第361話 チュリ国・黒虎省・江順省

 アマト国の支配下に置かれたチュリ国・黒虎省・江順省は、ゆっくりと復興作業が行われていた。そして、黒虎省の東端にあるクチンという湊町に総督府が移された。


 支配地が江順省まで及ぶと、チュリ国に総督府を置いておくのは不便だと判断されたのだ。それに近くの湊町オサには、旧国王のハン王が居るので、何かと五月蠅かったのである。


 ハン王には何の実権もないのに、行政や治安に口出しするのだ。クチン総督府の総督に就任したのは、この辺りの土地を十分に知っているメラ・ヨリチカだった。カツウラ府の元領主だったヨリチカは、行政手腕もあり一族にも優秀な人材が居た。


 ヨリチカは長年ハン王の下で働いていたと言うか、ハン王を利用して商売していた。そのせいでハン王が傍にいるとヨリチカがやりにくいだろうと、総督府をクチンへ移したという事情もある。


「タダノブ、江順省の守りはどうなっている?」

 ヨリチカは孫のタダノブをミケニ島から呼んで、総督府の仕事を手伝わせている。

「大陸民軍の兵を増やして増強しました」


 列強諸国なら植民地軍と呼ぶところだが、アマト国は大陸の領地を永続的な植民地とするつもりがないので、大陸民軍と呼ぶようにした。


「最近は桾国の動きがないな」

「やはり、名将と言われた周将軍が亡くなり、晨紀帝が意気消沈しているというのは、本当なのでしょう。ただ代わりに李成省のらい喜順きじゅんが領地を拡大しようと動き出しております」


「ふん、面倒なものだ。どいつもこいつも満足するという事を知らん」

 それを聞いたタダノブが笑う。

「何を笑っておる?」

「お祖父様はそう言いますが、お祖父様もカツウラ府という小さな地方の領主から、チュリ国・黒虎省・江順省という広大な領地を治める総督になったではないですか」


 ヨリチカが静かに首を振った。

「それは違うぞ。私は上様から預かった三つの地域を管理しているだけに過ぎん。雷王は自分のものにするために戦を仕掛けている。それからお祖父様ではなく総督と呼べ」


 ヨリチカは大陸民軍の状況を聞いた。チュリ国・黒虎省・江順省の人口は、六百万人ほどである。それほどの人口なら十八万ほどの兵力が有ってもおかしくない。


 だが、この三つの地方では戦乱が続き疲弊しているので、十八万の若者を軍が引き抜けば、更に疲弊する事になる。そこで兵力は五万までと制限を掛けたのだ。


 雷王軍への備えとして二万、桾国軍への備えとして一万を配置し、地域内の治安を維持するために二万を配置している。


「問題は食料だな」

「アマト国からの食料援助だけでは、足りないのですか?」

「いつまでも援助を当てにする事はできん。食糧増産のために農地を整備しなければならんだろう」


「ですが、それには資金が必要です」

 ヨリチカはタダノブの顔を見て頷いた。

「チュリ国には、炭鉱や銅鉱山、錫鉱山などがある。それを整備して生産力を増やそう。それにアマト国で普及している緑肥も活用しよう」


 緑肥というのは、畑に植えた植物を肥料として土壌に入れたまま耕すものだ。その一種が蓮華草れんげそうであり、ヒマワリなどの花になる。


 蓮華草は窒素含有量が非常に高く、土壌に多くの窒素分を供給する事ができる。またヒマワリは土壌に含まれる不溶性リン酸を可溶性リン酸に変え、作物が吸収できる性質に変える働きがある、とアマト国では知られている。


「寒い地方では、土壌に不溶性リン酸が多いので、ヒマワリが良いかもしれません」

 タダノブがアマト国の学校で仕入れた知識を披露した。

「そうなのか。他に何かないか?」

「水不足の畑が多いようですから、揚水水車を活用するのはどうでしょう?」


「なるほど水車か。一度農地を調べて揚水水車の活用で、収穫量が増えそうな農地が、どれほどあるか調べるべきだな」


 タダノブが首を傾げた。

「それは総督府がやらねばならない事なのでしょうか?」

「どういう意味だ?」

「農民に調べさせて、結果だけもらえないのですか?」


 ヨリチカが渋い顔をして首を振る。

「大陸の農民は碌な教育も受けられずに、深く考える事をしないようになっている。調べろと命じても、どう調べれば良いのか分からんだろう」


「では、誰に調べさせるのです?」

「アマト国陸軍の正規兵を使おうと思っている」

「上様に頼むのですか?」

「ああ、上様からは困った時には相談に乗る、と言われている。それにこれは検地になる。いつかはやらなければならなかった事だ」


 アマト国は大勢の兵を大陸に派遣し、大掛かりな検地と精密な地図作成を行わせた。それが大掛かりな軍事作戦のように見えた晨紀帝と雷王は怯え、国境付近に小規模な城砦をいくつか増やし兵を配置する事にしたようだ。


 アマト国には領土拡大の意図などなかったので、全くの無駄な事だったのだが、それを判断できる有能な人材は桾国には居らず、無駄な出費をする事になった。


「総督、晨紀帝と雷王は戦を仕掛けて来るつもりでしょうか?」

 城砦建設の工事が始まったのを見たタダノブが、ヨリチカに尋ねた。

「アマト国の兵が大陸に上陸したので、怯えているだけだ。検地が終わって兵が本国に帰れば、勘違いだったと気付くだろう」


 ヨリチカは有能な統治者だった。少しずつだが、チュリ国・黒虎省・江順省は平穏を取り戻し、人々が将来に希望を抱く事ができるようになる。


 桾国は戦乱が続きそうだが、その他の極東地域はアマト国を中心として発展している。今回ヨリチカが導入した緑肥や揚水水車なども自国に導入するところが増え、アマト国の学校などを真似て人材育成を始める国も多くなった。


 ただ一つの不安要素は、オルソ島を手に入れたギルマン王国の存在である。ギルマン王国はオルソ島の海軍基地建設を着々と進めていたからだ。


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