって心配で怒る時だってあるんだからね、リアムの事はそれ位大事だって言う事をいい加減気付いてほしいものだ。






 試食会が無事に終わり、私の執務室にリアム、ジュリアン、ティボールド、ディエゴそしてメルキオールがやって来た。皆私が機嫌が悪いことが見るからに分かったからだろう、ここでもまたリアムを筆頭に申し訳なさそうな表情をして居た。だけど、会頭である私をのけ者にした罪は重い。そう簡単に許す気は無かった。


「それで……皆様お話とはどういった事でしょうか?」


 クルトの入れてくれたお茶を飲みながら、レディスマイルを皆に向ける。

 もじもじしながらもリアムが口を開いた。


「あー……兄貴のことは別にララに内緒にしようって思って居たわけじゃないんだ……」


 実際内緒にして居たのだけど、リアムはしゅんと肩を落としながらそう切り出した。

 

 あの日ウエルス邸ではロイドがそれはそれは今まででは考えられない程ご機嫌で、ティボールドとリアムの事を出迎えてくれたそうだ。その上、リアムには謝っても来たそうで、もうロイドは別人としか思えない程だったのだそうだ。


 その為、リアムはその状況が飲み込めず、ロイドの対応は殆どティボールドがしてくれたようで、不甲斐ない自分を理解するのに時間がかかったそうだ。


 そしてガリーナ・テネブラエは紺色の髪色を持つ魅力的な女性だった様で、ロイドが夢中になるのも頷けるものではあったが、それにしても異常なほどだったそうだ。


 ここ迄の話を聞いて、何故私に黙っていたかが分からない。ガリーナがチェーニ一族かもという事も私は知っているし、ロイドが変わったという事も前もって知っていたので別に隠す必要がある話ではない、リアムが話したことはキランとセリカの報告を受けて十分に想像できた範囲の事だ。

 それにロイドが異常なほどに婚約者であるガリーナ・テネブラエに執着しているのは可笑しいと思いはするが、だからどうだした? という感じだ。リアムやティボールドを虐めてきたロイドの為に私が危険を冒してまで何かしようとは思えなかった。


 話し終えた感満載のリアムの顔をジッと見つめれば、サッと視線をそらされた。ついでに他の人達の顔も覗き見ると、皆も私からスッと視線をそらした。これだけ分かりやすいのにまだ隠そうとして居ることに笑いが出そうになったが、そこはグッと堪える。怒ているぞアピールはまだ外す気は無かった。心配しているのに誤魔化そうだなんて許せるはずがないのだから。


「それで? お話はそれだけでしょうか?」

「えっ? ああ、うん……それだけだ……」

「……本当に?」

「うっ……あー……そのー実はなあ……」


 リアムは誤魔化しきれないとやっと理解したのか、そっとテーブルに、ある物を置いた。

 それはリアムの物だけでなく、ティボールドやジュリアン、ディエゴ、メルキオールの物まで有った。そう、それは守りの魔道具のミサンガだ。全てのミサンガの魔石部分が割れていて、それに紐の所が切れかかっている物まで有った。私に見せたくなかったのはこれだったのだと理解した。

 つまりウエルス邸ではそれ程危険な目に合ったという事だ。


「リアムなんか大っ嫌い!」

「えっ、ちょ、ちょ、ララ!!」


 リアムは私を止めようとしたが、私は皆の目の前で転移をした。

 私が大きな声で叫んだからか、転移する際魔力が溢れ、その振動でカップや窓ガラスがピシッとひびが入るような音が聞こえた。

 クルト達が唖然とした表情になっているのが最後に見て取れたが、今はどうしても一人になりたかった。

 ポロポロ勝手に流れる涙のせいか、強く蘭子時代の事を思いだしていた。


 蘭子時代の私は親しい友人もおらず、何度も感じた疎外感が、今まさにこのララである自分に押し寄せているような気がして、自分の中の心が真っ黒に汚染されているような気がした。

 リアムが私の事を大切に思ってくれて居ることは分かっている。それこそ妹の様に思って居ることだろう。だからこそ危険な目に合ったのならその場で知りたかったし、やっぱりウエルス邸に一緒に行けば良かったと思った。

 それに今からウエルス邸に押し掛けてリアム達に何をしたのか、ロイドやガリーナに問いたいぐらいだ。勿論それを私が本気で実行しそうだから話されなかった事を考えると、こうやって一人で勝手に転移して隠れると、今後もっと話してくれなくなるかもしれないと思った。

 だけど今は何だか一人でいたかった。





「ララ、見ーつけた」


 どれくらい時間がたっただろうか、たぶんほんの数十分か、もっと少しの時間だったのかも知れない。一人でいる事が殆どない今、そんな短い時間でも一人ぼっちでいる間はとても長く感じた。

 ディープウッズ家の屋根の上で泣いている私の元へ、セオはそっと近づき隣に並んで座った。

 そして優しく私の頭を撫でると、肩を抱きそっと抱きしめてくれた。

 隠れん坊をやったとしてもセオにはいつも敵わない。セオはすぐに私を見つけてくれる。だからこそ勝手に転移出来たのかもしれない。私の我儘だ。


「ララ、泣いてるの?」


 セオは抱きしめながら頭をなでなでしてくれる、優しいセオに甘えるようにこくんと頷いた。久しぶりに子供返りした自分がちょっとだけ恥ずかしいが、蘭子時代の事を思い出して重くなっていた心が、セオに抱き着いていると消えていく気がした。今だけは子供でいさせてもらおう。そう思ってセオに思いっ切り甘えることにした。


「皆も心配してるよ、本当はララだってリアムの気持ちが分かってるんでしょう? リアムはミサンガをマスターに預けて調べて貰ってたんだ。ララが怒ってウエルス邸に向かって飛び出さないようにって、皆凄く心配してたんだよー」


 前科があるだけにそこは素直に頷くしかなかった。

 確かに私はリアム達に何か有ったと分かったら、その日のうちにウエルス邸に押し掛けて居たかも知れない。絶対無いとは自分でも自信をもっては言い切れなかった。


「どうする? 皆まだララの事探し回ってるけど、もう少しこうしている? ララが見つかったって連絡だけさせて貰えたら、このままここで星が出るまで二人で過ごしても良いよ」


 セオの言葉に甘えることにして、このまま二人で屋根の上で話をする事にした。

 セオは通信魔道具ではなく、紙飛行機型の手紙でアダルヘルムに連絡していた。私が今セオ以外誰とも会いたくない事を分かってくれたのだろう。優しいセオの気遣いに胸が温かくなった。


「ハハッ、今日は俺にはラッキーな日だったなー」

「なんで?」

「ララを独り占めできたからだよ」


 セオはそう言ってまたぎゅっと抱きしめてくれた。

 セオの温もりで傷ついた心が落ち着きを取り戻した。今日は妹としてセオに甘えよう。

 ララだけの自分になれた時間だった気がした。

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