第340話 久し振りのブルージェ領内

「クルト、久しぶりにお散歩に行きましょうか?」

「ララ様……また突然何を言い出すんですか?」


 執務室での簡単な仕事も終わり、時間を持て余した私はクルトにお散歩に行こうと声を掛けてみた。

 間も無くセオやルイの卒業式と卒業パティーを迎えるが、その日がお出掛けをする初めての日と言うのは流石に問題があるとそう思ったのだ。


 勿論ディープウッズの森や王都の屋敷には出掛けて居るけれど、それは人混みではない。練習がてら街に出て少し人に慣れておくのも大切だろう。


 クルトにその事を伝えると、確かにそれもそうだと思ったのか、大きなため息をついた後で了承してくれた。

 ただし絶対クルトから離れない様にと約束させられてだ。「勿論です!」 と私は言い切ったのだが、今まで色々とやらかして来たからか、私へのクルトの信用度は低い様だった。残念。


 ドレスから平民服に着替えた私は、クルトと一緒に玄関へと降りて行った。着替えも自分で出来る様になってきたのだけれど、アリナにはまだ手伝いますと宣言されていて、もう暫くはアリナにお世話になる予定だ。

 

 小さい頃にしか甘える事は出来ないのだから、子供のララを思う存分楽しもうとそう思っている。今だけしか出来ない特権なのだから。


 クルトと手を繋いで玄関を通り、スター商会のすぐ前の道へと出た。

 すると街を見て自分が本当に二年もの間寝て居たのだと、凄く実感をした。


 何これ! 緑がいっぱい! 街路樹も花壇も、すっごく綺麗!!


 まず驚いたのが、木や花などの自然の多さだった。

 街路樹は鮮やかな緑色に生茂り、木陰の多さにも驚いた。間も無く夏だと言うのに涼しさを感じ、空気まで以前とは違って澄み切っている様に感じた。

 それに花壇も綺麗に手入れされて居るのか、花は生き生きと咲いていて、花壇毎に色を変えている様で、街中が鮮やかになっていた。


 二年の間に一体何が有ったの? と驚きが隠せない私だった。


 そもそも昔のブルージェ領は自然溢れる緑豊かな領として有名だったらしい。その為、タルコットも以前の領に戻そうと、街に花壇や木々を植えるのには力を入れて来ていた。

 ブルージェ領は領カラーも緑色なだけあって、他領からのイメージも田舎の緑豊かな街と言うものだ。


 だけど今私の目の前に広がっているのは都会の緑豊かな街なのだ。二年前は三階建ての建物など殆どなくてスター商会がとても目立っていた筈なのに、ホテルだろうか? 少し離れた所には5階建てらしき建物が多く見えていた。


 それに道の周りの店もいつの間にか造りが変わっていて、田舎の商店ばかりの筈だったのに、今は道に並ぶどの店もショーウィンドウが出来ていたり、2階、3階建てになっている所が殆どだった。


 少し離れた所にある商業ギルドは以前より立派な建物に変わっている様だった。


 まるで自分が知らない街に突然来たような感覚になった私は驚きしか無かった。


 凄い! 凄い! 街が綺麗! タルコット頑張ったんだねー!


 クルトと手を繋ぎながら街中をゆっくりと歩く。

 すれ違う人皆が、なんだか元気いっぱいで幸せそうだ。

 それに道行く人も増えた様に思えた。商店街がこんなに人で溢れているなんて、まるでスター商会の開店の時の様だった。


「クルト、街が随分と変わってますけど……私が寝て居たのは本当に二年だけですよね……」


 立ち止まってしまった私を人の行き交う流れから守る様にクルトは端に寄せると、ブルージェ領が急激に変わった理由を話してくれた。


「ララ様、全部ララ様の、スター商会のお陰なんですよ」

「えっ、スター商会の?」


 クルトは笑顔で頷くと話を続けた。


 商店街の建物が変わったのはスター商会に依頼が来たからで、ビルとカイ、そして下請けになったビル達の兄であるジンと父親が頑張ってくれたかららしい。

 勿論ホテルもビルとカイの頑張りの様だ。タッドやゼンまでも良く手伝ってくれたそうだ。


 そしてブルージェ領は裏ギルドが無くなった事で、新しく店が出来ても嫌がらせを受ける事は無くなり、商売がやりやすい街になっているそうだ。

 なので店も増え、店が増えれば人口も増え、今やブルージェ領は王都よりも人気の領と言えるのだそうだ。


 そしてスラムも無くなって綺麗な住みやすい街になり、警備隊員達の街の見回りも強化され安心な街にもなった。高位の警備隊員が居なくなった事で、街の人達も警備隊員に相談しやすくなって良いことづくめのようだ。

 魔石バイク隊も居る事から犯罪自体が少なくなっているそうで、ブルージェ領は安心、安全で住みやすい街ナンバーワンとレチェンテ国内で言われている様だった。


「それにララ様の癒し爆弾ですよ」

「癒し爆弾が役に立っているんですか?!」


 私が空へと打ち上げていた癒し爆弾のお陰で、ブルージェ領で病気をする人は減り、領民達は元気いっぱいの様だ。

 それに草花達にも癒しは降り注ぎ、青々とした木々が育ち、花達も長く美しく咲いているのだそうだ。


 まさか、そんな事に役立っているとは思いもせず驚いている私に、クルトは満足そうな笑顔で頷いていた。


「タルコット様が他領から移住してくる領民が増えたと喜んでいましたよ、団地もかなり増築しましたからねー」


 領民が増えればブルージェ領の税収は増えるため、ビールの売り上げだけではなく、他の事でもブルージェ領は潤っている様だ。

 そのお金で公共事業は十分に着手で来ているようで道路や街並みも綺麗にできて居ると言う訳だった。良いことの連鎖だろう。


 暫く歩いて行くと商業ギルドの前に着いた。普段はスター商会から店の宣伝も兼ねて馬車で行く事が多い商業ギルドだが、実際は歩いて行ける場所にあるのでそれも当然である。

 ついでなのでベルティに挨拶をしていこうと思い至った。受付のお姉さま方に会うのも久しぶりだ。


 商業ギルド内はジンの仕業なのか、ビル達の父親の仕事なのか、艶のある木目調の受付台へと変わっていた。各種書類を書くテーブルも味のある木の良さが伝わる物へと変わっており、それだけでもブルージェ領の商業ギルドが潤っている事が分かった。


 手続きをする人達でギルド内は賑わって居て、沢山の人が楽し気な表情で書類を書いたり、仕事募集の掲示板を見て居たりした。それだけでこの街の仕事が十分にある事が分かる物だ。店を出すものもこれだけ活気のある街ならばやりがいがあるだろう。


 掲示板にスター商会の求人募集があるか見てみようかなと思ったところで、声を掛けられた。

 受付嬢の一人、グレタだった。私を見ると人目もはばからず抱き着いてきた。沢山の人がいる中で美女が急に泣きながら私に抱き着いたのだ。皆の注目を浴びているのが分かった。


「ララ様……お元気になられて良かったです……」


 ベルティから私が元気になった話を聞いていたとはいえ、やはり本当に会うまでは心配だったようだ。もっと早く商業ギルドへ来て居れば良かったとそう思った。


 グレタがすぐにベルティの応接室へと案内してくれた。別れ際に私はグレタにこの前リアム用に作った各種ロールケーキを渡した。グレタは「ララ様にこうやってお土産を頂けるのも久しぶりですね」と、とっても喜んでくれた。可愛い笑顔に胸がキュンッとなったが、これは恋心では無いのだろう。恋とは難しい物である……


「クルト、私が女性を好きになっても別に構わないですよね?」

「ララ様……何故そんな質問をする思考に至ったかは聞きませんが……前置きなく驚くことを言うのは俺の前だけにして下さいね……」


 クルトに可愛く手を上げて「ハーイ」と返事をしていると、ベルティが嬉しそうな表情を浮かべて部屋へと入って来た。私をすぐにギュッと抱きしめると頭をなでなでしてくれた。また私の胸はキュンッとなった。


「ララ、一人でここまで来れるぐらい元気になったんだね!」


 ベルティはそう言いながら私と向かい合うように座ると、一緒に部屋にやって来たフェルス以外の初めて見る人物を紹介してくれた。

 一人は明るめの黄色い髪の男性で、リアムとあまり年も変わらない人のように見えた。そしてもう一人はランス位の年齢の鼠色の髪をした落ち着いた男性だった。

 二人共私を見ると深々と頭を下げてきたので、私が誰か分かって居る様だった。


「ララ、こっちの若い方が新しいギルド長になるナサニエル・タイラーだ、まだ25歳だけどね、私がずっと目を掛けてきた子さ。リアムや領主様の良い仕事仲間になると思うよ、あたしが仕込んだんだからね」

「ナサニエル・タイラーです。宜しくお願い致します」


 黄色い髪の青年がもう一度頭を下げてきた。今度の商業ギルドのギルド長はかなり若い様だ。ベルティは40歳ぐらいでギルド長になったと言って居たから破格の出世だろう。

 本人の実力よりも推薦するベルティの力があっての事かも知れない。そうでなければ他の者達が黙っていなさそうだ。リアムや、タルコットの推薦ももしかしたらあったのかも知れないなとそう思った。


「そしてこっちがナサの補佐をするガスパーだよ。真面目な奴だから宜しくね」

「ガスパーです。宜しくお願い致します」


 確かにガスパーはフェルスみたいに真面目そうな様子だった。ナサニエルがニコニコとしている横でも真面目な顔は緩まない、補佐にはぴったりな人の様だった。


「ナサニエルさん、ガスパーさん、初めましてスター商会の会頭のララ・ディープウッズです。後ろに控えておりますのは、私の世話係のクルトです。こちらこそよろしくお願い致しますね」


 私が二人に握手を求めると、一瞬驚いた顔になったがすぐに普通の表情を取り戻していた。商人らしい表情と言った方が良いだろう。ベルティはその様子を見てクスクスと笑っていた。


「あんた達、ララはディープウッズの姫様だからって無理難題を言ってくる様な子じゃないって教えただろ、もっと普通にしていて大丈夫だよ。ララ、この子達に敬称は要らないよナサとガスパーって呼んで良いからね」

「はい、ナサ、ガスパー宜しくね」


 まだ二人は緊張気味だったがそれでも張り付けた様な笑顔ではなくなり、ホッとしたような笑顔になったので、ちょっとは安心してくれたようだった。

 ブルージェ領で広がっている私の噂が聖女とか、裏ギルドを潰したとか、警舎に連れて行かれたとか、脱獄したとか色々とあるだけに、もしかしたら怯えていたのかなと思うと少し微妙な気持ちになった。噂が早く消えてくれることを祈るばかりだ……残念ながら二年も経ってるのに一向に消えそうにないのだけど……


「ララ、それでね、あんたに話そうと思っていたんだけど……」


 ベルティはそこまで話すと自分の肩で大人しくしている賢獣のベンにそっと手を置いた。ベンは針鼠型の魔獣の形をしていて、ベルティの髪色に近い灰色のような体をしているとっても可愛い子だ。ベルティはベンを撫でながら愛おしそうに見つめていた。


「この子をね……ベンを、ベンジャミンをナサに譲ろうかと思っているんだよ」

「「えっ?!」」


 驚きの声を上げたのは私ではなく、ナサニエルとガスパーだった。

 ベルティが如何に普段からベンを可愛がり大切にしていたかを知って居る様だった。それだけ大切な者を、自分たちに譲り渡すとは思って居なかったのだろう。この時ばかりは商人の笑顔は消え、驚きが隠せないようだった。


「この子は、ベンはやっと商業ギルドのギルド長の為の仕事を覚えてきたんだよ、それなのに老人に付き合わせて引退させるなんて私には忍びなくってねー、新しいギルド長の傍で活躍させたいってそう思ってんだよ」


 だったら新しくナサニエル用に賢獣キーホルダーを作ってもいいと言いかけたが、私はそれを止めた。ベルティはベンに商業ギルドで活躍してもらいたいのだ。親心かもしれない……


「ベルティ、ベンはベルティの子供ですからベルティの判断にお任せします。ナサならベンを大切にしてくれるってそう思っているんですよね?」

「ハハハッ、流石ララだ、良く分かってるね。私の後を任せる男だからね、ベンの事も可愛がるに決まってるさ、ね、ナサニエル?」

「は、はい、勿論です、大切にさせて頂きます!」


 ベンはベルティの手の中で丸くなってこの話を聞いていた。ベルティの気持ちが分かるのだろう、大人しく頷いているようにも見えた。きっとこれからベンはナサの良い相棒になってくれると思う。ベルティの意思を引き継いだ二人が(一人と一匹?)どんな関係になるのか楽しみでもあった。


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