第225話 祭りの後

 ビール祭りが無事終わり、ブルージェ領は静かな朝を迎えていた。

 前日のビール祭りではアダルヘルムとマトヴィルの美しさに倒れる人々以外は、特に大きな問題も無く、夜までお祭りは続き、今朝は二日酔いで街中の人々が寝込んで居る様だった。その為、今日はスター薬局では二日酔いに良く効くポーションを大量に準備していた。それもいつもの半額でだ。メグとジュールには今日も忙しい日となるが頑張ってもらう予定だ。


 来年はこのお祭りを三日間も掛けて行う予定でいる、一日でこれだけの二日酔い者が出るほどだ、三日間行うとどうなることかと心配になってくるが、そこは領主であるタルコットと運営代表のリアムの腕の見せ所だろう。今から楽しみでもあった。


 スター商会へ来て見ると今日は普通通り仕事があるのだが、店の中はシーンと静まり返っていた。どうしたのかと思いながらリアムの部屋へと向かうと、その原因が分かったのだった。


「リアム、おはよう!」

「ぐわっ!」


 リアムに挨拶の声を掛けると頭を抱えて仕事机に突っ伏してしまった。他の皆も全体的顔色が悪い、部屋の中がお酒臭い事から皆二日酔いだという事はすぐに分かった。どうやら二日酔い用のポーション飲まずに働いていたようだ。昨日のうちに人数分置いてからディープウッズの屋敷に帰ったのだがどうして飲まなかったのだろうか? 不思議になり聞いてみることにした。


「リアム、二日酔いのポーションを飲まなかったの?」

「ぐわっ!」


 リアムは変な声を上げただけで、答えようとしない、セオはそんな姿を見て苦笑いを浮かべている。恋する相手に情けない姿を見せても良いのかなと心配になったが、考えてみたらリアムは今までセオに情けない姿を見せてばかりだ、本当の自分を見せられるからこそ恋に落ちたのだと思うと納得出来るのだった。


「……ララ……頼む……小さな声で……」


 どうやら子供の高い声が頭に響く様だ。だからスター商会内がシーンとしているのだろう。子供たちに静かにしててくれと朝の内に頼んだようだった。ノアとルイは裁縫室に行って居るのだが、もし今ノアがここに居たら大きな声をわざと出して、リアムの事をからかいそうだなと思ってしまった。


 私は部屋に居るリアム、ランス、イライジャ、ローガン、ジュリアン、ジョン、グレアム、ギセラに向かって癒しを掛けた。グレアムとギセラは二日酔いではなさそうだったが、昨日の疲れもあると思ってついでに掛けた。すると皆ホッとした表情になり顔色も落ち着いたようだった。それから魔法鞄から私が作った二日酔い用のポーションを出して上げた。リアムは直ぐに手に取ると一気に飲んでしまった。相当二日酔いが酷かった様だ。困った大人である。


「ハァー助かったー、ララ有難うな」


 リアムはニコニコっとして私にやっと顔を見せた。先程までとは別人のようにイケメンになっていて、やっと普段のリアムに戻っとようだ。ランス達もホッとしたような表情になっていた。珍しく彼らも二日酔いだった様だ。


「リアム、二日酔いのポーションはどうしたの?」

「ああ、全部昨日のうちに売りに出した」

「売りに? あんなに沢山? 誰に売ったの?」

「タルコット達だよ」


 話を聞いてみると、昨日は打ち上げでタルコット達と遅くまでスター商会で飲んでいたようだ。その時タルコットに二日酔いのポーションを安く売ってあげたようで、気が付くと私が置いて行ったものまですべてをタルコットに持たせてしまった為に、自分達が飲む分が無くなったしまったとの事だった。

 つまり昨日の祭りに参加したスター商会の大人組は皆二日酔い状態のままという事だ。確かにタルコット達領主邸の人間たちにもポーションは必要だっただろう、けれど自分達が飲む分まで売ってしまうとは、酔った勢いもあったのかも知れないが、お粗末である。まあ、商人なら仕方がないのかなと思うしかなかった。


「リアムもしかしてプリンス伯爵とかお客様方も二日酔いのままなの?」


 リアムは苦笑いを浮かべて大きく頷いた。こちらから招待したお客様方も昨日の打ち上げに参加したようで、皆二日酔いで寝込んでいる様だ。私は仕方なく皆の部屋を回ることにした。

 先ずは一番近い部屋のプリンス伯爵の部屋へと向かった。部屋ではプリンス伯爵と護衛のエドモンも寝間着のまま青い顔をしてベットに横になっていたようだった。朝食も取る気になれなかったようで、朝から水しか飲んでいないようだった。二人にもリアム達と同じ様に癒しを掛け二日酔いのポーションを渡した。泣きそうになる位喜んでいたので、飲み過ぎには気を付けるようにと伝えて次の部屋へと向かった。

 次はワイアット商会のジョセフ・ワイアットの部屋へと向かった。ワイアットも下僕のチャドもそれから護衛のデニスも真っ青な顔だった。私とセオは苦笑いだ。こちらにも同じような処置をし部屋を出た。後で朝食をきちんととる様にと注意もしておく。

 次はブロバニク領の商人ファウスト・ビアンキの部屋だ。ビアンキも下僕のエルモも気分が悪そうだ。流行り病で倒れていた日を思いだすぐらいだった。こちらにも同じ処置をし、部屋を後にする。涙を流しながらお礼を言われてしまい、困ってしまった。泣くぐらいなら飲まなければ良いのになぁーとちょっと思ったが。それだけブルージェビールが美味しかったのだろうと、思い至った。仕方がない事だろう。

 それからジェルモリッツオ国の商人マクシミリアン・ミュラーの部屋へも行った。ミュラーと助手となったパウル、そして御者のベンも部屋に一緒に居た。ベンは大丈夫そうだったがミュラーとパウルは酷い顔だった。仕方なくこちらにも同じ処置をした。年のせいで酒に弱くなってしまったとミュラーは言って居たが、「只の飲み過ぎです」と注意しておいた。まったく困った大人たちだ。


 次はスター商会の従業員の所へと足を運んだ。護衛組は真っ青な顔のまま仕事についていて、これでは簡単に侵入されてしまうのではないかと思う程であった。癒しを掛けて二日酔いのポーションを飲ませると、ほー吐息をついていた。相当辛い中で仕事に付いていたようだ。

 メルキオールに来年は三日間もビール祭りはあるので、飲み過ぎない様に気を付けて下さいねとお願いすると、目をそらして頷いていたので、きっとまた飲み過ぎてしまう確信があるのだろう。三日間大丈夫だろうかと不安になった。来年は二日酔いのポーションを今年以上に大量に作らなければと心に誓った。きっと街中で売れること間違いなしだ。


 研究所組は自分たちでポーションを作れるので問題無いとして、後は何処かなと考えて、スターベアー・ベーカリーに向かってみた。ボビーもルネもミリーも私が顔を出すと元気いっぱいで挨拶してくれた。パートのジェシカやアイラも大丈夫そうだった。ただジェシカとアイラの旦那さんは二日酔いらしく仕事を休んでいる様だ。私はポーションを渡して旦那さんへのプレゼントにと伝えておいた。二人共今度旦那を連れてきて挨拶させますと少し怒り気味に言って居た。どこの旦那様も困った物である。


「はー、これで一通り大丈夫かな?」

「ハハハ、ララお疲れ様」


 セオが呆れた様な顔で私の肩をポンポンと優しく叩いた。ダメな大人たちを見て思うところが有ったようだ。


「セオは大人になっても飲み過ぎて倒れないでね」

「アハハ、そうだね、でも多分俺は酒はあまり効かないと思う」

「えっ? そうなの?」

「チェーニ一族だから、毒耐性が有るんだ……だから……」

「そっか、なら良かった。チェーニ一族もたまには役に立つね。セオが苦しい思いしないならそれが一番だもの」


 セオは急に私の腕を引っ張るときつく抱きしめてきた。チェーニ一族の話が出て不安になったのかも知れない。背の高くなったセオに抱きしめられると表情は全く見えなかったが、胸の音はよく聞こえた。いつもより少し早い鼓動の音を聞いてセオがこれ以上チェーニ一族の件で傷つく事が無いと良いなと思った。いつか必ずセオの生まれた村を見て、一族の皆を悪しき風習から助け出すことができたら良いなと思う、人を殺す一族など無くなるべきだとそう思った。


 リアムの執務室へ戻ると朝の様子とは打って変わって元気そうに仕事に取り組んでいた。お客様や、従業員達に癒しと酔い止めポーションを渡してきたことを伝えた。そしてこちらの大人たちにも来年の祭りでは飲み過ぎ禁止だと強く伝えておいた。だがやはり皆メルキオールのように私からサッと視線をそらしたのだった。まったくしょうがない大人たちだ。


「あ、リアム、これ見てくれる?」


 私は魔法袋をリアムにさしだした。リアムは 何だ? 何だ? という顔をしながら首を傾げると魔法袋の中をのぞいた、すると朝あった時の様な真っ青な顔になったのだった。


「ララ……これは……もしかして……新商品か……?」


 私はリアムに笑顔で頷く、ウエディンググッズもベビーグッズも作ったは良いが色々あって魔法袋に入れっぱなしだったのだ。やっとビール祭りも終わったのでリアム達にお披露目出来る時が来たと、ワクワクしながら魔法袋を渡したのだった。


 リアムは恐る恐るといった様子で、魔法袋から一つずつ商品を出していった。そこまで慎重に扱わなくても大丈夫なのだが、壊れ物も入っている為怖い様だ。私はリアムが商品を出すたびに説明をした。


「あー、それはね、ピンクのシャンパン、結婚式用に良いかなって思って作ったの」

「それは紙おむつ、ミアの子には必要かなと思って」

「それは引き出物用のお皿、他にはタンブラーも良いかなと思って作ってあるの」

「ああそれは、赤ちゃんのテーブルウェアセット、きちんと割れない素材で作ってあるのよ」


 気が付くとランス達も青い顔になりテーブルに並べられた商品たちを見ていた。割れ物は少ないのだがそれでも新商品という事からか怖がった様子で品を見ていて、緊張しているようにも見えた。


「ララ……これは……」


 リアムは嬉しい様で呆然としている、ここの所の疲れも吹き飛んだ様だ。良かった。


「ああ、そうだ。後、ノアがベビー服を沢山作ってくれてあるから楽しみにしててね」


 リアムは嬉しすぎて立って居られなくなり、仕事用の椅子にへなへなと倒れ込んでしまった。ランス達も近場の椅子に座り珍しく薄っぺらい笑いを浮かべていた。どうやら私の作った商品で、皆の初めての表情を引き出せた様だ。頑張って作って良かったと満足したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る