第83話 ディープウッズ家へGO!

「ビアンキ様、詳しくお話しいただけますか?」


 リアムは一つ咳ばらいをするとビアンキにそう聞いた。間の抜けた声を出してしまったことを恥ずかしく思っているのか、少し頬が赤かった。


「先ほどもお話ししましたが、私の甥は薬の研究をしておりまして――」


 ビアンキの話では甥子さんは優秀で、前世で言うところの大学にあたる、ガイム国にあるグレイベアード魔法高等学校まで行って薬の勉強をしたそうだ。だが薬師ギルドのお金中心の考えに同意することが出来ず、せっかく就職したギルドを辞め、今は屋敷で薬の研究に取り組んでいるとのことであった。

 なので流行り病に効く薬を作ったこの商会ならば彼も就職したがるだろうし、何よりビアンキやワイアット達を無料で治してくれたことに感動して、何か自分に出来ることが無いかと思っての事らしい。

 研究員が欲しかった私としてはありがたい話だが、本人の確認がないところで話を進めても良いのだろうかと、不安になってしまった。


 するとそれに気が付いたのかビアンキが笑いかけてきた。


「甥は少し変わってまして……人づきあいが苦手なのですが、薬草や薬の研究の話になれば夢中になる子なのです。自分が見たことのない薬と聞けば飛んでくることでしょう」


 ビアンキの言葉に皆頷き、本人にやる気があるのならば面接するとの約束となった。ビアンキはブロバニク領に戻り次第すぐに甥をこちらへと向かわせると言って、商談は終了となった。


 ビアンキが自領へと戻る日には、リアムが何度も私のことを内緒にとお願いしてくれていた。ビアンキも重要案件なのでとてもじゃないが誰にも話す気にはならないと言って、豪快に笑って見せてくれた。

 私は魔法鞄から自分で作ったドレスを出してビアンキに渡した。ずっと病んでいてお土産も買う時間も無かっただろうと思い、娘さんが間もなく6歳と言っていたので、私用のドレスなら丁度いいだろうとお土産にと思ったのだ。

 勿論それだけではなく、着心地のリサーチもしたいと言う下心もあっての事なのだが――


「ビアンキさん、これは私が作ったドレスなのですが、お嬢さんのお土産にしてください」

「いや……この様に高級なものは……」

「ドレスを着た子供の意見が聞きたいのです。なのでお嬢さんが着てみた感想を、ビアンキさんが私に伝えて頂けるととても有難いのですが……」


 ビアンキは私が作った桜色のドレスを受け取ると、深々と頭を下げた。そして周りにいる皆に視線を送ると 一生かけて恩返しを致します と言ってから馬車へと乗り込んだ。

 どうやらビアンキにも今回の事はワイアット同様に重く受け止められてしまった様だ。命を救って貰い、その上高級なお土産まで貰った事で、尚更恩義を感じさせてしまった様で、馬車の中からずっとこちらに涙を流しながら手を振っていたので、馬車が見えなくなるころには皆が苦笑いを浮かべていたのだった。


「おまえ……わざとやってるのか?」

「えっ? 何を?」


 リアムが私の頭をガシッと手で捕まえると、底冷えするような笑顔を向けてきた。これは怒っているとみて間違いないだろう。

 でも一体何に対して怒っているのかまったく分からない、セオの方を見ると苦笑いを浮かべているので、リアムが何故怒っているのか分かっているようだ。


「俺は何度も何度も言ったよなぁ……人にホイホイ高級な物を上げるんじゃないと……」

「あっ……」

「あっ じゅあねーよ! ちょっとは自重しろよ!」

「まあまあ、リアム様、ララ様のお陰で大店に恩義を与えることが出来ましたし、宜しいではないですか……」


 ランスが見かねて助けを出してくれたが、リアムの怒りはまだ収まらない様だった。何故なら私の頭を掴んだままなのだ、それも結構痛い……


「そんなことは分かってる、俺の言いたいのはララがまったく警戒しない事だ。世の中良いやつばかりじゃ無いんだぞ!」


 リアムはそう言ってやっと私の頭を離した。言い方は荒いが もっと自分で警戒をして欲しい と私を心配しての事の様だ。リアムの優しさに心が暖かくなる。


「リアム有難う……優しいね」

「ばっ、おまえなぁー」


 リアムは耳まで真っ赤になりながら、ぐしゃぐしゃっと自分の頭を乱暴に掻いた。せっかく綺麗にまとめた美しいオレンジ色の髪が酷いことになり、ランスの目が細くなっていた。


「リアム【袖振り合うも多生の縁】て言葉知ってる?」

「なっ? そで?」

「うん、私ここでの出会いを大切にしたいんだ……」


 きっとこの世界で出会う人たちとは、何かしら縁があるのだと私は感じている。神様が用意して下さったこの世界での出会いを、少しでも大切にできたら良いなと思っている。

 そう思えるのは蘭子時代の寂しい人生があったからかもしれない、今思えばあの頃は、自分から縁を切っていたと思える節もある。蘭子の時は無意識で出会いを避けていたのかもしれない。

 この世界では一つ一つの出会いを大切にしていきたいと思っている。勿論、いい出会いも悪い出会いもだ。きっとそこには何か意味があるのではないかと思うから――


「はぁー……分かった、とにかく自重を忘れるなよ!」

「うん! 気を付ける」


 リアムは呆れた顔をしながら私の頭を撫でると、店の中へと戻っていった。私はセオと手をつなぎながらその後に続いて行く。

 こんな素敵な人たちに会えたこの人生を、大切にしようと神様に感謝した日でもあったーー




「明日、店を早めに閉めて我が家で夕食を取りませんか?」


 ある日朝早くスター商会へと訪れた私は、朝食を食べているメンバーに、ディープウッズ家に来ないかと誘ってみた。

 残念ながら朝早いスターベアー・ベーカリー組のメンバーは既に仕事に入っているので、ここに居るのは、トミーとアーロ一家、イライジャ、ブリアンナ、ビルそしてミリーの子供たちのタッドとゼンだ。

 勿論泊まり込んでいるリアムもこの場にいる、リアムが居るという事はランス、ジュリアン、ジョンもいるのだが、皆が食事中の手を止めて一斉に私の方を見てきた。

 トミー達に関しては、顔が青くなっているようにも見えた。


「俺達、ララ様のお家に行けるの?」

「ええ、私のお母様が皆に会いたいって言っているの、ゼン、タッド、どうかしら来てくれる?」

「うん! 行きたい!」

「俺もララ様の家に行ってみたい……です」

「ピーもいくのー」

「良かった、じゃあ明日みんなで行きましょうね!」

「「うん!」」


 タッドとゼンは朝食を流し込むように食べ終わると、母親のミリーに伝えに行くと言って食堂を後にした。スターベアー・ベーカリーで働く皆にも話をしてくると、嬉しそうに笑っていた。

 残された大人組は真っ青な顔をしたままだ。勿論来たことのあるリアム達は落ち着いているが、他のメンバーは食事が手に着かない様になってしまった。

 特にブリアンナは全身で震えだしていて、まるで極寒の地にいる様になってしまった。


「あの……ブリアンナ……大丈夫?」

「ひっ……ひゃい……だ、だ、大丈夫だず……」


 どう見ても大丈夫じゃない様だ。


 朝食を食べ終わったリアムがこちらをジロリと見てきた。最近のリアムの視線が何だか怖い。イライジャもそうだが、アダルヘルムの怒った時の顔に皆似ているのは何でだろうかと不思議になる。


「何でおまえは何時も急なんだよ」


 そう言いながらリアムは私にデコピンをして来た。今日は強めでペチンといい音がしたのでかなり痛い。


 私はおでこを摩りながらリアムに事情を話した。


「この前の研究所の話をお母様たちに話したの、そしたら詳しく話を聞きたいって言われて」

「ああ……そうか、話してみたのか……それで何でみんなで一緒に行くことになったんだ?」

「お母様が私と一緒に働く方たちにご挨拶したいって言われたの」


 そう皆に微笑みかけると益々青い顔になり、震えているのはブリアンナだけではなくなってしまった。我が家に来ることが、そんなに怯えることなのだろうかと、首を傾げてしまった。するとリアムが呆れたように話し出した。


「あのなぁ、ララの母親に会うってことは庶民からしたら大事なんだよ……」

「へっ? 何で?」

「あの伝説の女神、聖女と言われるエレノア様だぞ、そこらの王族に会うより大変な事なんだ……」


 リアムに言われてやっと納得できた。確かに伝記が出るぐらい有名なお母様だ。それも人目に付かない生活を送っているし、戦争を止めた話も人族にとっては昔の話で、私からしたら歴史で習うような人物に会うような感覚だろう。急に戦国武将に会えるとか言われたら、確かに緊張してしまうかもしれないと思った。


「あの……でも、みんな、お母様はとってもお優しいですから大丈夫ですよ。あっ、どうしても嫌だったら断っても良いですよ」

「ばっ! ララ、そんな恐ろしい事言うんじゃない!」

「へっ?!」


 どうやら目上の人物の招待を断るのはご法度の様だ。もし庶民が王の招待を断ったりしたら、首が飛んでもおかしくない事らしい。

 でも お母様はそんな事をする人ではないのだけど と話したのだが、それでも断ると言う選択肢はない様だった。

 リアムもなんだかんだと言いながら仕事を調整し、明日の食事会へと出席することとなり、私は食堂を後にしてスターベアー・ベーカリーへと向かうと、そこではタッドとゼンから話を聞いたスターベアー・ベーカリーのメンバーが、青い顔で固まっている姿を見たのだった。


 次の日スターベアー・ベーカリーは何時ものように夕方には店を閉め、スター商会の方はいつもよりも早目に店を閉じ、皆我が家に来る準備を始めた。


 ディープウッズ家に来るのをもっと気軽に考えて貰っても良いのだが、ランスの指導のもと、服装やマナーなどたった一日で叩き込まれたようで、皆既に疲れたような顔をしていた。

 なので私は皆に癒しを掛けて元気を取り戻してもらい、家に来ればマトヴィルが作った美味しい食事が取れる話したのだが、マナーが不安な庶民組は、また青い顔になってしまったのだった。

 子供たちだけが何も不安がらず、楽しそうな顔をしていたのが私にとっての唯一の癒しであった。


 「では転移部屋を使うので、簡易ペンダントを受け取ってください」


 私とセオで店から屋敷まで往復転移できる簡易ペンダントを皆に渡した。リアム達は自分達のペンダントを使う。これも以前私が作って渡したもので、この部屋から転移できるように魔力が詰まっている物である。

 開店前あたりから、リアム達は店に泊まり込んでいる日が多いため、十分に魔力が溜まったままだそうだ。


 私とセオは自分で転移できるので、そのままで皆に声を掛けた。


「では、ペンダントを握って下さい。それでは、ディープウッズ家に行きましょう!」


 転移は一瞬で終わった。私達が屋敷の転移部屋を出ると、扉の前ではアリナとルミとアイスが待っていてくれた。


「皆様、ようこそお越しくださいました」


 アリナがニッコリと微笑むとジュリアンの顔が真っ赤になった。他の皆もアリナの可愛さに頬を染めている。先程まで真っ青だったので丁度いいかもしれないと思った。


「うわぁー! お城だー!」


 ゼンが窓から外を見て嬉しそうに声を上げた。ピートはタッドが抱っこして、窓の外の景色を見せてあげている。三人は本当の兄弟の様に仲良くなっているようで、心がほっこり温まる。

 アリナの後に続き食堂へと向かうと、お母様が既に待ってらっしゃった。アダルヘルムのエスコートで立ち上がると、こちらへ向かって微笑みかけた。


「皆様、ようこそいらっしゃいました。今日は楽しんで下さいね」


 お母様がそう言ってニッコリと笑うと、 うっ とか はっ とか言う声が聞こえて、数名が胸を押さえていた。どうやらお母様の女神の微笑みは、心臓に悪い様だ。楽しみにしていたランスは真っ赤な顔で呆けていた。どうやら耐久力はまだ付いていなかった様だ。

 リアムが代表してお母様に挨拶をすると、それぞれドワーフ人形達に促されてテーブルへと着いた。皆緊張の面持ちだがきっとマトヴィルの食事が出てきたら、表情も緩むのではないかと期待しながら食事会は始まったのだった。

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