第81話 商談と妙案

「それで、ここでの滞在費と治療費なのですが……どの様にしたら宜しいでしょうか?」


 ワイアットは商談の最後にリアムに向けてこう言ってきた。これには思わず私が声を出してしまった。


「ワイアットさん、これは私が勝手にやったことなのです、ですから費用などは気にしないで下さい」

「いや……そんなわけには……」


 ワイアットは困ったような顔でリアムに目を向けたので、何か仕事をお願いすれば気持ちが楽になるかもしれないと思い、私は魔法鞄から有る物を出した。


「……うーん……でしたらこれを……」


 白色の手紙用の折り紙を取り出すと、それをワイアットに差し出した。ワイアットは意味が分からない様で、困惑顔を浮かべていた。


「これを使ってワイアットさんが王都で何か気になる情報があれば、私達に教えて頂けませんか? ワイアットさんのお店は王都にある大店ですから、色んな情報が入ってくると思うのです。その中で我が店に教えても良い情報が有りましたら、送って頂けるととても助かるのですが……」


 ワイアットは私から手紙の用紙を受け取ると、真剣な表情をして頷いて見せた。後ろに控えている下僕のチャドまで同じ表情だ。何だかとても重く受け止められたように感じてしまった。


「姫様には命を救って頂きました。必ず有益な情報をお送りいたします」

「いいえ、ワイアットさん、そんなに重く受け止めないでください! そうですね……あ、リアムのお兄さんの情報とかでいいですから……」

「なるほど! ではウエルス家の情報を必ずやお届けする事を誓います」


 そう言ってワイアットはチャドと共に私に跪いた。私は困ってしまい目でリアムに助けを求めた。リアムは私の視線に気が付くと、苦笑いをしてワイアットに近づきサッと起き上がらせた。


「ジョセフ様、どうか余り気にしない様にして頂きたい。我が会頭はとにかく人が喜ぶ顔を見るのが好きな方なのです。ですからジョセフ様が自店に無事に到着をしたと連絡を下さるだけで、十分喜びますよ」


 私はリアムの言葉にブンブンと首を縦に振った。決して負担にさせようとは思っていなかったのだが、ワイアット的には命の恩人に恩返しをしたいと思われているようだ。本当にリアムの言う通りささやかな情報で十分なのである。


「ああ……まだお小さいのに、何と慈悲深いお方でしょうか……」

「えっ……」

「どうか私のことはジョセフとお呼び下さい、姫様の為に必ずや、役に立つ情報を掴むとお約束いたします!」


 ああ……ダメだ……もっとやる気になってしまった様だ……これは話を切り替えた方いいかもしれない……


「ジョセフさん、では私のことはララとお呼び下さいませ。それと私がディープウッズ家の者と言うことは、どうかご内密にお願い致します」

「ええ……無論でございます、例えどんな拷問を受けようとも、このジョセフ・ワイアット、決して姫様……いえ、ララ様の情報は漏らさないと誓います」


 話を変えようと思ったのに益々ワイアットさんは重く受け止めてしまっている、これには私だけでなくリアムまで苦笑いを浮かべていた。

 これ以上何かを言ってもワイアットさんの気持ちは変わらないだろうと思い、商談はこれで終わりとなった。


 ワイアットとチャドは何度も何度も私達にお礼を言って、スター商会を後にした。帰り際にはまた 必ずや姫様のお役に立って見せます、と言われてしまったので、苦笑いのまま見送ることとなってしまったのだった。



「商談て疲れるね……」


 リアムの部屋へと皆で移動し、私はお行儀が悪いのを知りながらも疲れでソファへともたれ掛かった。

 リアムとワイアットの商談を見ているだけで済むかと思っていたが、余計な口出しをしてしまったせいで、何だかとっても大事になってしまい、どっと疲れが出てしまった。

 勿論、自業自得なのは分かってはいるのだが……


「突き合わせて悪かったな……他の商談相手はともかく、ジョセフさんにはララを紹介しときたかったんだ……」


 リアムは私の向かい側のソファへと座ると、優しい表情を浮かべて私を見てきた。普段あまり見せない表情に、胸が鳴るのが分かった。


「リアムがお世話になった方でしょ、私も会いたかったから大丈夫、それに疲れたのは自分のせいだしね……」


 笑いかけるとリアムは私の頭に手を置いて微笑んだ。少し瞳が潤んでいるように見えるのは、気のせいだろうか……


「ララ……俺の心配をしてくれて有難うな……」


 きっとワイアットにリアムのお兄さんの情報を頼んだことを言っているのだろう。リアムはそう言うと照れくさそうに笑ってから立ち上がり、自分の仕事用の席へと戻った。ランスはそれを微笑ましそうに見ていた。

 リアムは幼少から母親と引き離された過去がある。もしかしたら母親の愛情をあまり受けてこなかったのかも知れない。リアムのお兄さんの母親が亡くなって、後妻に自分の母親が入った話をしてくれた時も、自分の事を母親の道具のように言っていたーー


 妻の座欲しさに母親は自分を産んだのだと……


 私は仕事を始めたリアムに近付くと笑いかけた。リアムが子どもの頃体験できなかった母親の愛情を、私が彼に上げることが出来たらいいのにと本気で思った。

 勿論セオにもだ、セオの事は絶対に私が幸せにしたいと心から思っている。それと同じぐらいこの優しくて可愛い青年が大切だと私は感じたのだった。


 ああそうか……そういうことなのだ……私はリアムの事を――


「リアム……私はリアムの事が大好きです!」

「「はっ?!」」


 何故か気の抜けた声をリアムだけでなくセオまで出した。そして二人とも驚いた顔をして私を見ている、その顔が何だかとても愛おしい。


「私と家族になりましょう!」

「「なっ?!」」

「勿論セオもです! 私はセオもリアムも大好きです!」


 私は呆けている二人に笑いかけ、思い付いた提案をすることにした。


「私が成人したら二人を私の養子にしようと思うのです! そうすれば本当の家族になれますし、二人の母親にもなれます! これは最高に素晴らしい考えだと思うのです!」


 年齢的にリアムが長男でセオが次男、私の可愛い自慢の息子達、神様もきっと二人を私の養子にする為にめぐり合わせてくれたのだと思う、二人に母親の愛情を私がたっぷりとあげるのだ。

 これはお互いにとってとても良い提案だと思うのだが、何故かリアムは机の上で顔を両手で覆っているし、セオもアダルヘルムが良くやる仕草で頭を押さえている。

 二人とも耳まで真っ赤になっているので、怒っているわけではないのは分かるが、私の提案は頭を抱える程の事だったのだろうか。

 周りの皆の様子を見ると、ランスは明らかに笑いをこらえている顔をしているし、イライジャは可哀想な目をしてリアムとセオを見ていた。ジュリアンは話を聞かなかった様に窓の外を見つめ、ジョンだけがオロオロと皆の様子を見て困って居る様だった。


 私は首を傾げてリアムとセオを順番に見つめてみた。


「セオ……リアム……?」


 リアムは大きなため息を付くと真っ赤になった顔を上げて私の方を見た。セオも同じ様にため息をつき私を見ている。その顔は明らかに赤い顔のままだった。


「あー……ララの気持は分かった……」

「……うん……ララ、有難う……」

「本当?! 良かった! じゃあ、養子に――」

「いや……それは無理だな……」

「えー……何で? 私が母親じゃ嫌なの?」


 リアムはそういう問題ではなく、私が成人した時の二人の年齢を考えるとリアムは29歳、セオは20歳もう母親が必要な年齢ではないだろうと言うのだ。

 でも私は引き下がらなかった、年齢は関係ないと、2人と家族になりたいのだともう一度伝えた。

 すると二人とも赤い顔のまま嬉しそうに私に微笑んだ。


「ララの気持はよく分かった……でも俺達はお前の家族にはなりたいが、息子になりたいわけじゃないんだ……」

「うん……俺もララの息子じゃなくて……その――」

「そっか! そうだよね! お母様の子供にして貰って、兄弟になりたいって事だね!」


 見た目が6歳児の私の子供ではきっと二人は嫌なのだろう。だったら母親にはなれないけれど、兄弟になれば問題はないのだと気が付いた。家族になるのは嫌ではないけれど、年齢が問題だというのならそれが一番いい方法だ。

 だが何故か私の提案にランスは笑い出し、イライジャは頭を壁ぶつけていた、セオとリアムは赤い顔のまま苦笑いを浮かべ、二人で何か目配せをしていた。


「まぁ……俺達はもうファミリーだから、無理に養子になる必要は無いだろう……それよりララ、薬師ギルドの事で言いかけていたことが合っただろ?」


 何だか話をリアムに無理矢理違う方向へと変えられてしまった気もしたが、確かに薬師ギルドの話が途中だったと思い出した。私の考えの矛先が変わったことが分かったのか、セオとリアムは明らかにホッとした表情を浮かべていた。


「そう言えば話が途中だったよね、私良いこと思いついたの、ディープウッズの森に薬師ギルドを作っちゃえば良いかなと思って――」


 私の言葉を聞くとリアムはジョンが入れてくれたお茶を吹き出し、ランスは手に持っていた書類を落としてしまった。イライジャは何故か書棚の中に頭を突っ込んでいるし、ジュリアンは無我の境地でずっと外を眺めたままだ。ジョンだけが普段通りで、一生懸命リアムの吹き出したお茶を拭いていた。

 セオは通常運転に戻ったのか、ソファに座りなおし、ゆっくりとジョンが入れてくれた美味しいお茶を味わって飲んでいた。


「どうかな? 良い考えだと思うんだけど?」


 この世界アルデバランでは、ディープウッズ家は治外国家とされている。つまりディープウッズの森に薬師ギルドを新しく作ってしまえば、今ある薬師ギルドの決まりを守る必要が無いのだ。

 自画自賛をするつもりは無いのだが、とても良い考えだと自分でも思っているのである。

 なのにリアムは片手で頭を押さえると、もう片方の手で自分の仕事用デスクをトントンと叩き始めた、明らかにイラついているのが分かる。


「……ララ……何でそうなるんだよ……」

「えっ? 良い考えでしょう?」

「ディープウッズの森に薬師ギルド作ったら、お前を隠すのが益々難しくなるだろうが!」


 確かにそうかもしれないと思い、私はポンと手を打った。私の横ではセオが涼しい顔でおやつを食べている、他の皆が頭を抱えている姿と余りにも差があるので面白い。

 だがそれもリアムのイライラの原因の一つの様だった……


「セオー、お前面白がってるだろ……」

「俺は護衛だからね」


 セオはもう一つクッキーをかじると、嬉しそうにリアムに笑って見せた。


「リアム様、薬師ギルドではなく、研究所を作ったらどうでしょうか?」


 落ち着きを取り戻したランスが話を切り出した、私の提案もそこまで悪くは無かった様だ。でもリアムはまだ渋い顔をしていた。


「それでもディープウッズと繋がりがあるのが分かってしまうだろう……」

「ララ様が表立っていなければ良いのではないでしょうか?」

「どういう意味だ?」


 元からこの世界ではエレノア様、つまり私のお母様が薬草や薬づくり、それに人を癒す力を持っていることは既に有名であることをランスは話し出した。

 そのエレノア様が研究所をディープウッズの森に作ったとしても、なんの不思議もないだろうとランスは言う。その研究所の薬の販売を、スター商会が委託された形にすれば、薬師ギルドは口を挟むことは出来ないし、私の事も知られることはないのではないかとランスは言った。


「どの道、ディープウッズ家と繋がりがあることは、徐々に知れ渡るでしょう……」

「兄貴か……?」


 ランスは頷いた。そしてリアムのお兄さんだけでなく、他の商会もこの店を嗅ぎまわっていることを私達に教えてくれた。

 だったら、ララ・ディープウッズとではなく、エレノア・ディープウッズと繋がりがあると思わせといた方が良いのではないかと、ランスは言ったのだった。


「その為にはエレノア様にお会いして、お願いをしなければなりませんが……」


 ランスが頬を赤らめる姿を見て、ランスの本当の目的がお母様にもう一度会うことなのではないのかと思ったのは、どうやら私だけでは無かったようだった……

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