第115話 閑話14 ジュリアンの日常

 ジュリアンの朝は騎士学校の時から変わらない。


 朝は4時半に目覚める、それから練習着を身に纏うと裏庭へと向かう、勿論剣の稽古の為である。


 ジュリアンが主として契約しているのは、王都の大店として有名なウエルス家の三男であるリアムだ。


 ジュリアンはブルージェ領の騎士学校で優秀な成績を取り卒業をした。王都の貴族の屋敷に就職をするという話も来たのだが、生まれ育ったブルージェ領を離れたくなかったジュリアンは、この街に残ることに決めた。

 そして数ある就職先の中で、一番給金の高かったウエルス家に就職を決めたのだった。


 ウエルス家に就職をして最初の仕事は、屋敷の主人であるリアムを探すという内容の物であった。

 ジュリアンの主であるリアムは、王都からブルージェ領の屋敷に来てから、最初のうちは部屋に引きこもっていたそうだが、最近は使用人に黙って出かけてしまう事が多々あるようで、パーカーという実績のある護衛騎士がいるのにも関わらず、ジュリアンを新しく雇ったのにはそう言う理由があったのだそうだ。

 大店ではあるが商家の後継ぎでもない三男坊に、二人もの護衛が付くなど異例の事であった。それも主本人の希望ではなく、使用人が気を回して手配したらしい、甘やかされているリアムにがっかりしたジュリアンであった。


 この人を主と思わなければならないのか……


 そう思い、始めの内は主の勝手な行動に嫌気を感じていた。護衛をまいて街中に出るなど自分とパーカーの事を馬鹿にしているのではないかと思ったほどである。

 だがそんなある日、街中で見つけたリアムは知らない男たちに囲まれて、襲われそうになっていた。

 ジュリアンは慌てて助けに入ったのだが、10人もの相手に主を守りながら対象するのは、新米のジュリアンに取っては荷が重い物であった。

 とにかく主であるリアムを逃がさなければと思い、ジュリアンは死を覚悟して対峙した。

 すると、リアムはジュリアンが最初に倒した相手の剣を奪うと、次々に絡んできていた男たちを倒していったのだった。


 つ、強い……


 リアムの太刀筋はとても素人とは思えない物であった。騎士学校を卒業したのだとリアムが言っても、だれも疑わないであろうとジュリアンは思った。

 あっという間に10人の悪者を倒すと、リアムは悲しげに微笑んだ。


「ジュリアン……済まなかったな……ケガは無いか?」


 この日からジュリアンはリアムに興味を持った。何故こんなに強いのか、そして何故これ程無鉄砲な行動をとるのかを知りたいと思ったのだ。

 

 ジュリアンは朝稽古を終えて、リアムの部屋の前を通ると、部屋の中から明らかに剣を振る音が聞こえてきた。どうやら主であるリアムは毎朝剣の稽古を欠かしていない様だった。

 するとパーカーが シッ と指を立てて、リアムの部屋の前で佇むジュリアンに近づいてきた、そして部屋の前から離れると、リアムの過去を教えてくれたのだった。


「リアム様は信頼されていた護衛を亡くされたのだよ……」

「えっ?」


 その後このブルージェ領へと逃げてきて、今に至るとの事であった。


「リアム様はその護衛に会って謝りたいんだろう……」


 パーカーの話では、その護衛というのはリアムの幼馴染だったらしい。友であり家族に近い存在だった護衛を亡くし、今のリアムは生きる気力を無くしているのだとパーカーは教えてくれた。

 そして絡まれても抵抗しないのは、死にたいからなのかもしれないと、悲し気な表情を浮かべながらパーカーは言ったのだった。


 ジュリアンはその話を聞いて、愛情深くそして優し過ぎるリアムを守りたいと心から思った。護衛は主を守り死ぬことも仕事に含まれる、なのにここまで自分たち護衛の事を深く思ってくれる主など他にはいないと感動したのだった。



 懐かしい思い出にフッと顔に笑みが溢れた。あの決意から間もなく5年になる。そして主であるリアムがディープウッズの姫であるララと出会ったこの1年の間で、リアムは別人のようになったのであった。

 今のリアムは意志の強い目をして、生き生きとした生活を送っている。あんなにも虚な表情を浮かべていたのが嘘の様であった。

 生きる力を取り戻し、商人の腕を奮っているリアムを見ると、この方の護衛になれて良かったと、心の底からそう思うジュリアンであった。

 それも全てララ様のお陰であると、ジュリアンはララに感謝し、いつか恩返しをしたいと思っているのであった。


 裏庭にジュリアンが着くと、スター商会のマスコット熊であるセディとアディがやって来た。この二体に稽古を付けて貰う事が毎朝の日課なのだ。


 ジュリアンはリアムの護衛として王都に行った際に、帰り道で盗賊に襲われた。ランスやジョン、そして主であるリアムを守りたいと思ったのだか、多勢に無勢で命の危機を覚悟し、自分の不甲斐なさを深く感じたのであった。

 結局はララからリアムが貰った賢獣であるブレイデンのお陰で事なきを得たのだが、護衛学校を優秀で卒業したジュリアンのプライドはへし折られたのであった。


 それからララの護衛であるセオに会い、上には上がいる事を知った。

 まだ小さい子供でありながらもセオはジュリアンの何倍も強く、そして主を守り抜くという決意が固かった。


 ジュリアンは自分の護衛としての未熟な心構えを恥じた。たった10歳のセオでさえ、死んでも主であるララを守り抜くと覚悟を持っていたからだ。自分はすぐに逃げを考えていたのではと恥じたのだった。

 それから1年、毎日訓練をし、時にはディープウッズ家のアダルヘルムやマトヴィルに指導をして貰いながら腕を磨いている。だが一向にセオとの差は縮まらない……と言うか、騎士学校に入学の為、本気で剣の修行を始めたセオとの差は開くばかりなのだが、何故か不思議とそれ程悔しくないジュリアンであった。

 セオの事を規格外の天才だと思っていると言う事もあるのだが、何よりも味方であると言うのが一番の理由であるとジュリアンは思っていた。


 アディとセディにしごかれながら訓練をしていると、主であるリアムが剣の稽古の為にやって来た。これもこの1年の毎朝の日課だ。以前の様に隠れて剣を奮っていたリアムはもういない。今は堂々とララを守るのだと言って稽古に励むリアムの姿を見て、カッコいいと尊敬するジュリアンであった。


 稽古を済ませ、簡単に湯浴みを終えると朝食の為食堂へと向かう。ウエルス家に居た時から、騎士学校や実家に居た時よりも良い食事を食べさせて貰っていたのだが、スター商会で摂る食事は格別であった。

 今まで食べて来たどんな食事よりも、美味しいのである。それもジュリアンが見た事の無いメニューまで簡単に食べることが出来るのだ。

 ウエルス家に残り護衛を続けているパーカーには申し訳ないのだが、リアムが常にスター商会で寝泊りして欲しいとさえ、思うジュリアンであった。


 皆で食事を取っていると、会頭であるララとセオがやってくる。こんな早い時間から成人前の二人は準備を終えて店にやって来るのだ。その上屋敷に戻ってからも、新商品の開発や薬の作成、それに鍛治まで行っているというのだ。自分が子供の頃と比べてもこの二人が異常だと言うのはジュリアンにも良く分かったのだった。


「リアム、おはよう。今日はね、キャラメルの違う味を作って来たんだよー」


 キャラメルと言うのはララが作った菓子の中でもリアムの大好物である。まだ朝食の時間だと言うのに既にリアムは食べる気満々で目を輝かせている。新商品の菓子が出来ればリアムや周りの者の仕事がまた増え忙しくなるのだが、甘党のリアムにはそんな事は抜け落ちている様だった。

 代わりにランスやイライジャが頭を抱え、今抱えている仕事をどうこなすか悩んでいる様にもジュリアンには見えたのだった。


「ララ、その違う味のキャラメル見せてみろ」

「良いけど……リアム、今朝食取ったばかりだよね? 食べるのは後にしたら?」


 ララが言う事はもっともだとジュリアンは思ったのだか、リアムは首を横に振った。


「大丈夫だ、キャラメルなんて小さな物、食べても大した事は無い」


 そう言ってせがむリアムを見て、ただ早くキャラメルを食べたいだけなのでは? と思ったのはジュリアンだけでは無かった様だった。

 何故なら持って来たララでさえも苦笑いを浮かべていたからだ。


「えーと、まずはミルクキャラメルね」


 ララは小さな箱に入った白いキャラメルを出した。以前貰った物とは少し形が違う気がした、リアムも一粒手に取りながらそれに気が付いた様であった。


「前貰ったキャラメルと硬さが違うな……」

「うん、前のは生キャラメルなの、コレは普通の? キャラメル、作るのも簡単だし、量産出来るから安く販売出来ると思うよ」


 ジュリアンも一粒口に含んでみたが、ミルクの味がしっかりとするとても美味しい物であった。こんな見た事もない菓子をまたララがとんでも無い値段に設定するのでは無いかと、ジュリアンは少し不安になった。

 その後もイチゴ味、バナナ味、そしてコーヒー味とか言うキャラメルをララが出してきた。どれもとても美味しい物だが、一体これを幾らで販売するのであろうか……

 ジュリアンがそんな事を考えていると、早速リアムが値段の打ち合わせをララと始めた。


「ララはコレを幾らで売りたいんだ?」


 またキャラメルを口に含みながら満足そうな表情を浮かべ、リアムがララに話しかけた。ララは嬉しそうに頷くと、お得意の金額を話しだした。


「1ブレかな」

「一粒1ブレか? んー、まぁ、有りかな……」

「リアム違うよ、一箱1ブレだよ」

「はっ?」

「生キャラメルはともかく、これは子供向けのオヤツなんだから、一粒1ブレじゃ買えないでしょ?」


 ジュリアンはララの金銭感覚に苦笑いを浮かべるしか無かった。見た事も無い商品を作っているにも関わらず、無頓着と言うか、とにかく安い値段で設定をするのだ。この事は主であるリアムや会計を受け持っているランスも悩んでいるところでもあった。

 リアムが頭を抱えながらため息をつき、ララに反論しようとしたところで、ララがまだ鞄から他のキャラメルを出してきた。

 ナッツ入りやハート型、そしてスター商会の星型と言う物まで有ったのだ。流石に仕事が増えると思い出したリアムもこれには青くなったのだった。


 この後話し合いの為にリアムの執務室へと皆で異動した。結局ララの意見は他店との兼ね合いもある事から、採用される事は無く、ランスが値段を決めると言う事で落ち着いたのであった。


 その後は午前中の仕事の遅れを取り戻すべく、皆で必死に作業を進めた。ジュリアンは護衛なのだが、余りにもリアムの抱える仕事が多く、その上ララが次から次へと新商品を作ってくる為に、仕事が増える事はあっても減らないリアムを見兼ねて、事務仕事を手伝う様になったのだった。

 ただし、ジュリアンは字が汚い為、書き仕事は与えられていない。それに少しホッとすると共に、6歳のララの字が自分より100倍も綺麗である事を知って、字の特訓も始めるべきかと悩むジュリアンなのであった。


 夕食を終え、自室に戻るとジュリアンはクタクタになっていた。アディ達に毎日しごかれていると言う事もあるのだが、何よりも慣れない事務仕事に神経を使い疲れきってしまうのだった。

 だが、ジュリアンは今の生活がとても気に入っていた。何より主であるリアムを見ているのが楽しいのである。そして普通の騎士では味わう事のない、様々な経験を出来る事が何よりも楽しいのであった。


 ジュリアンはララが作った柔らかく眠りやすいベッドに横になりながら、サイドデスクに目をやった。そこにはランプと、ララが内緒で描いてくれた、憧れの女性であるアリナの絵が飾られている。

 今夜も美しいアリナの笑顔を最後に見つめ、そして眠りに付くのであった。


 明日もジュリアンには忙しく、刺激的な1日が待っているのであるーー

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