第300話 チュリ国のユナーツ

「一つ聞きたいのだが、なぜ極東同盟に入りたいのかな?」

「それは極東同盟国との交易を活溌にするためです」

 白々しい理由を挙げたが、それだけなら他に方法がある。


「それだけなら、通商条約を結べば良いだけであろう。何か勝手な事を考えているのではないか?」

 ソマーズ補佐官が感情が一切読み取れない顔で、否定する。

「そんな事はございません」


「それならばいいが、イングド国やフラニス国との戦いに勝利して、おごっているのなら、気を付ける事だ」


 ソマーズ補佐官が頭を下げた。

「ご忠告は謙虚に受け止めましょう。ですが、アマト国にも驕りが有るのではないですか?」

「我が国の驕りか。面白い、具体的な事を聞いても良いかな?」


「世界で初めて鋼鉄製の軍艦を建造し、列強国に海戦で勝ったからと言っても、アマト国は小さな領土しか持たない島国でしかないのです」


 多くの人口と広大な領土、膨大な資源を持つ大国には、最終的に勝てないとソマーズ補佐官が言う。その言葉には真実が含まれているが、それには一つの条件が有る。


 科学技術や労働生産性、社会基盤などが同じだったら、大国が勝つのは必然である。だが、ユナーツとアマト国を比べた場合、科学技術と社会基盤はアマト国の方が上だと思われる。


 ユナーツは国民を総動員して軍需産業に力を入れている。その結果、カンザス級戦艦を始めとする数多くの軍艦が建造された。軍事力だけが、いびつな形で伸びたのだ。


「そんな事で国の評価はできないだろう。桾国もアマト国に比べれば大国なのだ」

「桾国とユナーツを一緒にしないで欲しいですな。あの国は指導者が無能過ぎるのです」


「その意見には同意する。ところで、ユナーツはなぜ植民地を手に入れようとしているのかね?」

「決まっています。強国になるためです」

 ユナーツは世界一の強国になりたいという本能で動いているようだ。


「大国が植民地から何を得ようとしているのか、理解できない」

「植民地から何を得る? 決まっているではありませんか。植民地から得られるのは富です」


「ほう、チュリ国や桾国の一部から富を得ようというのか、ユナーツは信じられないほど高度な植民地経営術を持っているらしいな」


 ユナーツはチュリ国を植民地にしたようだが、チュリ国からどれほどの富が得られるのか、お手並み拝見としよう。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 ユナーツの本格的な植民地経営が始まった。大勢のユナーツ人がチュリ国に来て、状況を調べ始める。

 その中にアシュトンという商人が居た。


「ディラック主任、植民地庁はチュリ国をどのようにしようと考えているのです?」

 質問されたディラックはチュリ国に赴任した植民地庁の役人である。


「チュリ国には大した資源もないので、現地人に農業を行わせて、その産物を周辺国に売って利益にしようと考えています」


 アシュトンは顔をしかめた。チュリ国の状況を調べたのだが、現地人が餓死するかもしれないというレベルだったのだ。


「それは難しいと思いますぞ」

「なぜだね?」

「ここの農業が崩壊しているからです。意欲のある働き手は黒虎省や江順省へ出て行き、残っているのは老人や孤児たち、それにクズばかりのようです」


 ディラックが驚いた顔をする。

「なぜ、そんな事に?」

「私もよくは知りませんが、桾国とイングド国が戦った過程において、チュリ国から逃げ出す者が多かったそうです」


 ディラックは自分自身でチュリ国を調べ上げ、頭を抱える事になった。

 問題を抱えているのは、チュリ国だけではなかった。黒虎省でもチュリ人と桾国人の対立が起きており、派遣されたユナーツ人は、イングド国に騙されたという気持ちになった。


 イングー人たちが総督府として使っていた建物を、ユナーツ人も総督府として使い始め、そこの会議室にシーモア総督と部下たち、それに軍人が集まる。


 シーモア総督は溜息を漏らしてから会議を始めた。

「ここの植民地経営について、意見を聞きたい。誰でもいい、発言してくれ」


「私からよろしいですか?」

 ディラックが手を挙げた。シーモア総督が頷く。

「チュリ国は、植民地には向きません。放棄した方が良いと思います」


 ジャクソン提督が不機嫌な顔になる。この地は海軍が列強国と戦い勝ち取った土地だったからだ。

「馬鹿な事を……苦労して手に入れた植民地を、簡単に手放せと言うのか」


 ディラックはジャクソン提督に視線を向けた。

「手放さずに植民地経営を続けると言うのなら、戦艦三隻分の資金を投じる必要があります」

 それを聞いたシーモア総督が顔を強張らせる。


「冗談ではないぞ。本国は植民地から利益を上げるために、我々をここに送り込んだのだ。注ぎ込むためではない」


「ですが、戦争が続いたせいで、各地の堤防が崩れ大きな治水工事が必要になっています」

「そんなものは、現地人に命令してやらせればいい」

「その現地人が、食料がなくて死にそうになっているのです。それに道具もなければ、資材もない状態では治水工事などできません」


 治水工事の他にも戦争で放棄された農地を元の状態に戻すとなると、相当な労働力と資金が必要になるだろうとディラックは考えていた。


 そして、江順省では桾国軍との戦いが始まりそうだった。晨紀帝の病気で一時停止していた戦いが、再開されそうなのだ。桾国にとって相手がイングド国であろうとユナーツであろうと自国の領土を奪った相手には変わりないのである。


 ユナーツはイングド国の意地の悪さを思い知った。


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