第160話 バラペ王国の繁栄
チュリ国の西にあるバラペ王国、その南端にある町ベクにカイドウ家の者が住んでいた。カイドウ家が買い取ったビシェンナ亜鉛鉱山を経営するナカムラ・シゲカツである。
朝早く起きたナカムラは、使用人に朝食の用意をさせた。ナカムラが経営する鉱山の従業員は、ほとんどがバラペ人である。
「ナカムラ様、今日は豚肉と生姜のお粥にしました」
屋敷の料理人が作った朝御飯をナカムラは美味しそうに食べた。この国では朝食の定番は、お粥なのだ。
ビシェンナ亜鉛鉱山はベクの町から、半日ほど歩いた山の中にある。そこにもカイドウ家の者が居るが、それらの者たちを差配しているのが、ナカムラである。
ナカムラの住んでいる屋敷は、アマト州の職人たちが建てた木造二階建ての建築物であり、ホクトで流行している様式を数多く取り入れている。
朝食を食べ終えて仕事をしていると、使用人のカオサイが来て来客だと告げる。客はベクで雑貨屋みたいな店を経営しているメチャイである。
「ナカムラさん、今日は頼みがあって来たよ」
「何でしょう?」
「蚊取り線香が大量に欲しいんだ。ミケニ島から取り寄せてくれないか」
「へえー、ここでも蚊取り線香の評判はいいんだね?」
「ああ、ベクは蚊の多いところだからね」
「分かった。十箱ほどでいいか?」
メチャイはちょっと考え、
「いや、二十箱にしてくれ。それに定期的に欲しいんだ」
「そんなに売れているのか?」
「首都のヤナックから買いに来る人も居たよ」
ナカムラは承知した。大量に購入して首都のヤナックでも売ったら儲かるかもしれない。バラペ王国では、アマト州との交易が盛んになり、アマト州で作られた様々な商品が売られるようになった。
特にカイドウ家で作らせている作務衣が人気のようだ。カイドウ家ではちょっとした庭仕事をする時の作業着として使われているが、バラペ王国の男たちは丈夫なのが気に入って一日中着ている。
原料である綿は、コンベル国から輸入しアマト州で糸にして布に織り上げる。これらの工場では多くの女性が働いている。カイドウ家では女性が外で働く事を奨励しているのだ。
それらの外で働く女性を助けるために、保育園などを併設している工場もあるほどだった。アマト州では、そんな工夫をして働く人を増やさなければならないほど、様々な産業が起こり多くの産物が生み出され始めている。
昼になりベクの町を統治している長老会のキラデクが会食に来た。長老というのは、仏教の指導者であると同時に行政を管理する者でもある。
「お招き感謝いたします」
キラデクが頭を下げ、ナカムラは答礼してから、キラデクを食堂へ案内した。長老たちの食事は、戒律で食べられないものがあり、料理には気を付けなければならない。
食事をしながらの会話が始まり、ナカムラはキラデクの要望を聞いた。
「今度、シャニス寺の屋根の修復をする事になったのです。そこで有志から寄付を募る事になったのだよ」
「なるほど、シャニス寺の屋根の修復ですか。いいでしょう。ビシェンナ亜鉛鉱山からも寄付いたします」
「ありがたい。感謝いたしますぞ」
ベクは首都から遠く離れた小さな町だ。寺の修復にも苦労するほど人が少ないのだ。
「私は、このベクを発展させたいと思っているのだが、何かいい方法はないだろうか?」
「ああ、それなら一つだけ方法があります。以前に御屋形様に尋ねた事が有るのです」
「ほう、それはどのようなものなのか、教えてもらえないか?」
「国土の一部に、『経済特別区』という地域を設定するのだそうです」
「経済特別区とは、何かね?」
「税や土地などに関して、外国の金持ちや国内の商人に優遇する事で、産業が盛んになるような場所を作るのだそうです」
「ふむ、良さそうな方法だが、税を優遇するとなると大長老会と陛下の許可が必要だろう」
ナカムラが経済特別区の話をしたのは、カイドウ家が他国との繋がりを強化するために、自分たちが開発を主導できる場所を求めていたからだ。
カイドウ家では大陸の国を手に入れようという野心はないが、経済発展のために、海外の港湾施設や産業には強い関心があった。
経済特別区も他国の発展というより、他国の経済にカイドウ家が食い込むための足掛かりにしたいという思惑があるのだ。とは言え、経済特別区を設定する事で、貧しい地域が経済発展する事もある。
話を聞いたキラデクは、長老会で話し合うと言って帰った。
一ヶ月後、ナカムラが経済特別区の件を忘れた頃、キラデクが訪れ経済特別区に許可が出た事を伝えた。ナカムラは交易船に乗って一時帰国する。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
俺はナカムラから報告を受け笑った。経済特別区は実現しないだろうな、と考えていたものだからだ。
「ルミポン国王は、何を考えて許可を出したのだろう?」
「もしかすると、財政的に苦しいのかもしれません」
俺は首を傾げた。バラペ王国には様々な鉱山があり、資源豊かな国だったからだ。それを指摘すると、ナカムラが首を振った。
「鉱石は安いのです。それを如何にして製錬し製品にするかという技術がなければ、豊かにはなれません」
「なるほど……さて、どうするか?」
俺は経済特別区をどうするか考えた。まずは港湾施設が必要だろう。倉庫や道路整備も必要だ。それらを建設する土地をどうするかだ。
「ルミポン国王は、土地の購入を許可したのか?」
「いえ、購入は不許可です。土地は安価で貸し出すそうでございます」
「他人の金で自国を開発させ、後に開発させた土地も手に入れようと言うのだな。ちと強欲ではないか?」
「その代わり、タダ同然で広大な土地を貸すそうでございます」
「では、五十年だ。それくらいの長期でないと採算が採れない」
ナカムラが頷いた。
「ナカムラ、バラペ王国の貨幣はどうなっている?」
「桾国の貨幣である桾銭と桾宝銀を使っており、独自の貨幣を流通させる事には失敗しております」
バラペ王国も独自の貨幣を作ろうとしたが、庶民の間であまり使われず廃れたようだ。
「ならば、淡寛銭・姫佳銀・王偉金を流通させよう。カイドウ家の貨幣が一般的に使われるようになれば、面白いと思わんか?」
「それは経済的に属国化するという事でございましょうか?」
「属国とまでは言わんが、裏切る危険は減るだろう」
「しかし、流通させるには、どうすればよろしいのでしょう?」
「鉱山労働者や工事現場の人足、カイドウ家で雇う者たちに、カイドウ家の貨幣で支払うのだ。そのためには、淡寛銭・姫佳銀・王偉金が使える店を作らねばならん」
ナカムラは笑みを浮かべる。
「作らなくとも、現地の店に協力してもらえるかもしれません」
「それならいいが、アマト州で作られる産物を売る店を、新しく建てるのも面白い」
ナカムラが頷いた。
俺はどのような港湾施設を建設し、倉庫はどれほど必要か話し合った。
ナカムラはバラペ王国に戻り、ルミポン国王と大長老会を交えて話し合った。そして、ベクの町を中心に経済特別区が設置され、その開発にカイドウ家が協力する事が決まった。
カイドウ家は、バラペ王国に経済特別区という大きな足掛かりを手に入れたのである。
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