第278話 桾国の焼玉エンジン車

 時間を戻し、パトリシア教授たちと会見があった直後、アマト国はハチマン諸島周辺の調査を強化する決定を下した。その調査に向かった船の中にサコンの姿もあった。


 列強諸国のイングド国やフラニス国を攻撃し凱旋したサコンは、新しく開発される戦艦の艦長になる予定になっている。普通なら開発陣と一緒に新戦艦の詳細を検討するはずだったのだが、ハチマン諸島周辺の調査を優先する事になり、小型探検船の船長として駆り出されたのである。


「この探検船は、帆がありませんけど大丈夫なのでございますか?」

 新入りの乗組員の一人がサコンに尋ねた。

「心配ない。この船の燃料は重油に替えてある。ハチマン諸島周辺なら燃料不足になる事はない」


「でも、機械は故障します。そうしたら、どうするのでございます?」

「修理できる乗組員が居る。それでダメなら、電信機で救助を呼ぶ」

 アマト国では少しずつだが、蒸気機関だけの船が増えていた。これは蒸気機関の故障が減った事で信頼性が上がり、帆を使う機会が減ったためである。


 さすがに遠方に船旅をする時は機帆船が使われるが、極東海やハチマン諸島までなら蒸気機関だけで航行する船が増えていた。


「島が見えたぞ!」

 見張りの乗組員が大声を上げる。サコンは海図を広げて、新発見の島か確認した。

「新しい島だ。大手柄だぞ」

 それはハチマン諸島から南に千キロほどの位置にある島だった。詳しく調べると、三角形と楕円形の二つの島があり、海底には海藻の森がある。


「船長、あれを見てください」

 乗組員の指す方向に鳥山が出来ている。海鳥が海面に群れをなしており、その下には小魚の大群が居るに違いない。


「そうだ。釣り道具があったな。今日の晩のオカズを釣って帰ろう」

 サコンたちは釣り竿を持ち出し、釣りを始める。餌を付けた釣り針を海に放り込んだ瞬間、竿に手応えがあった。魚が餌に食い付いたのである。


「まさに入れ食いだな」

 サコンが釣れた魚を上げるとさばだった。それもかなり大きな鯖で、脂も乗っていそうである。他の者たちも次々に鯖を釣り上げる。


 この海域は海産物の資源が豊富なようだ。島は『サバガシラ島』『ナマコ島』と名付けられた。楕円形の島にはナマコが多かったからだ。


 この海産物を見逃す事なく食料として活用する事業が始まった。サバガシラ島で始まった事業は缶詰工場である。鯖の味噌煮と鯖の水煮を缶詰にして、ミケニ島の内陸部やラクシャ王国とアラビー王国の内陸部にある街で販売しようというのである。


 アマト国の人々は、投資して様々な事業を立ち上げた。その一つがサバガシラ島で始まった缶詰工場なのだ。


 その他にも焼玉エンジン車でバス会社を起こす者、豊富になった食材を活かして新しい料理を開発し商売を始める者などが増えた。


 蒸気機関は紡績や織物にも導入されて、質が良く安価な綿織物や絹織物を大量に作る工場が建設され始める。アマト国で産業革命が起きているのだ。


 アマト国全体が活気で溢れるようになり、それまでとは桁違いの金持ちが誕生する。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 それを面白くないと思う者も居る。桾国の皇帝である晨紀帝だ。

「孝賢大将、アマト国で焼玉エンジン車というものが発明されて、広まっていると聞いた。本当にアマト国で開発されたものなのか?」


「はい、そう聞いております」

「我が国には、子供の玩具おもちゃでポンポン船というのがあったであろう。焼玉エンジン車というのは、ポンポン船の原理を真似たのではないか?」


「そう言えば、焼玉エンジン車の事をポンポン自動車と呼んでいるそうですな」

 焼玉エンジン車とポンポン船は、音が似ているだけで全く違うものなのだが、晨紀帝は知らなかった。


「ならば、我が国でも焼玉エンジン車を作れるはずだ」

 晨紀帝は焼玉エンジン車を作れと命じたのだ。命じられた方も困ってしまう。孝賢大将は桾国で一番の発明家である華沢頭かたくとうに命じた。


「しかし、ポンポン船と焼玉エンジン車は違うと思います」

「分かっておる。要するに、馬などを使わずに走る馬車を作れば良いのだ」

 簡単そうに孝賢大将は言うが、それは大変に難しい事だった。とは言え、華沢頭に断わる権利はなく引き受けた。


「はあっ、無理難題を押し付けられてしまった」

 弟子の周原則しゅうげんそくが心配顔で、

「華老師、如何いたしますか?」

「そうだのぉ、アマト国で使われている焼玉エンジン車を手に入れるのが難しい。バラペ王国のベク経済特別区で使われている焼玉エンジン車を手に入れられないか孝賢大将に相談しよう」


 華沢頭から相談を受けた孝賢大将は、部下に盗んでくるように命じた。一ヶ月後、孝賢大将の部下が二台の焼玉エンジン車を盗んで戻ってきた。


 それからというもの華沢頭と弟子の周は寝る暇も惜しんで調査した。そして、焼玉エンジンの原理と構造を理解した。だが、それで開発できるかというと、そうでもない。


 焼玉エンジンを作製するには高度な金属加工技術や冶金技術が必要であり、それは桾国にないものだった。華沢頭たちは形だけ真似て作ったのだが、動かすと壊れてしまうのだ。


 その間にも孝賢大将からまだ完成しないのかという問い合わせが来て、華沢頭は過労死しそうになった。そこで盗んできた焼玉エンジン車の分解していない方のエンジンを使って、豪華な焼玉エンジン車を作る事にする。


 外観や内装だけを豪華にして、自動車の心臓であるエンジンは盗んできたものを使った豪華版焼玉エンジン車を完成させ、設計図と一緒に晨紀帝に献上したのである。


 完成した豪華版焼玉エンジン車を見て、晨紀帝は大喜びした。

「うむ、素晴らしい。これこそ皇帝の乗り物である」

 褒美をもらった華沢頭と弟子の周は、その日のうちに首都ハイシャンを抜け出し、クルル島の難民村に逃げ込んだ。


 必ず量産せよという命令が来ると分かっていたからだ。その話は難民村の住民からアマト人に伝わり、ホクトの住民も知るところとなった。


 それを面白いと感じたのだろう。芝居にもなり有名な話となる。


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