第383話 嘘

 朝早い時間に呼び出された従業員達は、オーナーの前だというのに仏頂面の者、変に笑顔を振りまいている者、私やセオ、クルトを不思議そうに見ている者と様々な表情に分かれた。


 そしてそれとは別に、三人ほどクレモンとテオを睨みつけている者がいた。


 それを見たクレモンの顔には怒りが、そしてテオの顔には怯えが出ていた。それだけで誰か暴力を振るった犯人かはすぐに分かったのだった。


(三馬鹿トリオ! 許すまじ! 尻叩きの刑に処す!)


「あの、オーナー、こんな時間にどういったご用件でしょうか? 我々はそろそろ開店に向けて動き出さなければならないのですが……」


 確かに昨日のクレモンとテオの買い出し時間を考えると、そろそろ店の準備に動かなければならないだろう、けれど口を開いた店長らしき人物は、オーナーのオトマール・ホフマンの事を少し小馬鹿にした様な態度で話していた。きっと実権はこの人が握っているのだろう。


 クレモンとテオを睨んでいた三馬鹿は店長らしき人物が口を開くと、今度は馬鹿にしたようなニヤニヤ顔に変わっていた。自分達がした事がバラされても痛くも痒くもないとでも思っているかの様だった。


「皆様お忙しいお時間に申し訳ございません、オーナー様には無理を言って来ていただいたのです」

「ほお……それで貴女は?」

「はい、クレモンとテオの友人です」

「……友人? ……ですか?」


 店長は眉根に皺を寄せ私を見てきた。

 そしてこんな子供に、それも女の子に友人と言われている事を見下した様に、クレモンとテオを見て笑う者もいた。

 他の従業員達はほとんどの人がポカンと意味が分からないと言った表情をしていた。ただし私の存在を知っているオーナーの汗は止まる事は無かったけれど。

 

「それでそのご友人とやらがこんな時間にどう言ったご用件でしょうか?」

「はい、ご迷惑をお掛けして申し訳ありません、ただ、友人が受けた暴力を見逃す訳には行きませんでしたので」

「「暴力?」」


 オーナーは目を見開き、そんな事は今初めて聞いたというような表情になり、それを受けて店長は益々眉根にら皺がより、他の者たちは顔を伏せていた。ただし先程までニヤニヤしていた三馬鹿はなにも態度が変わらなかったけれど。


「店長! ウチの店で暴力とはどう言う事だ! 私はそんな報告は受けてはいないぞ!」

「オーナー、私の店では暴力などございません! 厳しい指導に逆恨みした者の虚偽でございましょう!」

「きょっ?! 虚偽だと?!」

「そうですか……虚偽ですか……」


 ニヤニヤしていた三馬鹿は勝ち誇った様な顔になった。オーナーまで呼び出したクレモンとテオを馬鹿にしている様だ。私の店と言い切った店長も口角が上がって居るのが分かった。

 どうやら言った言わない、やったやって無いの押し問答で誤魔化す気の様だ。勿論見逃すつもりは私には全くないけれど。


「今朝、たまたまお会いしたテオさんには、身体中に沢山のあざがあって苦しんでいらっしゃいました。私が癒しを掛けてポーションを飲ませなければ死んでいた可能性もございます。そうなれば殺人ですが、そんな事をした覚えがないと……皆さま仰るのですね?」

「当たり前です、この店には暴力を振う様な野蛮な者などおりません、それに、癒し? ですか、貴女こそ大きな嘘をつかれますね、この国に癒し人が数名しか居ないのをご存知無いのですか? それがもし本当だったとしても子供の癒しの能力で死にかけて居る者を助けるなど到底不可能、そんな事も知らずに文句を言ってくるとは……言いがかりも甚だしいですね」


 確かに癒しの魔法は貴重だと聞いていたけれど、そこまで使える人が少ないとは私も驚いた。ちょっと勉強になったよ、ありがとう店長さんと、心の中でお礼を言っておく。

 そして本当に癒しが使える証拠を見せる為、部屋にいる全員に癒しの魔法を掛けると、オーナーは「わー」と喜び、粋がっていた店長とニヤついていた三馬鹿は唖然とした表情になった。


(フフフ、驚くのはこれからですよ)


「これで私が癒しを使えるのは信じて頂けましたか?」


 オーナーは振り子人形の様に首を振り、自分に降り注いだ癒しに興奮している様だった。他の従業員達も疲れていた体が軽くなったと喜んでいる。ただし、店長、料理長、三馬鹿は納得してはいない様だった。


(まあ認めたく無いよね、自分達の悪事がバレるんだからね)


「さて、次に私は魔道具作りが得意なのですが」

「魔道具ですか?」


 従業員達は急に魔道具の話になって困惑したような顔になった。こいつ突然何言って居るんだ? ぐらいの気持ちでいるのだろう。子供が作る魔道具など所詮大したものでは無いとも思って入る様だ、どうぞ幾らでも馬鹿にして居て下さいと心の中でニヤリと笑っておく、見た目で人を馬鹿にするのが習慣になっている人達にも反省してもらいたい、テオは学校を卒業していないという事だけでいじめられていたのだから。


「これを見て頂けますか?」


 私は魔法鞄からミサンガ型の魔道具を出すと手のひらの上にのせて皆に見せた。

 

「これは嘘をつくと爆発する魔道具なんです」

「「「爆発……?」」」

「はい、うそ発見器とも言いますね」


 勿論ミサンガはうそ発見器なんかではない、防御用の魔道具で、攻撃を受けたらそれを跳ね返してくれる物だ。それを知らない従業員達にニッコリと微笑んでそう答えると、皆ごくりと喉を鳴らして私の手のひらを見てきた。

 そんな魔道具があるのかと半信半疑にも見えたので、私はこれから実践して見せますねと言って、手のひらを視線の高さまで持ち上げた。


 そして――


「テオはケガなどしていなかった」


 私はそう言って身体強化を掛けたままでミサンガに高速デコピンをおみました。きっとこの事が見破れるのはセオとクルトぐらいだろう。二人の口元がかすかに緩んでいるのが分かった。


 私にデコピンをされたミサンガは勿論同じ威力をはじき返すので、その場でボンと音を立てて粉々に砕け散った。もっと小さい爆発の予定だったのだけど、身体強化を掛けた私の高速デコピンはかなり力が強かったらしく、天井と床に少し……大分かな……ひびが入ってしまった。

 勿論オーナーには後で直しますのでご安心くださいと謝っておいた。なんとか頷いたオーナーは青い顔で引きつった笑顔になっていたので申し訳なかったけれど。


「という事でですね、皆さまにこれを付けて貰い質問に答えて頂こうと思いまして」

「なっ?! 何を言って居る! そ、そんな危険な魔道具など付けられるわけが無いだろう!」

「あら? 嘘をつかなければ全く危険の無い物ですよ、それともまさか……オーナーにお答えしたのは嘘だったのですか?」


 ニッコリとレディスマイルで微笑んで見せれば、あれだけ威勢が良かった店長は黙り込んでしまった。少し威圧を掛けてしまったからと言うのもあるだろう。テオが暴力を受けて居るのを知っていて、それを逆恨みだと言った店長には怒りが込み上げていたからだ。

 皆にミサンガを付けて外せない様に私とセオとクルトでしっかりと縛っておいた。怖がっているのか皆顔色が悪い、もう一度「嘘をつかなければ爆発することは無い」と念押ししておく、ニヤついていた三馬鹿はすっかり大人しくなっていた。どうしようとでも考えて居るのだろう。


 先ずはクレモンとテオに質問をする、テオには暴力を常に受けていたかを、クレモンにはそれを助けていたかを質問すると、勿論爆発はすることは無かった。そして関係なさそうな従業員の皆さまに順番に声を掛けて行った。

 でも質問は暴力を受けている従業員がいることを知っていたか? という物だったので、皆青い顔で「はい……」と答えていた。分が悪くなった店長、料理長、三馬鹿はうつむいたままだ。先ずは料理長に話しかけた。


「料理長、貴方はテオが暴力を受けていたことはご存知でしたか?」

「……はい……」

「今までもこう行った事がこの店では行われていましたか?」

「は……はい……」

「貴方は助けを求めて来たその人達を無視してきたのですね?」

「……はい……」


 料理長は苦い顔で返事をした。この店のオーナーであるオトマール・ホフマンの顔には怒りが滲んでいるのが分かった。今まで平気で嘘をつかれていたのだろう。信頼していただけにその怒りは物凄い物のように見えた。


 私は次に三馬鹿の方へと振り向いた。レディスマイルで近づいたのに何故か「ひいっ」と怯えられてしまった。きっと 許さん! という気持ちが笑って居ても顔に出て居たのかもしれない。威圧になっていたのだろう。


(自業自得だ! 三馬鹿よ!)


「ではそちらのお三方に質問させて頂きますね、テオを殴っていたのは貴方達ですね?」

「「「……」」」

「黙っているという事は罪を認めたという事で宜しいですか?」

「……こいつが、こいつが虐めてやろうって言いだしたんだ!」

「なっ! おまえ! 何言ってんだよ! 殴って憂さ晴らししたいって言い出したのはお前だろう!」

「そ、そうだ、お前達がやろうって言いだしたんだぞ、俺は大したことはしてない、見てただけだ」

「「はあ?! お前何言ってんだ! 顔以外を殴れって言いだしたのはお前だろうが!」」


 三馬鹿は勝手に醜い争いを始めた。ミサンガを付けていたのでお互いがお互いを殴ろうとした時点で三人とも吹っ飛んでしまった。馬鹿な人達だと思っていたがここまでどうしようもないと呆れてしまう。三馬鹿は壁にぶつかり気を失った様だ。オーナーもそんなお馬鹿な三人を呆れた顔で見ていたのだった。


 そして最後に店長の方へと向き合った。店長は最初の威勢はどこへやら、俯き青い顔でもう私の方を見ようともしなかった。ミサンガが付いている手首をもう一方の手で触っていたことから、何とか取ろうとしていたようだがそれが出来なかったのだろう。私はレディスマイルを浮かべ店長に遠慮なく質問をさせてもらう事にした。


「店長さん、貴方はオーナーにいつも嘘の報告をして居たのですね?」

「……は……い……」

「テオが助けて下さいと言ってきたときに、嫌なら辞めれば良いと言いましたね?」

「……はい……」

「この店は自分の店だと……だから何をしても良いと思っていたのですね?」

「……」


 店長は急に走り出し、入口から逃げ出そうとした。勿論そんな事はさせないと、捕まえるために道を塞いだ私を店長は殴ろうとして来たため、それが自分に跳ね返った。風圧で勢い良く入口にぶつかると、情けない事に三馬鹿同様気絶してしまった。残念、もっといたぶりたかったのに……

 セオとクルトはこうなることが予想できたのだろう、呆れて居る様だった。


 この後オーナーは、店長、料理長、そして三馬鹿の五人を問答無用でクビにすることを決めた。そしてクレモンとテオにはスター商会へ行って良いと許可を出し、その上「気が付かず済まなかった」と謝ってもくれた。優しい人のようだ。


 店から急に沢山の人間が辞めてしまっては困るだろうと、私は料理器具の魔道具をオーナーにプレゼントすることにした。オーナーは高価な魔道具にとても喜び感謝してくれた。


「実は、あの料理長になる前は私もここで料理をして居たんですよ、それが店が軌道に乗ったことで全て人任せにしてしまった……それがオーナーとしていけなかったのかもしれません……」


 オーナーは反省と共に、また厨房に立つと気合を入れて笑顔を向けてくれた。そしてスター商会と香辛料などの取引をしましょうと話しかけるととても喜んでくれたのだった。


 こうしてセオの先輩であるクレモンと友人のテオはスター商会へと勤めることとなった。

 これからスター商会で実力を発揮してもらいたいものである。楽しみだ。

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