第195話 秘密と結果

 最近リアムの様子が可笑しい。


 私に内緒でこそこそと何かをしているのだ。私はその原因を探るべくリアムの様子を観察していたのだが、何やらセオと私に秘密で色んなやり取りをしている事が分かった。

 通信魔道具で夜連絡を取り合っている様だし、毎日の様に手紙のやり取りもしている様だ。これはもしかして成人前にリアムはセオに手を出したのではないかと私は疑った。

 何故なら最近のセオはグッと成長していて男らしくなり始めているからだ。背も伸びてカッコよくなっているし、幼さがあった顔立ちは、少しシュッとして端正な面持ちになり始めている。熟す前の果物の様なセオが目の前に居たら、成人男性のリアムが思わず手を出したくなってしまうのは仕方がない事なのかも知れないなと思った。

 だが、セオの母親(ララが勝手に思っている)として、やはりそれは見逃せない。両想いだったとしても、セオが成人するまでは手を出さないのが友人としてのマナーであると、私は思っていた。


 そんな二人を探るべく私は湯浴みに行く振りをして、セオの後をこっそりと付いて行った。セオは自室に戻って同じ様に湯浴みと言っていたが、この時間にリアムと通信魔道具で連絡を取り合って居ることは諜報員(ココ)によって私には連絡が入っていた。決定的証拠を見つけて、リアムをとっちめ……では無く、話し合おうと思っていた私であった。


 セオの部屋の扉の前で、私は耳に身体強化を掛けた。出来るだけ最大限に魔力を使う。セオに気が付かれては元も子もないので傍にココに居てもらい隠蔽魔法を使ってもらって、私ごと存在を隠して貰った。一度でも失敗をすればセオの事である、対策を行い二度とリアムと連絡を取り合う事を私に気が付かれる様なへマはしないだろう。一度きりのチャンスなのだ。万全の態勢で行わなければならない。


 暫くするとセオの声と共に、リアムの声が聞こえてきた。通信魔道具は今の所かなり魔力を使う為、セオはともかく、庶民として魔力量多めのリアムであったとしても長時間は使用できない、きっと簡潔に ”愛してる” などの言葉を言うだろうなと私は睨んでいたのだった。


『R(アール)の様子はどうだ?』

「今日は大人しかったよ。問題はなかった」

『N(エヌ)はどうだった?』

「アリナにべったりだったよ。心配いらない」


 リアムとセオは私が知らない人物の話をしていた。アル? はアダルヘルムの賢獣のことだろうか? エヌは誰だろう……犬? の聞き間違いの可能性もある。身体強化を使っているとはいえ、リアムとセオはコソコソ話だ。とても聞き取り辛かった。


『また手紙を書くから、何かしでかしそうだったら、すぐに教えてくれ』

「うん、分かった。俺も心配だからね」


 結局通信魔道具での話はすぐに終わってしまった。やはり誰かに聞かれることを意識してか、詳しい事は話し合わない様だった。結局二人が何かを気にしている事だけは分かったが、愛し合う決定的な証拠は掴むことが出来なかった。残念である。

 やはり手紙を何とかして見る必要がある様だが、こればかりは他人の手紙を勝手に読んで良いのかと気が引けた。会話なら 「聞こえたよ」 で済むのだが、手紙は 「見ちゃった」 では済まないだろう。ここは会頭として、母親として直接聞こうと決意した私であった。


 就寝の時間になりセオとベットに入る。私はどうにかして聞き出そうと、決意を固めた表情になっていた。するとセオの方からクスクス笑い声が聞こえてきた。片肘で顔を支え笑う姿は、まだ子供とはいえ逞しくなってきたセオがやると、妙に色っぽさがあった。寝間着姿なので少し胸元が広めなのもそれに拍車を掛けていた。こんな姿は絶対にリアムには見せてはならないなと思った。


「ララ、湯浴みの前、何をやってたの?」

「えっ?」


 セオの問いにドキリとした。隠蔽魔法をココに使って貰っていたしバレてはいないハズなのだが、セオはクスクスと楽しそうに笑っている。誤魔化さなければという気持ちにさせられた。


「ココとちょっと……遊んでただけで……別に何も……」

「ふーん、俺の部屋の前で遊んでたんだー。へー」


 これは完璧にバレバレのようだ。変な汗が溢れ出してきた。


「たまたま、セオの部屋の前だっただけだよ、わざとじゃないよ」

「隠蔽魔法使って?」


 そう言われて思わず 「うっ……」  と言葉が詰まってしまった。セオはまたクスクスと笑うと私の腕を引っ張り、自分の胸元へと私を抱きよせた。セオの心地良い心臓の音と体温を感じた。私の大好きな人の温もりと香りに包まれてホッとなる。「心配いらないよっ」 と言われている様だった。


「リアムと連絡してるのは、もうすぐ騎士学校に行くからなんだ」

「学校に行くから?」


 セオは私の髪を撫でながら話を続ける。たまに髪に指を通すのでそれが少しくすぐったい。セオはアリナが整えてくれた金色のサラサラの私の髪が大好きなようで、私の頭に顔を乗せると香りを楽しんでいた。スター商会の商品であるシャンプーの香りは私の自慢の作品だ。気持ちは良く分かった。


「俺もリアムもララの事が大事だし、とても心配なんだ。だからスター商会に行かない日や俺がララから離れている時は、お互いに様子を連絡し合う事にしたんだ。その練習も兼ねて今は毎日手紙と通信魔道具を使ってる、慣れる為にね。だから伝える内容は毎日一緒なんだ。何も心配いらないよ」


 セオはそう言ったあと私の額に口付けをした。可愛い妹だと思っている私を大切にしてくれている行動に、少しだけ恥ずかしさを感じた。もう少しでセオは騎士学校に行ってしまう。寮生活の為、ディープウッズの屋敷に戻ってこれるのも長い休みの時だけだろう。勿論転移が出来るからお願いすればセオの事だ、すぐに飛んできてくれることは分かっていた。でも学園生活を楽しんで欲しい私としてはそれはしたくない、緊急の事でもない限り私の事など忘れて――


「ララ、どうしたの?」


 私の事など忘れて楽しんで欲しいと思った途端、涙がポロポロと溢れてきた。子離れできない母親の様で恥ずかしくなる。セオが旅立つまではまだ数カ月もあるのに、今から泣いているなんて恥ずかしい事だと思った。


「……セオが騎士学校で頑張って欲しい……夢をかなえて欲しい……」


 セオは泣いている私の涙を寝間着の袖で拭ってくれる、優しくそっと宝物でも触るようなその仕草に、もっと涙が出てしまった。セオに毎日会えなくなるなんて寂しい、でもそんな事を口にしてはいけない事は私には良く分かっていた。夢を叶えようとしているセオ(息子)の邪魔をするような親にはなりたくなかった。


 セオは泣き止まない私をぎゅうっと安心させるように抱きしめた。優しいセオが大好きだと私は思った。ずっとずっと一緒に居るために必要な第一歩だ、見送るときは絶対に涙は見せないとそう誓った。だから今日だけはセオに甘えてしまおうと、私は自分からもセオをギュッと抱きしめ返したのだった。


「ララの為に、自分のために……世界一の騎士になるからね」

「うん……セオ、大好き……」


 その日は甘えん坊モードで、セオに抱き着いたまま眠りについた私なのだった。




 祭の月になった。遂に騎士学校の結果発表が届く日になった。朝からルイは見るからにソワソワしていて、見ているこちらまでも落ち着かなくなるぐらいだった。リタやブライスそれに小さなアリスまで、ルイの落ち着かない様子に苦笑いだ。ノアなんて 「落ちてたら僕の護衛はクビだね」 なんて冗談を言ってルイの事をからかっていた。ちょっと気の毒になってしまうぐらいの慌てようだった。

 セオは落ち着いているようだったが、それでも時折意識を玄関の方へと向けて居る様だった。セオにとっては合格よりも結果が心配なのだ。落ちることは100%無いと言える実力なので、問題はテストの点と順位だった。一位を取りたいと、アダルヘルムに並びたいと言って居るセオに取って、入試試験の点数はとても気になる物だったのだ。


 ディープウッズの屋敷の図書室で私、セオ、ノアそしてルイの四人で過ごしていると、飛脚郵便が届いたようで、ドワーフ人形のクックとトートが呼びに来てくれた。お母様の部屋へと来るようにという事だった。

 私達4人は早速お母様の部屋へと向かう。ルイはやはり落ち着かない様で足早になっていたし、顔色は少し青かった。セオは怖いぐらいの緊張した顔になっていた。やっぱり結果を見るまでは二人共落ち着かない様だった。


 お母様の部屋へと入るとソファへと促された。お母様とアダルヘルムの二人の顔を見れば私には結果がすぐに分かったが、差し出された封筒を前にセオとルイは固まっていた。


 ルイは騎士学校の封筒をアダルヘルムから受け取ると、勢いよく開けて中を見た。私とノアも後ろからそっと覗いた。そこには――


『ルイ・ディープウッズ 合格 国語85 計算90 古語76 社会75 魔法学82 剣術A 武術A 順位25』


 と書かれていた。千人以上受けてのこの結果である。十分な成績と言えるだろう。ルイもホッと息を吐き、緊張が抜けたのか笑顔になっていた。


 セオはアダルヘルムから受け取った封筒を、ペーパーナイフを借りてサッと開けた。勿論セオの結果も覗き見る。

 


『セオドア・ディープウッズ 合格 国語100 計算100 古語100 社会100 魔法学100 剣術S 武術S 順位1 新入生代表』


 結果を見た途端セオの顔が蒸気して赤くなるのが分かった。合格だ、それも完璧な合格! 文句の付けようがない。全て100点だし、武術も剣術もSだ。流石セオである。有言実行。アダルヘルムに並んだといえよう。


 私は嬉しくてセオに勢いよく抱きついた。セオは放心状態でまだ結果を見ていた。取るとは言っていたが、本当に自分でも満点が取れるとは思って居なかったようだ。まだ信じられないような、そんな表情を浮かべていた。


「セオ! セオ! 凄い! 満点だよ! 流石私の騎士! カッコいい!」

「セオ凄いねー! 僕の護衛にもこれぐらい頑張って貰わなきゃだねー」


 私とノアが褒めるとやっとセオは笑顔になった。ホッとしたのか、少し目がウルウルとしていた。チェーニ一族で6位の子と呼ばれていたセーイはもう居ない。ここに居るのは騎士学校で新入生代表になったセオドア・ディープウッズだ。私まで嬉しくて涙が出そうになる。セオがずっと頑張ってきた事を知っているだけに、感動も一入だ。お母様もアダルヘルムも嬉しそうに微笑んでいた。


 セオが照れた笑いを浮かべながら、封筒に触るとまだ何か入っていた様で首を傾げた。封筒を逆さにして中身を手の平に出して見ると、金色に輝く星の形の胸章が入っていた。学年代表の胸章の様だった。

 それを見てアダルヘルムが懐かしそうな表情になった。アダルヘルムも付けていたそうだ。


「セオ、良く頑張りました。立派ですわ。ルイも短い期間でこれだけの成績ですもの、素晴らしいです」


 お母様が二人に優しく微笑むと、二人は真赤な顔になった。嬉しそうだ。アダルヘルムが誇らしげに頷くと二人の頭を優しくなでた。師匠として弟子の成長は喜ばしいのだろう。


「セオ、ルイ、良く頑張った。だが、ここがスタートラインだ。これから騎士になる為に学校での訓練が始まる、気を抜かず精一杯努力するように」

「「はい! マスター!」」


 アダルヘルムに真剣な表情で返事を返した二人を見て、今日は美味しい料理を沢山作って二人をお祝いしようと、気合いを入れた私なのだった。

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