魔法使いの子育て奮闘記 ～世界一の魔法使いになって子づくり頑張ろう～

第357話 シモン邸

　これはシモン家の娘であるマティルドゥ・シモンの卒業パーティーの後の話だ。

　ルイ・ディープウッズ様に送られて屋敷へと戻って来た娘のマティルドゥから、シモン家の主人であるバルドリック・シモンは衝撃的な言葉を聞かされる事になった。

「お父様、お母様、兄様、ルイ・ディープウッズ様から今夜の卒業パーティーで結婚を申し込まれました。私お受けしたのですけど、宜しいですよね？」

　バルドリックは娘の言葉を聞いて頭が真っ白になった。

　娘のマティルドゥは妻に似て美人だが、昔から気が強く武術に優れていた為に　”鬼娘”　などと近所の糞ガキや生意気な貴族の子息達に馬鹿にされ揶揄されていたのだ。

　気が強い娘が親に心配掛けまいと、隠れて泣いていた事を知っていたバルドリックは、噂した輩を八裂きにしたい気持ちに襲われた事もあった。

　娘の可愛さが分からない馬鹿者共を蹴散らしてやりたいとそう思っていたぐらいだった。ただ騎士爵位しかない自分ではそれが出来ない事が腹立たしかった。

　そんなマティルドゥもユルデンブルク騎士学校に行き始めると、明らかに変わった。今までただ強くなろうと躍起になっていた所に優しさが加わった気がした。

　そしてディープウッズ家の子供達と友人になると、あっという間に女性らしくなって行った。年頃なのでそれも当然なのかも知れないが、バルドリックは余りの変わり様に驚きを隠せなかった。

　すると、ディープウッズ家の子息達と懇意になったからか、それともマティルドゥが美しくなったからか、シモン家にはマティルドゥに対するお見合いの申し込みが殺到する様になった。

　鬼娘と馬鹿にしていた家の息子達の親まで図々しく釣書を送って来た為、高位の貴族と分かっていたが断り文を入れて送り返してやった。娘の良さが分かっていないヤツには絶対にマティルドゥを嫁がせないと決意を固めていた。

　そんな時次男のオクタヴィアンがディープウッズ家の姫様の経営する商会に勤める事になった。

　気が付けばあれよあれよとシモン家は爵位も上がり、バルドリック自体も王家の武術師範になってしまった。全てディープウッズの子息とマティルドゥが仲良くなったお陰だった。

　そんなある日マティルドゥから妻に手紙が来た。

　それは卒業パーティーはルイ・ディープウッズ様と出席する事になったとの連絡だった。

　仲がいい友人同士で出席するのは良くある事だ。マティルドゥの親友であるアデルも仲間内の子と出席すると聞いたので、それと同じだろうと軽く考えていた。

　ドレスも装飾品までも友人全員分をディープウッズ家側で用意してくださって、シモン家としてはもうディープウッズ家には足を向けて眠れないと言う程、感謝しても仕切れない恩が出来ていた。長休みの度にマティルドゥはスター商会のお土産を頂いて来ていたので尚更だった。

　そしてマティルドゥは就職も王城の、新しく出来る魔石バイク隊に所属する事に決まった。あの優秀と言われる第三王子が隊長となる部隊だ。これ以上ないと言える程の幸運だろう。その隊もディープウッズ家の姫様のお陰で出来た部隊だと言うのだ。もう神として崇めようかと思うぐらいだった。

　その上、今、娘が、マティルドゥがパーティーから戻ってのこの信じられないセリフである。バルドリックは口は動いたが言葉が上手く出て来なかった。

「マ、マティルドゥ……それは、側室とかでは無くてなのか？」

「父様？　何を仰ってますの？　ルイは王では無いのですよ」

　バルドリックは心の中で娘に突っ込んでいた。

　王より上の立場だから驚いているのだと……

　数日後ディープウッズ家から手紙が届いた。

　ルイ・ディープウッズ様と娘の婚姻の申し込みをしに我が家に挨拶に来たいとその手紙には書いてあった。

　もうこれは夢でも妄想でも何でも無く本当の事なのだとバルドリックはやっと理解した。

　だがバルドリックの驚きはそれだけでは終わらなかった。

　アダルヘルム様から頂いた手紙には続きが有ったのだ。

『ディープウッズ家の姫付きメイドのアリナ・セレーネとシモン家第二子であられる、オクタヴィアン・シモン殿との婚姻の申し込みを致したい　アダルヘルム・セレーネ』

「はああああっ？！」

　バルドリックは驚きの余り必殺技でも出すかの様な大声を出してしまった。長男のデッドリックがその声を聞きつけて執務室へと飛んできた。バルドリックの顔を見てデドリックまで青ざめた顔色になるのが分かった。デドリックもまた何か有ったのだと一瞬で悟った様だった。

「ち、父上、今度は一体何があったのですか？」

「オク、オク、オク」

「オクタヴィアンの事ですか？　スター商会様の所で何かやらかしたのでしょうか？　まさか魔道具を爆破させたとかですか？」

　バルドリックは何とか首を振り、詳しい話を聞きたいとデドリックにマティルドゥを執務室へと呼んで来てもらった。部屋へやって来たマティルドゥは何でしょうか？　と首を傾げていた。

「マティ、オクタヴィアンはディープウッズの姫さま付きのメイドと以前から懇意だったのか？」

「アン兄様が？　アリナ様と？　まさか、アリナ様はエルフでとっても美しくて可愛らしい方なのですよ、アン兄様など相手になどされないでしょう、バラと毛虫ぐらいの差が有りますわ」

　自分の兄に対して酷い言いようの娘にサッとアダルヘルム様から手紙を見せると、目を見開いて驚いていた。ディープウッズ家にお邪魔した事のあるマティルドゥでさえ気が付いて居なかった事に、バルドリックは尚更驚いていた。

「では、あの素敵なアリナ様が私のお姉様になって下さるのですね！　素敵！　アン兄様、顔に似合わず手が早いですわ！」

　そんな気軽な事では無いんだ娘よ……とバルドリックは半泣きになっていた。とにかく王にこの事をお知らせしなければと、バルドリックはデドリックを伴い王城へと慌てて向かった。「かの方の家の事での緊急連絡です」と伝えれば有り得ない速さで王との謁見が叶った。

　バルドリックはそこで、マティルドゥとオクタヴィアンの婚約の件を王に伝えた。

　王城から帰る時にはバルドリック・シモンは何故か伯爵位になる事が決まっていた……

　急な出世は反感を買う、バルドリックは辞退しようと思ったのだが、ディープウッズ家と婚姻を結ぶ家を低い爵位のままにしていては国の恥になると言われ、バルドリックはもう何も言い返せなかった。

　シモン家はディープウッズ家のお陰で一代では有り得ない程の出世を果たした。嬉しい事のはずなのに帰りの馬車の中でバルドリックもデッドリックも何故か青い顔のまま、無言であった。急な出世の対応をしなければならないであろう妻に話すのが、今から憂鬱になるぐらいであった。

☆☆☆

　今日はマティルドゥとルイ、オクタヴィアンとアリナの婚約を正式に申し込む為、シモン邸へとお邪魔する日だ。

　私とアダルヘルムが親代わりとして挨拶に向かう。セオとクルトも護衛として一緒に行くのだが、ウキウキが隠せない私には朝から2人掛のお小言が始まっていた。

「ララ、婚約が嬉しいからって興奮しないようにね」

「ララ様、セオ様の言う通り平常心ですよ、王都を爆破されては困りますからね」

「大丈夫ですよ、魔力を落ち着かせる事には大分慣れて来ましたし、今日はアダルヘルムも一緒ですからね、何か合っても対応してくれます。気楽に行きましょう」

　セオとクルトは心配症が重度の様で、私が大丈夫と言っても困った表情になっていた。

　私が二年寝ていた事で二人の心配症はかなり酷くなっている様だ。もう起きてから大分経つのでそろそろ信じて貰えたら良いと思うのだけど、中々そうは行かない様だった。残念。

　準備を整えて部屋の外へ出ると、廊下ではルイが子供達に囲まれていた。ノアも一緒だ。オルガの作ったスーツでビシッと決めているルイは今日はとってもカッコいい。ただしまだ成人したてなので、可愛いくも見えてしまう。何故なら隣に大柄なオクタヴィアンがいるからだ。

　研究所からやってきたオクタヴィアンはセオとルイと二つ違いと言うよりはリアムと同じぐらいに見える。背が高いからと言うのもあるのだが、何よりも顔が厳ついのだ。ただ中身は優しくて研究熱心な好青年なので、アリナの心をゲット出来たのだろう。

「ララ様、お待たせ致しました。準備が整いました」

　少し頬を染め現れたアリナは夏色の水色のドレスを身に纏っていてとっても美しかった。オルガが隣にいる事からオルガが着付けなどをしてくれたのだろう。満足気な顔をしている。私はやっぱり嫁になど出したく無い！　と叫びたくなる気持ちをグッと抑えた。

「アリナ、とっても――」

「アリナ！　なんて美しいんだ！！」

　オクタヴィアンが私の褒め言葉を遮って、アリナの側へとダッシュで駆け付けた。もうアリナしか目に入っていない様だ。確かにアリナのこの可愛いさを前にしたらその気持ちはよく分かる。周りの皆も苦笑いをしているがそうだよねと頷いていた。

　オクタヴィアンが騒ぐ気持ちが良く分かる様だった。

「アリナ、君は宝石よりも美しい……夜空の星でさえ君の前では霞んでしまうよ、私は世界一の幸せ者だ……こんなにも魅力的な君と婚約出来るのだから……」

「……アンったら……大袈裟よ……」

　オクタヴィアンの褒め言葉は嘘偽りのない事は私にも良く分かった。本当にアリナは美しい。

　でもね、オクタヴィアン、ここにはみーんながいるからね、落ち着こうね。

　オクタヴィアンの褒め言葉がまだまだ続きそうだった所へ、アダルヘルムがやってきた。今日も目立たない様にと、黒のスーツでビシッと決めている。

　うん、カッコイイ。はい、目立つの確定ですね。

　もう目立つ事をしょうがないと諦めた私はアダルヘルムの横に並びエスコートをして貰う。キラキラと輝く様なオーラが見えるアダルヘルムの横に並ぶのは勇気が居るが、まあ今更でしょう。

　私達は子供達に手を振って別れると転移部屋へと向かった。

　そして王都の屋敷に着くと、すぐに玄関に降りてかぼちゃの馬車を登場させた。

「今日はお祝いですから私の金馬ちゃんが良いですよね？」

「そうですね、お祝いですからね」

「そうだね、お祝い事だしね、マティも喜ぶんじゃないかな？」

　私の金馬ちゃんのかぼちゃの馬車に乗り込むと、シモン邸へと出発をした。馬車の中では相変わらずオクタヴィアンとアリナは熱々で仲が良かった。会話の内容が私だった事を除けば普通のカップルそのものだった。

　こうして私達はウキウキワクワクしながらシモン邸へと向かったのだった。