第155話 ビルの先輩
慌てて店を出て行こうとするジェロニモの腕を身体強化を掛けてグイっと引っ張った。ジェロニモは幼い少女に力強く腕を引かれて驚いていたが、その手を振りほどけない事に益々顔を青くしてしまった。
そんな化け物でも見る様な目で私を見なくても……
勿論思ったことは口にせずニッコリと微笑んで見せたのだが、それが尚更気味悪がれた様で、ジェロニモは立っていられなくなり、元々座っていた席へと倒れ込むように腰を下ろしてしまった。
私はそんなジェロニモを気にしながらセオにお願いをしてビルをスター商会へと呼んできてもらうことにした。ビル達研究組は今ブティック兼化粧品店オープンに向けて目玉となる新商品を開発中だ。
その為ディープウッズの森の中にある私とセオの第一秘密基地を改良した研究所に籠っているので、転移が出来るセオにサッと飛んで行って呼んできてもらうことにしたのだった。
セオは私の考えている事が顔を見ただけですぐに分かったのだろう、何も言わなくても頷いてすぐにスターベアー・ベーカリーを出て行った。扉が閉まるかどうかの一瞬でセオの姿が見えなくなったので、その場で転移してくれたことが分かった。
そしてぐるぐる巻きに縛られていた男たちだが、トミーとアーロが連れて来てくれた警備隊が引き取って、警備隊の常駐する警舎へと連れて行くことになった。
リアムとアダルヘルムとマトヴィルが対応してくれているのだが、客と何故か警備隊員の数名もアダルヘルムとマトヴィルの周りに群がっていて、ポーっと頬をピンク色に染めているのが目に入った。
相変わらずアダルヘルムとマトヴィルのエルフ特有の美しさは、とても人を引き付けてしまう様であった。
「先程は、我々警備隊の仲間が失礼を致しました」
「いえ……しかし、ああいったことは良くあることなのですか?」
リアムの言葉に警備隊の代表者は苦笑いを浮かべた。同じ警備隊として許されない行為だとは分かってはいても、相手の方が位が高いために強くも出れない様で、もどかしさを感じているようであった。
「我々もああいった理不尽なことが起きないように警戒をしているのですが、なかなか……」
「そうですか……ですが、スター商会として次に同じ様な事が起きれば、こちらも考えがありますので、そこはご了承ください」
「勿論です、我々も同じことが起きないように目を光らせておきたいと思います」
そう言って警備隊の代表者はリアム達に頭を下げると、縛られている男たちを引っ張り上げ、店を後にしたのだった。
客達は店が落ち着いたのを確認して、お礼にと配られたクッキーに頬を緩ませながら、アダルヘルムとマトヴィルのファンを残し帰路に付いていったのだった。
もうスターベアー・ベーカリーも閉店の時間を迎えるために、呆けているお客たちにもお礼を言って帰ってもらうことにした。リアムは閉店準備を始めた皆の様子を見ながら私に視線を送ると、ニヤリとして近づいてきた。
「それで、ララ、その方はどういった知り合いなんだ?」
相変わらず私に腕を掴まれたままのジェロニモは、リアムのその顔を見て何かを諦めたようにガックリと肩を落とし下を向いてしまった。もしかしたら自分も警備隊にでも突き出されてしまうのかもと誤解をしているのかと思い、それを解こうとしたところに、ビルが血相を変えて飛び込んできた。
「ジェロニモさん!!」
「ビ、ビル……?」
取りあえず、ここではゆっくりと話も出来ないので、驚いているジェロニモと涙目になっているビルを連れて、応接室へと移動することにした。ジェロニモはビルの姿を見て少し安心したのか、顔色は元に戻っていたのだった。
アリーが入れてくれたおいしいお茶と軽食を皆で口にしながら話をする事にした。今応接室にはリアム、ランス、ジュリアン、アダルヘルム、マトヴィルそしてジェロニモとビル、私とセオがソファへと座っている。ジェロニモはビルと私に挟まれた状態で座っていて、出されたお茶や軽食には手を出しておらず、ただ黙り込んでいたのだった。
「それで、ララ、この方はどなたなんだ?」
先程と同じリアムの質問に私は笑顔で頷き答えることにした。ジェロニモはぎゅうっと身を小さくして体をこわばらせていて怖がっているように見えた、ビルはそれを心配そうに見つめていたのだった。
「この方はビルの先輩で、元【ヤンキーズ】のメンバーで、名前はジェロニモさんです」
「「はっ?」」
リアム達はその説明では分からない様だったが、アダルヘルムとマトヴィル、それにセオはスター商会建設の時に因縁を付けられた相手というのは、ジェロニモの顔を見てすぐに分かったようで、只頷いていた。
リアムが訳が分から無いと言った困惑顔でまた喋ろうとしたとき、ジェロニモが居たたまれなかったのか話し出した。
「あ、あの……あの時はすみませんでした……」
ジェロニモは頭を下げると、お縄にして下さいという様に両手を前に出してきた。リアムは益々訳が分からないといった酷い顔になってしまっていた。
「そう言えば奴隷落ちは免れたんですか?」
確かヤンキーズは皆前科がある為奴隷落ちになると聞いたはずだ。ビルも自分以外はそうなったと話していた。でもジェロニモはどう見ても奴隷の様には見えない、服装からしても一般庶民と変わらないからなのだが……
ジェロニモは私の言葉に苦笑いを浮かべると首を横に振った。本来なら奴隷落ちだった様だが、どうやらそれは免れたそうだった。
「さっきの奴らを見てても分かるだろ……位の高い警備隊程、裏ギルドと繋がってる。あいつらも俺の様にほとぼりが冷めれば無罪放免で外に出されるのさ……」
「つまり……裏ギルドの人間は捕まっても釈放されるんですね?」
「ああ、そうだ、だからいつまでたっても悪い奴はいなくならない……だけど奴隷がいなくなれば奴隷商も闇ギルドも困るから、上手くだまして借金奴隷を作ったり、目立つスラムの奴なんかを難癖付けて捕まえては奴隷落ちにしてるんだ……」
ジェロニモは苦々しくそう呟いた。私はルイ達が言っていた”おじさん”のことが心配になった。もしかしたら探し出す前に奴隷落ちにされているかもしれないからだ。
「つまり……ジェロニモさん、あんたは裏ギルドの人間なんだな?」
リアムの言葉を聞いてジェロニモはまた首を横に振った。ビルと同じ様に裏ギルドを抜けた様だ。
「俺は……こいつと……ビルと会って、始めて自分のやってることに疑問を持ったんだ……」
ジェロニモはスラム出身なのだそうで、気が付いた時には裏ギルドの一員として働いていたそうだ。人から物を取ることや殴る事、だます事などをしても何も感じなかったそうだった。何故なら子供の頃からそれが当たり前で有り、そうしなければ生きて行くことは出来なかったからで、悪い事とも思っていなかったそうだ。
けれどビルが裏ギルドに来て仕事をするたびに苦しそうな表情をしている事が何となく気になりだした、そして兄の様に世話をして行くうちに、ビルから普通で当たり前の様な、誰かを思いやる気持ちを知ったそうだった。
そしてそんな優しい心を持っているビルには自分とは違う、普通の幸せを掴んでもらいたかったとのことだった。
そして裏ギルドの手配で釈放となった時、ビルの様に自分も裏ギルドから抜け出してみようとそう思い、誰にも見つからないように裏ギルドを出たそうだ。
その後は、自分が今まで脅してきた店がどうなっているのかを見て回っていたそうで、そんな中で最後に訪れたスターベアー・ベーカリーでパンを食べたら虜になってしまったとの事であった。
日雇いの仕事をしながら週に一度スターベアー・ベーカリーのイートインスペースで食事をするのが今の楽しみなのだそうだ。
そして今日も仕事帰りに店に寄ってみると、あの騒動に出くわしたとの事であった。
「よく裏ギルドを抜けて追われなかったな」
リアムの疑問にジェロニモは少し笑みを見せた。打ち明け話をして少し気持ちが楽になったのかもしれない、ビルもその様子にホッとしたような笑顔を見せていた。
「それは、その、あれだから……」
そう言ってジェロニモはふさふさと生えているサーモンピンク色の髪の毛に触って、照れくさそうに笑っていた。理由が分かる私やセオ、アダムヘルムとマトヴィル、ビルは笑いが込み上げてきたが、リアム達は首を傾げていたのだった。そんなリアム達を見かねたビルが声を掛けた。
「ジェロニモさんは髪の毛も眉毛も無かったんですよ」
「お前そんな言い方するなよ、俺は怖く見せるためにわざわざ剃ってたんだぞ」
ジェロニモはサーモンピンク色の髪では可愛げがある為、裏ギルドに居る間は髪を剃って怖く見せるようにしていたそうだ。確かに今のジェロニモは優し気な青年に見えるため、とても裏ギルドの人間には見えないだろう。
それに以前よりも顔つきが優しくなり、穏やかに見える。これでは顔を知っていたとしてもジェロニモ本人とは気付かれないだろうと私でも思った。
リアム達もビルの説明を聞いて納得したようだった。
「だから、会ったことも無い嬢ちゃんに気付かれた時は驚いて……」
確かにヤンキーズがいちゃもんを付けに来たときは私はノアの姿だった。そう思うと知らない幼女に急に名前を呼ばれ、腕を振りほどけないほど強く掴まれたのなら青くなってしまう気持ちも理解できたのだった。
「私もあの時一緒に居たので、ジェロニモさんの顔を覚えていたんです」
「そ、そうなのか? それにしたって、俺の変装に気付くとは思わなかったよ」
変装というか本来の姿なのではと思ったが、打ち解けてきたジェロニモの雰囲気を乱さないためにも敢えて突っ込まないようにしたのであった。
「ジェロニモさん、ビルがここに居ることはご存じなかったのですか?」
「あ、ああ、まさかビルまで脅した店に来てるとは思わなかったぜ……」
「ビルはスター商会で働いているんですよ」
「へっ? はっ?」
驚いてビルを見つめているジェロニモに、ビルは笑顔で頷いた。
ジェロニモはそれでも信じられないのか周りにいる皆に顔を向け、意味が分からないと言った表情を浮かべていたが、誰一人違うとは言わなかった為、やっと信じた様であった。
「あ、ジェロニモさん、これ、今日のお礼です」
「な、何だ?」
ホールケーキの入った箱を見て、ジェロニモは不思議そうな顔を浮かべていた。でも一人暮らしならホールケーキを渡しても迷惑かも知れないと、ふと思い立った。
「ジェロニモさん、今日はビルとカイの部屋に泊まって下さい」
「はっ? へっ?」
「そ、そうです! ジェロニモさん、弟と一緒の部屋ですけど良かったら俺の部屋に来て下さい」
「いや、それは……」
「ジェロニモさん、遠慮はいりませんよ。ビル達と一緒なのが嫌なら個室もありますけど……」
ジェロニモは慌てて嫌では無いと言う風に首を振った、ビルはそれを見て楽しそうに笑っている。
「ジェロニモさん、それにこの店の食堂にはとっても美味しい料理と、お酒があるんですよ」
私がそう呟いてニヤリと笑うと、ジェロニモはごくりと喉を鳴らしたのだった。
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