第287話 眠れる森の美少女④

「アダルヘルム……ララが……ララが消えた……」


 私達は ”男子会” なるものを私の執務室に連なる部屋で開いていた。

 するとノア様が突然立上り、不穏な言葉を発した。


 ノア様の言葉を聞いてアダルヘルム様とマトヴィル様の表情が一瞬で変わるのが分かった。部屋の空気が張り詰めた物になり、自分たちとはあまりにも違う伝説の存在であるお二人の様子に、ごくりと喉が鳴った。


「タルコット様、直ぐにララ様が居るお茶会の部屋へと案内お願い致します」

「は、はい、すぐに!」


 私達は部屋を飛び出し、女性たちの集まっているお茶会の部屋へと向かった。ララ様の事も勿論心配だが私の妻たちもその部屋に居る、ロゼッタとベアトリーチェに何かあったらと思うと嫌な汗が流れた。


 部屋の前ではロゼッタ達に付けたはずの護衛達が倒れていた。

 アダルヘルム様が近づき脈を診て首を横に振った。護衛は口からは血を流し、毒らしきもので亡くなったのか顔色も変色していた。

 ピエトロの部下だった者たちなので、ピエトロからも怒りが感じられた。勿論私もだ。

 もし叔父上の所業なのだとしたら極刑にするしか無いだろう……


 メイナードの手を握りお茶会の部屋へと入った。

 甘ったるい香りがしてアダルヘルム様がすぐに窓を開けるようにと指示を出した。

 私とメイナードは倒れているロゼッタとベアトリーチェに駆け寄った。先程の護衛を見ていたため嫌な予感しかしなかった。頼むから無事でいてくれと神に祈った。


 ロゼッタ達はやはり毒を飲まされていたらしく喋れない状態だった。だが意識もあり無事だったことにホッとした。メイナードも生きていたことにホッとしたのか安堵の涙を流していた。

 アダルヘルム様がロゼッタ達の症状を見てポーションを飲ませた。

 すると少し回復したロゼッタが涙を流しながら話し始めた……


「ララ様は……ガブリエラに連れて行かれました……私達に最後に……癒しを掛けて下さって……あんなにお小さいのに……私達に笑顔を向けて……」


 自分たちに癒しなど掛けずに逃げて居ればララ様は助かったはずだと、ロゼッタは申し訳なさそうに述べた。だがアダルヘルム様はその言葉に首を振った。


「弱い物に手を差し伸べるのはララ様らしい行いです……あなた方が気になさることではありません……悪いのは全て敵なのですから……」


 ロゼッタはアダルヘルム様の言葉に頷くと苦し気な表情でまた泣き出した……私はそれをギュッと抱きしめる……


 自分の息子と同じ年の、それも女の子に助け出され、ララ様は以前行方不明なままだ……母親としてのロゼッタは申し訳なさが勝って居る様だった……


 アダルヘルム様からの指示でロゼッタ達はすぐに医師の診察を受けるようにと言われそれに従う事にした。

 そして領主邸の守りや、警舎やヴェリテの監獄の警戒も支持された。本来ならば私が指示しなければならない事をアダルヘルム様に指導され、領主としての自分の不甲斐なさを改めてまた実感した。


 我が一家がご迷惑をお掛けしているのに、何たる不甲斐なさかっ!


 私はイタロとピエトロに指示を出した。妻たちに命は取りあえずは大丈夫だ。ここは私が領主として立ち回らなければならない。


「メイナード、私は領主として動く、ロゼッタ達の事を頼むぞ」

「はい、父上、お任せください!」


 私は今日ララ様に紹介するために呼びよせていた警備隊員の、シュリアとイシャンに指示を出した。街の警備の警戒の為だ、また爆弾魔をよこす可能性もある。


 そして殺されたメイドの出どころと、ガブリエラの侵入経路の確認に入った。

 領主だけが知る秘密の抜け穴は、私の鍵が無ければ開かない、そこは使われている可能性は少ないだろう。だとするとどうやって侵入したのか……メイナードが連れ出されたころより今は警備も厳重だ。簡単に城に入ってこれるはずは無いのだ。


 マトヴィル様が転移陣を見つけたらしいとの連絡が入った。

 一体いつの間にそんな物が取り付けられたのかと不思議に思った。私が先程の部屋に戻ると転移陣はお茶会の部屋の続き部屋に付いていて、アダルヘルム様がそれを調べる様にじっくりと見ていた。


「この転移陣はもう使えなくなっています……向こう側から壊されたのでしょう……」


 良く考えて見れば、この部屋でお茶会をすることなど今まで無かった事だった。

 ロゼッタは普段だったら自室に近い部屋を選ぶだろう。

 深く考えて居なかったがこれが誘導されていた物だとしたら……いったいいつから敵の手が入っていたのか……嫌、前もってこの転移陣は準備されていた物なのかもしれない……何か有った時の叔父上の避難場所として確保していた可能性もあるだろう……


 ノア様から突然ララ様の声が飛び出した。それも悲鳴だ。私達は大急ぎでノア様に駆け寄った。

 するとノア様はララ様の危機に何かを掴んだのか、アダルヘルム様とマトヴィル様をララ様の元へ送ると言いだした。


 アダルヘルム様とマトヴィル様にノア様が触れた瞬間、二人の姿は見えなくなってしまった。


 そしてノア様は人形の姿に戻ってしまわれたのだった……


 私はノア様の人形を拾うと大切に保管した。ララ様が無事にお戻りになられたら、お渡ししなければならない……ララ様はきっと無事にお戻りになるのだから……


☆☆☆


 あれから一ヶ月が経った。


 ロゼッタやベアトリーチェ、ハンナ、ドナはララ様の初手の癒しのおかげで大事にならずに済み、今はすっかり元気な状態に戻った。


 せめて救って頂いたララ様のお役に立ちたいと、今まで週一度のスター商会への滞在も週ニに増やし、裁縫室へと皆で籠っている。余りの根の詰めかたにマイラが心配しリアム殿に声を掛けて貰う程だった。それでも四人共止めることはしなかった。


 私はイタロとピエトロと領主邸を隈なく調べ上げた。他に二箇所程転移陣がある部屋を見つけた。一つは元叔父上の屋敷に繋がっている物の様で、もう一つは王都にあるブルージェ領主の王都邸に繋がっていた。

 一体いつの間にこの様な物を作ったのか不思議でならなかった。叔父上や従兄弟の魔力では転移陣など作ることは無理な筈だ。誰かに作らせたとしか考えられなかった……


 この様な高度な魔法を使えるなど限られたものだけだ、叔父上はその様な者と知り合いだったのだろう。そう思うだけで叔父上の今までの攻撃が以前から計画されていたものだと分かった。



 スター商会の転移部屋を借りてリアム殿と一緒にディープウッズの屋敷へとお邪魔されて頂いた。

 ララ様は助け出されてからまだ目を覚まされていない。

 リアム殿は毎日朝の早い時間に見舞いに来ているそうだ。


 ララ様の部屋へと案内されるとセオ様がベッド横の椅子に座ってらっしゃった。なんでも学校に特別許可を得て、太陽の日はディープウッズに戻って来て居るそうだ。


 セオ様は午前中はララ様のお側にいて、午後はアダルヘルム様かマトヴィル様の指導を受けてから学校へ戻る様だ。

 久しぶりにお会いするセオ様は一段と逞しくなっておられた。ただ表情は暗く思い詰めて居る様に見えた。

 セオ様はあの日、あの事件の時、何の前触れもなく突然転移でララ様の元に飛ばされたようだ。その先で最初に目に入ったのが大切な人が傷つけられている姿だった。心中を察するとどんなにお辛かったかと思う……どんなにお強くてもセオ様はまだ成人もしていない子供なのだから……

 アダルヘルム様も同じ考えの様で今はそっとしておくべきだとそう仰られていた……


 ベットに横たわるララ様は人形のように美しく。色白い肌は透き通る様だった。ただ寝て居るだけの様なそんな状態に見えたが、魔力が体に溜まりすぎたり、突然溢れ出したりと、今もなお危険な状態の様だった。

 魔石を使いララ様から放出される魔力を吸収したりはしているそうだが、それもその場しのぎの様だ。アダルヘルム様の表情を見ると、厳しさが伝わって来た。


 セオ様を部屋に残し我々は応接室のソファへと腰かけた。

 クルトがお茶を入れてくれたが、クルトも笑顔が無く元気も無かった。ベアリン達も同様の様だ。主が眠り続けている状態だ。彼らも辛いのだろう……


「アダルヘルム様……我々領主邸の不手際で……ララ様がこの様な目に合い、大変申し訳ありませんでした……」


 アダルヘルム様は私の謝罪を聞いて首を横に振られた。飲んでいたお茶を受け皿に置くとクルトも席に座らせ話し始めた。


「リアム様にはお話しましたが……ブライアン殿の主はアグアニエベ国王子だったようです……」

「アグアニエベ国の? それが ”プリンス” という事ですか?」


 アダルヘルム様は怖い顔で頷かれた。リアム殿もクルトも同じ表情だ。


「ただし……非公開の王子です……」

「……非公開? それはどういう事でしょう……」

「あの者はレジーナ王妃を母と言って居た……レジーナ妃には子はいなかった……それが存在した……それも今のこの時代に……」

「それは……一体……」


 レジーナ王妃と言えば前の戦争を引き起こした人物と言われていて、既に処刑されているはずだ。それもかなり昔の話だ。それなのにその子供が生きているという事に私の頭は回らなくなった。


「その子供は、ララ様の魔力を使って成長を遂げたようです。その為にララ様を生贄として捕まえたのだとあの者は言って居た……私の事もマトヴィルの事も知っていました……それに今後もララ様を狙ってくることは確実でしょう……気に入ったと言って居ましたから……」


 私は意味が分からなかった。他人の魔力で成長するなど魔獣と同じでは無いかと思った。一体その王子は何者なのかと……ぐるぐると頭の中を同じ考えが巡っていた。


「知られていませんが……エレノア様とレジーナ王妃は姉妹なのです……」

「えっ?」


 私だけでなくリアム殿やクルトも目を丸くした。初めて知る事実だったからだ。

 レジーナ王妃の出自は多く残されていない。アグアニエベ国が秘密裏に処理したからか、レチェンテ国出身の姫としか聞かない位だ。それがまさかエレノア様と姉妹とは……正直驚きが隠せなかった……


「ディープウッズ家の近くにあり、ララ様と親交のあるブルージェ領は今後も狙われる可能性があります……」


 私は頷く。リアム殿も頷いていた。元々叔父上の事があって狙われることは分かって居た。それが例えアグアニエベ国の王子であっても、領主として自領を守ることは変わらない。

 私は領主としてやるべきことをやるだけだ。


「タルコット様には防衛に力を入れて頂き、いざという時に備えて頂きたい……」

「ええ、勿論です。ピエトロを始め、警備隊員のシュリアとイシャンにも指示を出しております。ご安心ください」

「有難うございます。それと……魔法が得意なものも集めて頂きたいのです……」

「それは……魔術師の職の者ですか?」

「ええ、あの王子の話ではレジーナ王妃が復活するとの事でした……あの妃は魔力も多く、魔法が得意です……物理的な攻撃だけでは防ぐことは難しいでしょう……」


 レジーナ王妃が復活すると聞いて嫌な汗が出た。歴史に残る悪の大魔女……想像するだけで何をしてくるか分からなかった。


「畏まりました。有難うございます。優秀な魔術師を集めたいと思います……」


 話合いを終えた私はすぐに行動に移すことにした。

 ララ様のご恩に報いるため、私に出来ることを精一杯させて頂こうと思った。


 ララ様の友人として……そしてブルージェ領の領主として……私は敵に立ち向かうと決意したのだった。

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