第46話 セオの成長とお酒

「セオは鍛冶が得意なのです」


 鍛冶室に皆で移動しながら私はセオの自慢をする。

 セオは元々繊細な作業がとても上手だ。鍛冶室の使い方を教えたら、元から刃物の扱い方は丁寧だったのだけれど、作る方にもその才能を開花させたようで、今では私よりも段違いに上手になった。

 アリナの遠投用の投げナイフを始め、アダルヘルムやマトヴィルの隠し武器等、色んな物に挑戦している。


 そしてその中でも私の為の包丁と、成長に合わせて大きさを整えてくれると言う刀が、とても上達したのだ。


「見てください、この包丁を……」


 私は鍛冶室の棚に仕舞ってあるセオ作品の包丁を先ずは見せた。それは私の名前が入っていたり、花の形で穴を開けて模様を付けたり、刃の部分の平に波が描かれていたりと様々だ。


「ララが喜ぶ顔が見たくて……」


 セオは頬を染めてそう呟いた。私は笑顔で頷きセオを見る。本当に私(母)思いのいい子である。


「こんなにあからさまなのにな……」


 リアムは何か呟くとセオの頭をガシガシと痛そうな勢いで撫でた。セオのキレイな紺色の髪がぐしゃぐしゃになる。


 ランスはセオの作った包丁を、手袋をはめたまま一つ一つ私の品を触った時の様に丁寧に扱っていた。


 次に私の為の刀を見せる。セオはまだまだ修行中で恥ずかしいのだけどと言っていたが、ジュリアンは夢中になって刀を見ていた。

 この世界では剣が主流なので刀は非常に珍しく、リアムもほとんど目にした事はないと言って喜んで見ていた。

 我が家の刃物はアダルヘルムとセオでしっかりと管理されており、包丁に至ってはマトヴィルがどれも良い切れ味だと言ってとても喜んでいる。

 セオは丁寧に研ぎをしてくれるので私もとても助かっているのだ。


「リアム、俺の包丁も売り物になるかな?」


 セオは心配そうにリアムを見つめている。リアムはそんなセオを抱きしめると、当たり前だろうと言って安心させていた。

 私は抱きしめられているセオとリアムの間にサッと入り、見せたいものがあるので一度外に出ようと促した。


 リアムへの疑いがあるだけに、セオが抱きしめられたり、頭を触られたりしているのを見ると、少し不安になってしまうのだ……


 外に出て私は、リアムに賊に襲われたと聞いてから作った物を渡す。魔石バイクだ。私の魔法袋から取り出すとリアムを始め、ウエルス家の皆が啞然となった。


「これは二人乗りの魔石バイクです」


 もう夕暮れ時になっていたので、試運転は明日へと持ち越しにしたが、リアムはまたがったり、魔石の入っているシート部分を開けたり閉めたりして楽しそうにしていた。

 私が何かあった時はこれに乗って逃げて欲しいと伝えると、何だか泣きそうな顔にリアムがなってしまい、どうしていいのか分からなくなってしまった。

 リアムは私の頭をそっと撫でて 有難う と声を絞り出すようにしてお礼を言ってくれた。


 魔石バイクは街中では目立ってしまうので普段は乗れないかも知れないが、リアムの役に立ってくれたら良いなと心から思った。


 夕飯時になったので、私達は屋敷の応接室へと戻った。アリナが応接室に夕食の準備をしてくれる。勿論ルミとアイスも一緒だ。

 ジュリアンはやはりアリナを気にしていて、チラチラと目で追っていた。アリナが部屋を出ていく時はとても寂しそうな顔をしていて、分かりやすさについ吹き出しそうになってしまった。

 アリナ達からスノーとウインが仕事を引き継いで、皆にサーブしてくれる。私はそこで先ずはパンを食べて欲しいとお願いした。


「【天然酵母】で作った食パンと丸パンなのです。感想をお聞かせください」


 先ずは私とセオが一口ちぎって食べて見せる。焼きたてのいい香りが口の中に広がってとても美味しい。

 マトヴィルには一度しか作り方を教えていないのに、流石の仕上がりであった。


「これは……なんて柔らかいんだ……」

「リアム様、それに甘みが感じられます。噛むほどに口の中で旨みが広がっていきますな……」


 どうやらパンは好評の様だ。ジョンも目を見張って食べているし、ジュリアンはもうお代わりをウインに頼んでいる。


 私は次に梅酒を飲んでもらうようにお願いする。

 この世界に焼酎はないので、地下倉庫にあった焼酎に近い酒で作ったものだ。これは私とセオは飲むわけには行かないので、どうぞと進めるだけだ。


「これは梅酒です。甘みがあるので女性向けかも知れませんが、感想をお願いします」


 梅と聞いて、皆恐る恐る口にする。どうやら毒を気にしているようだ。私は苦笑いをして毒はないですよと伝えた。


「……美味い……」


 リアムが梅酒の中の梅を見つめながら呟くと、一気に飲み干した。お菓子好きのリアムは甘いお酒も好きな様だ。ほかの皆も満足そうな顔をしている。

 私は次に梅酒のソーダ割りを出してみた。泡立つ酒に皆目が釘付けである。


「これは……泡立っているが……ビアと同じか?」

「炭酸水作成機……あー、泡立つ水を作る機械? を作ってお酒を割ってみました。どうかしら?」


 リアムはお気に召したようでお代わりしたいと言っていたが、まだ他もあると言うと我慢していた。たった今梅酒を一気飲みしたのに凄いものである。皆も梅酒ソーダも大丈夫そうだった。


「これが今日最後のお酒です。まだ改良中なんだけど、天然酵母を作るついでに挑戦してみたんだ……でも、全然納得できなくて……」


 私が出したものは日本酒である。米がこちらの世界のものはイマイチなので、納得するものが出来なかったーー

 ただ味的に大丈夫なのか、これからの事を考えて皆に飲んでもらいたいのだ。


「これ……かなりきつくないか? ララまさか飲んでないよな?」

「飲んでは無いよ、口には含んだけどね……」


 本当は飲みたかったが我慢したのに、何故かリアムにぎろりと睨まれてしまった。


「これは味わって飲む酒でございますね……とても奥が深い味わいですが、これでまだ改良中なのですか?」

「そうなのです、もっとまろやかな味に仕上げたいのです」


 ランスに問われてそう答えるとリアムが苦笑いをした。


「おまえ……その年で酒の味とか語るなよ……」


 今度は私がリアムのその言葉に苦笑いをした。


「姫様、このお酒たちにはかなり砂糖を使われているようですが、採算は取れるのでしょうか?」


 流石ランスだ良くわかっている。私はランスに頷いてから答える。


「砂糖も作っているのです」

「はっ?」

「なんとっ!」


 リアムとランスが同時に驚いた。目が見開いてて面白い、二人共動きまで止まっている。

 私はそんな二人にマトヴィルからとうきびを分けてもらった話をし、今現在育成中である話をする。そして地下倉庫にはかなりの砂糖や小麦粉などがあるので、使って欲しいと言われている話もした。

 ただし、それに甘えるのは最初だけにしようと決めている。今後は、小麦も牛乳も全て自分で仕入れる予定なのだ。


「それでリアムに仕入先を探すのをお願いしたいの、この辺は大麦が良く取れるって聞いたから、勿論大麦も、何種類か試して合う物を探したくて、大変だけど大丈夫かしら?」

「その為に俺がいるんだ、そこは気にするな。それよりお前は本当に物を作るのが好きなんだな……」

「姫様は魔法の手をお持ちですね……これではリアム様が夢中になってしまわれるはずです……」


 リアムはランスのその言葉に吹き出しそうになったが、そこは何とかこらえた様だった。私はそれよりランスの別の言葉が気になった。


「……魔法の手……?」

「ええ、そうでございます。これだけの品を作り出すなど、その辺の魔法使いには無理でございます。姫様は確実に世界でも有数の魔法使いの手をお持ちでございます」


(それって……絶対神様が下さったものだよね……)


 私はランスの言葉に驚きが隠せない、勿論前世の記憶があるからこその物作りかも知れないが、確実に神様の手心が入っていると思う。

 私はこの驚きをどう表現していいのか分からず、間抜けな顔でセオを見つめてしまった。

 セオは呆けている私を分からないながらも、手をそっと握り落ち着かせてくれようとした。


「ララ、大丈夫?」

「ララ、心配すんな、俺たちが居るから大丈夫だ」

「姫様、不安にさせてしまいましたね、申し訳ございません」


 皆私がランスの言葉で不安になったと思ったのだろう、心配して励まし出してしまった。私は何だか少し恥ずかしくなり、自分でも顔が赤くなったのが分かった。

 何故かそれが泣き出しそうと思ったのか、益々皆が慌ててしまって笑いだしてしまったけれど。その様子にホッとしている皆に向かって私は ありがとう とお礼を言った。


 その後は、マトヴィルの作った美味しい料理に舌鼓を打ちつつ楽しい夕食は終わりをつげた。


 それからスノーとウインが皆を宿泊する部屋へと案内をした。私がお風呂とトイレの使い方を説明しようと思ったら、俺がするから大丈夫だとリアムに止められてしまった。 

 明日使った感想を是非教えて欲しいとお願いして皆と分かれた。


 その後、ジョンとジュリアンがこんな豪華な部屋は身分不相応だと言って、中々自分に与えられた部屋に入ろうとしなかったり、シャワーやトイレにびっくりして怖がったりと、色々とあったようで、次の日リアムがやっぱり付いてきてもらえば良かったと、ボソッ と呟いて居たのが何だか作った私としては申し訳なかった。

 でもリアムが、あいつら酒の飲み過ぎでちょっとおかしかったんだよ。と言っていたので夕食の時を思い出してみると、確かにジョンもジュリアンも日本酒を気に入ってかなり飲んでいたように思えた。


 夜、就寝前のセオとココとモディとの大好きなまったりタイムに、私とセオはそれぞれココとモディを撫でながら話をする。いつもは本の話が多いのだが今日は違った。


「ララ、俺、騎士学校に入ろうと思ってるんだ」

「騎士学校?」

「うん、マスターと話して、ララをずっと守るためにはキチンと資格を取った方が良いって教えてもらったんだ。だから……12歳になる年に騎士学校へ行く。いいかな?」


 答えは勿論イエスだ。セオには学校に通って貰いたいと思っていた。

 この世界は普通の平民は学校になかなか通うことが出来ない、だから識字率も余り高くはなく、学校も裕福な家の子か商人や貴族の子が通うのが一般的だ。

 勿論、貧しい子の為に神殿で読み書きを教えたりもしているらしいのだが、貧しいほど子供は稼ぎ頭となって働きに出なければならず、なかなか通える子は居ないらしい。全部アリナから聞いた事だ。学校には種類もあって、自分の学力に合った学校に皆通う、このあたりだと平民はブルージェにあるアズレブやポルトなどの魔法学校、騎士学校に通うのが一般的だろう。

 だが騎士学校となると、セオの実力からしてこの辺りの学校では物足りない様に思う。街の兵士や、一般の護衛職に就くのなら何の問題もないのだが、セオはアダルヘルムとマトヴィルに指導を受けているのだ、ブルージェの学校では行っても意味がないだろう。


「もしかして……王都の学校へ行くの?」

「うん……マスターもその方が良いって、それに俺も、もっと強くなりたいんだ……」


 セオの言葉の終わりには”ララの為”にと付くのだろう、それぐらいセオは私を守ろうと必死なのだ。私はセオにぎゅっときつく抱きついた。


「セオ……分かった……頑張ってね……」


 私は寂しさもあって、セオの顔を見て言えなかったけど、何とか応援の言葉を絞り出した。セオはその日、寝る時もずっと私の手を握ってくれていたのだった。

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