第85話 マルコ・ビアンキ

「リアムおはよう」


 昨日のビアンキの甥っ子であるマルコの襲撃が気になり、私とセオは朝早くからスター商会へとやった来た。食堂に来るとリアム達は朝食の最中で、私の挨拶に手を挙げて返事をした。


「随分早いな」

「マルコさんが気になって……」


 リアムをはじめ、周りにいた人達はその名前を聞くと苦笑いを浮かべた。それだけ印象に残る登場だったようだ。


「あの人はまだ寝てるの?」


 マルコの事を手刀で気絶させたセオが、様子が気になったようでリアムに尋ねた。

 リアムは一つ頷くと、ナフキンで口元を拭ってから話し始めた。


「昨日からずっと寝てるよ、まあ旅の疲れもあったんだろうがな……」


 セオは少し安心したような表情をして頷いた。手加減しなかったので、心配だったようだ。寝ているのなら大丈夫だろう。

 リアムの話では、朝早くにアリーとオリーが様子を見に行ってくれたそうだ。ただし、昨日セディとアディがべたべたと触られたことを情報共有していたのか、とても警戒している様子をジョンが見ていたらしい。

 怖がるアリーとオリーを見かねたジョンが、今はマルコの部屋に待機しているそうで、起きたらすぐに教えてくれる事になっているらしい。


「ベアーズには恐怖を感じる機能があるんだな……」

「うーん……私も初めて知ったよ……」

「……そうなのか……」


 ベアーズ達はディープウッズ家の皆の行動を基に作られている子熊達だ、だから基本的にとても強いし忍耐力もある、そんな子熊達が怯えるという事は、マルコにべたべたと触られた事に関係しているのかも知れない。

 もしかしたら実験道具にされてしまう様な恐怖でも感じたのかもしれないなと、マルコの昨日の興味深々な様子を見て思ってしまった。


 そんな考え事をしていながら、ふと顔を上げると、リアムが私の事をチラチラと見ていることに気が付いた。お茶を飲みながらだが、明らかに挙動不審である。

 私が気になって目を細めてリアムを見つめると、観念したのか話を始めた。


「おまえ……それで……どうするんだ?」

「へっ? ……何を?」


 意味が分からずセオに視線を送るが首を傾げている。なのでランスの方に視線を送ってみると、リアムの言いたいことが分かるのか、笑いをこらえている様だった。


「昨日、あいつに結婚を申し込まれていただろうが……」


 そう言うとリアムはプイっとそっぽを向いた。耳まで真っ赤になっているので恥ずかしかった様だ。セオの前だからかも知れないが、結婚話だけで頬を染めるなんて、可愛い男性だなと思ってしまった。


 私はクスリと笑うとリアムに答えた。


「申し込みも何も、彼は私の事が好きなわけではないでしょ。私の結婚相手の希望には反してるし、それに私も、どんな人か分からない人のプロポーズを受けたりはしないよ」


 リアムもセオもホッとしたようにため息を付いていた。だが何か思うことがあったのか、リアムはまた質問をしてきた。


「だけど、俺には 結婚しようって ララは簡単に言ってきただろ……」


 確かに会ってすぐに結婚話を持ち掛けたかも知れないが、それはリアムがどんな人か分かったからである。マルコの時と一緒にはして欲しくないと思ってしまう。


「それは私とリアムが相思相愛だと思ったからでしょ。私はリアムの事大好きだし、問題ないと思ったの」

「そ……そうなのか……」


 リアムの顔は真っ赤になった。セオの前でこの手の話をするとリアムは感情が乱れてしまうようだ。ランスがリアムの顔を見て、ニヤニヤしているのが目の端に入った。


「でも大丈夫。リアムの気持は分かってるし、もう結婚しようなんて言ったりしないからね」

「へっ?」


 リアムがセオを好きな事を分かっている私としては、今後リアムに結婚話をするつもりは無い。第一、こんな小さな子が婚約者では20歳になるリアムには可哀想だと、最近思うようになってきた。

 それに兄弟になろうかと話しているぐらいだ、恋愛感情はお互いに無いと言えよう……


 私の言葉を聞いてリアムは慌てたのか、持っていたカップを落としてしまい、自分にお茶を掛けてしまった。

 それをため息をつきながら拭いて上げているランスは、残念なものを見るような顔でリアムを見ており、近くにいたイライジャは苦笑いを浮かべていたのだった。


 セオの事が好きって分かってるって言っただけで、あんなに慌てなくてもいいのに……


 私はリアム達に手を振ってその場を離れ、セオと一緒にマルコの部屋へと向かった。


 マルコの部屋の扉を静かに叩くと、ジョンがそっと顔を出した。どうやらマルコはまだ眠っている様で、ジョンは書類仕事をこの部屋でしながら、マルコに付いていたようだった。


「ジョンは食事はとったの?」


 一緒にマルコの部屋へと入りながら聞くと、ジョンは朝早くに朝食は済ませたそうだ。いつもリアムのお世話があるので、朝食はスターベアー・ベーカリーの皆と早目に取っているそうだ。


 私はマルコの様子を見てから、念の為、鑑定も掛けてみたが、特に体調に問題は無い様だった。


「それにしても……寝てると女の子みたいですねー」


 色が白く可愛らしい顔つきのマルコは、喋らなければ女の子の様だ。昨日年齢を20歳だと叫んでいたが、どう見ても成人するかどうかぐらいの年齢にしか見えない。

 童顔な顔つきがそうさせているのもあるが、何よりも男性にしては華奢な体つきがそう思わせる一因になっている様に思えた。


 私達がマルコを起こさないようにと、そっと部屋を出ようとしたとき、突然マルコが目を覚ました。目覚めるのはお昼ぐらいになると思っていたのだが、興奮? からか少し早く目が覚めたようだった。


「ここはどこだ?!」


 自分でこの店に飛び込んできたのに、寝たからか、それを忘れ何処にいるのか分からなくなっている様で、ジョンに詰め寄っていた。

 私とセオは慌てて部屋へと入りなおし、マルコの元へと向かった。


「マルコさん、大丈夫ですか? 昨日の事を覚えていますか?」


 私はマルコに問いかけながら、ジョンにリアムに連絡するようにとお願いをした。セオはマルコを警戒しているようで、いつもなら私の後ろに控えているのだが、今日は私とマルコの間に立って動きを見守っている。


「おお! そうだそうだ、少女よ、薬を作ったのは君だったな」

「ええ、そうです、体調が宜しければ、食事をされてから作業部屋へと行きませんか?」

「作業部屋! そこに薬があるのか?」

「はい、作業部屋の中に薬剤室や鍛冶室、それから裁縫室などがあります。店の中なのでそれ程大きくは無いですが、マルコさんの興味を引く物はあると思いますよ」


 マルコは目をキラキラさせて頷いた。そこへリアムがランス達と一緒に部屋へと入って来た。後ろにはアリーが居てマルコの食事を運んでくれていた。


「おお! これは、昨日の熊じゃないか! いや……色が違うな別人か?!」


 マルコはリアムの事が目に入らない様で、起き上がるとすぐにアリーに近づいて行った。するとそれを防ぐ様にジュリアンが間に入った。2m近い身長があるジュリアンがアリーの前に立つと、まったく姿が見えなくなってしまい、マルコが少しムッとしているのが分かった。


 リアムはそんな様子に苦笑いを浮かべながら、マルコに食事をとる様に進めた。


「これは! このパンは何だ?!」


 マルコはパンを一口かじるとわなわなと震え出した、そして次に野菜スープに口を付けると、目を閉じ口の中で味わうようなしぐさをして見せた。


「これは! 新しい料理だな! 開発者は誰だ!」

 

 マルコはアリーに目を向けたが、ジュリアンに阻まれ見えなかった様で、私の方へと目を向けた来た。セオが前に立ってはいるが、私の姿は見えたようだった。


「少女よ! ララと言ったか、この料理も君が作ったのか!」

「作ったのは別の物ですがパンの【天然酵母】を使いだしたのは私です。スープも【コンソメ】を提案しました。今日は鳥のコンソメかな? だと思いますよ」

「科学だな! 素晴らしいぞ! 気にいった! 結婚――」


 マルコの言葉はリアムの手によって塞がれてしまった。リアムはマルコの口を手で押さえたまま、ニッコリと笑うとランスに指示を出し、マルコの前に手紙を置いた。


「貴方の叔父上である、ファウスト・ビアンキさまからの手紙です。今朝届いたものです。どうぞご覧ください」


 マルコは食事を取りながら手紙に目を通した。するとみるみる青くなり、手に持っていたスプーンをその場に落としてしまった。


「これは……」

「読んで頂けましたか? こちらの店に迷惑をかけるようでしたら、今後貴方の研究への融資はしないと書いてあります」

「ううう……」

「夜遅くに押しかけてきて、この店の会頭に結婚を気安く申し込むことは、我が店への迷惑になると思いませんか?」


 リアムの言葉にマルコは目を見開き、私の方を見てきた。目が大きいのでそんな仕草も可愛く見えてしまう。

 女の子に生まれていたらさぞかし可愛い子だっただろう、いや……女の子でこの性格だったら可愛そうな気もする……


「少女よ! 君が会頭なのか?」


 私がこくんと頷くと、マルコは頬を染めとっても嬉しそうな顔になった。手紙を読んで一瞬は反省したようだが、もうその事は飛んで行ってしまった様で、私が会頭という事が頭を絞めてしまったらしい。


「そうか、君は天才なのだな! よし! 俺をここで雇ってくれ! 必ず役に立ってみせるぞ!」


 マルコはニコニコしながらお行儀悪く食事を流し込むと、身支度をすると言って風呂場へと飛んで行った。それを世話しようとジョンが追いかけていく。


 残された私達は、苦笑いを浮かべながらそれを見送った。


「ララ……あいつ雇うのか?」

「うーん……一緒に働いてみないと分からないけど、色んな事に興味がありそうな人だから、研究員には向いてそうだよね……」

「まあ……そうだけどな……」

「ちょっと変わった人ではあるよね……」

「あれはちょっととは言わないんじゃないかな……」


 セオも話に入って来た。どうやら思うことがあるようだ。珍しく困ったような表情を浮かべている。


「まあ、ビアンキさんの甥っ子さんだし、暫く様子をみましょうか……」


 みんなでそんな事を話していると、風呂場から大きな声が聞こえてきた。どうやらマルコの叫び声の様だ。何かあったのかと皆で慌てて風呂場へと向かうと、裸になったマルコが床に這いつくばって居る姿が見えた。

 その後私は、目をリアムに手で覆われてしまったのでまったく見えなかったが、どうやら風呂場に興奮したマルコが、裸のまま大騒ぎをしていたようだった。


「凄い! 凄い! 凄いぞー!」


 マルコは暫く全裸で、風呂場をなめる様に見回したのだった……

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