第236話 フラニス国の状況

「フラニス国は、あっさりと引き揚げたようだな?」

「戦力がないのですから、抵抗できなかったのでしょう」

 トウゴウが答えた。


「さて、商館長のファルハーレンを呼んでくれ」

 側用人の一人に命じた。この時代の側用人は、何の権限もなく俺の側に仕えて命じられた事をするだけの存在だった。


 アムス人であるファルハーレンが来ると、俺は書状をフラニス国の元老院へ届けるように頼んだ。

「この書状はどういうものなのか、伺ってもよろしいでしょうか?」


「今回の戦が起こった経緯と、その結果が書かれている。そして、全ての原因がフラニス国にあり、謝罪するように書かれておる」


 ファルハーレンの顔から血の気が引いた。

「そんな書状を読めば、元老院の議員たちが激怒するでしょう。それでよろしいのですか?」

「構わん。イングド国とフラニス国は、また戦になりそうなほど険悪な様子だと聞く。極東に構っているほど余裕はないだろう」


 この書状を読んだフラニー人が、謝罪するようなら戦争は終わりだ。反対に激怒して極東地域に攻め込んでくるようなら、遠征艦隊を編成して列強諸国に送り出す事になる。


 元からそのつもりだったのだ。強力な遠征艦隊を用意する時間を、イングド国との小競り合いが作ってくれるだろう。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 その書状はフラニス国へ運ばれ、フォルチエ議長が読む事となった。もちろん、直筆の書状はミケニ語で書かれており、それを翻訳したものが入っていた。


 その翻訳版を読んだ議長は、激怒した。

「島蛮の分際で謝罪しろだと……許せん。ドランブルを呼んでこい」

 帰国したドランブル総督が元老院に呼び出された。


「これを読んでみろ」

 渡された書状を読んだドランブル総督は、肩を竦めて言った。

「それで謝罪するのかね?」


「馬鹿を言うな。それに言葉遣いには気を付けろ。今は私が元老院議長なのだ」

「これは失礼した。だが、無理に戦いを挑んで破れたのは、君たちの責任なのは記憶しておいてくれ」


 フォルチエ議長が顔をしかめた。

「何を言う。海戦で負けたのは、ロジュロ提督の指揮が悪かったからだ。我々に責任はない」


 現場の者に責任を押し付けるつもりのようだ。今度はドランブル総督が顔をしかめた。

「それで良いのか? アマト国の将帝は怒っているようだが、大丈夫なのかね?」


「どういう意味だ?」

「アマト国は列強諸国と同程度の文明を築いている。我々にできる事は、アマト国にもできるのだ。もし、艦隊を編成しフラニス国へ仕返しに現れたらどうする?」


 議長が薄笑いを浮かべた。

「島蛮の国が艦隊を編成して、ここまで来るだと、笑わせるな」

「第七艦隊を破ったほどの艦隊が有るのだ。それができないと言う理由を教えて欲しいものだ」


「決まっている。艦隊だけでは遠征はできないからだ」

「補給基地や寄港地の事かね。それくらいは考えるだろう」

「そればかりではない。ここには第七艦隊と同じ規模の艦隊が六個艦隊もあるのだぞ」


 同じ規模の艦隊と議長は言ったが、第四艦隊と第六艦隊は規模が小さい。実質敵艦隊と戦えるのは、第一艦隊から第三艦隊と第五艦隊になる。


 その四個艦隊の中で、第三艦隊と第五艦隊は植民地と本国の間を往復しているので、本国を守っているのは二個艦隊だ。ドランブル総督は二個艦隊で祖国が守れるのか心配になった。


「だが、この国を守っているのは、実質二個艦隊。少ないのではないか?」

「要らぬ心配だな。第七艦隊は新型戦列艦が組み込まれていたが、主力艦隊ではなかった。この国を守っている第一艦隊と第二艦隊こそが主力艦隊なのだ」


 フォルチエ議長は、アマト国将帝に返事を書いた。即刻バナオ島をフラニス国へ返還し、キナバル島から手を引けというものだ。


 その手紙がアマト国に届くと、フラニス国の商人はアマト国とその同盟国から完全に締め出された。それまで同盟国では取引ができたのだが、同盟国でも商売できなくなったのだ。


 商人たちは何とかしてくれと元老院へ請願した。そんな頃、オズボーン伯爵がドランブル総督を元老院で見掛けて声を掛けた。


「ドランブル殿、極東地域で我が国の商人が締め出されていると聞きました。どう思われますか?」

「フォルチエ議長がアマト国将帝を怒らせるような事をしたのではないかと思っている。その点は伯爵の方が詳しいのではないか?」


 伯爵が困ったような顔をする。原因となりそうな手紙を、フォルチエ議長が書いた事を知っていたからだ。


「あなたはどうすればいいとお思いです?」

「簡単だ。謝罪するか、力でねじ伏せるかだ。但し、アマト国を力でねじ伏せるのは難しいと思う」


「なるほど、謝罪して商人たちの締め出しを解除して欲しいと頼むのが一番だと言うのですな」

「そうだ。それはフォルチエ議長がする事だ。儂は見守る事にする」


 フォルチエ議長が謝罪すると、伯爵は思わなかった。その誇りが許さないのだ。そうなると力尽くでという事になる。


 極東地域へ新たに艦隊を派遣するとなると、第四艦隊と第六艦隊を派遣するしかないが、規模が小さく小型艦や老朽艦が多い艦隊なので、勝てるとは思えない。


「今の時期に、第一艦隊か第二艦隊を極東に送れるのかね。無理だろう」

 ドランブル総督に指摘されて、伯爵が顔を歪めた。イングド国との関係が思わしくないのだ。


「商人たちには、少し待ってもらうしかないですな」


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 ホクトの街に出たドウセツは、活気ある人々の姿を目にした。列強国と戦に勝利したアマト国は、経済圏を極東地域から中東地域へと広げようとしていた。


 中東地域の大国は、ラクシャ王国とアラビー王国である。この二国は砂漠気候のために、限定された地域でしか作物が栽培できず生活が苦しかった。


 だが、毛織物に独特の技術を有しており、それらの織物が輸出品となっている。また、織物の他にも輸出品があった。ラクシャ王国は銀、アラビー王国は金だ。


 銀鉱山と金鉱山が二国には多かったのだ。ところが、鉱山のある場所は内陸部の不便な場所だったので、鉱山開発もあまり進んでいなかった。

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