第279話 警邏兵

 ハジリ島のトカチ州で生まれたアンザイ・ヨシナオの家は、ホウジョウ家で小部隊の指揮官である物頭ものがしらの地位にあった。


 しかし、ホウジョウ家がカイドウ家に破れて職を失うと、田舎の小さな畑を耕しながら暮らすようになった。ヨシナオは長男であり、アンザイ家を継ぐはずだったのだが、継ぐべきものがなくなり両親と相談してホクトへ行きカイドウ家へ仕官できないか試そうと決める。


「ホクトへ行かなくても、トカチ州で役人をしているクロベ様に頼んで、雇ってもらえばいいのではないか?」

 父親のサクベエは、長男であるヨシナオが遠くへ行く事には反対らしい。クロベというのはサクベエの同僚だった男で、現在はトカチ州の役所で働いている。


「父上、それは何度も話し合いました。トカチ州の小役人で終わるよりホクトで、自分の運を試したいのです」

 ヨシナオは十七歳になったばかりで、自分の可能性に賭けてみたいと言う。


「分かった。ホクトへ行って頑張れ」

 ホクトへ行く旅費は、少ない蓄えから父親が出してくれた。ホクトへ出発したヨシナオは、元メムロ府のルソツ湊へ徒歩で向かい、その湊から船でホクトへ向かう。


 ヨシナオは船で一緒になった商人のニザエモンと話をしながら、船旅の暇な時間を潰していた。

「ほう、ミケニ島に鉄道というものが出来たのですか」

「そうなのだよ。一度列車に乗ってタビール湖へ行ってみるといい。どれだけ世の中が変わったか感じられる」


「その前に働き口を探さないと」

「読み書きができるのなら、警務奉行所の警邏兵になったらいい」

「警邏兵とは、どんなものですか?」


「町を見回って、悪さをする者を捕らえる役人さ。あそこはいつも人手不足なのですよ」

「役人と言っても足軽みたいなものではないのですか?」

「まあ、そうですな。しかし、立派な役人です。出世すれば町方与力になれるかもしれません」


 給金も良いというので、どれくらいかと質問すると、田舎で畑を耕していた時の十倍だった。

「そ、そんなにもらえるのですか?」

「これくらいは普通だよ。町方与力になれば、その五倍はもらえますよ」


 ニザエモンの話によると町方与力になれば、五十人ほどの部下を率いる事になるそうだ。それを聞いたヨシナオは目を輝かせる。アンザイ家が失った物頭以上の役職だったからだ。


「拙者は元ホウジョウ家の家臣だったのですが、雇ってくれるでしょうか?」

「カイドウ家は、アマト国の国民を差別しませんから、大丈夫だと思いますよ」


「ほう、カイドウ家は度量が広いのですね」

「上様が、そういう差別を嫌うからでしょう。ただ実績を上げなければ、警邏兵のまま出世しませんぞ」


 ヨシナオは頷いた。当然の事だと思ったのだ。

 ホクトに到着したヨシナオは、宿を決めてからニザエモンから聞いた警務奉行所へ向かった。警務奉行所は小さな城ほどもある建物で、数人の門番が立っている。


「何用だ?」

「こちらで警邏兵の募集をしていると聞いたのですが」

「警邏兵の応募者か、ならば、門を入って左に行き、警邏本部という建物へ入れ。そこの誰かに声を掛ければ、説明してくれるはずだ」


「ありがとうございます」

 ヨシナオは門を入って左へ行き、レンガ造りの建物を見付けて中に入る。中では大勢の人が働いていた。


 その中の一人がヨシナオを見付けて受付のところへ近付く。

「何か用ですかな?」

 三十代の口髭を生やした男が、低い声で尋ねた。

「警邏兵になりたくて来ました」


「おお、大歓迎です」

 警邏兵の小隊長だという人物が現れ、会議室と呼ばれている部屋で説明を受けた。

「ふむ、ハジリ島から来たのか。初めてじゃないかな」


「あのー、拙者は警邏兵になれるでしょうか?」

「読み書きもできるようだし、大丈夫だろう」

 ヨシナオが首を傾げた。

「疑問に思ったのでございますが、警邏兵に読み書きが必要なのでございますか?」


 小隊長のコスギ・カズマサが苦笑いする。

「意外だと思うかもしれないが、仕事の半分は机の上でする事になっている」

 報告書を書く事が重要な仕事になっているとヨシナオは教えられた。


 寝泊まりする場所は寮があるというので、ヨシナオは一晩だけ宿に泊まって寮で生活する事が決まる。それから訓練と勉強が待っていた。一ヶ月間だけ警邏兵の仕事を学ぶ時間があり、それから警邏兵の仕事を始める。


 警邏兵としての最初の仕事は、夜にホクトの工場地帯を見回る仕事だった。

「コスギ隊長、なぜ工場なんかを見回るのです?」

「この工場の中には、焼玉エンジンや蒸気機関を造っている工場も有る。それらの秘密を盗み出して諸外国へ売れば大儲けできるのだ」


 ヨシナオが小隊長と二人で工場地帯を見回っていると、ある工場の塀に数本の竹竿が立て掛けられているのを発見した。


「これは賊が忍び込んだな」

 その工場は焼玉エンジンを製造している工場だった。ヨシナオは小隊長に命じられて、仲間を呼びに走る。


 ヨシナオが五人の仲間を連れて戻ると、小隊長が塀のところで待っていた。

「まだ、出て来ない。工場の中を探す事にする」


 ヨシナオたちは、工場の警備をしている者に事情を話して正門から中に入った。そして、工場中を探し回り賊を探し出した。


 四人の賊が工場にあった焼玉エンジンを運び出そうとしていた。

「貴様ら、泥棒だな。おとなしく縛につけ!」

 賊たちは持っていた脇差しを抜いて、暴れながら逃げようとした。ヨシナオたちは二メートルほどの棒で叩きのめし捕縛。


 賊たちは布で顔を隠していたので、それを剥ぎ取るとヨシナオは驚いた。ホウジョウ家で重臣だった者たちの子弟だったのだ。ヨシナオは顔だけ知っていたのである。


「ホウジョウ家の重臣だった方々のご家族ではありませんか。あなたたち何をしているのです」

 そう言われた賊たちは肩を落として無念そうに顔を歪める。


 主家をなくした者同士が、こういう形で再会するとは思わなかった。ヨシナオは縛られて引き立てられる者たちを見て、時代が変わった事を痛感した。


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