第58話 店の建築

「はぁ~、ワクワクしますねぇ~」


 馬車の中で私は嬉しさのあまりポツリと呟いた。今日から店の建設を行う為、ワクワクしながら購入した土地へと向かっている。

 リアムが前もって魔法省の建築課へと手続きを進めてくれていたので、何の憂いも無く建築を進められることとなった。

 私はどんな店が建てたいのかを思案し、リアム達にもどんな部屋が必要かを確認してから設計図を起こした。


 これはこの世界に来てから学んだことで、本を読んで知識を蓄えた物だ。小屋や秘密基地づくりも、この知識を参考にして作ったが、基本自分の魔力で固めてしまった節があるので、魔力をほぼ使わない 庶民風? とでも言ったらいいのか、一般的な建物の建設は初めてなので、とても興奮していた。


 昨夜は中々寝付けなくて、何度も自分が書いた設計図や、間取り図などをベットから抜け出しては確認してしまった為に、10回目辺りで遂にセオに怒られてしまった。

 早く寝なければ作業の際に体が持たないと注意されて、なんとか寝付くことが出来た。それもセオが私を抱きしめながら寝てくれたことで、人の体温で安心できたからと言うのもある。

 朝起きると私はまだセオの腕の中にいたので、セオは腕がしびれてしまった様だった。


 私はセオに癒しを掛けてお礼を言った。セオのお陰でぐっすり眠ることが出来たので、体は絶好調である。

 その上気持ちも落ち着いていて、セオは私にとっての精神安定剤の様な、何か特殊な癒しの効果を持っている様だった。

 やっぱりそれは私がセオの事を特別に愛しているからかもしれない、セオの事は目の中に入れてもいたくないぐらい 自分の子? もしくは孫? の様に思っている。私はセオが大事で仕方ないのである。


「まさに、母性愛……」


 思わず私は呟いてしまった。すると今日も一緒に参加してくれているマトヴィルが話しかけてきた。


「ノア様、どうしました?」

「いえ、セオは私にとってかけがえのない人(息子)だなと思って……」

「ほう……それは、どのような意味でしょうか?」


 アダルヘルムも作業に参加してくれるので馬車に一緒に乗っているが、何だか少し目が怖い……

 セオは嬉しそうな顔をしていたが、アダルヘルムが口を開いた途端に、急に無表情になってしまった。

 マトヴィルはそれを何だかニヤニヤして見ている。私は変な事を言ったのかと不安になった。


「セオが私の本当の子供だったら良かったのにと、思っただけです、私は、あ……いえ、僕は? セオのお母さんになりたかったなとふと考えついて、でも血はつながってなくても、セオの事は家族と思っていますからね。そこは勘違いしないでくださいね」


 私が笑顔を向けて皆にそう言うと、何故か残念なものでも見るような目を向けられてしまった。セオの事が大切だと言っただけなのに、何故だろうと不思議になる。

 マトヴィルはセオの肩を叩き、これからこれからと言っているし、アダルヘルムは少しだけ嬉しそうに微笑むと、大人になるにはまだまだ時間がかかりそうですねと呟いていた。


 そんな感じで馬車の中で話をしていると、あっという間に私達の購入した土地へと着いた。アダルヘルムが張った結界が効いているようで、特に侵入した形跡などは無い様だった。

 結界を解き敷地の中に入ろうとしたら、先日の商業ギルドの見回りの2人組に声を掛けられた。確か……トミーとアーロと言っただろうか、ニコニコっと笑ってこちらに手を振りながら近づいてきた。

 今日から建設作業を始めるとベルティに伝えてあったので、もしかしたら気を回して見回りに来てくれたのかもしれない、ベルティの優しさに感謝しながら二人声を掛けた。


「こんにちは、トミーさんとアーロさんでしたよね」

「おう、こんにちは。なんだ坊主、俺らの事を覚えていてくれたのか」


 そう言ってトミーは嬉しそうに私の頭を撫でた。この前お菓子を上げたからか、すっかり私のことを気に入ってくれたようだ。まあ、元々ベルティが回してくれた人たちだから、気持の優しい人たちなのだろうーー


「今日は建築工事と聞いて見回りに参りました。何かお困りの事はございませんか?」


 トミーのそのセリフは勿論アダルヘルムとマトヴィルに向けて言っている。まさか私が責任者だとは思いもしていないだろう。


「見回り有難うございます。今の所まだ作業も始めておりませんし、問題はございません。作業は先日同様、結界を張って行いますので、人目に付くこともないと思われます」


 アダルヘルムが笑顔でそう話すと、道を歩いていた数人の人間が立ち眩みを起こしたかのようにふら付いていた。

 人間と言ったのは男女問わずふら付いたからである、どうやらアダルヘルムの笑顔を直視すると心臓に悪い様だ。

 今も、立ち止まって話をしているだけなのに、何故かどんどんと見物客が増えて行っている。アダルヘルムとマトヴィルを見つめている視線が何だかとても痛い。私は話を早く終わらせて結界を張りたいと思ってしまった。


 周りの人だかりにトミー達も気が付いたのか、苦笑いを浮かべて作業に入って下さいと促してくれた。私達は笑顔で頷いたが、トミーの後ろにいるアーロがもじもじしているのに気が付いた。私は何か言いたいことがあるのではないかと思い、声をかけてみることにした。


「アーロさん、何か心配事でも?」


 私の問いにアーロは少し顔を赤く染めた後、小さく呟いた。まるで恋する乙女の様である。見た目はしっかりとしたいい年の大人だが――


「……くれないか……」

「えっ?」


 アーロの言葉が小さくて聞き取れず、周りに目を向けたが私達の誰も聞こえなかったようだ。アーロは相変わらずもじもじしたまま頬を染め、また恥ずかしそうに話し出した。


「この前のお菓子を売ってくれないか……」


 私はベルティが彼らがクッキーを気に入っていたと言っていたことを思い出した。どうやらお世辞ではなく本当の事だった様で、とても嬉しくなった。

 参考までにどの味が美味しかったのかも聞いてみようと思い付いた。


「気に入って頂いて良かったです。勿論お売りしますよ」


 私は魔法バックからクッキーの入った小袋を取り出しながら答えた。本当はプレゼントしても構わないのだが、今後の店の事を考えるとそれは控えた方がいいだろう。


「ありがとう! 良かった。殆ど仕事仲間に食われちまって、家族に食べさせてあげられなかったんだよ」

「そうなんですか? じゃあ、どの味が好みとかは……」

「ああ、すまん、俺も一枚しか食べられなかったんだ」


 アーロは申し訳なさそうに私の顔を見つめてきた。私は少しガックリ来たが、まあしょうがないか とため息を一つついた。それが気になったのか、アーロだけでなくトミーも慌てだした。

 もしかしたら子供を傷付けたとでも思ったのかもしれない、なんと言っても私の見た目は五歳時の男の子だ。それも、ノアはお母様に似てエルフっぽさがあるので、ちょっとした仕草がはかなげに見えてしまうのかもしれない。


「食べた仲間はみんな美味いって言ってたぞ!」

「俺も一枚だけだったが、目が飛び出るほど旨かった!」


 慌てる二人に私は笑顔を向けた、二人はそれを見てホッとしたようだ。


「それで、幾らだろうか?」


 アーロにクッキーの小袋を手渡すと金額を聞かれた。とくに値段設定はしていなかったので、取りあえずの金額を伝えてみる。


「1ブレでお願いします」

「「えっ?!」」

「あ、高いですか?」


 キリがいい金額でと思ったが、驚かれてしまった。どうしようかと考えていると、口を開いて驚いていた2人が動きだした。


「いやいやいやいや……坊主、そりゃあ、いくら何でも安すぎだろ!」


 何処かで聞いたような言葉だなと思っていると、セオに肘で突かれてハッとする、リアムの意見も聞かずに値段を決めたら行けなかった事を思い出した。私は慌てて弁明に走った。


「あー、オープン前なので、サービス価格です。店が開いたら値段は変わると思いますが、それでも良かったら買いに来てくださいね」


 私は笑顔でごまかしてみたが二人は納得してくれたようだ、けれど私の隣にいるセオは苦笑いを浮かべているし、マトヴィルは笑いを殺しながら肩を揺らしている、アダルヘルムは良くやる頭を押さえる仕草を見せていた。どうやらウチの家族には誤魔化しが利かなかったようだ。


「ああ、ありがとう! 絶対に買いに行くよ!」


 アーロは嬉しそうにクッキーを抱えながら、1ブレを支払ってくれた。すると、今度はトミーがもじもじしている。私が顔を向けると勢い良く話しかけてきた。


「そんなに安いなら、俺にも売ってくれないか?」


 どうやらトミーも本当は欲しかった様だ、だが高級菓子だと思い遠慮をしていたようだ。私は笑顔で頷き、クッキーの小袋を差し出す。するとトミーの後ろには何人かの人達が並んでいた。

 どうやら周りで見守っていた人達も、お菓子を購入出来ると思ったようだ。クッキーは最近試作などで大量に作っていたので、在庫は魔法バックにまだ充分にある。

 こうなっては仕方がないので販売を始めると、あれよあれよとかなりの人が並び始めた。見かねたアダルヘルムとマトヴィル、そしてセオが手伝い始めると、もう手が付けられ無いほどの長蛇の列になってしまった。


 私は魔法バックから言われた数を出す係り、アダルヘルムとマトヴィルが客担当、そしてセオが間に入っての対応である。アーロとトミーもお客を並ばせるのを誘導してくれている。


「クッキーを買いたい奴はここに二列に並べ」

「お母さん、あれ食べたい!」

「1ブレだって安いね」

「おい、割り込みは禁止だぞ」

「握手してください!」

「私は3個ください!」

「食べたらちゃんとウエルス家に味の報告をしろよ」


 誰かが余計なことを言っているが、アダルヘルムとマトヴィル目当ての人が沢山押し掛けていて、そんな言葉を注意する時間も無い。

 またアダルヘルムとマトヴィルの2人がとっても良い笑顔で客に対応してくれているので、同じ人がまた並んだりもしている様だ。私はせっせと汗をかきながら、注文の数のクッキーを魔法バックから出し続けたのだった。


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