第197話 オトベ家の内紛

 兵員揚陸艦で運ばれた五千の兵がモロト郡に到着すると、北の郡境に砦を築き始めた。ソフエ・マゴロクが砦など役に立たないと証明したばかりであるが、それは大砲などを大量に保有している軍に対してである。


 モロト派兵部隊を率いるミノブチは、兵員揚陸艦から降ろされた資材を使って手早く砦を完成させた。砦が完成しても防御陣の完成はまだである。


 ミノブチは砦の前に塹壕陣地の構築を始める。金で雇った大勢の領民は、喜んで作業を請け負った。ここでもカイドウ家が発行する淡寛銭・姫佳銀が使われるようになっており、領民たちは臨時収入を喜んだ。


 その砦に草魔の忍びであるヤゴロウが訪れた。ミノブチはヤゴロウに会い情報を聞いた。

「オトベ家のアガツマ城でございますが、まだ混乱が収まらないようでございます」


 ミノブチが頷いた。

「当主が大怪我をしたのだ、それは仕方ないであろう。御堂督様が隠居するという噂が聞こえてきたが、それはどうなのでござる?」


「大怪我を負ったせいなのか、一気に老け込み、御堂督様は気力をなくしたという話を聞きました」

「……ホウジョウ家の思惑通りという事だな。隠居した場合の後継者は、やはり長男のウジタカ殿になるのか?」


 ヤゴロウが頷いた。

「血筋から言えば、そうなります。ただ一門の中には、ウジタカ様を危ぶむ者も居ります」

「そういう者たちは、誰を当主に推しているのでござる?」


「御堂督様の弟、ブエイ様でございます」

 ミノブチは顔をしかめた。オトベ家内部で家督争いが起きそうな雰囲気である。オトベ家が当てにできなくなったという事だ。


「御屋形様は、どう御考えなのでござろう?」

「敵になるのなら、潰すと言われております」

「御屋形様のご気性なら、そうだろうな。カイドウ家が全力でハジリ島制圧に動けば、アッという間に大名や太守を一掃できるのだから、当然だ」


「御屋形様は、ハジリ島より列強諸国の動きが気になっているそうです」

「列強諸国というと、イングド国か?」

「イングド国とフラニス国でございます」


「フラニス国というと、ホウジョウ家と関わっているそうではないか?」

「火縄銃や硝石、大砲を売っていると聞いております」


 ミノブチが溜息を漏らす。

「御屋形様でなくとも、列強諸国の動きは気になるな。一度キツイ灸をすえてやれば良いのだ」


 ヤゴロウが微笑んだ。

「ミノブチ様、フラニス国の商人は商売をしただけでございます。とがめる理由がございません」


「ふん、敵に武器を売るという事自体が利敵行為でござる」

「それを理由に、フラニス国と敵対するのでございますか? 世界の各地に植民地を持つ、大国でございますぞ」


 ミノブチの顔が苦いものに変わる。

「世界が広くなりすぎて、某の頭では付いて行けぬ」

「拙者もそうでございます。ですが、ミケニ島の覇者となった御屋形様は、対策を考えねばならぬのです」


「そうだな。我々は少しでも御屋形様の役に立つように、努力せねばならぬ」

 ミノブチはオトベ家を仮想敵国に加える事にした。警戒する対象に加えたという事だ。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 そのオトベ家の居城であるアガツマ城では、オトベ一族が集まり話し合いを行っていた。

「殿の具合はどうなのだ?」

 当主であるナイキの叔父リョウケンが尋ねた。


 ナイキの正室フブキが、

「医者は、良くなっている、と申しております。ただ心が弱っているようです」

「そうか、心の問題か」


「殿が隠居すると言い出されたなら、どういたしますか?」

 リョウケンの息子が問う。


「新しい当主を決めねばなるまい」

「ウジタカ殿でございますか?」

「まだ決まってはおらぬ。ブエイという事もある」


「なるほど、それでウジタカ殿とブエイ殿を、この場に呼ばなかったのでございますね」

「当たり前だ。参加させれば、話し合いにならなかっただろう」


 リョウケンがそう言った時、廊下を強く踏み鳴らして近付く音に全員が気付いた。部屋の入り口にウジタカが現れ、一門である武人たちを睨む。


「ふん、一門の方々が揃って話し合いか。なぜ儂を呼ばぬ」

 リョウケンがウジタカを睨み返す。

「フブキ殿から、殿の具合を聞いておったところだ。そなたはもう知っている事だろう。違うのか?」


 ウジタカが不満そうな顔をする。

「聞いている。だが、本当にそれだけなのか?」

「それ以外に何が有る?」

「次期当主の事に決まっている」


「殿は亡くなられた訳ではない。不謹慎だぞ」

「だが、当分の間、当主としての務めを果たせぬ」

「代理の者が、仕事を進めている」


 ウジタカがリョウケンを睨んだ。

「代理を務めているのは、叔父のブエイ殿だ。このままでいいと思っているのか?」

「奇妙な事を訊く。他に誰が居るというのだ。そなたは当主としての役目を背負えるのか?」


「できるに決まっている」

「ならば問う。ホウジョウ家とカイドウ家、どちらに味方する?」

「儂ならホウジョウ家だ」


 リョウケンは暗い顔になった。

「理由を聞かせてもらおう」

「父上は、将来の事を考えておらぬから、カイドウ家などと組もうと考えたのだ」


 リョウケンは意味が分からなかった。

「どういう意味だ?」

「オトベ家・ホウジョウ家・カイドウ家の中で、一番強いのがカイドウ家、一番弱いのがオトベ家だ」


 ちゃんと分かっているのに、ホウジョウ家を選ぶ理由が分からない。ウジタカ以外の全員がそう思った。

「ならば、オトベ家とホウジョウ家が手を組んでカイドウ家を撃退し、その後にホウジョウ家と雌雄を決すればいいのだ」


 リョウケンが口を開けて驚き、これほどの阿呆が世の中に居るのかと嘆いた。

「ウジタカ、そなたには当主は無理だ」


「理由を言え。それが正当なものでなければ、ボケ老人の戯言たわごとだとしても許さぬぞ」

 ボケ老人と言われたリョウケンは切れた。生まれて初めてだったかもしれない。


「お前が底抜けの阿呆だからだ! 何がホウジョウ家と手を組んでカイドウ家を撃退するだ。手を組んでもカイドウ家に敵わぬと分からんのか!」


 ここでウジタカも切れた。切れた者同士で取っ組み合いになり、殴り合いになる。

 その様子を天井裏で見ていた者が居る。カイドウ家の忍び草魔のヤゴロウとオトベ家の忍び『夜霧よぎり』の頭領サイゾウだった。


 ヤゴロウは手話でサイゾウに問う。

『オトベ家は、どうなっているのです?』

『もう知らん、こんな家は見限って、新しい主を探しているんだ。そちらの主によろしく伝えてくれ』


 忍びにも見限られたオトベ家であった。


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