第120話 話と根性

「ブライアンって奴は魔力が多くないのかも知れないねー……」


 ジョンが入れてくれたお茶と、おやつに出したシュークリームを食べながらベルティがそう話しだした。でも顔は言葉に似合わず微笑んでいる。


 ベルティの笑顔を見ると、どうやらシュークリームを気に入ってくれた様だった。勿論甘いもの大好きのリアムはシュークリームを頬張りながら満面の笑みを浮かべていて、先程までの真剣な顔とは別人の様だった。


「ベルティ、何故、ブライアンが魔力量が多くないと思うのですか?」


 ベルティはナフキンで口元をササっと拭うと、私の方を見て話し出した。

 笑顔も良いけれど、真剣な表情をしているベルティはやっぱりかっこよくて素敵だと思った。


「話を聞くだけでもブライアンって奴は、無い物ねだりなんだよ。何を得ても満足することは無い、きっと手っ取り早く魔力が欲しかったんだろうね……だから本心でそのプリンスって奴に従ってるかは分からないね……」


 魔力量の為だけに血の契約をしようと考えるブライアンの思考に私はゾッとする。そこまでして何故得たいのかが私にはまったく分からない、だけど大人組には何と無く気持ちが分かる様だった。

 魔力量が多いという事はそれだけで使える魔法も変わってくる、相手からの評価も変わってくるだろう、そして力で嫌いな相手をねじ伏せることも簡単になる。


 結婚相手や家督を継ぐものを魔力量で選ぶ事の多い貴族では、それはとても重要な事らしい。


「長男が家督を継ぐのではないのですか?」


 ベルティの話では、余りにも魔力量が少ないと例え長子であったとしても家督は継げないらしい、そして結婚もできないまま終わることも少なくは無いそうだ。


「私の旦那がそうだったんだよ」

「えっ?」


 皆がベルティの方へと顔を向けた、ベルティは懐かしむように優しい表情を浮かべて亡くなったご主人の事を話しだした。

 ベルティの旦那様は王都の侯爵家の三男坊で優しい人だったらしい、三男と言っても侯爵家だ、婿にと望む相手も多くても不思議ではない。

 それが40歳になるまで誰とも結婚はおろか、婚約もしたことが無かったそうだ。そしてこんな田舎町の商家の娘婿に厄介払いされたのは、魔力量が少なかったからの様だった。


「商人には魔力量なんて関係ないからね、旦那の親も亡くなっていて、家督を継いだ兄さんが追い出したかったんだと思うんだよ。でも旦那は魔力が無い分、物を作るのが上手だったんだよ、努力して生きてきた人なんだと尊敬したもんさ」


 優しい笑顔でそう語るベルティを見ていると、旦那さんを愛していて、幸せな結婚だったのだという事が良く分かった。亡くなった今でもベルティは旦那さんの事を大切に思って居ることが表情を見ていてわかった。


「貴族は情報で動いているからね、どこの子が魔力量が多いとかはすぐに知れ渡っちまうのさ……」


 つまりブライアンも魔力量が少ない事を世間に知られていたことになる、プライドの高そうなブライアンにしたら許せない事だろう。


 では何故ブライアンの息子のデルリアンを私に勧めて来たのだろうか、私はあの時魔力を使ってはいなかった、魔力量が多い事も知らなかったはずだ、威圧をした後なら分かるのだが、何で息子と婚約させようと思ったのか不思議でならなかった。


 私が首を傾げていると不審に思ったのかベルティが聞いてきた。


「ララ、どうしたんだい? 何か疑問があるんなら言っちまいな」


 ベルティの言葉に頷くと、私は会って早々にブライアンに息子のデルリアンの事を紹介された話をした。アダルヘルムが言うにはそれは婚約の打診だった様だ。魔力量も分からない子供を大事な息子の嫁にしようとする意味が分からない事を話すと、ベルティは笑い出した。


「あんたは本当に自分の価値が分かってないね!」


 皆もベルティにつられて笑っている、どうやら意味が分からないのは私だけの様だ。


 ベルティの話では、女の子の場合見た目も大事だそうだ、そしてアダルヘルムの娘と名乗った事、それに、夜の森の中で人助けが出来るほどの実力がある、これだけでも十分に魅力があるのだとベルティは教えてくれた。


「じゃあ、タルコット宛の手紙は読まれてる可能性があるって事か……」


 リアムの言葉を聞いて、もしかしたら部屋に盗聴器が付いていても可笑しくは無いとベルティは言った。確かにメイナードの話をしているときにブライアン達が部屋へとやってくるのはタイミングが余りにも良すぎた気がする。だとすると私がディープウッズ家の者であることはブライアンは知っているのかもしれない、それでも喧嘩を売ってくるのは自分にそれだけの後ろ盾があるという事だろうか……


 ”プリンス” とブライアンが呼ぶ人物がとても気になった私であった。


 その後も皆で話し合っていると、アリーがノックをして部屋へと入ってきた。


(リアム様、面接の方がお越しです)


 皆がアリーの言葉に驚き顔を見合わせるのが分かった、もう面接の人は来ないと思って諦めていただけに、信じられないと言う表情が浮かんでいた。


「ああ……今すぐ応接室に……いや、アリーここに通してくれるか」

(畏まりました)


 アリーは一礼すると、面接者を呼びに下へと降りて行った。


 暫くしてアリーに連れられて入ってきたのは、黒い髪が似合う背の高い細身の女性だった。瞳の色は美しい青色をしていた。女性は部屋に大勢の人がいることと、ギルド長がいることに一瞬驚いた様だったが、すぐに笑顔を取り戻して、指定された席へと座った。


「あー、済まないお名前を教えて頂けるだろうか?」

「はい、私はマイラと申します。セルフェスティーム店で販売を担当しておりました」


 ランスが今日の面接予定者の書類に中からマイラの資料を探し出しリアムに渡した、リアムはサッと目を通すとマイラに話しかけた。


「今日の面接はどうやって知ったのでしょうか?」


 マイラはニッコリと微笑むと自分の鞄から封に入った手紙をリアムに差し出した。それはスター商会から送ったとされる書類選考の偽物の不合格通知書だった。


「先日、私の所にこの書類が送られてまいりました。最初は不合格だったのだと思ったのですが、スター商会の募集内容で頂いた用紙にあった、商会のマークである星が入って居なかったために不審に思いまして、受付の方へと問い合わせをさせて頂きました。そうしましたら急に焦りだし、自分は関係ない事だと言いだしましたので、益々不振になったところ、今日面接が行われているのだと知り合いから連絡が入ったのでございます」

「ふむ、良く偽物だと気が付いたな」


 マイラは一つ頷くとニッコリと笑った。


「面接でならともかく、書類選考で私が落ちるとは思えませんでしたので、それに……面接で落ちたとしても直接こちらに来て雇って頂ける様に直談判するつもりでおりましたので……」


 リアム達はその熱意に満足したように頷いている、マイラはこの店にどうしても就職したかった様だ。私は単純にこんな新店に何でそれほど勤めたいのかが気になった。


「あの、マイラさん、何故そこまでしてこの店に勤めたかったのですか?」


 マイラはフフフと可愛らしく笑うと私の方に顔を向けて話しだした。


「この店は今とても注目されているのをご存知ですか?」


 私は驚いて首を横に振った、それを見たベルティやリアム達が苦笑いを浮かべている、どうやら私だけが分かっていなかった様だ。


「お嬢様はセルフェスティーム店をご存知ですか?」


 私は聞いたことのない店名にこてんと首を傾げた、するとリアムが以前行った事のある店だと教えてくれたのだった。


 それは始めて街に来たときに行ったアズレブ街の商店街にある、ひときわ大きなお店だった服飾店の事だった。


「あのお店で働いていらっしゃったんですね?」


 マイラは頷くと私達が店から出ていった後の事を教えてくれた。その時たまたま商談の為に店の外へと出て居たのだが、店に戻ると店主の大声が聞こえたそうだ、私達に対応していた店員は真っ青になっており、上客を逃がしたことを責められていたらしい。


 そしてマイラはその時の話で出た生地の事がずっと気になっていたそうだ、服飾を扱う店で働く物として見たことも無い生地を見たかったそうだが、その後店に来た少女の事を誰に聞いても分からず諦めかけた時に、スター商会の話がセルフェスティーム店にも入ってきたのだった。


 マイラは早速商談の申し込みをしたそうだが、何度申し込んでもスター商会からは断りの連絡しか来なかったそうだ。

 リアムの顔をちらりと見ると当たり前だろというようにニヤリと笑って見せた。たとえ大店であっても、私に100ブレでしか買えない、それも盗んできたのか? と言ってきた店とリアムは取引等する気はなど無かったようであった。


「ですから、店を辞めたのです」

「えっ?」


 あの店に居てもスター商会とは取引をする事は出来ない、それと同時に商業ギルドでスター商会の従業員募集をしていると聞いて、何の迷いもなく店を退職したとの事だった。


「あの……それは、良かったのですか? 長く勤めていたのでは無いですか?」


 マイラは首を振ると、とっても良い笑顔で笑って見せた。この店の……スター商会の従業員になれるチャンスを逃がしたくはなかったそうだ、それに――


「もし、採用されなかったとしても何度でも訪ねて来ようと思っておりました、それにルフェスティーム店にはそれ程未練は有りませんので……」


 ルフェスティーム店では女性という事で、男性従業員よりも例え仕事が出来ようとも給料も低く、役職も付けてはもらえなかったそうだ。

 私達を追い払おうとした従業員が部長の様なネージュの扱いだったのに対し、仕事ができるマイラはただの従業員のクラークの扱いだったらしい。


「あの時あの場に私が居たらと何度も悔しい思いをいたしましたが、今は良かったと思っております」

「気に入った! 根性がある子じゃないか!」


 話し終えたマイラに向かってベルティが声を掛けた、やる気と根性のあるマイラの事が気に入ったようだ、ニッコリと笑って嬉しそうにしている。


「あんた達この子を雇うのかい? もし雇わないならウチに来てもらうよ」


 ベルティの言葉にリアムは少し微笑むとマイラの方に頷いて見せた。


「君のやる気を買ってこの店で雇いたいと思う、いつから働けるかな?」


 マイラは満面の笑みで嬉しそうに頷くと、今日からでも働けますと言い切ったのだった。


 その後マイラとの契約の話になり、給料の多さや、寮の設備の凄さに驚くと、給料に見合うだけの仕事をします と言って益々やる気を出していたのであった。


 マイラの面接が終わった後、ベルティとの話し合いに戻った。とにかくブライアンの出方を引き続き見守ることと、裏ギルドの事も探ることになった。イライジャがそろそろジャンを外に出して使ってみようと思って居ると言うので、裏ギルドはジャンに探らせる事となった。

 ベルティがジャンにすごく興味を持ったようで、イライジャのジャンだけでなく、ランスのパールやジョンのバグを見せると、大きく目を見張った後で頭を抱えてしまった。


「まったく……これじゃ、狙われるのは当たり前だよ……恐ろしいもんを作る子だ……」


 私はその言葉を聞いて先程メレオン君の話をしていた時に思いついたことを口にしたのだった。


「そうなんですよね、盗聴だけでなくメレオン君に盗撮の機能を付ければよかったですよねー」


 これには何故かみんなが絶句してしまったのだった――

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