第192話 華平督の最後

 目の前に、この男が居る事を信じられなかった。ハジリ島のミヤモト家当主ミヤモト・華平督・トシカツがホクト城の大広間に座っていた。その後ろにはワカバヤシ城代が居る。


 トシカツたちを取り囲むように、評議衆を始めとする家臣たちが座っている。その腰には脇差があり、いつでも抜けるように準備していた。


「今は戦の最中、どういうつもりだ?」

 俺が上座からトシカツを睨む。すると、トシカツとワカバヤシ城代が深々と頭を下げた。


「月城守様、ミヤモト家は降伏いたします。何卒、戦をおやめください」

「停戦でも休戦でもなく、降伏するというのか?」

「そうでございます」


「武人として、最後まで戦おうとは思わなかったのか?」

「一時は、そう考えた事もあります。ですが、それでは家族や家臣のほとんどが死ぬでしょう」


 俺は渋々頷いた。確かにそうなっただろう。ビホロ城を包囲したアマト国軍は、大量の砲弾を城に撃ち込み崩壊させるつもりだった。


「月城守様、某が非道な行いをした事は認めます。それは家を守ろうとしただけなのです」

 俺は目を吊り上げ睨んだ。

「家を守る……それが犯した罪の免罪符になると思っているのか?」


 トシカツが顔を下に向けた。

「以前はそう思っておりました。ですが、違ったようです」


 アマト国がミヤモト家に対して宣戦布告した後、なぜ宣戦布告したかという話がメムロ府にも広がり、領民たちからも批判の声が上がるようになったのだ。

 それは兵たちの士気にも影響した。


「どうやって、この戦の始末をつけるつもりだ?」

「某の命を差し上げまする。どうか、戦を収めて頂きたい。何卒なにとぞ、何卒お願いいたします」


「本気か? ならば、見事腹を切って見せよ」

 家臣たちの間から、唸り声のようなものが漏れ聞こえた。この場で切腹させるとは、思っていなかったのだ。だが、一旦始めた戦を収めるには、強い理由が必要だ。


 俺は小姓のドウセツに短刀を持ってこさせた。それをトシカツの前に置かせる。

 目を閉じたトシカツは、カッと目を見開き袖から腕を抜いて着物を脱ぎ、短刀を抜く。

「月城守様、どうか家族と家臣をお願いいたします」


 そう言うと、短刀の刃を腹に突き立て横に引いた。鮮血が床に飛び散り床を真っ赤に染め広がる。

 トシカツは少しの間呻いていたが、すぐに事切れた。大広間に静寂が広がり、ワカバヤシ城代の頬を伝わった涙が、ポツリと床に落ちる。


「華平督殿、見事であった。約束通り、戦は収めよう」

 そう宣言した俺は立ち上がり、大広間から出た。

 残ったワカバヤシ城代とカイドウ家の家臣たちが、トシカツの遺体を運び出した。


 俺はマゴロクにメムロ府を掌握するように命じた。当主の死により、ミヤモト軍の抵抗はなくなっている。

 トシカツの遺体をビホロ城に持ち帰ったワカバヤシ城代は、その日に追腹を切って殉死した。


 その報せを聞いた俺は、やるせない気分になる。側に居たイサカ城代に、

「城代、武人とは窮屈な生き方だな」

「楽な生き方をしたいのなら、武人をやめればいいのです。商人や百姓になって生きられるのですから」


 俺は頷いた。

「そうだ。一つ分からぬ事が有る」

「何でございましょう?」


「ホウジョウ家の伊和守殿を暗殺までして、勝ちにこだわった華平督殿が、なぜ死を選んだのだ?」

「暗殺に成功し、ホウジョウ軍との戦いが優勢となったところに、アマト国が宣戦布告したのです。華平督様の張り詰めた心が折れたのかもしれません」


 俺がトシカツを切腹させ、その代わりにミヤモト家の家族と家臣を守ると約束した事は、すぐさま世間に広まった。俺を冷酷だと言う者も現れたが、約束を守ったので評価する者も現れた。


 ただホウジョウ家から抗議があった。ナンゴウ郡とシバ郡は、ホウジョウ家のものだと主張しているのだ。


 抗議に来た使者は、ホウジョウ家の交渉役ニシナ・ホウジュンだった。ニシナは一度出家したが還俗したという経歴の持ち主で、口は達者だ。


「月城守様、お目にかかれ光栄に存じます。ホウジョウ家の評定衆の一人ニシナ・ホウジュンでございます」

 評定衆とは、カイドウ家で評議衆と呼んでいる重臣たちと同じである。


 俺は元僧侶という肩書きの人物に目を向けた。

「ホウジョウ家では、次期当主が決まったのですかな?」


 それを聞いたニシナが顔色も変えず、

「ハルノ城では、時間を掛けて慎重に選んでいる最中でございます」


 時間を掛けて慎重にか、物は言いようだ。本当は長男のイエシゲと次男のツナヨシが張り合い、中々決まらないというのが現状らしい。


「しかし、当主が決まらぬのでは、大変なのではないか?」

「そこは我々評定衆が話し合って決めておりますので、心配はございません」


「そうか。ならば、その評定衆に伝えてくれ。華平督殿から死に際に、家族と家臣をお願いすると頼まれた。よって、メムロ府とナンゴウ郡、シバ郡は、このミナヅキが預かる」


「お待ちください。頼まれたのは、家族と家臣だけでございましょう。領地もというのは、如何なものか。それにナンゴウ郡とシバ郡もというのは、強欲というものです」


「強欲? はて、ミヤモト家が領地を広げようと南下したのが気に入らず、シバ郡を奪い取ったのは、ホウジョウ家ではないか。それは強欲と言わぬのか?」


 ニシナが渋い顔をする。

「カイドウ家は、ミケニ島全体を領地とする国主でございます。それに比べてホウジョウ家はハジリ島の半分にも満たない太守でございます。格上のカイドウ家が、そんなケチ臭い事を言ってどうします」


 こいつ、カイドウ家の事をケチ臭いと言いおった。それを聞いた家臣たちが目を吊り上げてニシナを睨む。


「これは失礼いたしました」

 深々と頭を下げて謝るニシナを、俺は笑って許し、

「ナンゴウ郡やシバ郡だけだとケチ臭いか。ならば、ハジリ島全部を奪うとしようか」

 俺が周りに言うと、家臣たちが笑い声を上げた。


 その笑いに包まれたニシナは、顔を青褪めさせた。それが冗談に聞こえなかったからだろう。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 ホクトからホウジョウ家のハルノ城に戻ったニシナは、評定衆を集めホクト城での話を伝えた。

「いくらミケニ島の覇者だとは言え、無礼ではないか」

 武将のコマダが言った。


 家老のノベハラは、深刻な顔になっている。それに気付いたニシナが、

「ノベハラ様、どうなされたのです?」

「カイドウ家は、ハジリ島を真剣に狙っているのではないか?」


 ニシナが同意するように頷いた。

「私もそう感じました」

「カイドウ家が本気で、ハジリ島へ牙を剥いた場合、ホウジョウ家が対抗できるのか?」


 ノベハラの問いに、誰も答えられなかった。武将であるコマダも、アマト国軍の軍事力を脅威だと認識しているのだ。


「アマト国軍で特に脅威なのは、野戦砲と呼ばれている大砲でございます」

 コマダが言うと、ノベハラが質問した。

「フラニス国から手に入れられぬのか?」

「一門や二門を手に入れたとしても、数でアマト国には敵いません」


「ならば、ミヤモト家のように降伏しろ、というのか?」

 ノベハラの言葉に、皆が口を閉ざす。


 その沈黙を破って最年少のマツクラが口を開いた。

「急いで、当主を決めるべきなのです」

「そうだな。当主が決まらなければ、方針も打ち出せぬ。だが、どちらを当主にする?」


 それが一番の問題だった。


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