第175話 お断りと剣の稽古

「……アラスター・ディープウッズ……」


 プリンス伯爵はそう言うと息が止まってしまったかのように動かなくなってしまった。

 エドモンドも同じ様に信じられないと言った表情を浮かべ、動きが止まっている。お父様の名前はそれだけ破壊力があったようだった。


 何故かプリンス伯爵とエドモンドの様子を見てリアムとランスは満足げな顔であった。接待をするホスト側がそんな顔で良いのかと私は呆れていた。

 それに私には名前を名乗るなと言っておいてのお父様情報投下である。この二人にも唐辛子入り料理を食べさせようと決意した私であった。


「取りあえずカエサル・フェルッチョ様とのお約束もありますし、食事を済ませてしまいましょう」


 私の声に緊張した空気をだしていた皆が、ハッとして動き出した。でもリアム達はチラチラとプリンス伯爵を見て警戒して居る様だったし、プリンス伯爵とエドモンドは先程までの美味しそうな表情とは打って変わって、まるで砂でも食べているような、口に料理を無理矢理押し込んでいるような状態になってしまった。


 ポーションの効果が効いているとはいえ、お客様にこんな表情をさせるなど、リアムには困ったものである。セオがいないとダメなんだなと、改めてリアムのセオに対する気持ちの大きさを実感した私であった。


 イライジャとローガンがノックをして部屋へとやって来た。後ろにはジョンもいた。ウエルス邸からの応援が来たことで、お昼休憩を取るとともに、こちらの様子を見に来たようだ。


 楽しい昼食から一転、冷え切った空気になっていたので三人が部屋に来てくれてホッとした私であった。

 三人にも唐揚げ定食を出してあげる。ジュリアンの横に座ると三人ともチラッとプリンス伯爵に目を向けていた。プリンス伯爵の顔色が悪かったので気になったのだろう。


 下僕のジョンを座らせたまま、私が三人にもお茶を出してあげた。皆申し訳なさそうな顔をしていたが、こんな時は子供なので役に立たない会頭だ、お茶ぐらいは入れさせて欲しい物である。


「……ララ様……先程は飛んだ失礼を致しまして……」


 プリンス伯爵が何とか最後まで料理を詰め込み……食べ終わるとそんな事を言ってきた。プリンス伯爵が何か失礼なことをしたかなと考えたが、全く思い浮かばなかった。

 どちらかと言うとリアムの方がよっぽど失礼であった。食事中にテーブルを叩くなどマナー違反だからだ。


「プリンス伯爵、全く失礼な事などありませんでしたよ。それどころかとても嬉しかったです」

「えっ?」


 プリンス伯爵はキラキラした目で私を見ている。エドモンドもだ。リアムが怖くて、涙目になっていたからかも知れなかった。


「息子さんと是非お友達になりたいと思います」

「へっ?」

「「はっ?」」


 友達宣言をしただけなのにプリンス伯爵は間抜けな声を出し、リアム達はアホな声を出した。今日の大人は少し可笑しい様だ。


「今度こちらへ来るときは、是非奥様と息子さんも連れて来てください。スター商会には年の近い子が沢山います。皆と仲良くなれると思いますよ」


 そう伝えるとプリンス伯爵は苦笑いになり、リアム達はホッと息をついていた。今来たばかりのイライジャ達は意味が分からず、首を傾げていたのであった。


 食事を終えると、プリンス伯爵は稽古着に着替えるために客室へと戻って行った。私も食事の後片付けを終えて、リアムの部屋を出ようとしたら呼び止められた。リアムは真剣な顔だ。少し怖いぐらいでもあった。


「ララ、さっきのは分かってて断ったのか?」

「断る? 何を?」


 リアムは驚いた顔を見せると頭を抱えてしまった。今日のリアムはポーションのせいで情緒不安定の様だ。意味の分からない行動や言動が多過ぎる。少し心配になってしまう。


 リアムは大きな大きなため息をつくと、自分の仕事デスクに腰掛けガックリと肩を落とした。疲れ切っている様だ。ランスも自分がポーションを飲ませすぎたせいと思ったからか、気の毒そうにリアムを見つめていた。


「さっきのプリンス伯爵の子供の件だよ、皆で仲良くしましょうってのは、断り文句だろ」

「断り文句?! えっ? そうなの? じゃあ、息子さん遊びに来ないって事?」


 驚く私に何故かリアムとランスはもっと驚いた顔をしている。意味が分からないのはこちらである。ハッキリと言って欲しい物だ。


「リアム様……ララ様は6歳でございますよ……」

「あー、そうだな、ララ悪かった、何でもない、気にしないでくれ……」


 リアムはそう言うと疲れ切った笑顔を私に向けてきた。訳が分からないがリアムの中では納得できたようなので、私は首を傾げながら部屋を後にした。

 まさか、自分がプリンス伯爵に息子との婚約を打診されていて、それをやんわりとお断りしたなどとは、全く気が付かなかった私なのであった。


 今の私の心の中は、メルキオールの代わりにプリンス伯爵の接待を頑張ろうという事しかなかったのである。


 着替えを終えて裏庭へ行くと、カエサル・フェルッチョはもう準備運動を済ませたところであった。

 私も大急ぎで準備運動を始めた。するとリアムとジュリアンもこんな忙しい状況なのに裏庭へとやって来た。憧れの英雄カエサル・フェルッチョと稽古できる機会を逃す気は無い様だ。二人も大急ぎで準備運動を始めた。


 私はアップし終わると、結界魔道具を庭の四隅に張った。マトヴィルの様な間違いは犯さず、きちんと固定も忘れない。従業員の練習ならば魔道具は必要ないが、カエサル・フェルッチョと私だと、ディープウッズ家での練習並みの事になるだろう、店を壊さないためにも必要な行為であった。


 すると丁度プリンス伯爵とエドモンドも降りてきたので、結界の中に入れて上げた。これで練習参加のメンバーは全員揃った。


「よし、ララ様、早速私と打ち合いますか?」

「はい! カエサルさん、宜しくお願いします!」

「フフ、元気が良いね。ああ、私の事はどうかカールと気軽に呼んで下さい」

「では、私の事はララと呼んで下さい。カールさん」


 ライオンの様なカエサルは笑うととても可愛かった。やっぱりモフモフならぬ、いい子いい子して鬣ではなく髪の毛に触ってみたいとそう思った。リアムが憧れの英雄と私が仲良くしていたことに、焼きもちを焼いたようで少し視線が怖かった。もしかしたらリアムのストライクゾーンは、騎士限定なのかも知れないなとその顔を見て思ったのだった。


「さあ、遠慮はいらない、思いっ切り掛かってきなさい!」

「はい!」


 カエサルの英雄らしいカッコイイセリフに痺れながら、私は体に身体強化を掛けた。それを見てカエサルがニヤリと笑う。


「素晴らしい魔力だ、とても子供とは思えないね」

「行きます!」


 私は宣言すると大きく飛び上がり、素早く剣を振るう。本気の攻撃だが、カエサルには全く歯が立たなく簡単にいなされてしまう。まるでアダルヘルムに指導を受けている様だ。

 普通の攻撃では全く歯が立たないと判って、私は転移を使い瞬間移動の様にあちらこちらに転移して攻撃を仕掛ける、ここでやっとカエサルを一歩だけ動かすことが出来た。カエサルの表情がニヤリと嬉しそうな物になった。


「フフ、ではこちらからも」


 カエサルが受け身だった剣さばきから、攻撃へと転換した。一撃一撃が重くて刀を持っている腕がビリビリと痺れる。まるでマトヴィルの様な力強さだ。気を抜けばフッ飛ばされてしまうことがよく分かった。


 防戦一方の私はこのままではやられてしまうと思い、魔力を今出せる精一杯に出力した。カエサルは益々嬉しそうに笑った。余裕顔のカサエルに向けて私は魔力を最大限に纏わせた刀を振り下ろした。だが横からの攻撃に弱い刀はカエサルの振りの一撃で折れてしまった。


 しまった……と思った時にはカエサルに蹴りを入れられ、私は結界の端まで吹き飛ばされてしまった。

 私の体が飛んでいく勢いで地面にズザザーッと線が入った。遠くからリアム達の悲鳴のような私を呼ぶ声が聞こえたが、その音にかき消されていた。


「はー……負けちゃった……」


 地面に寝転びながらそう呟くと、良い笑顔のカエサルの顔が視界に入って来た。私に手を差し出し起こしてくれると、抱きかかえてくれた。鬣の様な髪の毛が風でなびき、とてもカッコイイ。本当に百獣の王の様だ。


「ララ様、いいえ、ララ、なかなかいい攻撃だったよ」


 優しいカエサルの言葉に私は首を横に振る。カエサルを動かせたのはほんの少しだけだ、私ではまだまだ相手にならない事がよく分かった。


「いいえ、カール、自分の未熟さがよくわかりました……」


 そう言うとカエサルは私の頭を優しく撫でた。父親ライオンが子供を褒めているようでキュンとなる。私もライオンになれた気分だった。幸せである。


「そうやって反省が出来る者は強くなる。ララはまだまだこれから強くなれるよ。そうだ……セオくんはララと同じぐらい強いのかな?」

「いいえ、セオは私よりも何倍も強いです。スピードももっとありますし、剣の扱いも私とでは全然違います……」


 セオが作ってくれた刀を見ながら、自分が未熟なせいで折れてしまった刀に申し訳ない気持ちになった。セオに謝らなければならない。


「フフ、そうだね。君は魔力が多い様だから、武器を使うときは繊細に魔力を武器に纏わせ無いといけないね。良く分かっていて素晴らしいよ」


 カエサルは紳士だからか、未熟者の私でも良いところを褒めてくれる。そんな優しさにジーンと感動した。


「内緒なんだけどね、私はユルデンブルク騎士学校から教師としての打診が来ているんだよ」

「えっ?!」


 思わぬことに思わず大きな声を出してしまい、サッと両手で口をふさいだ。カエサルがクスリと笑う。またその笑顔がカッコイイ。


「断ろうと思っていたけどね……ララと会って受けてみたくなったよ」

「……それって……」

「セオくんの事は私に任せてくれ、完璧な騎士に仕上げて見せよう」


 そう言ってカエサルは私にウインクをしてくれた。内緒だけど今すぐセオに話したい気持ちになってしまう。勿論そんな事はしないのだが、きっとこんな素敵な人に会えばセオは目をキラキラと輝かせるだろう。何故ならセオも私と同じように動物好きだ。こんなカッコイイライオンに惚れないはずが無いのだから。


 その後私とカエサルは指切りげんまんをした。そんな様子を見たリアムが、英雄と仲がいい私に焼きもちを焼いたようで、真っ赤な顔で怒っていたのが少しだけ怖かったのである。


 因みに私の強さを知らない面々は、この戦いを見て腰を抜かしてしまい、その後の練習は不参加になったのであった。


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