第393話 アダルヘルムからのお誘い
「ララ様、少しお話があるのですが、後でお時間いただけますか?」
大豚ちゃんたちのお世話にセオと向かう途中、アダルヘルムからそう言って話しかけられたので、相談の上、朝食後に私の部屋で話をする事に決まった。だけど私は笑顔で返事をしながらも内心とってもドキドキしていた。
それはカッコイイアダルヘルムが私の部屋に来るなんて―、どうしましょう! とかいう少女漫画的な話では無く、何かしでかしたか私?! という、怒られるのではないかと不安からくるドキドキだった。一緒に居るセオでさえ何かあったっけ? と心配気に首を傾げている、アダルヘルムから話があると言われると緊張してしまう私とセオだった。
「パコ、テレル、ヘッゲル、オム、サイ、おはようございます」
「ララ様、セオ様、おはようございます!」
「朝早くからご苦労様です、大豚ちゃん達はどうですか?」
「はい、皆いい子ですよ」
元傭兵隊モンキー・ブランディのメンバーだった、パコ、テレル、ヘッゲル、オム、サイは、毎朝私やセオよりも早く起きて大豚ちゃんや馬たちのお世話をしてくれている。皆動物好きなので仕事がとても楽しそうだ。かなりの重労働だと思うのだけど、全く嫌な顔もせず幸せそうに働いてくれている。
お世話用の魔道具があるからと言うのもあるのだけれど、大豚ちゃん達は頭がいいため余り手がかからないそうだ。お散歩をしたり、一緒に遊んだりと、モンキー・ブランディのメンバーと大豚ちゃん達はすっかり親子の様に仲良くなっていた。魔獣がこれ程迄可愛いとは彼等も思ってはいなかった様だ。
「本当は陽炎熊も育ててみたかったんだけど……」
それは流石に……とモンキー・ブランディのメンバー皆が顔を引きつらせていたので、勿論セオと話し合って危険だからやめようねと決めたのだと伝えた。けれど銀蜘蛛のココがいるからか、皆私達の言葉をあまり信じてはいなかった様だけど……不思議だ。
朝食の後はお母様の部屋へと向かった。
この時はいつものようにセオとクルトは応接室で待ち、私だけがお母様の寝室へと向かった。キキも殆どの日を私と一緒にお母様の所へと来ているが、今日は朝からココと森へと出かけている。森の事を勉強してディープウッズ家を守ってくれているのだ。頼もしい私の妹たちだ。
最近のお母様は体の調子がいい様で、車いすに乗って屋敷の中を散歩することもある。
夕食も私達と一緒に摂ることもあって、老化の進みが一旦落ち着いて居る様だった。私が目覚めたことも関係しているのかもしれないと、お母様やアダルヘルムは言って居た。
ウイルバート・チュトラリーが私から奪い取った魔力を使いこなせていないのだろうと、アダルヘルムは怖い笑みを浮かべて笑って居た。
ウイルバート・チュトラリーも、リードもコナーも……一番敵に回してはいけない人を敵に回してしまった気がする……次にアダルヘルムと顔を合わせた時に彼らがどうなるか……考えるだけで怖い物だ。まあ助ける気は毛頭ないので自分たちで何とかしてもらいたいものだ。
「お母様、おはようございます。体調はいかがですか?」
「フフフ、ララ、おはよう。ええ、体調は落ち着いているわ、丁度いい季節だからお散歩も気持ちが良い物ね」
「はい、でも朝夕は冷えますから気を付けて下さいね」
「ええ、有難う」
お母様の笑顔は今日も美しかった……娘の私でもそう感じるのだ。若かりし頃のお母様の笑顔を目の当たりにした男性陣は大変だっただろう……心奪われたとしてもライバルになる婚約者はあのお父様だ……諦めた方が身のためだっただろう……
だからこそ権威がある王子が言い寄って来たのかもしれない……アダルヘルムが愚かな輩だと言うのがちょっとだけ分かった気がした。
(きっと王子の自分ならお父様に勝てるとでも思ったんだろうなー、本当に馬鹿だよね……)
そんな事を考えながら部屋へと戻ると、丁度アダルヘルムが私の下へとやって来た。柔かにアダルヘルムをソファへと促しながらも、私の脳内では 何やらかした? と自問自答していた。セオは勿論の事、クルトも引きつった笑顔だ。きっと私と同じ様に考えを巡らせて居るのだろう。
私達の緊張した姿に気が付いたのか、クルトが入れてくれたお茶を飲みながらアダルヘルムはクスリと笑った。微笑みだけで人を殺せるのでは無いかと思う程美しい笑顔なのだけど、私達には恐怖でしか無かった。もう朝は涼しい時期だと言うのに自分の背中に汗をかいて居るのが分かった。
「ララ様、それ程緊張なさらなくても、何もお小言を言いに来た訳では無いのですよ」
「本当ですか?! 良かったです、禁書庫の本を持ち歩いている事を注意されるのかと思いました!」
「……ほう……禁書庫の本を……」
「はい! でも良かったです。その事じゃ無いみたいなので!」
アダルヘルムがその事はまたゆっくり話しましょうとニコリと笑ったのを見て、自分が自爆したのを悟った。でも禁書庫行きは許可されてるし問題はない筈だよね! とクルトの方を見て見ると視線を外された。やっぱりダメな様だ。そんなに変な本は選んでは居ないはずなのだけどね……
「実は話と言うのは、私の子飼いについてなのですが、やっと希望の人材が手に入ったと連絡がありまして……」
「……手に入った……?」
アダルヘルムが子飼いを探す話は以前から聞いていた。
ウイルバート・チュトラリーを警戒するために、アダルヘルムの手となり足となり情報を集めてくれる人物を探していた。アダルヘルムは以前伝手がある様な事を言って居たので、友人か知り合いから、情報収集が得意な人でも雇い入れるのだろうと思っていたのだけれど、言い方が気になった。
まるで商品が入荷でもしたかのような言い方だ。普段のアダルヘルムならば ”いい人材が見付かった” とでも言いそうなのに……
アダルヘルムは私の疑問が分かったからだろう、クスリと笑うと頷いて答えてくれた。
「実は今回の子飼いは闇ギルドから買い入れることになりました」
「……闇ギルド……?」
「ええ、以前闇ギルドのギルド長を助けた事が有りまして……今回は無理を言って希望に合う人材を見つけてもらったのです」
「アダルヘルムの希望という事は……情報収集に長けている人という事ですか?」
「ええ、それにあの者たちの事を考えると、武力もある者でなければなりませんので、すぐには見つから無いと思っておりました、ですが今現在の闇ギルドのギルド長は中々の人物の様ですね」
「今現在?」
「ええ、助けたのは今のギルド長の曽祖父にあたりますからね」
うん、そうだよね。アダルヘルムの ”以前” の感覚が私達と違う事は分かっていたけど、大祖父さんを助けて曾孫が恩を返す……それはアダルヘルムが相当怖かったんじゃないのかなー……って思ったけれど口には出さなかった。きっとその場にはお父様とマトヴィルもいただろう……いつか必ず恩返しをとか何とか言いそうだよね……と想像がついた私だった。敵に回したくはない人達だもんね。納得だよ。
「それで……こちらを見て頂けますか……」
アダルヘルムに差し出されたのは、闇ギルドから送られてきた子飼い候補者の資料だった。
その資料に目を通すと、そこには ”チェーニ一族” の名が書いてあった。
私がハッとしてアダルヘルムの方へと視線を戻すと、アダルヘルムはまた頷いた。
「そこにはチェーニ一族と書いてあります、チェーニ一族を買い入れるのは中々に難しいのです。何せ隠された一族ですから購入するのは伝手がなければなりません。それに彼等は目的を達成させるためなら自分の命ですら簡単に捨ててしまう、ヴェリテの監獄いたアザレアがいい例です。あの者はディープウッズ家の事を主に伝えるだけで満足した。死を恐れない……そういった者はかえって危険なのです。自分の命を大切にするからこそ仲間を守ることが出来る……なので情報収集が得意であれば特にチェーニ一族でなくても私は良かったのですが、今回二名ものチェーニ一族が売りに出された……年齢的に誰かに仕えていた者になりますが……敵の仲間に仕えていた者なのかは分かりません。ですがこれは偶然とは思えない……彼等を見てからにはなりますが、出来れば我が家に招き入れたいと思っております……」
勿論ララ様の承諾があっての事ですが……とアダルヘルムは続けた。
私もこれは神様からの出会いのチャンスを貰ったのではないかと思った。チェーニ一族の者がそばに居てくれれば、ウイルバート・チュトラリー達に対応できるだろう。セオも勿論チェーニ一族出身だ。けれどもう騎士であって諜報員ではない。ウイルバート・チュトラリー達の情報を掴むためにはその人達が仲間になってくれたら良いなと私も思った。心強い味方になるのは間違いなのだから……
チラッとセオの方を見ると、穏やかな笑みを浮かべていた。
特にチェーニ一族の事を警戒する訳でもなく、私とアダルヘルムの判断を信じるとでも思ってくれて居る様だった。それにセオにとってもその人達はいい味方になるのかもしれない、同じ場所で育った人達ならば何か話せることもあるのかもしれないからだ。
いずれは私はチェーニ一族の村に押し掛けたいと思っている。
その時に彼等は役に立ってくれるかもしれない、やっぱりこの出会いは運命なのでは無いかと感じた私なのだった。
「アダルヘルム、彼等が問題ないようでしたら買い入れましょう」
私の言葉を聞くとアダルヘルムはとっても良い笑顔で頷いた。きっとセオの事も考えてくれていたのだろう。セオの方にも笑顔を向けていた。
「それではすぐにでも私が――」
「私も勿論一緒に闇ギルドに行きますね」
「いえ、ララ様……これは……」
「だってどんな人か見てみないと分からないですからね」
アダルヘルム、セオ、クルトは視線だけで何かを会話して居る様だった。
私は気にせず話を続ける。
「ディープウッズ家の家族になる人ですから、お母様が見に行けないのなら私が行くしかないでしょう、ね、アダルヘルム」
「「「……」」」
三人はまた視線を合わせた後、はー……と大きなため息をついた。
アダルヘルムは額を抑えながら「承知致しました」と一緒に行くのを認めてくれた。楽しみがまた一つ増えた私なのだった。
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