第64話 トミーとアーロと店舗内

 販売会の片付けも終わり、私達はお昼を取ることになった。手伝ってくれたトミーとアーロも勿論誘う。

 折角なので皆で建てたばかりの店舗の中で食事をする事にした。そして食後は出来上がった店舗内を皆で見て回ろうとの話になった。

 私とセオ、アダルヘルムとマトヴィルは作った当事者なので、店舗内がどうなっているのかは既に分かっているが、リアム達は設計図でしか見ていないし、トミーとアーロに至っては全く知らないので、みんな見るからにワクワクしている様で、大人男子達を 可愛な と思ってしまった。


 今日のお昼はマトヴィルが作ってくれたオムライスだ。

 私がご飯好きとあって、たまに作ってくれるメニューなのだ。

 オムライスと野菜スープ、サラダを皆の前にセッティングして行く、始めてみる食べ物に皆興味津々だ。


 私が卵の中央に切り込みを入れて、卵のふわとろを見せて上げると、ごくりと喉を鳴らす音が聞こえた。

 皆卵の柔らかさにうっとりとなり、マトヴィル特製のトマトソースには目を見張っていた。


「なぁ、こういう美味しもんが食べられる店は、開かないのか?」


 トミーが食べ終わった自分のお皿をジッと物欲しげに見つめながら、リアムに声を掛けている。ベルティからリアムがこの店の責任者だと聞いているのかもしれない。リアムは私の方をチラリと見た後、トミーに答えた。


「いずれは考えるかも知れないが、今すぐには無理だろうな……」

「そうか……」


 トミーは明らかにしょんぼりとしてしまった。何故か隣にいるアーロもだ。二回の食事ですっかりマトヴィルの味の虜になってしまった様だ。その気持ちは私にも良く分かる。

 だがレストランを作るにしても、マトヴィル並みに料理を出来る人は中々見つからないだろう。これからこの店で育てるにしても、かなり時間が掛かりそうだ。


 それにしてもトミーとアーロはいつもこの店の見回りに来てくれるが、本当の仕事は大丈夫なのだろうか、私は急に心配になり二人に訪ねてみることにした。


「トミーさん、アーロさん、毎日のように私達の店にお手伝いに来て下さってますが、商業ギルドのお仕事は大丈夫なのですか?」


 私の問いに二人は少し顔が曇った。もしかしたら聞いてはいけない事だったのかと、心配になってしまった。


「そんな顔するな坊主、別に悪い事は聞いてねーぞ」


 トミーが私が困ったと思ったのか、明るい声で答えてきた。アーロも苦笑いだが笑顔を浮かべようとしてくれている、子供に優しい人たちの様だ。


「あー、坊主に分かるかな……俺達は商業ギルドの臨時職員なんだ……」

「臨時職員?」


 トミーとアーロは元々大店の警備員の様な仕事に就いていたらしいが、この不況のせいで解雇になり、仕事が無くなってしまった様だ。それを見かねたベルティが、臨時職員として雇い入れてくれたとのことだった。

 だが臨時職員なので給料はそれ程良くは無いし、商業ギルドの手が回らない時のみの仕事となるので、生活は厳しい様だ。だから私達の店の手伝いに来れば、美味しいものは食べられるし、仕事として給料は貰えるし、その上お土産まで貰える、つまり一石二鳥ならぬ三鳥らしい。


 私はベルティの考えを想像してみた。商業ギルドの職員ではなく、何故彼らをこの店の見回りに来させたのかを、もしかして彼らの人となりを分かっていて、この店に送り込んだのかも知れない。


 リアムの方をチラリと見ると、私を見てリアムは頷いて見せた。どうやら同じ考えの様だ。


「でしたら、お二人ともこちらで働きませんか?」

「「はへっ?」」

 

 二人は私の言葉に驚きヘンな声を出した後、リアムと私を何度も見比べていた。私は二人に笑顔を向けて話し出す。


「お二人の働きぶりや人柄は十分に見せて頂きました。お二人とも仕事ぶりも丁寧で、その上子供好きですし、この町にも詳しいですから、私達の店からしたらとても有難い人材なのです。もしお嫌でなければ、私達の店で働いて頂けると大変嬉しいのですが……」

「いや……だけど……」

「あ、仕事は今日のような事や、店員の護衛とかになると思うのですが、いかがでしょうか?」


 二人は驚きの余り声を失っている様だ。そんな彼らにリアムが笑いながら、話し掛ける。


「あんたら、会頭はこの子なんだよ」

「「はっ?!」」

「子供だけどな、この子は物作りの天才なんだよ、今食べた物やクッキーとかは、この子が考えたものだぜ」

「いや……だって……会頭は女性だって……」


 信じられない彼らは挙動不審になりながら、ベルティから聞かされたであろう会頭の情報を話してきた。

 ベルティは 女性 という事だけを二人に伝えていたようだ。


 私はアダルヘルムの顔を見て確認を取ると、こちらを見て頷いたので、大丈夫だと判断してララの姿に戻ってみた。


「会頭のララ・ディープウッズです。よろしくお願いしますね」


 そう言って二人の方を見ると、口と目を大きく開けていた。息が出来ているのか心配になる程、固まって動かなくなってしまった。どうやら少し刺激が強すぎたようだ。

 リアムが呆れたような顔をして まあ、そうなるわな と呟いていた。


 食後のお茶を飲みながら二人が落ち着くのを待っていたら、皆のお茶が無くなるころにやっと動き出した。そして二人は私の方に頭を下げて来たのだった。


「今までの失礼をお許し下さい!」

「へっ?」

「まさか、まさか……ディープウッズの姫様とは知らずに……失礼いたしました!」


 二人ともテーブルに頭を付けて、その上少し震えている様だ。相変わらずのディープウッズの名の威力には驚いてしまう。

 私はテーブルにおでこを押し付けている二人に、慌てて顔を上げて欲しいとお願いをした。


「トミーさん、アーロさん、どうか今まで通りでお願いします」

「いや……でも……」

「あー、ララが会頭だって言うのは、内緒にして欲しいんだ」


 見かねたリアムが口を挟んでくれた。どうやら詳しく彼らに説明をしてくれる様だ。

 ディープウッズの名と私が会頭だと言うことを、秘密にしたいという事を伝えていく、こんな小さな子が目立つとどうなるか、今まで護衛を仕事としていた二人なら、わかるだろう? とリアムが最後に言うと、二人は真剣な顔で頷いていた。


「それでどうするよ、ここで俺たちと働く気があるかい?」


 二人は顔を見合わせた後、私を見て大きく頷いた。


「是非働かせてください!」

「俺もです! よろしくお願いします!」


 こうしてトミーとアーロはスター商会の一員となった。街の事に詳しい力強い仲間が出来て、とても嬉しく思った。

 これもベルティが気をまわして彼らをこちらに差し向けてくれたのだと思うと、心がほんわかと温かくなり、その気遣いと優しさに感謝する私なのであった。



 その後私達は予定通り出来上がったスター商会の中を見て回る事にした。全ての建物は三階建てになっており、一階には各建物の入り口があるが、全ての建物は中で繋がっている。

 先ずは中央のスター商会の中から見ていく。入口には受付があり、商品を飾ることの出来るキャビネットなどをこれから置く予定だ。まだ家具ができていないため、どの部屋もガランとしている。

 寮も、パン屋兼お菓子屋も、扉を開ければどの階からも行き合えるようになっているので、移動はとても楽になっている。


 三階には個人の部屋があり、リアム達ウエルス家のメンバーは商会の上に、私とセオはパン屋の上に個人部屋がある。何かあっても泊まれるようにしてみたのだ。


 商会の二階には作業部屋があり、ここにはミシンを置いたり生地なども置く予定だ。勿論セオと私の為に鍛冶部屋も作る予定である。


 その後は寮の方にも行ってみる、一階には家族で住める居住を作り、二階には個人部屋、三階には夫婦などで住める居住を作ってみた。勿論客室や、食堂などもある。一人暮らしの人達は食堂があった方が便利だろうと思って作った物だ。

 ただしまだ働いてくれる人は見つかっていないので、暫くは各自の部屋で自炊となるだろう。



「イライジャはどうしますか? 寮に住みますか?」

「はい、広さといい、トイレやお風呂といい、今の家とは比べものになりません。是非こちらに住まわせて頂きたいと思います」


 私はイライジャに頷き、トミーとアーロの方へと向く。


「トミーさんとアーロさんは、どうしますか?」

「俺たちも良いんです?」

「勿論ですよ! 従業員なんですから!」

「「是非! お願いします!」」


 どうやら皆寮を気に入ってくれたようだ。一般的な従業員の寮よりもかなり広いらしく、皆とても驚いていた。

 その上家族用の部屋まであるのだから、信じられないと言って驚いていた。


 トイレやお風呂も共同ではなく、各部屋にある事を知ると、尚更驚いており、ウオシュレットの機能などには目を丸くしていたので笑ってしまった。


 それから呼び方もどうか呼び捨てにして下さいと言われたので、トミーとアーロと呼ばせてもらうことにした。


「そう言えば、結婚されている方はいらっしゃるのですか?」


 私の質問に対し手を上げたのはアーロ一人だった。15歳で成人する世界でこれだけ独身男性が揃うのも珍しい物だ。でも商人の世界では中々難しいのも分かる、他店との付き合いもあるだろうし、勝手に結婚相手は決められないだろう。


 問題はトミーだ。年齢もアーロよりも上に見えるし、見た目も子供が居てもおかしくない様に見える。


 私がトミーの事をずっと見ていたのが分かったのか、アーロがそっと教えてくれた。


「トミーは女房に逃げられたんですよ……」


 護衛の解雇を期に、子供がいなかったトミーは奥さんに逃げられてしまった様だ。まさに踏んだり蹴ったりである。気の毒に……


「では、アーロにはお子さんが居るのですね?」

「はい。三歳になる息子が、へへ、嫁に似て滅茶苦茶可愛いんですよ」

「まぁぁ! それはとっても楽しみです!」


 私より年下の子がこの寮に来るとあって、私の心はウキウキになってしまった。浮かれる私の手をセオがしっかりと握り、次にパン屋兼お菓子屋の方も見に行った。


 パン屋は一階が全て店になっており、キッチンも一階にある。二階には休憩室や、朝早い出勤となる為、仮眠室なども作ってある。

 まだこちらにも空き部屋などがある為、これからの店の様子では、二階にもイートインスペースを作っても良いかなと思っている。勿論数は少ないが前庭と、一階の一部にはイートインスペースを作る予定だ。


 一通り見て回った後、私達は三階のある部屋へと行った。それは商会の中にある、小さな部屋がいくつも並ぶエリアだ。


「こんな部屋、設計図にあったか?」

 

 リアムが.余りにも小さな部屋が多いので、疑問に思った様だ。それもその筈である、本来ここは一部屋だったのだ。だがある事を思いついて急遽変更した部屋なのだった。


「フフフ……ここは転移部屋です」

「はぁ?!」


 リアム達皆が驚いている。私はその顔を見てほくそ笑んだ。驚かすことが出来たのでニヤニヤしてしまう。


「取りあえずはディープウッズ家と、ウエルス家と繋げる予定です。ただし誰でも入れてしまうと困るので、鍵は私とセオと、リアムとランスだけが持つことにしようと思います」

「おま……お前……なんちゅうもんを作るんだよ……」


 ディープウッズ家とは既に転移陣を引いて繋いであるが、ウエルス家とはまだ繋がってない。一度リアムのお家にお邪魔しなければ繋ぐことが出来ないからだ。


「まだ出来上がってないよ、リアムのお家に行かないと完成じゃないの」

「――いや……そう言う事じゃなくてだな……」


 リアムはディープウッズ家の面々に視線を向けると、皆が苦笑いを浮かべているのを見て、何かを諦めたように大きくため息をついた。


「まあ、良い、何か理由があって作ったんだろ?」

「うん! 通勤が楽になると思って!」


 私の言葉にリアムは文字通りズッコケていた。この世界でも ズッコケ があるのだと私は初めて知ったのであった。

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