第193話 嬉しい報告

 嬉しい事とは続く物である。


 ある日、スター商家にある私の執務室へとアーロとミアがやって来た。勿論可愛いピートもだ。何か報告があると言うのだ。

 私は三人をソファへと促すとお茶を入れてあげた。ピートには可愛いのでクッキーも付けてあげた。食べなくても問題の無いノアがそれを見て自分も欲しいと言い出したので、ノアにもお茶の他にクッキーを出してあげた。甘えん坊のノアにセオとルイは苦笑いだ。


 アーロはお茶を一口飲むとミアと目配せをして、少し頬を赤らめながら、私達に話を始めた。


「ララ様……実は俺達……私達に二人目が出来まして……」


 私は手にお茶が入ったカップを持ったまま固まってしまった。自分でも目がまん丸くなっているのが分かった。アーロが二人目と言ったのは、つまり……つまりミアが妊娠したという事だ。私に孫の様な存在が出来るのだ、これを喜ばないはずがない。

 私がカップを戻すとガチャッと大きな音がした。普段通りに受け皿に戻したつもりだったが、勢いが付いてしまった様だ。その音に少しだけアーロとミアが驚いていた。私はそんな二人の手を取ると、多分今までで一番良い笑顔で二人の顔を見た。


「おめでとうございます!! 素晴らしい! 素晴らしいです!」


 部屋の中だけど飛び上がりたい気分だったが、妊婦の前では危ないためそれをぐっとこらえた。アーロは私の喜びに感動したように涙目になっていたが、ミアは泣き出してしまった。妊娠初期は情緒不安定になる。私は大きな声を出したので驚かせてしまったのかと慌ててしまった。


「ご、ごめんなさいミア、大きな声で驚かせてしまいましたね。つい嬉しくて興奮してしまいました」


 言い訳をする私にミアは泣きながら首を横に振った。アーロは相変わらずウルウルとしたままの目をしてそっとミアの肩を抱き、ピートは可愛い笑顔でミアの事を覗き込んでいた。助けを求めるためにセオ達の方を見たがニヤニヤしているだけで、誰も助け船を出してくれる者はいなかった。役に立たない。オロオロする私の様子にミアがクスリと笑ったので少しホッとすると、ミアは指で涙を拭って私にニッコリと良い笑顔を見せてくれたのだった。


「ララ様、泣いて困らせてしまって申し訳ありません……嬉しくて、つい涙が出てしまって……」


 どうやら私が喜んだことが嬉しくて泣き出してしまった様だった。とにかく怖がらせたわけでは無かった事にホッとする。でも何故喜んだだけで、泣く必要があるのかと今度は疑問になった。でもそれはアーロが解消してくれたのだった。


「ララ様、普通は一従業員の妊娠に一々会頭が喜ぶことはありません。それもララ様はディープウッズ家の姫様だ。俺達とは立場が違います。なのにこんなに喜んでいただけたら、ミアが泣きたくなるのは当然なんですよ……」


 つまり前世で言うところの会社の社長が従業員の妊娠を喜び大騒ぎしているという形になるのだろうか? それは不思議かも知れないが、私とアーロ達ではただの従業員と会頭という立場がそもそも違うのだと思った。


「確かに私は会頭でディープウッズ家の姫ですが、アーロもミアもそしてピートもただの従業員ではありません。私の大切な家族で、仲間です。大喜びするのは当たり前じゃないですか。だって自分の家族が増えるんですもの!」


 今度は何故かアーロまで声を出して泣き出してしまい、私はまたオロオロする羽目になってしまった。何とか何とか二人を落ち着かせると。私は色々と質問することにした。


 ミアはピートを出産した時に診てもらった産婆さんの所で今回も妊娠の確認をして貰った様だ。出産の際はその産婆さんにスター商会へ来てもらうことにしたいというので、勿論許可を出した。臨月に入ったらずっと泊まり込んでもらいましょうと伝えると、夫婦そろって苦笑いをされてしまった。


 それからミアの仕事の事だが、今は妊娠初期の為落ち着くまでは無理せず休むようにと伝えた。安定期に入れば体を動かした方が良いと思うので、ミアの体調を見ながら今できる仕事をやってくれればいいと伝えると、また泣き出しそうになってしまったので、止めるのが大変だった。


 私には出産経験は無いが、薬草の知識や、鑑定魔法、それから癒しも使えるので緊急時だけでなく、何か気になった時は夜中でもすぐに呼び出して欲しいと伝えると。何故か困らせてしまった。二人共どうしていいのか分からなくなってしまったようだったので、これも勉強なのだと無理矢理……では無く、何とか了解してもらえたのだった。


 ある程度話を終えて、ベビーベットやおくるみやベビー玩具を頭の中で考えていると、アーロがミアとまた見合わせた後、私に話しかけてきた。熱々の夫婦で何よりだ。


「あのララ様……子供が生まれたら……その、名前を付けて頂けないでしょうか?」

「名前? えっ? 私がですか? ええっ? そんな重大な事、私でいいのでしょうか?」


 またオロオロしだした私を、今度は二人が嬉しそうに見つめていた。


「ララ様、私達の恩人であるララ様からお名前を頂戴したいのです……ご迷惑でしょうか?」


 いつの間にか恩人扱いになっていたことに私は驚いたが、迷惑では無いので首を勢いよく横に振った。とっても名誉なことだからだ。二人は嬉しそうに微笑むと、ホッとしたようであった。


 これは責任重大である……ディープウッズの屋敷で早急に名付けの本を調べなければと、心に誓った私なのであった。

 三人が私に礼をしてから部屋を出て行った後、私はセオとノアやルイと共にリアムの執務室に向かった。アーロ達に子供が出来たので、作りたいものがわんさか頭に浮かんできたのだ。この世界での出産に必用な物を確認しながら、出来るだけ多くの物を私の孫(勝手に決めている)に作る予定でいるのだ。やる気が満々である。今なら100個ぐらい新商品が作れそうだ。


 嬉しくて廊下をスキップする私と手を繋ぎ、ノアも嬉しそうにスキップをしてくれている。アリナとオルガに見つかったら怒られそうなので、ここがスター商会で良かったと思った。何故ならまったく気持ちを押さえられないからだ。セオとルイが私達の後ろで大きなため息をついていたのが分かった。


 鼻歌を歌いながらリアムの部屋へと入った。曲名は ”こんにちは赤ちゃんだ” もう気持ちが止まらない私であった。

 執務室でのリアム達はとっても忙しそうだった。相変わらずだが、人数が増えたはずなのに変わらない様子に、いや、もっと忙しくなった様子に可哀想になる。ここの所開店などで、店が忙しかったのでしょうがないだろう。何せ店が暇な日などスター商会にはないのだから。


「おう、ララ、アーロとの話合いは終わったのか?」


 リアムは執務机で大量の書類に囲まれていて大変そうだった。全ての仕事は副会頭であるリアムが最終チェックをしなければならないので、人数が増えた分それが回ってくるのが早いのだろう。その上仕事が増えているのだ。会頭としてあまり役に立たない私は、リアムに申し訳ない気持ちになった。こういう時こそ売上の伸びる新商品を作ってリアムを喜ばせるしかないだろうと。”ベビーグッズ作りたい病” に掛かった私はうんうんと頷いたのだった。


「リアム! 子供が出来たのです!」


 リアムは私の言葉を聞いて嬉しかったのか机の書類をバサッと落としてしまった。先程私も嬉しくてカップを戻すのに大きな音を立ててしまったので、気持ちが良く分かった。ただ何故か、ランスはリアムの事を信じられない様な目で見ており、他の男性陣は真っ青になっていて、ここでただ一人の女性である双子の相方ギセラは、軽蔑するような目でリアムを見ていたのだった。


「いやいやいや、待て待て待て、違うぞ、俺じゃないぞ!」


 リアムは何故か周りの皆に向かって 「俺が妊娠したわけじゃない」 というような言い訳を始めた。当然である。リアムは男なのだ私だってはそんな事は分かっている。ノアはクスクスと面白そうに笑い、セオとルイはちょっと落ち着きのないリアムの事を同情するような目で見ていたのであった。


 仕事疲れなのかも知れない。可哀想に……


 リアムは青いを通り越して、蒼白な顔色で私達が座るソファへと腰かけると、怖いぐらいの表情で私に問いかけてきた。


「それで……父親は誰なんだ?」


 母親では無く父親を訪ねて来たことに疑問を持ったが、疲れているとおかしなことを言いだすのは当たり前の事である。そこはしょうがないだろう。それより結婚していて子供が出来そうなのはミアぐらいしかスター商会には居ないのだが、今のリアムには疲れからか、そこまで考えが回らない様であった。

 周りにいる皆は緊張した様子で私達の事をジッと見ていた。ノアは笑いが抑えられないのか、両手で顔を覆っていて、まるで肩を震わせ泣いている様にも見えて、セオとルイは呆れた顔でそれを見ていた。


「父親は勿論アーロですよ」

「ア、アーロ?! アーロだって?!」


 何をそんなに驚いているのかは分からないが、リアムは思わぬところから攻撃でも受けたように大きな声を出し驚いていた。そして 「あいつ妻も子供もいるのに……」 と小さく呟くと、誰かを絞め殺しそうなほどの怖い表情になった。セオラブのリアムからすると子供が出来るのが羨ましい様だ。


「ミアとアーロに二人目の子供が出来たのです! もう私は興奮しすぎて止まりません!」

「はぁ?!」


 よく聞こえなかったのかリアムが変な声を出したので、もう一度ミアとアーロに子供が出来た話をしてあげた。リアムはソファにぐでんと倒れ込むと 「はー」 と安心したように大きなため息をついた。周りの皆は何故か一瞬ガクッと肩の力が抜けたようになり。その後何事も無かったかのように仕事に戻っていった。リアムが取っ散らかした書類は、ジョンが一生懸命拾ってくれていたのだった。


「分かった……つまり、アーロ夫妻に二人目が出来たって事だな?」


 何度もそう伝えているのに、また確かめるようにリアムは私に聞いてきた。疲れていて理解力が乏しい様だ。機嫌のいい私はお疲れのリアム達に後で癒しを掛けてあげようと思った。

 私が笑顔で頷くと、やっとリアムは笑顔になった。脳まで内容が伝わったようだった。


 私はミアの仕事の量を減らして欲しい話や、産婆の件などをリアムに伝えた。どれも問題が無い様で了解がもらえた。でも話はこれからである。リアムにベビーグッズを作りたい話を始めた。仕事を再開していた面々はまたピタリと手を止めて、こちらの様子を伺っていた。やはり商人として新商品には興味がある様だ。


「それで、赤ちゃんの商品を色々と作りたいと思っていて、先ずはベビーベットかしら?」

「じゃあ、ベビー布団は僕が作ろうかなー」

「本当?! ノア有難う! それから【バウンサー】とか【メリー】とかも必要だよね?」

「あ、じゃあ、僕【ベビージム】作ってみたい!」

「【紙おむつ】も必要よね、それから勿論【ベビーウエア】も」

「ララなら【セレモニードレス】も作りたいんじゃないの?」

「ああ! 流石ノア! 良く分かってる!」


 私とノアの話についてこれないのか、リアム達は話を聞くだけだ。時折見せる無我の境地の顔をしているので。話し合っているベビーグッズには問題は無い様だった。


「ウエディングパーティーの件とベビーグッズの件で担当が必要だよね?」

「うん! 僕はギセラがいいな」

「じゃあ、ベビーグッズは双子の二人に担当して貰って、ウエディングパーティーの件はサシャに担当を相談してみようかな……ねぇ、リアム、どう思う?」


 私の問いかけにリアムは何故か顔を覆ってしまった。ノアに指名されたギセラは嬉しいのか、真っ青な顔になって双子の相方グレアムにもたれ掛かっていた。リアムがボソッと 「二倍どころか、十倍じゃねーか……」 と呟いていたのは、話に夢中になっていた私とノアにはまったく聞こえなかったのであった。

 

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