第205話 主演女優

「スター商会の会頭……ララ……あんたが噂の会頭だったのかい……」


 ラウラは足が治り歩けるか確認する為に立ち上がっていたのだが、私がスター商会の会頭だと知ると、またロッキングチェアに倒れ込むように座ってしまった。顔色も悪いので、急に立ち上がって眩暈を起こしたのかも知れなかった。心配になり顔を覗き込むと、「フフフ……」 と小さく笑いだし、気が付くとお腹を抱えて笑い出してしまい、どうやら私が何かの面白スイッチを押してしまったようであった。


 首を傾げながらラウラを見ていると、笑い終えて満足したのか 「ハー」 と嬉しそうな息を吐いた。そして優しく私とパオロの頭を撫でると、何が可笑しかったのかを話してくれた。


「フフ、スター商会の会頭は女だって噂は聞いてたけど、まさかこんな小さい子とはねー……」


 ラウラは感心したように私の顔を見ながら頷くと話を続けた。

 今スラムでは慈善活動をしてくれているスター商会にとても関心が集まっているそうだ。無料で食事を提供し、そして病気の者には惜しげもなくポーションを与えてくれる、今迄これ程の事をしてくれた者など自領の領主であってもいなかったそうだ。

 そして領主とのビール工場の共同事業で、スラムの者でも仕事が見つかるようになった。スラムの人達はスター商会には感謝しかないのだとラウラは教えてくれた。

 そしてその気持ちをスター商会の従業員達に伝えると皆が口を揃えて、「会頭の指示で動いている、感謝するなら会頭に」と言うのだそうだ。従業員にも領民にも愛される会頭とは一体どんな女性なのかと、スラムだけでなく、ブルージェ領全体で噂になっているのだと教えてくれた。


 そして今スター商会の会頭の事で分かっているのは ”女性” という事だけで、慈悲深く、聖女の様なその女性に皆会ってみたいと、領民達は期待に胸を膨らませているのだとラウラは教えてくれた。


 ラウラの話を聞いて、私の第一声は 「ギャー!」 であった。勿論本当に声は出しはしない。そこはアリナに鍛えられた、鉄壁レディスマイルで何とか持ちこたえる。けれど私の心の中はパニックそのものだった。


 なんで? なんで? なんで聖女とか言われちゃってるの?! ていうか、護衛の皆私の手柄にしないで欲しいよ! 皆がやってくれたことが、なんで私の成果になってるの?! ギャー、聖女とか言われたら絶対に名乗れない! 恥ずかし過ぎる! 期待しないで! ただの幼女なんだからー!


 店に戻ったらイライジャに頼んで噂を消して貰おうと私は心に固く決意した。このまま聖女扱いされてしまったら、スター商会の会頭として街を歩けなくなってしまう。恥ずかし過ぎて憤死してしまいそうだ。それにラウラに笑われるのも納得であった。聖女と噂されている者がまさかこんな子供とは思いもしなかったのだろう。


「ララおねえちゃんは妖精さんみたいなの! とっても可愛くて、凄く優しいもん!」


 羞恥心で死に掛けていた私を救ってくれたのは、パオロの優しい言葉だった。聖女には到底見えない私なのに優しい言葉を掛けてくれたパオロに、思わず抱き着いてしまった。私の壊れかけた心がパオロの気遣いで癒されていく、スラムの子は本当に気遣いが出来ていい子ばかりだ、益々スラムの為に何かしようと気合が入る私なのであった。


「あの、ラウラさん、パオロ、これを……」


 まだくすぐったい心境の中、私は赤い魔法袋を二人に渡した。これには料理や飲み物、そして衣類なども入っている。仲良くなった二人に使ってもらいたかったのだ。

 ラウラは巾着袋を受け取って中を見ると、「ひっ」 と言って青くなってしまった。魔法袋の中身が多すぎたのかもしれない、でも次来れるのは早くても来週だ。許可が下りなければもっと先になってしまう、そう考えると、二人には十分な食料を渡しておきたかったのだ。


「あんた……これは……魔法袋じゃないかい……」


 ラウラの言葉は何故かとても小さい声で有った。パオロに聞かせたくなかったのだろうか? 確かに魔法袋を持っているとスラムでは襲われる可能性がある。なのでラウラにつられて思わず私まで小声になってしまった。ちょっと悪代官が悪巧みをしているようで楽しかったけれど。


「中には食料と医薬品、衣類などが入っています……二人で使って下さい……」


 ニヤリと私が笑うとラウラの顔は益々青くなった。ラウラには演技力がある様だ。悪代官顔の私に驚く演技を見せてくれている。流石は年の功、名演技だ。


「あんた、こんな高価な物、貰えるわけ無いだろう!」


 そうですよね。皆そう言うのですよ……


 私はこれまでの経験からラウラに断れるだろうことは分かっていた。魔法袋は高価な物だ。例え経費が掛かっておらず、私の手作りの巾着なのだとしても、無料なのは駄目なようだ。なので仕事を受けてもらうことにした。


「魔法袋を対価にお仕事をお願いしてもいいですか?」

「……願い事? それは何だい?」

「スラムのゴミを集めて欲しいのです」

「ゴ、ゴミ?! ゴミを集めれば良いのかい?」


 私はこれから領主であるタルコットと相談をして、スラムに安い金額で住める建物を建てたいと思っている。その為にはスラムが汚いままではダメなのだ。住みよくするのはゴミが落ちているような街では意味が無い。ブルージェ領の領民皆が住みたいと思える場所にしたいと思っていた。

 その事をラウラに伝えると、真面目な顔で頷いてくれた。スラムを良くしたいという思いが伝わったようだった。パオロはニコニコ顔だ。可愛い。


「……仲間にも声を掛けるよ……聖女様の願いと有っちゃー、皆張り切るだろうからね」


 忘れかけていた ”聖女” 話を出され、私はまた 「ギャー!」 と心の中で叫んだ。イライジャには揉み消しを速攻でお願いをしなければならないだろう……

 

 そして気を取り直してまた話しを続ける、聖女話しのせいでまだ顔が熱いが、何とか乗り切る。


「ラウラさん、あとこれも渡しておきますね」

「……これは何だい?」

「結界魔道具です」

「けっ、結界ってあんた!」


 私は歩けるようになったラウラとパオロを外へと連れ出し、物置の様だった家を見せた。二人は外へ出た瞬間、自分の家のあまりの代わり様に口を開いて固まってしまった、私は二人の家を、赤い屋根で白い壁の可愛いお家に作りかえたのだ。この見た目だとスラムでは狙われると思い、結界魔道具を渡したのだった。家の変わり様にパオロは嬉しそうにピョンピョンと飛び跳ね、手を叩いていた。その可愛い姿が見れただけでも頑張った甲斐があると言う物だ。


 倒れそうなラウラを支えながら、今度は増築したお風呂とトイレも見せた。パオロは回転しながら喜び、ラウラは青くなったまま黙り込んでしまった。スラムでは危険な建物になってしまったとショックを受けたのかもしれない。少しやりすぎてしまった様だ。 「あんたの周りの人間が気の毒だよ……」 と呟いたラウラの言葉は私の耳には届かなかった。何故なら時計を見るとかなりの時間この家にいたことに気が付いたからだ。置手紙をしてきたとはいえ、長時間炊き出しから抜け出していたら、会頭として従業員に示しが付かないだろう。思わず頬を押さえ 「ひっ!」 と声が出てしまった。


「ラ、ラ、ラウラさん、パオロ、私は戻らないと……」

「ああ、仲間がいるんだったね、心配しているだろうね」


 ラウラの言葉にセオの怒った顔が目に浮かんだ。絶対に今日はアダルヘルムを含めてのお小言フルコースになるだろうと、そう思うだけで目の前が真っ暗になるのだった。


「ララ、あんた怒られるって心配してんのかい?」


 ラウラにブンブン首を振って見せた。これはどう考えても確実に怒られる事間違いなしだ。そんな私を見てラウラはまた笑い出した。やっぱり聖女には見えないようだ。当たり前である……


「ハハハ、そうしてると年相応だね、よし! 良いことを教えてやるから戻ったら実践して見な。パオロ、あんたも手伝っておやり」


 パオロが嬉しそうに頷くのを見ながら、ラウラからのお叱り回避の秘策の伝授を受け、私は帰路についたのだった。

 パオロと一緒に穴をくぐりながら、ラウラからの指導に少し不安がよぎった。


 本当にこんな事で皆が許してくれるかしら……


 そう思いながら最後の壁の穴を通り抜けたのだった。


「ララ!!」


 穴を抜けるとすぐにセオの怒鳴る声が聞こえた。周辺に探査を掛けて居たようで、私が戻ってきたことがすぐに分かったようだ。セオの顔を見ると、怒りで角が生えて居る様だった。オルガがマトヴィルを叱るときの表情にそっくりだ、その姿は思わず後退りしたくなるほどだった。


「ララ! 一体どこに行ってたんだ! 俺が……皆がどれだけ心配したか分かってるの?!」

「ララおねえちゃんを怒らないで!」


 パオロが天才有名子役も真っ青になる程の迫真の演技で、セオと私の間に立ちふさがった。騒ぎを聞きつけて私を探しに行って居たであろう皆がセオの声を聞きつけて近寄って来た。ノアはクスクス顔だが、他の皆は顔色が悪い、かなり心配を掛けてしまった様だ、申し訳ない。だが、パオロの名演技を無駄には出来ない私であった。


「ララおねえちゃんは僕が無理矢理連れて行ったんだ……だから悪くないの……怒らないで……」


 パオロの素晴らしい演技に皆が 「うっ……」 と声を出した。メルキオールが胸を押さえるほどだ。私はパオロの演技に感心しながら、ラウラからの教わった通りに行動をした。先ずはパオロを抱きしめた。


「パオロ……優しい子ね……私は大丈夫よ。貴方に無理やり連れて行かれたわけじゃないわ……」


 私の中々の演技に理由も聞かずに怒ってしまったセオは申訳なさそうな顔になった。他の皆も心配顔だ。ノアだけは相変わらずである。

 そしてパオロを離すと私は皆の前に立ち、顔の前で手を組み、瞳を頑張ってウルウルとさせながら上目遣いに謝った。


「皆……心配を掛けてごめんなさい……困っている小さな子を、どうしても放っておくことが私にはできなくて……」


 そう言って目を伏せると、セオが私を抱きしめてきた。どうやら演技は成功したようだ。周りの皆も涙目になりながら うんうん と頷いている。何かを納得してくれたようでラウラの指導に間違いが無かったとホッとした。


「ララ……怒ってごめんね……そうだよね、ララが困っている人を放っておけるはずが無かったよね……」


 セオの言葉に胸が痛む、何だかだましている様だがパオロを放っておけなかったことは本当なので、セオの胸の中でこくんと頷いて見せる。しめしめである。


「ララ様がお優しい事は皆が分かってたのになっ! 先ずは話を聞くべきだったな」


 メルキオールが良い合いの手を入れてくれた。そのおかげで皆が そうだそうだ と納得してくれた様だ。これで一安心だろう。お小言が回避できそうだ。良かった。


 その後私は怒られる事無く、子供を助けて偉いと褒めてもらった。パオロとは 「また来週ね」 と言って笑顔で別れた。ラウラに成功したことを伝えといてねとの伝言もお願いしておく。パオロはニヤリとして穴へと入っていった。その顔は流石名子役と言いたくなる良い笑顔だった。


 スター商会へ戻ると、メルキオールから私の行方不明の一報を受けていたリアムが、玄関前で待っていた。パオロの名演技は無かったが。私もラウラに仕込まれた一夜漬けならぬ一瞬漬け演技でリアムに立ち向かった。


「リアム……心配かけてごめんなさい。小さな子が困っていて、どうしても放っておけなかったの……私の大切なリアムに心配かけてしまって……本当にごめんなさい……」


 リアムは真っ赤になり 「はうっ」 という変な声を出しながら私の事を許してくれた。ここでも私の演技は通用したようだ。これはもしやの主演女優賞並みの演技なのではと、ついしめしめ顔になってしまった。ノアだけがそれに気づきクスッと笑っていたが、これはアダルヘルムにも通用するのではとニヤリと笑みが溢れた。



 転移部屋を使いディープウッズ家へと戻ると、アダルヘルムが扉の前で待ち構えていた。勿論とっても美しい氷の微笑つきだ。私の背筋には冷たい物が流れた。


「ララ様……お帰りなさいませ。リアム殿から聞きましたよ……」

「あ、あの、アダルヘルム、あのですね」

「お話しはお部屋にて聞かせて頂きましょう、さぁ、時間はたっぷりありますからね……」


 そう言ってアダルヘルムに連行された私は、へっぽこ役者に成り下がってしまった……アダルヘルムには私の演技は通用しないようだ……残念である……


 

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