第102話 兄と弟
ビルの弟はまだ成人前なので、面接はビルが一緒に受けることになっている。後一か月で成人となるそうで、家から追い出されるギリギリのところだった様だ。
ビルからの手紙が間に合っていなかったら、すれ違いになって、弟さんとは会えなくなっていたかもしれないと考えると、とてもタイミングが良かったのだと思えた。
これも神様から頂いた出会いの様な気がして、感謝した私であった。
前もって応接室に来たビルは明らかにソワソワしていた。アリーが受付に来た弟さんを応接室に連れてくる予定になっていたのだが、落ち着かない様で時計ばかりを気にしていたのだった。
時間になるとアリーに連れられてビルの弟が応接室へとやって来た。緊張した面持ちだったが、部屋にビルが居るのが分かるとホッとした表情に変わった。
「兄ちゃん……」
「カイ!」
二人とも久しぶりに会うのが嬉しい様で、面接の部屋なのだとは分かっていても、思わず抱き合っていた。
リアムをはじめ皆が微笑ましそうにそれを見守っていたのだが、ビルにそっくりな弟のカイの頬が、殴られた後の様に赤黒くなっているのがとても気になった。
「えーと、カイくん?」
リアムの声を聴くとビルとカイは面接だと思い出したように ハッ となって離れた、そして私たちと向かい合うように二人して座ると、ぺこりとお辞儀をした。
「はい、おれ……私はビルの弟のカイです。よろしくお願いします」
正面に座るとカイの顔の痣がよく分かった。どう見てもやはり誰かに殴られたような跡だった。私はここに来るまでの間に何かあったのでは無いかと心配になり、リアムが名乗る前に思わず質問をしてしまった。
「カイくん、その顔の痣はどうしたのですか?」
カイは私の方に目をやると一瞬固まったように見えた。小さな子がここに居ることに驚いたのかもしれない、その後少しピンク色に頬を染めると痣の理由を話し出した。
「これは……兄ちゃ……兄にやられて……」
「えっ?! ビルに?!」
「ち、違います! 一番上の兄の大兄ちゃんに殴られて……」
カイの話によると、父親と一番上のお兄さんはすぐに暴力を振るう人の様で、自分達が出て行けと言ったにも拘らず、ビルの職場へ行くと話すと、場所を教えろと言って酷く殴って来たのだそうだ。
ビルも小さな頃から父親には殴られていたようだが、最近はその一番上のお兄さんの暴力が酷いのだそうだった。
「大兄ちゃんは嫁さんに逃げられたんです……そしたら俺たちがいるせいだって言い出して……」
結婚したばかりだったそうだが、お嫁さんはすぐに暴力を振るう夫に嫌気がさして家を飛び出していってしまったそうだ。その後はお兄さんはお酒に逃げるようになり、母親やカイ達兄弟を殴る様になってしまったとの事だった。
そして今では父親の事も殴っては罵倒を浴びせているのだそうだ。ビルはずっと実家に帰ってはいなかったそうで、カイから実家の現状を今聞かされたのか、驚きが隠せない様子だった。
「あの、あの、俺この店の事は誰にも話しちゃいけないって兄ちゃんに言われてたんだけど……皆の……兄弟の事が心配で、母ちゃんにだけここの場所を教えちゃいました、ごめんなさい!」
カイはそう言うと涙を流しながら、頭をテーブルにぶつかりそうな程に下げた。ビルは涙をこらえながら、カイの事を抱きしめていた。
この部屋にいる皆が居たたまれない気持ちで、ビルたち兄弟を見つめていた。
「カイくん大丈夫ですよ、お母さんに話すのは何の問題もありません。それにもしお兄さんがこの店に訪ねて来たとしても、私達皆があなた達兄弟の味方ですからね、安心してくださいね」
カイは私の言葉を聞くとホッとした表情を浮かべて、兄であるビルに微笑んで見せた。ビルはそんな弟を愛おしそうに撫でていたのであった。
私はカイに近づくとサッと癒しを掛けた。傷はすぐに消え、痛みも消えたことにカイは目を丸くして驚いていたのだった。
「よし、それじゃあ面接を始めるぞ」
リアムが手を叩き皆に声を掛けるとカイの面接が始まった。カイはビル同様に小さな頃から色々と仕込まれていたようで、炊事洗濯、大工仕事、それから裁縫まで出来るとの事だった。
学校には通ったことは無いそうだが、ビルのお陰で小さな頃から自分達で勉強をしていたそうで、簡単な文字や数字の計算などは出来るとの事だった。
話を聞いてランスやイライジャが喜んでいるのが分かった。使い勝手のいい、良い人材だと思って居る様だった。ビルを見てれば人柄は十分に分かるし、何よりも兄弟の事を思うその優しさに皆胸を打たれた様だった。
「部屋は兄弟一緒で良いのか?」
リアムの問いに二人は顔を見合わせ、はい と嬉しそうに返事をしたのだった。
その後、ビルは2階の個人部屋から三階にある小さめの家族部屋へとカイと共に移った。二人で暮らすには十分な広さの部屋なので問題はないだろう。
カイは個人部屋があるという事や、ベットなどの家具にも驚いていたと共に、食事などが食堂で無料で自由に取れることにもとても驚いていたのであった。
これはお風呂やトイレに入ったらもっと驚くだろうなと思って、ニヤニヤしてしまう私なのであった。
それから一緒に仕事をするであろう、マルコとも顔合わせをした。マルコは仕事以外でもビルにべったりなので、きっと兄弟の部屋にも押し掛ける事になるだろうと心配になったのだが、ビルもカイも大家族で育ったせいか、マルコが突然部屋に来ても全然気にしていない様だった。
「マルコ、マルコ、これ色が変わったよ、成功?」
「おお、カイ、凄いではないか! 初めてで成功するとは中々やるなー!」
「マルコの教え方が上手だからだよ有難う!」
「ガハハハッ、俺は天才だからな! 当然だー」
こんな感じでまるで年の近い友達の様に仲良くなった二人であった。因みにマルコ21歳、カイ14歳、友情に年齢は関係ないのであった。
そんなある日、リアムの所に青い紙飛行機が飛んできた。これは速達用の紙飛行機だ。これを渡してあるのは、ディープウッズ家かウエルス家になる。
何か急を要する事が有ったのかもしれないと、リアムは青色の紙飛行機を掴むとすぐに読みだした。
「パーカーからだ。ローガンが兄貴に手紙を送ろうとするところをとっ捕まえたらしい。俺はすぐに屋敷に戻る。イライジャ、ジョン、店の事を頼む。ランス、ジュリアン、付いてきてくれ!」
「リアム! 私も行く!」
リアムは一瞬悩んだようだが、私が引かないことが分かったのだろう、頷くと 分かった と小さく呟いた。ランスは自分の賢獣のパールに仕事の指示を出ていた。
リアムとジュリアンの賢獣のブレイやリアナも部屋で大人しくしていたのだが、皆の動きを見て興奮したように後を付いてくると、自分の主の後ろにピタリと張り付いていた。
私はセオと手をつないでその後を追ったのだった。
ウエルス邸のリアムの執務室に着くと、ローガンは縄で縛られて椅子に座らされていた。ローガンが送ろうとして持っていたであろう手紙は、机の上に置かれてあった。
リアムは手紙に目を通すと、ローガンの方へと目を向けた。
「パーカー、ローガンの縄を解いてやってくれ」
パーカーは頷くとすぐにローガンの縄を解いた。ローガンは驚いた表情を浮かべていたが何も喋ることは無かった。
リアムはローガンと向かい合うようにソファへと座ると、私達にも座るようにと促してきた。賢獣達にも警戒を解かせて自分達の主の足元へと座らせると、リアムは優しい表情を浮かべてローガンに声を掛けた。
「これには嘘が書いてある……どうしてか聞かせてもらえるか?」
「……」
ローガンは自分の足元を見たまま何も答えなかった。リアムが私達にも見せてくれた手紙には。
『店 順調 貴族 接点 無し』
とだけ簡単に記されていたのだった。どうやらディープウッズ家の事や領主であるタルコットの事などは何も教えては居なかった様だ。
勿論ローガンが情報を掴んでいなかったという事も考えられたのだが、この所わざと情報を流すようにウエルス家に戻っていたリアム達からすると、あり得ない話なのであった。
「ブレイが俺の居ない間も屋敷の見回りをしていただろう、だからローガン、お前が兄貴と連絡を取るとしたら、ブレイを俺が店に連れていっている間だと思って、パーカーに見張らせていたんだよ」
ローガンは驚いた表情をしてやっとリアムの顔を見つめた。向いあうリアムの表情が余りにも優しい表情を浮かべていたことにもローガンは驚いた様だった。
「お前の母親の事が関係してるのか?」
「えっ……?」
ローガンはリアムの顔をジッと見つめている、リアムはニッコリと微笑むとローガンに頭を下げた。
「悪かったな」
「なっ! リ、リアム様」
リアムが急に謝って来たので、想像していなかった出来事にローガンは慌てだした。困った様に周りを見だしたが、皆微笑むだけで何もしなかった。
「悪いがお前の事を調べさせてもらった。母親が病気なんだろ?」
ローガンはリアムの言葉を聞いて、諦めたように頷くと少しずつ話し出した。
リアムがこの屋敷に住みだしたころ、急にリアムのお兄さんであるロイドから手紙が届いた。それは弟の事が心配だからこまめに自分にリアムの様子を知らせて欲しいとの願いの内容だった。
小さな頃から夏になると、ウエルス家の別荘であるこの屋敷にロイドが来ると、一緒に遊んでいたローガンは素直にそれを信じて、弟思いのお兄さんだとロイドの優しさに胸を打たれていたそうだ。
その上体調が思わしくないローガンの母親に、王都で販売されている高価な薬を毎月送ってくれていたとの事だった。
だが、屋敷の中の情報で、リアムがロイドに襲われてこの屋敷に逃げるようにやってきたのだと知ると、自分の行いが急に怖くなったそうだ。
「私は、ロイド様がリアム様を心配なさっていると思っていたのです……」
情報を送ることを辞めたいとロイドに伝えると、今迄の薬の代金を支払うようにと言ってきたそうだ。
「私には……そんな金は無くて……」
リアムはこの屋敷に来てからは、特に何か始めるわけでも無く、ただ遊び歩いているだけだった為、心苦しかったがそこまで重要な情報でも無いと思って、ロイドに言われるがまま情報を送り続けていたのだとの事だった。
だが、ディープウッズ家の方と知り合ってからはリアムの周りが急に変わり始めてしまった。重要な情報が多すぎてロイドに送るのが怖くなってしまったそうだ。
その為、重要な情報を隠し、当たり障りのないものだけをロイドに送り続けていたのだそうだ。
「この屋敷の主はリアム様です。私は二心を持って仕えていたんです。だからどうか私を首にして下さい……」
そう言ってローガンは床に座って頭を下げた。
「ローガン……兄貴とは友達だったのか?」
「……私はそう思っていました……だけど、ロイド様に取っては、少し違ったようでした……」
ロイドはローガンの事を脅した時点で子供のころからの友人を無くしてしまったのだろう。
そして、リアムの事も、襲った時点で弟では無くなってしまったのだ。そう思うと彼には家族も友人も無く可哀想な人であると少し同情してしまう。
勿論ロイド自信が招いた結果なのだが、蘭子時代に家族も友人も居なかった私としては、ロイドの虚しさが可哀想に思えてしまうのであった。
「ローガンさん、お母様に一度会わせてもらえませんか?」
私がローガンに声を掛けると驚いた顔をして床に付けていた頭を上げた。取り敢えずローガンと母親の話をしたいので、リアムに許可を取って椅子に座りなおして貰うことにした。
「ローガンさん、お母様の病気を先ずは治しましょう。反省はそれからで良いと思いますよ」
私がそう声を掛けるとローガンは泣き出してしまった。きっと主であるリアムの事を裏切っているのが苦しかったのだろう。そう思った私はローガンの頭を優しく撫でたのだった。
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