第152話 メラ家のヨリチカ

 時間が経つのは早い。年の最後の季節となる冬になった。

「寒くなったな」

 俺は布団から起き上がって厠に行き、それから顔を洗った。


 冷たい水で顔を洗うと眠気が吹き飛んだ。奥御殿の窓から外を見るとどんよりとした曇り空である。

「雪が降るかもしれんな」

 傍で手拭いを用意しているドウセツも同意する。


「今日は、どのような予定だ?」

「午前中に草魔のハンゾウ様からの報告、午後からは船奉行ツツイ様との打ち合わせになっております」

「ハンゾウとツツイか。楽しい一日となりそうだ」


 フタバや子供たちと一緒に朝食を食べる。次男のハヅキも二歳となった。息子たちが成長してカイドウ家を引き継ぐまで、二十年以上掛かるだろう。


「父上、またカレーが食べたいです」

 フミヅキはカレーの魅力に嵌ったらしい。俺はまた作ってやると約束した。


「ミナヅキ様、カイドウ家は北にあるチトラ諸島を支配下に置いたそうですが、その島々には何が有るのでございますか?」


 フタバに地政学的な価値を言っても仕方ない。フタバが聞きたいのは、チトラ諸島で入手できる産物の事なのだ。

「チトラ諸島では、先日食べたタラバガニはもちろん、様々な海の幸が豊富なのだ」


 フタバは頷いた。だが、何か納得できないという顔をしている。

「ですが、その島々は遠いと聞いております。ほとんどはミケニ島に運ばれる前に、傷んでしまうのではないですか?」


 フタバが保存方法や賞味期限を問題にしているのだと分かった。チトラ諸島の海で取れた魚は、塩漬けや干物にするくらいしか保存方法がない。


 フタバはカイドウ郷からホクトへ引っ越してから、海の魚をよく食べるようになった。だが、その頃から青魚などが足が速いと聞くようになり、それを心配しているのだ。


「塩漬けや干物にすれば、保存が効くようになる」

「ですが、それは塩を大量に使うと聞きました。ミナヅキ様は塩の取り過ぎは身体に良くない、と言っておられたではありませんか?」


「そうだな。それは本当なんだが……」

 その他の保存方法となると……瓶詰め・缶詰・冷凍だろう。瓶詰め・缶詰は瓶や缶が大量生産できない間は、できた製品が高価なものになりそうだ。


「何か方法を考えてみよう」

 俺はフタバに約束した。朝食が終わり仕事部屋に行っても、海産物の保存方法について考えていた。


 一番大量に保存できそうなのは、冷凍機を開発する事だ。難しそうに思えるが、カイドウ家ではスターリングエンジンを開発済みである。


 そのスターリングエンジンの原理を利用したスターリング冷凍機というものがある。スターリングエンジンは気体を暖めると膨張し冷やすと収縮するという気体の性質を上手く利用して動いている。


 つまり熱を吸収しピストン運動に変えていると言える。そこでスターリング冷凍機の原理だが、ピストンの動きを外部の動力で強制的に行い、熱吸収を強制的に行う。よって、スターリングエンジンでは加熱していた部分が冷却されるというものだ。


 俺はスターリングエンジンを開発したスギウラに、スターリング冷凍機の開発を頼んだ。

 それと同時に瓶詰め製品と缶詰を製作してみた。瓶詰めはジャムや野菜の酢漬けなど、缶詰は果物や魚肉の水煮を試す。


 どれも保存食として商品になるものだったが、入れ物である瓶や缶が高価であるために、軍用品か航海用の食料に限定されるだろうという結果になった。


 但し、酢漬けを作るための瓶は人気が出るだろうと言う者が多かった。家庭で酢漬けを作り、繰り返して使うなら需要があるというのだ。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 カイドウ家が穏やかな日々を過ごしている頃、イマガワ家とメラ家の戦いは大詰めを迎えていた。兵力の多いイマガワ軍が、メラ軍をクマノ郡から追い出したのだ。


 カツウラ郡に追い返されたメラ軍は窮余きゅうよの一策として、ハジリ島の守護大名ハツシカ家に支援を頼んだ。メラ家の当主ヨリチカの正妻がハツシカ家の一族だったからだ。


 ハツシカ家の当主レイセン・ナオヨリは、ミケニ島で起きている戦に巻き込まれる事は嫌だったらしい。そこで仲裁を買って出た。


 ナオヨリの従兄弟であるムネタカをイマガワ家の当主タカミツの下に送ったのである。

 ムネタカとタカミツは、イマガワ家の居城で話し合いを行った。


「讃岐督様、メラ家も反省しておるようです。ここは手打ちにいたしませぬか。このままではカイドウ家が喜ぶだけでございます」


 カイドウ家という言葉を聞いたタカミツは、渋い顔をする。そんな事は分かっているのだ。しかし、苦労して同盟を結んだのに、それを壊そうとするメラ家のやり様に腹が立った。


「手打ちにしても良い。だが、メラ家当主である肥前督殿には、腹を切っていただきたい」

 ムネタカは顔をしかめた。

「それは少し厳しい。隠居という事では、どうでございましょう?」


 タカミツは鼻で笑った。

「クマノ郡タカハシ家は、滅んだのですぞ」

 ムネタカはもっともだと思ったが、それではメラ家が承知しないだろうと思った。そこで巧みな交渉術で、肥前督を隠居させるという事で決着をつけた。


 メラ家とイマガワ家との戦は、メラ家の当主ヨリチカが隠居するという形で終戦した。

 息子のサダトシに当主の座を譲り渡し隠居したヨリチカは、何を考えたのかチュリ国のエナムへ渡った。


 エナムはハン王が王宮を築いている場所である。ヨリチカはチュリ国で暮らしながら短時間で言葉を覚えた。語学に関して天才的な才能をヨリチカは持っていたらしい。その後、ハン王の家来であるパク・ウヌという男に取り入った。


 このパク・ウヌは、ハン王の財務を管理する官吏だった。

「パク殿、ハン王陛下は王宮を建てているようでございますが、王家はどうやって資金を工面するつもりなのです?」


 パクの家で酒を酌み交わしながら、ヨリチカが問い掛けた。それを聞いたパクが顔をしかめる。

「その事を考えると、頭が痛くなる。領土の半分を桾国軍が取り返してくれたが、桾国軍は取り返した土地の領民から、あらゆる物を略奪した」


 桾国軍は補給が上手くいっていなかったようで、食料や財貨をチュリ国の民から奪ったらしい。土地によっては、イングー人より桾国人を憎んでいる国民も居る。


 そんな状態なので王宮建設など行える財政状況ではなかったのだ。なのに、ハン王は王宮建設を断行させた。パクは正気の沙汰ではないと思ったが、国王には逆らえない。


「しかし、イングー人が残していったものもあるのでは?」

「例えば?」

「エナムの湊に残っていたイングー人の船でござる」


「残っているのは、壊れている船だけではないか」

「修理すれば、使えるものも有るようですぞ」

「本当か? だが、修理できる船大工が居ない」


「一つだけ買ってくれるところを知っていますぞ」

「ほう、どこでございますかな?」

「ミケニ島のカイドウ家でございます」


「しかし……壊れている船ですぞ」

「カイドウ家は貪欲な家なのです。イングー人の技術を盗めると思えば、買うでしょう」

「ふむ、面白いところに目を付けましたな。問題は金額です」


 ヨリチカは金額を示した。その数字を聞いたパクは、思っていた以上の金額だったので驚いた。そして、ニヤリと笑う。


「ちょっと相談が有るんだが、もし、この金額で売れた場合、一割ほどを我らで分けないか?」

 ヨリチカもニヤッと笑った。

「いいですな。苦労するのは我々なのですから、当然の事でしょう」


 ヨリチカはミケニ島へ戻り、カイドウ家のホクトに向かった。そして、ホクト城へ行くと、自分が元メラ家の当主であったメラ・ヨリチカであると名乗り、船奉行に会いたいと伝えた。


 門番は船奉行ではなく、評議衆であるトウゴウに報せた。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 俺はトウゴウから、メラ家の当主であったメラ・ヨリチカが来ている事を知らされた。そこで、ヨリチカに会ってみる事にする。


 応対之間に呼び出したヨリチカは、堂々とした体格で鋭い目付きをした男だった。挨拶を交わした後、俺はヨリチカに向けて声を掛けた。

「ヨリチカ殿、まずは礼を言っておこう。カイドウ家のために同盟にくさびを打ってくれた事を感謝する」


 ヨリチカは顔を歪めてから頭を下げた。

「カイドウ家のために、力になれたとしたら光栄でございます」


 この男、面の皮が厚いようだ。俺の皮肉にもびくともしない。

「ふむ、それでヨリチカ殿は、何用でカイドウ家を訪ねられたのか?」


 チュリ国のエナムに残っているイングド国の艦船を買っていただきたいと、ヨリチカが言い出した。

「ふむ、確か残っている艦船は、壊れていたはずだ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る