第59話 店の建築②

 魔法バックの中のクッキーが全て売り切れてしまったが、まだ人の並ぶ列には大勢の人が居た。子供が親と一緒に並んでいる姿を見かけると、もう売り切れですとは言いだし辛く、仕方なくココのおやつ専用の馬と熊の型抜きクッキーまでも販売してみることにした。

 すると子供にとても気に入れた様で、色々な味の入った小袋クッキーを買った人までもが、子供にせがまれてまた並ぶという悪循環に陥ってしまい、ココのクッキーが無くなるまでずっと販売は続いたのだった。



 クッキーの販売が終わり、並んでいた人たちもトミーとアーロに促されて離れていった。でもアダルヘルムとマトヴィル目当ての人達はまだ周りに残っていて、熱いまなざしで2人をジッと見つめていた。今日の事でどうやらまたファンが増えたようだ。それも男性の数もかなりいるように見えた。


 私は思わぬ販売会に疲れてしまい、少し休憩したくなった。アダルヘルムやマトヴィル、セオにも顔に疲れが出て居るように見えたので、私は敷地内に以前作ったテントを出して、建築作業前にそこでお茶を飲みながら一休みしようと考えた。


 販売を手伝ってくれたトミーとアーロにも声を掛けると、二人も疲れていたようで喜んで誘いに乗ってきた。アダルヘルムが敷地全体に結界を張ってくれてからテントを出し、皆でテントの中へと入った。

 家族はテントの中の事を知っているので、入ってすぐにリビングにあるソファに腰かけたが、トミーとアーロは入口付近で口を開けたまま呆然と立ち尽くしていた。

 見かねたセオが二人の手を引きソファに座らせて、その間にアダルヘルムがキッチンでお茶を入れてくれたので、皆でそれをゆっくりと味わった。ふと時計を見るともうすぐお昼となるころだったので、ついでにそのまま昼食を取ることにした。


 魔法バックからマトヴィルが作ってくれた昼食を取り出す、今日は赤豚の肉とヴィリマークの肉を合わせて作ったミートソースのパスタとサラダに丸パンだ。

 パンは勿論酵母を使った柔らかくて少し甘みのあるふんわりパンである。


 トミーとアーロは目を輝かせて取り出した食事を見つめていた。二人の前にミートソースパスタを置くと、香りに食欲がそそられたのか、ごくりと喉が鳴る音が聞こえた。

 二人に食べる様に進めると、頷いて勢い良く食べだした。口に含むと目を大きく開かせ二人で見つめ合っていた。だがその間も動かす手と口は止まることがなく、急ぐようにパンにも手を伸ばして口にすると、ピタリと二人の動きが止まってしまった。

 固いパンに慣れている彼らの口には合わなかったのかと、心配になって様子を伺っていると、アーロが話し出した。


「これは、本当にパンか……?」

「お口に合いませんでしたか?」


 アーロはフルフルと勢い良く首を横に振る、トミーもだ。


「こんな美味いパンは食った事が無い……」

「俺もだ……柔らかくて、パンじゃないみたいだ……」


 どうやら2人に気に入って貰えたようで安心した。今後パンを店で販売するとして、柔らかいパンが受け入れられない様では販売するものを変えていかなければならないからだ。

 例えるならば固めのバケット中心にするとかだ、今の所食パンをメインメニューと考えているので、柔らかいパンが受け入れられた事に私はホッと胸をなで下ろした。


 せっかくだからと私は魔法バックから食パンを取り出し、半斤ずつ包んである物を二人に差し出した。


「トミーさん、アーロさん、これは店で販売しようと思っているパンで、食パンと言うのですが、持って帰って試食してくださいませんか?」


 二人は少し戸惑った様子で顔を見合わせた、そのあとアダルヘルムやマトヴィルの顔を伺い、2人が微笑んでいるのを確認してから私の手からパンをそれぞれが受け取った。


「いいのか?」

「売り物じゃないのか?」

「まだ試作段階なので、もう少し固さが欲しいとか、どんなことでも良いので教えて頂けるとありがたいのですが、お願いしてもよろしいでしょうか?」


 私の言葉に二人は何度も頷いた。首が折れそうなぐらいだ。今日の昼食のパンを相当気に入ってくれた様で、食パンも食べるのが楽しみの様だった。

 私は余った昼食のパンも二人に分けてあげ、今日のお礼を言った。

 すると、アーロは販売会になってしまったのは自分のせいで申し訳なかったと言って、頭を深く下げて謝って来たので、良い宣伝が出来たから気にしないで欲しいと伝えると、ホッとした様子だった。

 その後、今後も出来るだけ見回りに来てくれると言って、二人は結界の外へと出ていった。


 二人に手を振り見送っていると、セオに服の袖を軽く引っ張られた。どうしたのかと振り向くと、何故か苦笑いを浮かべていたーー


「あの二人、パン食べて味の報告どこにするんだろうね」

「あっ!」

「クッキー買った人達にウエルス家に報告しろって言ってたの、あの二人だよね……」


 セオの言葉を聞いて、私は先日のことを思い出した。解体作業の時、店についての問合せがウエルス家に殺到してしまい、対応するのにてんてこ舞いになったとリアムに愚痴られてしまったことを……

 これは確実に同じことが起きる筈だと気が付いた私は、すぐにリアムに紙飛行機型の用紙で手紙を書き空へと飛ばした。心の中でリアムが怒りませんようにと祈りながらーー



 色々あって遅くなってしまったが、建設作業に入った。

 先ずは基礎工事からだ。ロープを使い、店部分、店舗部分、そして従業員の寮部分を指定していく。店舗を中心に建物内で全てが繋がっている形にするが、各建物ごとに入口を設ける。この世界では住込みで働くのが基本的で、家族を

持って始めて自分で家を持つと言うケースが多いが、その生活は楽ではないらしい。結婚すれば女性は家に入って専業主婦になるケースが殆どなので、一人の収入で家族を養っていくのは大変な様だ。

 だから女性は自宅で内職をするなどして、家計を支えているらしい、全てリアムに教わった事なので、間違え無いだろう。


 私達は次に掘削工事をしていく。勿論この世界には重機は無いので手作業だ。だけど私達には魔法がある、それもアダルヘルムとマトヴィルと言う頼もしい味方もいるので、地面を掘り起こす作業がサクサク進んでいった。

 五歳時の私でも、身体強化をかければ地面がプリンの様に感じられ、あっと言う間に掘削工事は終わってしまった。


 購入した土地はかなり広いので、前庭(店用)中庭(店舗用)裏庭(従業員寮用)と、庭を造るスペースも充分にある。

 私はここにハーブを植えたり、植木を植えたり、そしてイザベラ・クラークと約束したように、イザベラの花を植える予定でいる。彼女が喜んでくれたら良いなと思いながら計画したことだ。


 次に砕石を入れて、屋敷全体の地面をかためていく。これも魔法を使えば簡単に作業が進んでいく。この日の為用の魔法袋に砕いた石を入れてあるので、結界も張ってあることから人の目を気にしなくていい手前、どんどんと出していく。

 セオはアダルヘルムとマトヴィルに魔法を教わりながら作業している、家づくり? に関しては私の方が実績があるので、私は一人で黙々と作業を続けた。


 次はコンクリートを流していく。これは基準線を引くための物なので、捨てコンクリートとも呼ばれる作業だ。これも魔法を使えば簡単である。魔法袋からコンクリートを流していって、分担して魔法で固めていく。皆風魔法が使えるのでコンクリートは簡単に固まっていった。

 これも私達の魔力量が多いから出来る作業だ。普通は数時間でここまでの作業を進める事はできないだろう。それぐらいはこの世界の一般常識に疎い私でも良く分かる。

 解体作業を一日で終えた時も人だかりが出来ていたが、今回もあっと言う間に店が建てば多くの人が驚いて見に来る事は間違いないだろう。

 これでまた良い宣伝効果になるとほくそ笑んでいると、セオに声を掛けられた。


「ノア、悪い顔になってるよ」

「えっ? そうかな?」


 私は自分の顔を触りながら、答えた。


「魔獣を前にしたアラスター様の様な顔になってましたぜ」

「ノア様の姿でしたら、そういった顔も勇ましくて宜しいかと思われますが……」


 アダルヘルムの言葉の裏にはララの時はその顔をするな、と言う事だろう……私は思わず苦笑いになったが、きっとララの時でもこの顔はしてしまうだろうなと自分でも分かった。


 コンクリートが固まれば、基礎線を引いて、鉄筋を組んでいく。そしてまたコンクリートを流し、乾かし、整えれば基礎工事の完成だ。


「うわぁー、これで何となく店の形が見えてきたねー」

「うん、続きの作業が早くやりたいよ」

「まあ、でも今日はもう夕方ですからね」

「続きは明日にいたしましょう」


 私達は作業を終えて結界の外に出た。そこには数人の人だかりがあった。中の作業は見えていないはずなので、アダルヘルム達のファンの人かなと思って素通りしようと思ったら、一人の男性に声を掛けられた。


「なあ、ここでクッキーって美味しいお菓子を売ってるって聞いたんだけど、あんた達が販売してんのか?」


 周りの他の人達も興味津々でこちらを見ているので、どうやら皆クッキー目当ての人の様だ。

 私の手元にはもうクッキーの在庫が無いので、申し訳ない顔になってしまった。それを察したのか別の男性が話しかけてきた。


「もう売り切れなのか? 今度はいつ販売するんだ?」


 私はセオの顔を見つめながら頭の中で色々と考える。明日も明後日も建築作業を進めたい、クッキーは魔法を使えばあっと言う間に作れるが、包装したりする事を考えると半日は欲しい。

 帰ってからクッキー生地などを準備して、明日の朝から焼くにしても、建設作業の事を考えると出来れば販売は別の人にお願いしたいところだ。


そして悩んだ末に販売はリアムに丸投げしようと思いたった。なので周りの人達にそれを伝えることにした。


「クッキーの販売は明後日行います。時間は10時からです。ウエルス家が担当いたしますので、よろしくお願いします」


 そう話すと納得して人だかりは消えていった。皆口々に色々言っている。明後日は丁度太陽の日だから家族で来ようとか、近所にも知らせなきゃとかだ。

 これは大事になりそうだとセオに顔を向けると、明らかに呆れた顔になっていた。マトヴィルは後ろで声を抑えて笑っているが、アダルヘルムは片手で頭を押さえて大きなため息を付いた。


「リアム様には同情いたしますね……」

「マスター、リアムは結構振り回されるの好きだと思いますよ」

「まぁ、ララ様ノア様に付き合うって自分で決めたんだ。これくらい覚悟してるだろう」


 私は皆の言葉に不安になった。良い案だと思ったのだが、これはお小言案件だろうか? リアムの頭を抱える姿が脳裏に浮かんでくる。デコピンやぐりぐりを覚悟しておいた方が良いだろうか……


「あの……リアムは怒りますかね……?」


 皆が私の方を見て頷いた。そして確実に怒るでしょうとボソッとアダルヘルムが言ったので、私は慌ててリアム宛に手紙を書いて、リアムに言い訳をしたのだった。



 案の定、夜になるとリアムから手紙が届いた。それも二通である。私が二通送ったのでその返事なのかもしれないが、一通は飛行機型で、もう一通は鶴型だったので私はとても不安になった。クッキーを作る手を止め、先ずは紙飛行機型の方を読んでみたーー


『販売会の事は分かった。明日解体作業の現場に行くから、少し打ち合わせがしたい』


 特に怒っていないような手紙の内容にホッとする。次に鶴をそっと手の上にのせてみた。すると鶴はリアムの声で怒鳴りだした。


『ララ! お前、勝手に話を進めるなってあれだけ言っただろ! 今日も午後から問い合わせが殺到してるぞ! 商家の人間もやってきて、色々探りを入れて来てるぞ! まったくお前は――』


 というような内容がかなり長く続いたので、私はそっと鶴を閉じて話を遮ったのだった。販売会用のクッキーを作る作業を続けながら、明日リアムからのお小言を直接聞こうと覚悟を決めたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る