第209話 公共住宅の土地視察②

「俺ちょっと、住んでた場所を見に行ってきてもいいか?」


 食事を一番に食べ終わったルイがそんな事を私に言ってきた。ルイは元々スラムにリタやブライスそしてアリスと、子供同士でひっそりと暮らしていた。その生活はギリギリの状態だったが ”おじさん” と呼ばれる助けてくれる存在もあった為に、何とか生きてこれた様だった。

 私達と出会った時にはガリガリに痩せ、何日もお風呂にも入っていない状態で、着ていた服もあちこち破れボロボロであった。

 アリスに至っては病気の為寝込み、死に掛け寸前だった。ルイは小さいながらもそんな子達のリーダー役として頑張っていたのだった。


 彼らが住んで居た場所は、この炊き出しの場所からとても近い場所にある。スラムの入口ギリギリの、建物と建物の間に屋根を建て、家とは呼べないところで生活していたのだ。そんな場所でも想い出が有るのか、行ってみたいと言ってきた。今はお昼休憩だし、貴族であるタルコットは食事に時間が掛かる、なので行って帰ってくるのは何も問題ないのだが、そこはやはりスラムだ、ルイは強くなったとはいえ、子供一人で行かせていい物か悩む私であった。


「ルイ、危ないから私も付いて行こうか?」

「はっ?」

「へっ?」

「なっ?」


 私の言葉を聞くとあちらこちらから変な声が上がった。ノアとパオロ以外は私の事を細い目で見つめていた。何故かタルコット達までもだ。親(私)が子(ルイ)のお出掛けに付いて行くのがそんなに可笑しい事だろうか……首を傾げていると、セオとリアムが眉間にしわを寄せて私を見てきた。息ピッタリな様子にもう付き合っているのかしらと、少し不安な気持ちがよぎったが、ごくんと言葉を飲み込んでおいた。こんな大勢の前で二人の恋話を聞くのはデリカシーが無いからだ。空気が読める大人女子の私であった。


「ララ、ララがついって行った方が、ルイが危ない目に合うから絶対にダメだからね」

「えっ? そう?」

「ララ、お前はもう少し危機感ってものを持てよ……お前が歩いてたら誘拐してくれって言ってるもんなんだぞ」

「えっ? そうなの?」


 確かにスラムに二回程来たときは、悪そうな男たちに声を掛けられた。でもセオも致し問題は無かったが、私だってある程度剣は使えるのに、大げさでは無いかと思ってしまう。納得がいかず首を再度傾げた、スラムは随分改善されているのに、皆心配し過ぎだと思ったからだ。

 

「あー……ララ様、俺はスラム慣れてるから一人で大丈夫だよ。住んでた場所もすぐ傍だしさっ」


 ルイはそう言うとリアムに頭を下げて、ササッとテントを出て行ってしまった。ルイに気を使わせてしまったと、リアムとセオの方をむんっと睨んでみたが、呆れてため息をつかれただけだった。私の睨みはまだまだ修行が足りないようだ。勿論威圧を使えば違うのだが。


「ララ……あんたって子は……本当に無鉄砲なんだねー……」

「ええっ?」


 ラウラの呆れた様な声に皆がうんうんと頷いて見せた。そんなに可笑しなことは言って居ないはずなのにと、納得しない気持ちを抱えながら、私は残りの食事に手を付けたのだった。


 暫くすると、ゆっくりと食事を取っていたタルコット達も食べ終わり、お茶の時間にした。だがルイはまだ戻ってきておらず、この炊き出しの場所からルイに足で走って五分位の所に以前住んでいた場所はあるのだが、遅すぎる気がして心配になって来た。

 セオも場所の事は知っているので同じ気持ちだったのか、自分の腕時計を何度も見ていた。もしかしたら持ち帰りたい物でも沢山あったのかなとも思ったが、魔法袋もあるし、あそこの荷物は以前取りに行って居るので、何か有ったのかもしれないと不安な気持ちになった時、外で声が上がった。


「おーい! 喧嘩だぞー! 喧嘩だー!」


 外がその声を聞いてざわざわと騒ぎ始めた。私は直ぐにテントを飛び出した。リアムが ララ! と私の名を叫ぶような声が聞こえたが、振り返ることなく突き進んだ。勿論セオは私と一緒にテントを飛び出し、並走してくれている。やはりルイの事が心配なのか、少し怖いぐらいの顔であった。


 騒ぎの場所は、テントの目と鼻の先だった。私達の後ろからは、メルキオールとニールが追いかけて来ていた。私とセオは騒ぎの中心部へと体の小ささを使って潜り込むんだ、するとそこにはルイと成人仕立て位の若い男の子が二人居たのだった。

 男の子たちはガラクタの山に体ごと突っ込んだ状態になっており、一人の子は頭から血を流し、もう一人の子は口から血を流していた。ルイは何があったのか分からないとでもいうような驚いた顔で、二人を見ていた。そしてその顔色は真っ青であった。


 野次馬をなんとか押しのけ、メルキオールとニールも私達のもとへとやって来たので、ケガをしている二人をテントまで運んでもらうことにした。ここでは人が多すぎるため癒しの魔法を使う訳には行かない、呆然としているルイの事はセオに引っ張って来てもらうことにして、テントの中でゆっくりと話を聞くことにした。


 連れてきた二人の男の子と、ルイをソファに座らせてから男の子たちに癒しを掛けた。一瞬で傷と痛みが消えたことに二人は驚き呆然としていた。頭を打っていそうだったので念の為ポーションを出して飲むようにと進めた。二人は飲む前に何故かごくりと喉を鳴らして、周りの大人たちを見ながら恐る恐るポーションを口にした。これもすぐに効き目があったからか、目を見開き驚くと、ポーションの瓶を除いては確かめるようにしていたのだった。


「さて、お前たち、どうして喧嘩なんてしたのか、詳しく説明して貰おうか?」

 

 リアムが男の子二人とルイと向かい合ってソファへと腰かけると、そう言って睨むように三人を見た。ルイは青い顔のまま下を向いていて、男の子二人は都合が悪そうな表情になっていた。


「「「俺達、喧嘩なんてしてないぜ……」」」

「はっ?」

「へっ?」

「なっ?」


 三人の言葉を聞いてまた大人たちのアホな声が揃った。ルイと二人の男の子はしゅんとしている。騒ぎになってしまったことを気にしているようだった。


「取りあえず、何があったのか三人の話を聞いてもいいかしら?」


 私が声を掛けると頭を下げていた三人が、ガバッと私の事を見てきた。二人の男の子は私の顔を今初めて見たかのような驚いた顔をした後、何故か頬を赤く染めていた。子供に騒ぎを見られたのが恥ずかしかったのかも知れなかった。

 その様子にリアムが ゴホンッ と一つ咳ばらいをすると、二人はハッとなり、現実に戻って来たかのような表情を浮かべていた。ルイがハーと息を吐くとやっと事のあらましを話し出したが、ルイの顔色はまだあまり良くは無かった。


「こいつらが……スター商会の会頭を紹介してくれって俺に言ってきたんだ!」


 話を聞いてみると、ルイと二人の男の子は友達ではなく、顔を見た事が有る程度の知り合いだった様だ。今日ルイが炊き出しの手伝いをしている所をみた二人は、一人で歩いているルイを見かけて、スター商会の会頭に合わせて欲しいと頼み込んできたとの事だった。

 勿論ルイは断り、その場を離れようとした、だが二人は引き下がらずにルイの腕を掴んできたそうだ。ルイは振り切ろうとして、思わず身体強化を使ってしまったところ、二人の男の子は勢いよく吹き飛び、怪我をしてしまったとの事であった。

 ルイの話を聞いてテント内に居る大人たちの顔が急に怖い物になった。会頭に会いたいと二人が言ったことで、何か有るのではないかと思ったのかもしれない。男の子たち二人は、急に自分たちを取り巻く空気が変わったことで尚更顔色が悪くなった。特にメルキオールの目つきが怖いので、それを見て震えて居る様だったが、私が一番危険に感じたのはノアだった。まだ威圧を出してはいないが、ノアの背後には何故か黒い物が見え、リンダの時の二の舞いになりそうな雰囲気であった。


「ねえ、二人のお名前を聞いてもいいかしら?」


 二人は私の顔を見ると明らかにホッとし、また頬をピンク色に染めた。二人の気を抜いた様子が許せなかったのか、周りの人たちの目つきはもっと怖い物になった。


「俺はウィルだ」

「俺はサム……」


 ウィルとサムは周りの大人達が怖いのか、私の顔だけを見て名乗ってくれた。ウィルが16歳でサムが15歳だった。二人共ひょろひょろっとしていて、満足に食事を取っていないのではないかといった様子だった。だからこそこの炊き出しに来ていたのかと思うと胸が痛んだ。

 前世なら中学生か、高校生ぐらいだ、まだまだ親のそばに居ても可笑しくない位の歳である、そんな子達がこの世界では成人扱いされることに、少し同情してしまう私であった。


「ウィルとサムはどうしてスター商会の会頭に会いたかったの?」


 二人は顔を見合わせると言っても良いのかと目配せした後、また私にだけ話すように声を出した。皆いい加減怖い顔をやめて貰いたい物である。困った大人たちだ。


「俺達……働きたくて……」

「それはスター商会で働きたいって事かしら?」


 私の問いに頬を可愛く染めたまま二人は頷いて見せた。可愛い物だ。

 二人は10歳の頃から下働きで働いていた店があったそうだ。だが不況のせいで成人になるとクビを言い渡されてしまったらしい、それは成人すると給料を上げなくてはならないため、店主が二人を辞めさせて、また下働きの子供を雇ったせいであった。


「俺達、パン屋で下働きとして働いていたんだ」

「そうなんだ! だからスターベアー・ベーカリーで働かせて貰えないかと思って……」


 二人は商業ギルドにも行ってみた様だ。だがスター商会の受付担当の男性に、スラムに居る奴など雇えないと言われてしまって、話を聞いてもらえなかったらしい。もしかして自殺したとされているオリバーの事かなと、私の頭でそんな考えがよぎった。リアム達もハーと息を吐いていたので、同じ考えだったのだろう。


「分かりました。二人をスター商会で雇いましょう」

「「はっ?」」

「「へっ?」」


 二人は驚いた顔で私を見てきた。意味が分からないといった表情だ。でもまだ怖いのか私以外の人たちの顔を見ることはしなかった。リアム達は頭を抱え、タルコット達は尊敬の眼差しの様な、嫌な予感しかしない目で私を見ていた。そしてノア、セオ、ラウラはニヤニヤと笑っていたのだった。


「ただし、条件があります」

「「じょ、条件?」」


 喉をごくりと鳴らして私を見つめる二人に頷いて見せる。これだけ大騒ぎになってしまったので、何もしないわけにはいかないと思ったからだ。


「二人は字の読み書きが出来ますか?」


 二人は曇った顔でフルフルと首を横に振った。学校へ行って居ないのだから当然だろう。10歳から働いていたのなら自分で勉強するのもなかなか難しかったはずだ。


「では、明日からスター商会に来て勉強をして下さい」

「「えっ? べ、勉強?」」

「はい、字の読み書きはとても大切ですからね。先生はルイです。ルイ二人にしっかりと勉強を教えてあげて下さいね」

「「「ええっ?!」」」


 また三人の声が揃い、私は満足げに頷いたのだった。

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