第108話 閑話7 媚薬再び

「ふっふっふっ……今度こそ完成ですよ……」


 私はスター商会の作業部屋にある薬剤室の中で、ある物を作り上げた。それは大人の親指サイズほどの可愛らしい小瓶に入った、媚薬である惚れ薬だ。


 前回作った時には、薬を飲むと最初に見た相手を好きになり、その上薬の効力が効いている間は、意識を失ってしまっていた。

 だが、改善に改善を重ねた結果、やっと私の思い描く惚れ薬を完成させたのであった。


 私は早速、本当に効果があるのかを自分で実験してみることにした。

 

 薬剤室から出て、休憩室でお茶を飲んでいるセオの元へと向かった。そしてセオが私にもお茶を入れてくれたところで実験開始だ!


 セオに見つからないように、そっと自分のお茶へと惚れ薬を一滴垂らしてみる、私の計算が正しければ一滴で10分ほど、私はセオに夢中になるはずなのだ。

 勢い良くお茶を飲み干すと、腕時計を見ながら何分で薬が効いてくるのかを測り始める。

 すると一分も経たないうちに、段々とセオの事が恋しくなって来るのが自分で分かった。


「ララ、お茶もう飲んじゃったの? もう一杯入れようか?」


 私はセオの優しい言葉にフルフルと首を振った。セオの事が好きな気持ちとは別に、自分の行動を観察しているもう一人の自分がいるのが分かった。どうやら今度は意識も手放してはいない様だ。


 自分の中の恋する私の方がセオの手を握り、少し頬を染めながらジッとセオの事を見つめているのが分かった。


 セオは少し驚いた顔をした後、私の額へと手を置いた。


「顔が赤いけど熱は無い様だね……」


 セオが私の事を心配してくれていると思うだけで、胸が締め付けられるのが分かった。恋する私はセオの優しさにトキメキを感じている様だった。


 ふむふむ、成程。ちょっとしたことでトキメクんだね……


 冷静な私が自分の行動を分析していく、脳内のメモに行動や症状を書き込んでいく。


「ララ、目が潤んでいるけど大丈夫?」


 6歳児の私に見つめられても、恋愛対象にならないためか、セオはトキメキを感じない様だ。これはもう少し攻めてみても良いかも知れないと、冷静な私が指示を出す。


「セオ……いつも優しくしてくれてありがとう」


 私がそう言って抱き着くと、セオは優しく頭を撫でた。よく考えたら普段から寝る前に抱き着いたり、頬にキスをしたりしているので、セオにとってはこれが私から迫られているとは感じない様だった。


 ふむふむ、セオには妹と思われているから、これぐらいでは何ともない様だね……


 冷静な私がセオの事も分析しだした。それと同時に恋する私は突然涙を流し始めた。セオに妹扱いされているのがショックだった様で、胸が痛くなるのを感じた。


「セオ……私の事……好き?」


 悲しくて思わず自分の事をどう思っているのか聞きたくなってしまった。セオは私が泣いているのを見て、慰める様に頬を撫でた。


「ララ、どうしたんだ? 何かあったの? 俺がララの事を大好きなのは分かっているだろ?」


 セオが引き続き妹扱いしてくることに、私は憤りを感じた。自分の好きと、セオの大好きでは重さが違うように感じたのだった。


「セオ、違うの、家族の好きじゃなくて……私はセオの事を愛してるの……」

「えっ? ちょっと、ララ――」


 真っ赤になったセオの言葉は、私の口付けによって阻まれてしまった。私はこれまでの可愛らしいキスとは違い、濃厚な口付けをセオに押し付けた。


 ふむふむ、相手を振り向かせたくて迫っちゃうんだねー、成程!


 冷静な私がそんな事を考えていると、ハッと薬の効果が切れるのが分かった。時計を見るときっかり10分だった。

 でもこれは迫りすぎている気もする、少し薬の効力が強いのかもしれないと、脳内のメモに書き込みをした。


「セオごめんね、惚れ薬をお茶に入れて――」


 私がセオに話しかけると、セオは真っ赤な顔をしたまま、座っていたソファへと倒れる様に横になってしまった。私が心配して覗き込むと、茹蛸の様なのぼせたような顔になっていた。


「口塞いじゃったから、息が出来なかったのかな?」


 しょうがなくセオの事はスノーに頼み、実験を続ける為にリアムの元へと向かった。リアムの執務室へ着くと丁度休憩をしようとしていたらしく、私もおやつタイムに参加させて貰うことにした。


 皆が出払っていたために、珍しくリアムが入れてくれた私のお茶に、見つからないようにしながら、サッと惚れ薬を入れる。そして一気に飲むと時計を見ながら薬の効き目を確認した。

 

「ララ、セオはどうした? どこにいるんだ?」


 少し経つと薬が効き始めたのか、私が目の前に居るにも拘わらず、他の女……じゃないけど、他の人の話をするリアムに何だか腹が立った。


 ふむふむ、焼きもちを焼く気持ちが強いと……


 冷静な私が症状を脳内メモに書き込んでいく、そして目の前に座るリアムをジッと見つめた。


「リアムは……セオの事が気になるの?」


 リアムはおやつに目を向けながら、私の問いに答えた。


「当たり前だろ、セオは(ララの暴走を抑えるための)大切なパートナーだからな」


 リアムがセオを好きなことは知っていたが、直接聞くとズキンと胸が痛くなるのが分かった。自分の失恋を目の当たりにして、胸が締め付けられるように痛くなる。


「リアム……私じゃ駄目……?」

「はっ? なんだって?」


 リアムはおやつからやっと私に方へと目を向けると、驚いた顔になった。そして泣き出しそうな私を自分の方へと引き寄せると、優しく抱きしめたのだった。


「ララ、どうした? 何かあったのか?」


 優しいリアムの言葉に益々胸が痛くなる。6歳児の私では成人しているリアムにとっては、子供にしか見えないだろう。恋愛対象には決してならない事に益々苦しくなってきた。


「リアム、胸が苦しいの……」

「なっ! す、すぐにディープウッズ家に――」


 リアムの言葉は私の口付けによって塞がれてしまった。唇を離すと、リアムが真っ赤になって驚いているのが分かった。


「リアム、私を大人にして……」


 そう言ってもう一度口付けると、リアムは私の頭に手を回してきた。どうやら子供の口付けにも応えてくれるようだ。もしかしたらリアムのお茶にも少し薬が入ってしまったのかもしれない。


 冷静な私がそんな事を考えていると、出払っていたいつものメンバーが扉を開けて入って来た。そして絡み合っている私達を見つけると、慌てて引き離した。


「リ、リアム様! 子供になんてことを!」


 ランスが真っ赤になりながらリアムを怒っていると、ジュリアンにリアムから引き離される様に抱えられていた私は、ハッとして薬が切れるのが分かった。


 時計を見ると一滴でやはり10分程度だった。それも薬が強すぎる様で、どんな手段を使っても相手を振り向かせたくなってしまうのが、良く分かった。


 これは少し薄めないとダメかなぁ……


 そんな事を考えながらジュリアンに声を掛けて降ろしてもらう、そして怒っているランスに近付きリアムが悪くない事を伝えた。


「ランス、ごめんなさい。リアムは悪くないの、私がリアムを襲ったの」

「はっ? お、お、襲った?」


 驚いているランスをソファに座らせ、惚れ薬を飲んだことを説明した。そしてもしかしたら慌てて自分のカップに薬を入れた際に、リアムのカップにも薬が入ってしまったかもしれないという事も伝える。

 ランスは訝しげにリアムの方へと視線を送ると、リアムはそっとその視線をそらしていた。


「しかしララ様、相手になぜ黙って薬を飲んだのですか?」


 私は一つ頷くと理由を説明した。リアムやセオの様に、私の事を恋愛対象には見ていない相手に対して、薬を飲むとどう対処するのか実験したかった事と、薬を飲むと誰を好きになるのかを調べたかったからだ。


「はぁー……恋愛対象に見ていない相手ですか……それは選んだ相手がまずかったですが、理由は分かりました。それで実験の効果はどうだったのでしょうか?」


 ランスに怒られてシュンとなっているリアムに申し訳ない気持ちになりながら、私は首を振った。


「食べ物や飲み物に薬を入れると、それを作った相手を好きになる事と、意識を失なわない事には成功したのですが、少し効力が強い様で、何をしてでも相手を振り向かせたくなってしまうのですよね……」


 ランスはチラッとリアムの方へと視線を送ると、それで先程の……と小さく呟いていた。リアムは益々小さくなり丸まっていた。


「ララ様、そう言えばセオはどうしましたか?」


 話が落ち着いたと思ったのか、イライジャが話しかけてきた。私は苦笑いを浮かべて、セオの前でも薬を使った事を説明した。

 そして今休憩室で休んでいることを伝えると、皆同情をしたような顔になってしまった。


「ララ様、それはお子様であるララ様だから効果が強すぎたのではありませんか?」

「はっ! 確かに!」


 イライジャの言葉を聞いて、子供と大人では薬の量が違って当たり前の事に今更気が付いた。蘭子時代の記憶があるのでついつい大人気分でいてしまうが、子供には強すぎる薬であることは間違い無いだろう。


「では、大人で実験してみないといけませんね……」


 私の言葉に皆が困った表情になった、ここには男性の大人しかいない、誰が誰を好きになってもBLになってしまうのだ。


「じゃあ、私がお茶を入れるので誰かそれを飲んで頂けますか?」

「じゃあ、俺が――」

「いけません! ララ様は嫁入り前なのです! 先ほどの様な事が有ればエレノア様に顔向けが出来ません!」


 ランスがキッと睨んでリアムを見ると、リアムは喋り出していた口を閉じて、また小さくなった。


「アーロ夫妻に使ってもらうのはどうでしょうか?」


 皆がイライジャの言葉に それは良い! と手を打った。

 早速、二人に今夜にでも使ってもらおうと思い立ち上がると、ジュリアンの長い足につまずいて転んでしまった。でも今回はキチンと蓋をしていたので、薬がこぼれることは無くホッとした。


 だが、私を助けようとしたジュリアンが薬の瓶を蹴っ飛ばしてしまい、瓶は壁にぶつかり割れてしまった。皆すぐに口と鼻を押さえたが、そこへ体調を取り戻したセオが入ってきた。


 あっと思った時にはセオは既に薬を吸っており、何故かジュリアンを見つめていた。私はすぐに洗浄魔法をセオに掛けようと思ったのだが、素早いセオはそれを掻い潜って逃げ回った。


 そんな中でも冷静な私が、直接薬を吸うと、やっぱり最初に見た人を好きになるんだー

 なんて事を考えていた。


 部屋は洗浄できたのだが、素早い動きで逃げ回るセオには魔法を掛けることが出来ず、ジュリアンはセオの猛烈なアタックから逃げまどい、それをセオが追いかけ、またそのセオを私が追いかけるという鬼ごっこが、セオの薬の効果が切れる30分後まで続いたのだった。


 この後、皆にはもう媚薬である惚れ薬は作らないようにと、散々注意され反省した私なのであった――


 だけど、いつか完成して見せるからね! フンッ!

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