第175話 ハジリ島の戦乱
サコンがチュリ国で暮らすようになって、分かった事がある。植民地化した領地を統治するイングー人の手腕が、洗練されているという事だ。
イングー人は本国から植民地統治官僚を送り込んだ。その官僚たちはチュリ国人の中から、学問の有る者を選び出し選良民とした。
その選良民たちに、今までのハン王政府が如何に無能で害悪だったかを教育したのだ。そんな教育を受けた選良民は王族と貴族を憎むようになる。
そして、庶民の間にチュリ国が貧しいのは、王族と貴族のせいだという話が広まった。それを真実だと思った庶民は、国内に残っていた貴族を探し出して報復した。ある意味真実なので、庶民が信じたのは仕方ない。
貴族の屋敷が襲われ、金品が奪われるという暴動が起きたのだ。イングー人たちは、暴動を黙認した。その結果、王族・貴族は国外へ逃げるか、死んだのである。
イングー人はハン王が国外へ逃げた事を理由に、若者たちを徴兵した。ハン王が兵を引き連れて戻って来るのに備えて防備を固めなければならないと説明した。
またチュリ国内のカースト制度である上民・中民・下民の区分けを残し、居なくなった上民の代わりを選良民とした。
チュリ国は選良民・中民・下民に分かれた社会を形成したのだ。中民や下民は、上の階級から命令されて従う事に慣れていたので、それを受け入れた。
ハン王が統治していた時代、王族に反乱を起こし、ミケニ島の武人のように独立する者が出なかったのはなぜだろうと、サコンは不思議に思った。その事をヨリチカに尋ねる。
「兵は中民だ。多くの下民よりは、良い暮らしをしていた。それほど不満はなかったのだろう。それにハン王の後ろには耀紀帝が居たのだ。逆らえるはずがない」
「耀紀帝でございますか……桾国の皇帝が、諸悪の根源のような気がしてきました」
「まだ若いな。耀紀帝を愚帝でないという気はないが、桾国の歴代皇帝の中では、普通だろう」
サコンが首を傾げた。
「それでよく桾国は国の形を保っていますね」
「あの帝国が建国された時の統治者、つまり初代皇帝が賢明な人物だったのだ。その政治制度や兵制はしっかりしているからな」
だが、その政治制度や兵制も時代遅れのものになろうとしている。桾国は崩壊する事になるだろうと、ヨリチカは言った。
「桾国が崩壊したら、桾国内だけでなく周辺諸国にも影響が及ぶのではないですか?」
「そうなるだろう。その時、ホクトに居られる御屋形様は、如何されるのか? 儂にも分からぬ」
サコンは主君の事を思い浮かべた。神の叡智を手に入れた国主である。サコンは御屋形様以外に、神の叡智を手に入れた者が居ないか調べた事がある。
クジョウ家の初代とカラサワ家の初代が、そうなのではないかと思っている。ただ運が悪い事に、二家の初代は同じ時代の人物であり、両家の領土が広がり敵同士になると、大きな戦が起こり成長が止まったようだ。
クジョウ家もカラサワ家も、神明珠を所有していたが、後にそれを試した者が何人も死んだ。神明珠が呪いの宝だと言われ始め壊したという話が残っていた。
「御屋形様は、桾国とはあまり関わり合いになりたくないようです」
「なぜだ? アマト国はハジリ島を手に入れたら、桾国へ侵攻するのではないのか?」
サコンが肩を竦めた。
「大陸は、交易の相手として付き合う程度で、深く関わらない事にするそうです。御屋形様は一時的に支配する事はできても、永続的に支配するのは難しいと思っておられるのです」
「ふむ、それが正しいのかもしれんな。大陸の人間は、我々島国の人間とは気質が少し違うようだ。どうも、何を考えているのか分からん時がある」
「ところで、炭鉱はどうですか?」
サコンの質問に、ヨリチカは顔をしかめた。調べた結果、地震で崩れた範囲が広い事が分かったので、採掘を再開できるようにするのは、大きな資金が必要になるだろうという。
「どれほどの資金が、必要だと?」
「金貨五万枚ほどだろう」
「それくらいだったら、御屋形様に相談すれば出してくれるだろうと思います。ですが、チュリ国はイングー人の支配下にございます。我々が手に入れるのは無理です」
「御屋形様は、イングー人をどうするつもりなのだ?」
「極東地域から、手を引かせようと考えているようです」
「本当に可能なのか? エナムやオサの様子を見てきたが、かなりの戦力が集められておったぞ」
イングド国はチュリ国のエナムに総督府を置き支配を強めている。そして、桾国の黒虎省を狙って動き始めていた。その動きは桾国にも知られ、黒虎省に鉛玉や火薬、兵糧の蓄積が始められていた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
俺はサコンが書いた報告書を読んでいた。
「サコン殿は、元気でおられるのでございますか?」
マサシゲが尋ねた。
「ああ、元気にしておるようだ。学ぶ事がたくさんあると書いてある」
マサシゲとドウセツが、何が書いてあるのか教えて欲しそうにしているので、話して聞かせた。
「ハン王様、アホですね」
マサシゲが容赦ない言葉を口にした。ドウセツは苦笑いしながらも同意する。
「それについては、俺も同じように感じた」
「ヨリチカ殿の店から、資金を持ち逃げしたハン王様は、その後どうなったのでございますか?」
俺は思い出して笑った。
「ハン王は、また穀物相場で文無しになったそうだ。ナンアンに戻ったハン王は、ヨリチカ殿の店に入ろうとして、店を任されていた桾国人から、
「えっ、ハン王様は牢屋に居るのでございますか?」
「いや、自分がハン王だと名乗って、認められたそうだ。だが、その時には拷問されており、半死半生になっていたようだぞ」
ハン王は耀紀帝の前に連れ出され、皇帝本人がハン王かどうかを確かめたらしい。その時の耀紀帝は、ゴミでも見る目付きで、ハン王を見て確認したらしい。その後、ハン王は小さな屋敷を与えられて養生しているという。
マサシゲとドウセツがげんなりした顔になる。ドウセツは何と言ってよいか分からず。
「ハン王様は、愉快な方らしいですね」
「ふん、愉快すぎて、関わり合いになりたくないな」
「お茶をお持ちしましょうか?」
ドウセツが気を利かして言う。
「ああ、ほうじ茶がいい」
ドウセツの淹れたほうじ茶を飲んで気分を入れ替えてから、ハジリ島の地図を広げた。
「アホなハン王は、どうでもいいが、ミヤモト家が動き出したようだ」
ホシカゲの報告で、ミヤモト家と南のナンゴウ郡を領地とするツガル家が諍いを起こし戦になりそうだという。
ドウセツが地図を覗き込んで質問する。
「原因は、何なのでございますか?」
「ナンゴウ郡とメムロ府の間にある山だ。それがどちらの領地かで揉めている」
「そういう話なら、昔からあるものではないのでしょうか?」
「そうだ。それをミヤモト家が蒸し返して、ツガル家に喧嘩を売っている」
「ミヤモト家は、ナンゴウ郡を攻め取りたいのでしょうか?」
「コニシが、ミヤモト家の連中を脅したそうだからな。力を付けなければならん、と思ったか」
「戦となれば、ミヤモト軍が有利なのでございますか?」
マサシゲも興味を持ったらしい。
「コタン島で多くの戦力を失ったが、それはミヤモト軍の一部でしかない。まだまだツガル軍よりは上だろう」
その時、ホシカゲが外で声を上げた。中に入れると広げられている地図をチラリと見た。
「ミヤモト軍とツガル軍との戦が始まりました」
「双方の兵力はどれほどだ?」
「ミヤモト軍六千、ツガル軍三千でございます」
「ほほう、ミヤモト家が六千も出したか。本気だな。ホウジョウ家は、ミヤモト家の動きをどう見ている?」
「アマト国に対抗するために、大きくなろうとしていると思っているようです」
「ホウジョウ家としては、面白くないのではないか?」
「そのようですが、ホウジョウ家も南で動き出そうとしており、構っている余裕がないようです」
カイドウ家がミヤモト家をちょっと突付いた事で、ハジリ島全体が戦乱に巻き込まれようとしていた。
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