第223話 極東同盟

 夏の暑さも和らぎ始め、秋を感じ始めた頃。

 イングド国とフラニス国に潜入していた忍びから、両国の間で戦争が起きそうだという情報が入ってきた。その原因は、祖先の遺物が眠るジェンキンズ島に関する協定をイングド国が破っているという事が発覚したからだ。


 協定では両国が発見したものは相手国にも伝えるというルールだったのだが、イングド国は紡績機械の情報を秘匿したのだ。


 それに気付いたフラニス国は猛烈に抗議した。それがこじれて戦争になる一歩手前という状況になったらしい。


「紡績機械で戦争寸前でございますか。列強諸国は何を考えているのでしょう?」

 小姓のマサシゲが声を上げた。紡績機械などアマト国では数年前から使われている。それを知っているマサシゲは、そういう風に言ったのだ。


 だが、手紡ぎしか糸を作る方法を知らない国では、紡績機械は重要な発見だった。その証拠に列強諸国の一つであるアムス王国では、なんとかジェンキンズ島の情報を手に入れようと諜報活動に力を入れているという。


 その一ヶ月後、戦争が阻止されたという報告が入った。

 イングド国はフラニス国に紡績機械の情報を渡し戦争の勃発を止めた。今戦った場合、海軍力が落ちているイングド国に勝ち目がないと判断したのである。


「まあ、賢明な判断だな。このまま戦争になっていたら、イングド国は大きな痛手を負っただろう」

 俺の言葉を聞いたマサシゲとドウセツが頷いた。


「上様、こうなるとフラニス国の存在が大きくなるのではありませんか?」

 ドウセツが心配そうな顔で言った。極東地域でフラニス国というとバナオ島のドランブル総督である。


 この人物は押しが強く、フラニス国、いや自分の権益になる事なら何でも口先を突っ込んでくる。この時も弱っているイングド国が支配するチュリ国と黒虎省に対して、フラニス国艦隊とアマト国艦隊が共同して攻め取ろうという提案をしてきた。


「上様、今こそ絶好の機会なのです。この時を逃せば、チュリ国は手に入りませんぞ」

 俺を焚きつけようとするドランブル総督の言葉を聞いて、俺は白けた気分になった。チュリ国は戦乱が続いた事で土地が疲弊し、国民が飢えに苦しんでいるという。


 そんな国を手に入れても嬉しくない。一方、フラニス国は黒虎省を手に入れるつもりのようだ。黒虎省も続く戦乱で地域全体が疲弊しているが、穀物は平年並みの収穫があった。


「ドランブル総督、我が国が黒虎省を手に入れ、貴国がチュリ国というのなら話を聞いても良いが、逆では話にならんな」


 ドランブル総督が渋い顔になる。

「アマト国なら、チュリ国を立て直す事もできるのではありませんか?」

「できるかもしれんが、我が国はバイヤル島の開発をしている。もう手一杯なのだ」


「チュリ国の人口は三百万、それに比べてバイヤル島の人口は、百分一にもならないはず。将来性ならチュリ国が上だと思いますが」


「そう思われるなら、貴国がチュリ国を制圧すればいい」

 総督が溜息を吐いた。

「本国はチュリ国を立て直す資金を出さないでしょう」

「ならば、諦めるのだな。それよりバナオ島の開発に力を入れたらいい」


「バナオ島は、自然が豊かな島ですが、それだけなのです。鉱山も特産品もない。それに人口も数十万人程度で、反抗的な連中ばかりだ」


 俺はドランブル総督を睨んだ。住民が反抗的になったのには理由がある。ドランブル総督は島の森林を焼き払い焼畑農業を始めたのだ。


 森の恵みを利用して生きてきた住民は、森に火を放った総督府に激怒した。そして、キナバル島のマレス族と手を組んだ。


 キナバル島のマレス族は、アマト国と交易をしている。しかも、武器や火薬なども購入していた。フラニス国は何度かキナバル島を攻撃していたが、マレス族を制圧する事はできなかった。


「これは忠告ですが、焼畑農業などやめた方がいい。住民の怒りを買って、植民地経営に失敗しますぞ」

 総督が薄ら笑いを浮かべた。


「心配は無用です。フラニス国はバナオ島に第七艦隊を送る事を決定しました。これ以上反攻するような事が有れば、厳しい処分を下す事になる」


 それを聞いた俺は不愉快になった。厳しい処分とは、殺すという事だ。極東の島蛮なら殺しても構わないという考えが、透けて見えていた。


 それに派遣されるのが、第七艦隊と聞いて違和感を覚えた。第七艦隊は寄せ集めの小さな軍艦を編成したもので、アマト国には脅威とならない。ただドランブル総督が自分から第七艦隊が来ると教えた事に疑問が残る。


 ドランブル総督が不機嫌な顔で帰った後、俺は評議衆を呼んだ。

「フラニス国の第七艦隊がバナオ島に来る、と総督が言った」

 イサカ城代が溜息を漏らす。


「イングド国が静かになったと思えば、次はフラニス国ですか」

「我々がイングド国を叩いたので、フラニス国が元気になったらしい」


 トウゴウが苦笑した。

「皮肉なものですな。ですが、フラニス国は我が国に友好的でございます」

「それは我が国の軍事力を恐れているからだ。チュリ国と同じように無力だったら、牙を剥いて襲い掛かってきただろう」


 評議衆の全員が頷いた。クガヌマが俺に視線を向ける。

「フラニス国は、チュリ国と黒虎省を狙っているのでございますか?」


 俺は首を傾げた。

「違うのでございますか?」

「チュリ国は論外として、今の黒虎省をフラニス国は欲しいと本気で思っているのだろうか?」


 トウゴウが頷いた。

「そうですな。戦乱が続いて黒虎省の若者が大勢犠牲になりました。黒虎省は働き手が少なくなっているはずです」


 チュリ国も黒虎省も植民地経営という観点から言うと美味しい場所ではない。

「本当の狙いは、キナバル島かもしれないな」


「どうして、そのように思われるのでございますか?」

 トウゴウが尋ねた。

「キナバル島は、カイドウ家が多額の資本を投じて開発している。港湾の整備や耕作地、町造りにも金を出している」


 その開発は一段落して、投資資金を回収する段階に来ていた。もしかしたら、フラニス国は横から手を出して、強引に掠め取ってしまおうと考えているのかもしれない。

 俺は考えた事を評議衆に伝えた。


 全員が苦虫を噛み潰したような顔になり、考え込んだ。

「そうだった場合、如何なされますか?」

 イサカ城代が尋ねた。


「早急にキナバル島のマレス族と話し合い、同盟を結ぶのも一つの手だと考えている」

 イサカ城代が納得したように頷く。

「コンベル国に続いて、二国目という事になりますな」


 トウゴウが身を乗り出した。

「それでしたら、バラペ王国やビリシア王国にも声を掛けたら如何でしょう?」

「ふむ、面白い。極東同盟とでも名付けるか」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る