第34話 初めての街

 ウキウキしながらの準備も終わり。ついに街へ行く金の日になった。朝から市場へ行くので、かなり早い時間に私もセオも起きた。

 というよりも興奮して早く起きてしまった。すぐにお互い身支度を整える。今日は平民の格好なので、私でも一人で準備出来る。セオに至っては、普段からの事なので問題なしだ。


 準備が整ったころ、アリナが私達を起こそうと部屋にやって来た。勿論、準備万端の私達を見てあきれている。


「まぁ、随分と早くお目覚めになられたのですね」


 アリナは私達の服装などに不備がないかチェックを入れるとにっこりと笑顔になった。問題なさそうだ。


「お嬢様、やはり……ノア様の姿の方が宜しくは無いでしょうか?」


 女の子だと心配だとアリナは言う。


「ノアの方がエルフぽっさがあるので危険な気がします。セオもいてくれますし、それに今日はララとして街に行ってみたいのです。初めてですもの」


 アリナはまだ心配のようで、納得できない様子だ。


「アリナ、大丈夫。何かあれば転移して戻りますから」


 私は安心させる様にアリナの手をぎゅっと握った。


「アリナ、俺、絶対にララを守るから大丈夫だよ」


 セオの言葉が後押しをしてくれた。アリナは大きくため息を付くと、少し諦めたように頷いた。


「畏まりました。お二人ともくれぐれもお気を付けて下さい

ませ」


 アリナは最後に笑顔を見せてくれたので、私とセオはホッとして顔を見合わせたのだったーー


 私達は市場で朝食を取る予定なのでそのまま外へと向かい、玄関前にかぼちゃの馬車を用意する。

 今日の御者はスノーとウインだ。私とセオが魔力を流してそのまま連れて来た。二人ともドワーフの姿なので、小さくてとてもかわいい。

 でも髭の生えた立派な大人だ。まさか人形とは思われないだろう。皆が玄関前で見送りをしてくれる。お母様もだ。


「ララ、セオ楽しんでらっしゃいね」

「はい、お母様、行ってまいります」

「セオ、ララをお願いね」

「はい、奥様」


 皆と挨拶を交わし私達はかぼちゃの馬車へと乗り込んだ。

スノーとウインは御者台にいる。馬車の中は私とセオ、ココ、モディの四人だ。

 ココには馬車の中で認識妨害の魔法を掛ける。モディは街に着いたらキーホルダーに戻す予定だ。街に着いたら先ずは、市場で商品の値段を確認しながら朝ご飯の予定だ。

 馬車の中で何を食べるか話し合う。お店もどんなものがあるか分からないので、結局行ってから決める事となった。

 今日はお昼も街で取る予定なので。食べる楽しみが二回もあるーー


 そうこうしているうちに、ブルージェの街の入口へと着いた。検問もスノーとウインがディープウッズ家の身分証を見せると、すんなりと通して貰うことが出来た。ただし検問所の兵士がかぼちゃの馬車を見つめ、啞然とした顔をしていたけれど。

 でもそのおかげか? ドワーフ人形の彼らをじろじろと怪しむ視線は無かったのだから良しとしよう。


 私達は街に入ったら、人目の少ないところへ馬車を動かしてもらうように、スノーとウインに指示しておいた。朝も早い時間だったので、簡単に見つけることが出来た。

 そこで馬車から降りる。先ずはセオが降り、辺りを確認する。セオから了解のノックの合図が来たので、私とココも馬車から降りる。

 その後は結界を張り、その中で馬車をしまう。スノーとウインにもお礼を言って人形の形に戻し、新しく作ったばかりの魔法バックへとセオが全てを受け取ってしまってくれた。


 さあ、街探検だ!


 ブルージェのアズレブの街は落ち着いた色合いのレンガが基調になった、イギリスの田舎町の様な可愛らしい街だ。所々に緑があり、自然の残る風景となっている。

 私達は早速市場に向かおうと結界を外して、大通りを目指すことにした。だがふと、目を路地に向けると人の足が見えた。黒い靴を履いており。大人の足の様に見える。

 私はセオと共に慌ててその足の元へと向かった。セオは周囲への警戒を強めて、私を守るようにしている。

 路地で倒れていたのは薄いオレンジ色の髪をしたまだ若そうな男性だった。服は所々裂けており、殴られたような青あざもある。頬も腫れており、口元からは少し血がにじんでいた。

 彼の手は痛んでない事から一方的に殴られたようだ。その上、体中からはお酒の臭いがする。飲んで二日酔いの臭いというよりも頭から酒をかけられた様な、酒そのものの臭いである。

 案の定、頭部にも打撲の跡があった。私は彼に癒しを掛ける。彼は目を覚まし、少しボーっとした後私の方に顔を向けた。

 男性は短かかった髪がそのまま伸びたような髪を、軽く後ろで結んでいる。両サイドの髪は殴られたせいか、ばらりと顔にかかるように垂れていた。

 少し無精ひげが生えているが、彼の整った顔にはそれも似合っていた。何だかとても色気のある人だなと思ったーー


「あの……大丈夫ですか?」


 私が声を掛けると彼は驚いた顔をして私の目をジッと見つめてきた。まだ体調が悪いのだろうかと心配になって、彼の前で手を振ってみる。頭を強く打ったのかもしれない。


「あの……これが見えますか……?」

「……光の……」

「えっ?」


 彼が何か呟いたが、私には聞こえなかった。私が振る手を彼がそっと掴もうとして、セオが間に入ってきた。

 セオが彼の手を掴んで起こし上げる、立ってみると背が高いのが良く分かった。すらっと伸びる手足に整った顔。まるで前世のモデルのようだ。

 その上、この色気である。何か面倒なことにも巻き込まれても不思議ではないと思ってしまう。


「あー、君のお嬢様かな? 触ろうとしてごめんよ」


 彼はにっぱっと可愛らしい笑顔を見せた。


「君が助けてくれたんだろ? ありがとう。助かったよ。それにしても、もしかして癒しを掛けてくれたのかい? 傷が一つもないや、君凄い魔法使いだなんだね」


 そう言うと彼は私の目線の高さまで腰を下ろし頭をさげた。セオは私の前に立ちまだ彼を警戒している。私は凄い魔法使いと褒められてちょっと嬉しくなった。

 私の顔にそれが出たのが分かったのか、セオが深いため息をついた。助けた彼も苦笑いだ。


「あー、大丈夫、俺は怪しくないよ。って本当に怪しい奴は自分で怪しいって言わねーか。あー、俺はリアムだ。助けてくれてありがとうな」


 彼は私達に手を差し出し握手を求めてきた。私達もそれに応じる。


「私はララです。こっちはセオよ。助かって良かったです。

他に痛い所はありませんか? あ……少しお酒臭いので浄化の魔法使わせてもらいますね」


 私はサッと浄化の魔法を彼に掛ける。臭いと汚れががすぐに消えて、突然の事にリアムは驚いた顔をしている。


「ははは、小さいのに凄いな、高度な魔法をポンポン使うんだな」

「高度ですか?」

「そうだよ、癒しも浄化も誰でも出来るもんじゃない、まー、でも、俺は助かって有難いけどね」


 彼はウィンクをした。またそれが似合っている。

 ふふふ、と私は笑い彼の方を見ると、破れている服がとても気になった。これでは街中を歩けないだろう。


「良かったらこれを使って下さい」


 私は自分の魔法バックから、成人男性用のシャツを一枚取り出した。今日生地を見てもらうときに、服として作った状態を見てもらおうと持ってきたものだ。

 平均値サイズで作っているので、背の高いリアムには少し袖が短いかも知れないが仕方ないだろう。


 私がリアムに服を差し出すと、彼は呆れたように大きなため息をついた。額に手をやり考えているようだ。良くアダルヘルムがやる仕草に似ているなぁと笑ってしまう。


「嬢ちゃん、警戒心が無さすぎだよ……それから護衛の君も、主を止めなきゃ……」

「「えっ?!」」


 私達は意味が分からず顔を見合わせる。リアムはまた一つため息をついて、苦笑いだ。


「あのさ、まずそれ、魔法鞄だろ? それはとても高価なものだ、普通一般の庶民が持てる物じゃない。それからこの服、これは見たこともない生地を使っている、それを惜しげもなく人に渡すな。自分で金持ちだと証明しているようなもんだ。

 それから、その腕に嵌めてる物、魔道具だろ? 護衛君……あー、セオだっけ? チラチラと見たら目を引くぞ、なるべく見るな、高価なもんなんだ。

 あと高度な魔法って言ってるのに、その後もホイホイと魔法を見せちゃダメだ。珍しい魔法を使えるって知られたら、誘拐されちまうぞ」


 私達は口を開けてポカンとしてしまった。街へ着いてすぐに、これだけのダメ出しである。屋敷の皆が何故あんなに心配してくれたのか良くわかった。

 その後も暫くリアムの説教は続いた。やれ世間知らずだの、着ている平民服が高級生地過ぎるだの色々だーー


 そして、最後にリアムは笑って言った。


「よし! 心配だから助けてくれたお礼に、今日は君たちに街案内をしてやるよ」


 そう言った彼の耳は少し赤かったので、照れているようだった。リアムは渡した服にサッと着替えた。やっぱり袖は少し短いが、それでも彼の体形には何でも似合ってしまうようだ。いい商品の広告塔になってくれそうだなと内心で喜んでしまう。

 彼は髪も結わいなおし。後ろで綺麗に一本で結びなおした。


「あー、ちょっと髭が有るけど今日は我慢してくれな」

「ふふふ、大丈夫ですよ、リアムさんによく似合ってます」


 セオも頷いている。色々と注意されて少しリアムへの態度が軟化したようだ。


「リアムで良いよ。俺もララとセオって呼ぶな」


 そう言ってリアムは私達の頭をそっと撫でた。この人は子供好きなのかもしれない。

 ココは私の髪の中に隠れているので、まだリアムは気が付いていない。リアムなら驚きはするものの平気そうな気がする……


 しばらく歩くと、市場に着いた。リアムが丁寧にこの街の市場の事を商品を見ながら教えてくれる。


「一年前ぐらい前に前領主が亡くなったのを知っているか?」


 その話を聞いて私達は頷く。以前アリナから聞いていたので、セオにも話してある。


「それから、少しづつ物価があがってる……あそこの果物屋、この時期は値が下がってていいはずなんだ、実りの多い時期だからな。だけど、冬の時期と値段が変わらない。例年のこの時期より一割……いや下手したら二割だな……値が上がっている。それからあのパン屋、あっちもだ。全体的にどの店も、どの種類の品物も値が上がっている。ただし、古くからある店はそうでもない。

 見てみろ、同じ商品でもあそこの店とそこの新しそうな店だと値段が違うだろ? これはどういう事かわかるか?」

「新しい店……もしかして……上の人との繋がり?」

「そうだ、貴族が絡んでると俺は思ってる。店を出す手数料か負担金を値上げして懐に入れてるやつがいるんじゃないかと俺は疑っているんだ……」


 領主が代わって不安定な状態の所を付けこまれているのだろう……よくあることらしいが、庶民はたまったものでは無い、不満は領主へと向かうはずだ。


 それもここはブルージェ領の中心の街アズレブだ。同じ領内の他の街はもっと酷いかも知れない。

 リアムが言うには領主が代わって2、3年の間に落ち着かなければ、暴動が起きるかもしれないらしい。


「俺は元々王都の……あー、ユルデンブルク王都って分かるか? レチェンテ国の王都だ、そこの生まれなんだ、ここには4年前に来た。田舎の落ち着いた空気を吸いたくてね。それがどうだ、町全体がピリピリしている。庶民達も爆発寸前さ」


 リアムは苦々しそうに呟いた……


 私達は一通り市場を見終えると、お腹が空いて近くの食堂に入ることにした。


 お楽しみの食事タイムだ!

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