第142話 ホクトのドウセツ
ドウセツの家族は、フジマルと一緒にホクトへ向かった。クルタからタカハマ湊へ行き、船でホクトに到着する。
「ミオ殿、大丈夫ですか?」
フジマルがドウセツの母親を気遣って声を掛けた。
「船に乗った最初は、少し気分が悪くなりましたが、もう大丈夫でございます」
船を降りたドウセツは、目の前に広がる町並みを目にして驚いた。
「ホクトは、大きな町なのですね」
「アマト州の都になる町だからな」
ドウセツは聞き慣れない言葉に首を傾げた。
「都でございますか?」
「天駆教国の時代にあった都を知っているだろ?」
戦国時代が始まる以前、天駆教を国教とする国が存在した頃、ミケニ島の南側、現在のカツウラ府がある場所に都があったらしい。
「ええ、現在は跡形もなくなっていると聞きました」
「御屋形様は、ミケニ島を統一したら、ホクトを国の首都と定め、ここを中心に国を運営すると仰られている」
「凄い事でございますね」
フジマルは頷き、クロダ親子をナイトウ家の屋敷に案内した。
「御屋形様から頂いたナイトウ家の屋敷だ」
クルタにあったナイトウ家の屋敷の半分ほどの敷地に見慣れない様式の屋敷が立っている。周りの屋敷も似通っているので、これがカイドウ家では普通なのだろう。
屋敷の窓が太陽光を反射して光っている。ドウセツがフジマルに顔を向け尋ねた。
「あれは?」
「ああ、板ガラスを嵌め込んだものだ。スモン郡のガラス工場で作られたものが、ホクトに運ばれて屋敷に使われているのだ」
「高いものではないのですか?」
「多少は高い。だが、部屋は明るくなるし、隙間風が入らぬから、冬も暖かく過ごせる」
ドウセツが感心して頷いた。屋敷に入ったクロダ親子とフジマルの母親サナエが挨拶する。ミオとサナエは親しい間柄であったので、それぞれの近況を話した。
「サダナガ殿は、軍務方の教育隊に居られるのですか?」
「そうなのです。新兵に交じって鉄砲や大砲、それに世界についての勉強をしているようです」
ドウセツはクジョウ家の名将と呼ばれたナイトウ・サダナガが新兵と交じって勉強というのは酷いと感じた。
「サダナガ殿は、怒っているのではありませんか?」
サナエが楽しそうに笑う。
「とんでもない。あの人は、勉強がこれほど楽しかった事はない、と言っておりました」
「楽しいのでございますか?」
「ええ、子供のように興奮しておりました。カイドウ家の教育は、他とは違うのだそうです」
フジマルがドウセツに目を向けた。
「ドウセツ殿は、御屋形様の小姓をしながら、勉強する事になる。大変だが頑張ってくれ」
「はい、頑張ります」
サナエがミオに顔を向けた。
「ところで、ホクトでの暮らしですが、二通り考えております」
「どのようなものでございましょう?」
「この屋敷で一緒に生活するというものと、庶民用の小さな借家を借りて生活するというものです」
ミオが困ったような顔をする。その顔を見て、フジマルは察した。
「毎月の
家禄は代々に渡ってカイドウ家に貢献した実績で評価され与えられる。これは貢献した家臣に土地を与える代わりに出来た制度である。なので、実績のないクロダ家は家禄の額など僅かなものだ。
ただ当主の小姓という役職は、職禄が割と高いので生活に困る事はないだろう。フジマルはそう説明した。
「それでは、庶民用の借家を借りて生活したいと思います」
「ミオ殿、遠慮は無用ですよ。この屋敷には使っていない部屋が余っているのですから」
「いえ、ドウセツの将来を考えると、ここでナイトウ家の皆様に甘えてしまうのは、良くないと思うのです」
「分かりました」
ドウセツとミオは、下町にある借家を借りて生活する事になった。そして、初めてホクト城へ登城する日には、フジマルが案内してくれた。
「ホクト城は、高台の上に建てられたのでございますね」
「いや、あの城は山だったものを、カイドウ家が切り崩して、高台にした後に建設したものだ」
「なんと、山を切り崩したのでございますか? 途方もない金銭と人が必要だったはずですが」
「まあ、そうなのだが、切り崩した土砂で、海を埋め立てて町を広げているのが、このホクトという町なのだ」
「まだ、広げているのですか?」
「そうだ。どこまで広くなるのか、御屋形様しか分からないのではないかな」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
俺が手紙を書いていると、サコンが声を掛けた。
「御屋形様、クロダ・ドウセツ殿が来られました」
「ああ、ナイトウが推薦したクロダ殿の息子だったな。会おう」
仕事部屋に入って来た子供は、額が広い少年だった。
「お会いできて、光栄に存じます。クロダ・ドウセツでございます」
「カイドウ・ミナヅキである。クロダ・ムネトシ殿の事は聞いている。生きておれば、カイドウ家に召し抱えて、一線で働いてもらったのだが、残念だ」
ドウセツが複雑な表情を浮かべて頭を下げた。
「戦場での事でございますれば、致し方ありません」
「カイドウ家を恨んではおらぬか?」
ドウセツは否定した。それを見た俺は頷いた。
「そちがクルタで神童と呼ばれていたと聞いた。何が得意なのだ?」
「ものを覚える事が得意なのでございます」
「ふむ、記憶力がいいという事か、ならば、今から数字を言う。それを覚えよ」
「畏まりました」
「サコン、数字を記録せよ」
「ハッ」
とサコンが承知した。
「3141592653589793238462643」
俺は円周率の数字を並べて言った。
「どうだ、覚えたか?」
ドウセツは力強く肯定する。だが、サコンが困ったような顔をしている。
「どうした?」
「御屋形様が速すぎて、半分ほどしか書き留められませんでした」
俺は溜息を漏らし、
「仕方ない。ドウセツ、繰り返してみよ」
「3141592653589793238462643、でございます」
俺は頷いた。合っている。記憶が良いという言葉に嘘はないようだ。
「いいだろう」
今までどのような事を勉強したか、興味のある分野は何かを尋ねた。ドウセツは歴史に興味があるらしい。これくらいの子供にしては、珍しいのではないか。
「俺は歴史については、詳しくない。ただ歴史は現在の積み重ねだと思っている。広く世界に目を向けて、歴史を記録する者になるのだな」
「歴史を記録する者でございますか?」
「そうだ、カイドウ家は歴史を作る家だ。俺が作る歴史を記録して、後世に残せば、それだけで貴重なものになるだろう。……なんてな。サコン、今のはカッコ良かったんじゃないか?」
サコンが首を傾げた。
「まあ、そうでございますね。記録に残しておきましょう。御屋形様が歴史書として記録を残したいと言い出された時は、大変でしたが、ドウセツが来てくれたので、楽になるでしょう」
「この事業は、カイドウ家の歴史だけではなく、ミケニ島の歴史、極東地域の歴史、列強諸国の歴史も整理するつもりなのだから、ドウセツには頑張ってもらうぞ」
ドウセツは歴史の記録係として期待されているらしい。
部屋の外でホシカゲの声が聞こえた。ホシカゲを中に入れると報告を始める。
「御屋形様、始まりました」
「桾国とイングド国の戦いが始まったのか?」
「桾国が三万の兵を集め、チュリ国へ進軍を開始したという報告が届きました」
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