第167話 不思議な迷い人ルド

 迷子のルドは熱々のグラタンを幸せそうな顔で食べている。気に入ったようだ。

 サラダや飲み物も見たことが無い初めて食する物なので、とっても喜んでいた。


「この くろびいる って物は美味しいね。初めてのんだよ。それにこのサラダ、この緑色の物は何だろう……初めてみるけどクリーミーでとっても美味しいよー」

「緑色の物はアボカドです。ディープウッズの森で捕れるの、黒ビールは味が濃い目だから男性向きかも。冬には特に好まれるかな……ってルドさんどうかしました?」


 ルドが何故か私の方を不思議な物でも見るようにジッと見つめてきた。キッチリと教育されているであろうマナーが出来ている人なのに、今はポカンと口を開けて私を見ている。食事中なのにだ。


「ううん……君……ララちゃんだっけ? 子供だよね? いくつなの?」

「6歳です。ルドさんは?」

「フフフ、23だよー。何だか君の方が大人みたいだー」


 ニコニコっと笑いながらルドはそう言うと残りの食事に手を付けた。お酒はお昼なのでグラス一杯で止める様だが、他のお酒も気になるのか悩んでいるようにも見えた。

 なので 「後でお土産に気になるお酒をプレゼントしますよ」 と伝えると見るからに喜び益々ニコニコっと笑っていた。その様子に子供の様に無邪気で可愛い人だなと思った。それに23歳にもなって迷子になるなら、確かに私の方が大人に見えるだろうなと納得したのであった。


 食事を終えて取り敢えず私の執務室へとルドを連れて行くことにした。

 ルドは道すがら色んなものに興味を持ち、廊下で立ち止まっては これなあに? あれなあに? と飾られてある魔道具や美術品を私に聞いてきたため、執務室へ辿り着くのに20分も掛かってしまった。

 

 執務室に着いて先ずはルドに紙飛行機の手紙の用紙を渡した。これを使って下僕と護衛にスター商会に居ると連絡して貰えば、すぐに迎えが来るだろうと思ったからだ。

 ルドは初めて見る魔紙で作られた紙飛行機用の紙に興味津々だった。この店で販売していると教えると、財布を持っている下僕が来たら必ず買って帰るんだとキラキラした子供の様な目をして言ってきたので、これもお土産でプレゼントすると伝えるとルドは わーい と言って手を上げて喜んでいた。本当に23歳なのかとちょっと不安に思ってしまったが、嫌な感じはせず、むしろ可愛い青年だと思っただけであった。

 これで見た目がマルコの様で有ったら何の違和感も無いのだが、ルドは優しそうな立派な紳士に見えるので、わーいと喜ぶ姿は違和感しかなかったのであった。


 手紙を書き終えるとルドに何かやりたいことは無いかと聞いてみた。

 スター商会には庭もあるし、この時間なら寮の食堂も子供たちしかいないだろうし、今度はスター・リュミエール・リストランテに行って客役をやって貰ってもいいとも思ったのだ。けれどルドが選んだのは図書室だった。


「僕さー、昔から本が好きなんだけど、家には商売の本ばっかりでさー。最近はお小遣いを貯めて自分で買ってるけど、本は高いからねー。なかなか手に入れられなくってさー……」

「……ルドさん……お仕事は? お小遣い制何ですか?」


 結婚していてお小遣い制なのかなとも思ったが、これだけ上質な服を着て上品に育てられた人が少ないお小遣い制なのも可笑しいなと思ってしまい、ついよそ様のお金関係の事など聞いてしまったが、ルドは全く嫌な顔をせずニコニコと笑って答えてくれた。


「僕は実家のお店で働いていたんだけどねー」


 ルドはマイペースな口調で話し出した。内容はルドの事なのだが、ソファに座り話すその姿は、声が聞こえない人から見たら、落ち着いた青年が子供に何か諭しているかの様に見えるだろうなと思うようなしぐさで有った。

 ルドは商家の次男坊らしく、当たり前の様に成人すると実家の第二店舗を任されたそうだ。ただ余り商売には興味が無かったため、赤字にならなければ良いだろうと思い、同じ様な物をずっと取り扱い、同じものを売るといった代わり映えの無い商売をしていたようだった。


 そして最近は今までルドの補佐役だったイディオムの役職に付いていた者に仕事を任せ、本ばかり読んでいたところ、本店の店長であるお兄さんに 「弟の様子でも見てこい」 と言われて実家を追い出されてしまったとの事だった。今までも店長とは名ばかりで給料も貰っておらず、お小遣い程度のお金だけを貰っていたのだが、弟の所へ行かないならそれも無しにすると言われ、仕方なくブルージェ領へと来たようであった。


 そして慣れない土地で読みたい本を探して迷子になってしまったとの事であった。店長を任せていた弟がこれではお兄さんもイライラしただろうなと、少しお兄さんに同情してしまう私なのであった。


「僕って商売に向いてないんだよねー。楽しいと思った事、一度も無いしさー」

「だったら、ルドさんは何に興味があるんですか? 何をしてる時が一番幸せですか?」

「えっ? 幸せ?」

「そうです。私は物作りが好きなので、商品を作る仕事をしています。ルドさんも好きなことを仕事にしてみたらどうですか?」

「……僕は本を読むのが好きだけど……でも……えっ? 商売しなくていいの?」


 衝撃を受けたかのように目を真ん丸にしてルドは私に問いかけてきた。商人になることが当たり前で他の仕事など考えられなかったのかもしれない。もしかしたらそういった環境だったのかも知れないが、前世で親の言いなりのまま進学も結婚も習いごとも全て決められていた私には、ルドの気持ちが痛いほど良く分かった。商売以外に別な道を進んでいいなど思わせても貰えなかったのだろう。私はルドの手を握り励ますように優しく声を掛けた。


「ルドさん、ルドさんの人生なんですよ、決めるのは自分です。本がお好きなら小説やエッセイなどを書くことに挑戦してもいいし、本を作る人になっても良いと思います。ルドさんはどんなことがしたいですか? 友達として私が協力できることはお手伝いいたしますよ」

「僕は……僕は……」


 ルドは私の手を握りそう言いながら固まってしまった。ずっと商人にならなければいけないと思っていたのだ、突然自由に好きなことをと言われても考え付かないのだろう。

 私は呆けているルドの手を引いて立たせると、取りあえず図書室へと向かうことにした。今はまだ何も思いつかないかも知れないが、大好きな本を読んでいれば少しづつ自分の考えがまとまるかもしれないと、そう思いついたからだった。


 ルドはポーっとしながらも 「図書室に行こう」 と私が言うと立ち上り動き出した。頭ではこれからどうしようとグルグル考えて居る様だったが、心と体は図書室に向いて居る様だった。


 図書室へ着くと皆お昼にでも行って居るのか子供たちもロージーの姿もそこにはなかった。ルドは私が子供たちの為に揃えた本に目を向けると悩みも飛んで行ったのか、張り付くように本棚を眺めていた。

 そして気に入った本を手に取るとすぐに読みだそうとしたために、ここは子供たちも来るので私の執務室へ行ってから本を読むように話すと、こくんとまるで小さな子供の様に頷き、本棚から他にも数冊本を選ぶと、また私の手を握って来たのだった。

 見た目がピートみたいだったらきゅんと胸が鳴るところだったのだが、年齢そのままにしか見えないルドがやると全く可愛くなく、まるで私がお父さんに手を繋いでもらっているようであった。


 図書室を出るとゼンとタッドを見かけた。どうやら私の執務室の方へ向かっているようである。スターベアー・ベーカリーのエプロンを付けて居ることから、仕事を手伝う前に、私の部屋へと寄ってくれようとしたようだった。もしかしたらルドの事が気になったのかもしれない。優しいいい子だなと嬉しくなった。


「タッド、ゼン」


 私がルドと手を繋いだまま二人に声を掛けると、二人は振り向き驚いた顔になった。きっと手を繋いでルドと廊下を歩いていたので驚いたのだろう。セオと手を繋いで歩いていてもこんな顔はしないだろうなと思った。


「ララ様……ていうか……ルドさんまだ居たのかよ……」


 ゼンはまだ迷子なのかと苦笑いだ。素直に言葉にしたゼンの脇腹を大人なタッドが肘で突いた。


「ゼン、もしかしてタッドと様子を見に来てくれたの?」


 タッドもゼンもこくんと頷いた。ルドがやっても可愛くは無いが二人がやるととっても可愛い。ルドも心配してくれたことが嬉しかったのかニコニコと笑っていた。


「ルドさんのお供の方に連絡は入れたの、それで今お迎えを待っている所なのよ」

「なんだ、そうなのかー、てっきり自分の家の場所も分からないのかと思ったぜー」

「ゼン!」


 タッドがまたゼンの軽口を注意したが、ゼンはいつもの事だからか全く気にしていないようだ。タッドはため息をつくとルドに頭を下げた。


「ルドさん弟が申し訳ありません……」

「アハハ、タッド君だったかな? 気にしなくていいよー、ゼン君は僕の友達だし恩人だからねー」

「ゼンが……友達で恩人ですか?」

「うん、そうだよ。とってもいい子だねー。それに君もとっても優しくていいお兄ちゃんだ。羨ましいよ」


 二人は照れくさそうに笑うとスターベアー・ベーカリーを手伝うと言って、階段を降りて行った。後ろ姿からは大人のルドに褒められて嬉しそうな様子が見て取れたのだった。


 私の執務室に入るとルドは早速持って来た本をソファへ座って読みだした。私はルドに温かいお茶と、お茶請けにスターベアー・ベーカリー自慢のクッキーを出してあげた。ルドはお礼を述べたが視線は本にくぎ付けだった。

 セオが受験勉強の為暫く一緒に行動していないので、こうやって誰かと自分の執務室に居るのも久し振りだなと考え深げに思っていると。突然大きな足音と共に私の執務室の扉がバンッ勢いよく開いた。

 そこには怒りに震えているようなリアムの姿と、それを押さえようとするジュリアンとランスの姿があったのだった。


 呆然とする私には目もくれず、リアムはつかつかと部屋に入って来ると、ルドから本を勢い良く取り上げた。ルドは本に夢中で、大きな音を立てて入って来たリアムの事を全く気にしていなかったのだが、流石に本を取り上げられると、その犯人の方へとムッとした顔を向けた。


「兄貴! ティボールド! ここで何をやってるんだよ!」


 ルドは目をぱちくりすると本を取り上げた犯人が弟だと気が付いたようで、ムッとしていた表情が少し和らぎ、手を差し出した。どうやら本を返せという事らしい。


「リアム? 何でここに居るのー? もしかして迷子? 僕は本を読んでるんだよー。返してくれる?」


 リアムはルドをキッと睨みつけ、テーブルに置いてあった、まだルドが読んでいない本も全て取り上げるとランスに渡し、驚いたままの私に近づいてきた。その顔はこの前のセオにそっくりで鬼の様だった。


「ララ、何でティボールドと一緒にいたのか説明して貰おうか……」

「はっ、はい……」


 どうやらスター商会にティボールドの下僕と護衛が迎えに来たようだ。そしてリアムの所へ連絡が行き私の所へと飛んできた様だった。

 私はこれまでのいきさつをリアムに話した。ゼンが迷子のティボールドを拾い、店に連れてきた事。それから一緒にお昼を取り、お迎えの手紙を書いた事。そしてお迎えまでの時間に本を読むことになった事をリアムに伝えた。

 話をすると幼稚園生の一日の様だが、ティボールド本人の話で間違いは無く、リアムも兄ならあり得ると思ったのか、特に反論は無かった。

 ただし、大きな大きなため息をつくと頭を抱えてしまったのだった。


「兄貴、取りあえずお前は家に帰れ! 迎えが来てる」


 リアムはティボールドの首根っこを掴むと立たせようとした。だがティボールドはリアムから逃げて私に抱き着いてきた。それを見たリアムの眉間には凄い深い皺が寄った。ランス達も困った表情をしている。


「僕は帰らないよ!」


 ティボールドは私を抱きしめながら、頬を膨らませてリアムをキッと睨んだ。まるでお家に帰りたくないと駄々をこねる幼稚園生のようだ。リアムの血管は破裂寸前だ。


「ふざけんな! 兄貴はこの店の人間じゃないだろ!」


 ティボールドは私をもっときつく抱きしめると、リアムに向かって叫んだ。


「決めた! 僕はララちゃんと結婚するから! もうここの人間だからねーだ!」


 そう言ってそっぽを向いたティボールドは子供その者だった。

 リアムは遂に怒りが沸点に達したようで、怒りがにじむその顔はアダルヘルムの氷の微笑その物だった。


 ひー! 怖いよー!

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