第27話 アリナの憂い

1か月経ち、セオも屋敷での生活に慣れてきた。夜うなされる事も減ってきて、少年らしい元気な姿を見せてくれるようになった。


 家族みんながそんなセオを暖かく見守っている。

 セオはチェーニ一族の村で随分教育されていたようで、基本的な学習教育は問題なく出来る。足し算や引き算は暗算でもできるし、文字などもキチンと書けた。

 村での教育はかなり厳しいものだったらしく、その日の試験は必ず満点合格をしなければ反省室行きとなり、食事も取れなかったらしい。

 セオは何気なくそんな話をしてくれる。でも辛い話を聞くと胸が痛むし、他にもそんな酷い目にあっている子がいるのかと思うと、早く村へ行って助けたいと思ってしまう。


 私とセオの勉強はお母様との魔法の勉強と、アリナとの基礎学習が午前中に変わり、剣術と武術は午後に変わった。 

 セオが入ったことで、剣術と武術の授業時間が延びたためだ。セオはとても一生懸命勉強をしている。みんなの役に立ちたいと頑張っているようだ。

 アダルヘルムとマトヴィルは、セオがもう少し大きくなったら勝てなくなるかも知れないと、嬉しそうに笑っていた。

 私も足を引っ張らないように頑張らなければならない。

 そんなことを武術の稽古の休憩中に呟くと、マトヴィルが慌てだした。


「いや、ノア様はあまり張り切って頑張らなくてもいいですぜ」

「えっ?! 何故ですか。師匠」

「あー… …ノア様は技術云々よりも、魔力の調節が大事なんですよ……」

「へっ?」

「セオ、ノア様の拳を受けてどう思う?」


 セオはマトヴィルの顔を見てから、私の方を向き苦笑いだ。


「ノアの打ちはすごく強い… …」

「そうだな、俺もそう思う、ノア様はこの歳で魔力がすごくある。下手したら受ける俺たちの体が壊れてしまうぐらいだ… …それは自分にも返る… …分かりますか?」


 私はいまいち分からず、首を傾げるとマトヴィルは真剣な目で私を見つめた。


「つまり、まだ、その体に膨大な魔力を使って攻撃するだけの容量がないんだ。ノア様が本気で魔力を爆発させたら、体の方が壊れてしまう。それは分かりますか?」


 私はこくんと頷く。以前もアダルヘルムに同じ様な事を言われたのを思い出す。


「今、ノア様に一番大事なのは、自分の魔力の調節を覚えることだ。技術も勿論大事だが、自分の体を知ることだな。エレノア様との魔法の勉強がとても大事だ。

 下手をしたら、戦う前に自滅してしまう可能性もある。そして… …自分の大事な人を巻き込む可能性もある」


 マトヴィルは、最後の言葉を強く言い放つ。守る力が欲しいのに、自分が大事な人を傷つけては本末転倒だ。


「張り切って強くなることよりも心を落ち着かせ、自分を見つめる力を付けて欲しい。それが俺たちみんなの願いです… …それに、セオが貴女を守るって張り切ってますからね。そこは花を持たせてやらないとな」


 マトヴィルはセオの背をバンっと叩くと、ウィンクした。セオは不意打ちを食らって地面に突っ伏してしまい。それを見てコントの様で私は思わず吹き出してしまった。

 マトヴィルは慌ててセオを起こして、謝りながらぐしゃぐしゃっと頭を撫でた。その力も強そうだ。


「分かりました! 気合を入れて精神修行に励みます!」


 ふんっと意気込むと、マトヴィルもセオも苦笑いだ。


 みんなを守るため。そしてこれからできる子供たちを守る為にも、精神と魔法の勉強を頑張ろうと心に誓った。


 目指すは仙人だね! 頑張るよ!



 就寝前の読書の時間、私とセオはお互いに読んだ本の感想を言い合ったり、図書室で見つけた面白そうな本の話などもする。

 私は以前アレサンドラ・ベルの本を大人になるまでは読んではいけないと言われた話をしたり、ゲオルク・グラスミスの鍛冶についての本は、面白いからセオにも是非読んで欲しいと伝えたり、セオは武器の本をアダルヘルムに借りた話や、魔獣の本を読んでモデスト(蛇魔獣)といつかココの様に友達になれないかなと、ウットリしたりと楽しい時間を過ごしている。


 ついつい話が盛り上がってしまい、本を読む前に就寝時間になることもある。アリナは私に歳の近い友達が出来て良かったと、とても喜んでくれるが、本を読むのもお勉強ですから忘れずにお願いいたしますね。との注意も忘れない。

 でもいつもアリナのその顔は、笑顔だけれど少し寂しそうで、私はとても気になっていた。セオを見つめる瞳も何故かどこか寂しそうだ。


 私達が大人しく本を読んでいると、アリナの瞳が潤んでいることに気が付いた。


「アリナ? 大丈夫ですか? 何だか元気がないような気がします」


 セオも気が付いていたのか、うんうんと頷いている。


「まぁ……申し訳ありません。つい子供の頃を思い出してしまって……」


 笑顔を取り戻したアリナだが、無理に笑っているのが分かる。セオと目で分かり合い、アリナに問いてみる。


「アリナ… …良かったらアリナの話を… …子供のころの話を聞かせてもらえませんか?」


 アリナは少し驚いた様子で私達をみた。

 私達が話を聞くことを真剣に望んでいることが伝わったのか、アリナは お嬢様にお話しする様な事では無いのですが と呟いて、ゆっくりと話し出した。


「私は、要らない子だったのです… …」

「要らない子?」


 私達が意味が分からずこてんと首をかしげると、アリナは困ったように微笑んで話を続けた。


「私には兄が2人おりますが、父親が違うのです… …母は私を生んですぐに亡くなり、私は母方の祖母の家で育てられました… …祖母は厳格な人でした。教育はしてくれましたが、決して私を愛そうとはしませんでした。兄たちにも私を家族と認めることは無かったのです。母が何故私を生んだのかは分かりませんが、私は要らない存在だったのです。

 ですから、セオが幸せそうですと私も嬉しくて……でも自分の子供の頃を思い出して、少し羨ましくもあるのです」


 さあ、こんな話は止めましょう とアリナは言って、ココが寝ているベットへ行き、私達が眠れるようにと準備を始めた。

 セオは聞いてしまって申し訳なさそうな顔をしている。


 つまりアリナは母親の不倫の末の子という事だ。この世界では不思議ではない、嫡子を産めばあとは自由という風潮もある。

 ただ子供をもうけるという事は男性側はよくあり得るが、女性側は相当な覚悟が必要となるのだ。一夫多妻が認められるこの世界で、女性の立場は弱いものなのだ。


 私はアリナに近づきぎゅっと抱きつく。


「アリナは、いらない子なんかじゃありません!」

「まぁ… …お嬢様… …ありがとうございます… …」


 アリナは私が同情していると思ったのだろう、大丈夫ですよ と私の頭を優しくなでる。


「アリナのお母様は、どうしてもアリナを生みたかったんだと思います……」

「… …えっ?」


 この世界にだって子供を望まない時の処置はある。医学の本にも載っていた。それでもアリナを産んだのだ。それはつまりーー


「アリナのお母様はアリナの本当のお父様のことを、すごく愛していらっしゃったんだと思います」


 アリナの私を見つめるピンクの瞳は、意味が分からないと言っているようだ。


「私は子供ですから大人の女性の気持ちは分かりませんが、父親が違う子を持つという事は覚悟がいると思うのです… …違いますか?」

「… …それは… …」

「アリナのお母様はその覚悟があったのです。望んでアリナを生んだのです。それに、誰がアリナを要らない子だと言ったのですか?」

「それは… …村の人たちが… …その……」

「アリナのおばあさまは、アリナを守ろうとして厳しくしたのだと思います」

「… …えっ… …」

「すぐに噂が広がる村でしたら、おばあさまがアリナを優しくしている様を見たら、どうなりますか? お兄様達のお父上の耳にも入るのではないですか?」

「ええ… …」

「それでしたらおばあさまはアリナにわざときつく当たって、皆に見せつけたでしょうね… …そうすればおばあ様から引き離されて、村から追い出される事も無いでしょう。

 おばあさまはアリナを愛しているからこそ、きつくあたったのでは無いでしょうか… …勿論、アリナが辛かった事は否定しません。でも、一度、おばあさまと話をしてみるべきだと私は思います。子供の頃のアリナには話せなかった事でも、今のアリナには話せるのではないでしょうか?」


 アリナは小さく頷きながら、まだ頭の中で処理が追い付いていない表情をしている。私はアリナの手を取り、可愛らしいピンクの瞳をみつめる。


「アリナは私にとってとても大事な人です。だから過去のことは忘れろなんて言いませんが、辛いときは正直に言って欲しいです。私は絶対にアリナを守りますからね! 約束です!」


 アリナは瞳にあふれそうな涙をためながら微笑んだ。


 私はまたそんなアリナを抱きしめる。


「アリナがおばあさまに会いに村に行くことになったら、勿論私とセオも付いて行きますからね! そしてアリナに酷いことを言った人たちには、私とセオの武術と剣術の稽古の相手をしてもらいましょう。ふふふ… …その為にも、もっと魔力を使って戦えるように今から鍛えなければなりませんね… …セオ! 頑張りましょうね!」

「うん!」


 セオもアリナに抱き付いた。アリナは ほどほどにしてあげてくださいませね と言って笑顔で私達を撫でてくれた。その笑顔はもう曇ってはいなかった。



 話を終えて、ココが眠る布団にセオとそっと入って、就寝する。セオはジッと天井を見つめ、眠れないようだ。


「セオ? 眠れないの… …?」


 セオは私がもう寝たのだと思ったのか、驚いてこちらを見た。


「ララはスゴイや… …」

「えっ?」

「ララはみんなに優しい… …アリナや… …俺にも……」

「勿論、だって家族でしょ? それにみんな私の大切な人、宝物なの… …」

「… …宝物? … …俺も?」

「そうよ、セオは私の一番の宝物よ… …とても大事なの … …」


 セオの事は、私が守るべき一番の相手だと思っている。お母様や皆は大人だ。私が守るといっても、実際は私の方が皆に守られている立場なのだ。

 でもセオは違う。大人になるまでは絶対に私が守り切らなければいけない、私の大切な子供。神様からの子供。

 私がセオの手をぎゅっと握ると、セオは少し照れて笑顔を返した。


「俺、絶対に強くなる。勉強ももっといっぱい頑張るよ。それでララをずっとずっと守るんだ!」


 そう言ってセオは私の額にキスをした。セオからの初めてのキスだ。私のお休みのキスとは違う、決意を決めた誓いのキスだ… …

 


「セオ… …ありがとう」


 私が額に手をやりそう呟くとセオは へへへっ と笑って、布団にがばっと潜り込んだ。その勢いで布団の上で寝ていたココが、コロコロとベットから転げ落ちてしまった。

 ココは何があったのか分からず、キョロキョロっとすると、ベットにまた戻ってきた。セオは ココにごめんね と謝りながら、その背を撫た。 私は ふふふ と笑いながら二人を見つめ、みんなで一緒に頑張ろうね と言って2人の頭を優しくなでた。


 そしてセオの手を握りながら、幸せな眠りについたのだった。

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