第5章 建国編
第141話 バラペ王国とドウセツ
最近暑い日が続いている。ホクトは海風が吹くので内陸部よりは過ごしやすいのだが、暑い。
ミケニ島の三分の二を支配下に置いたカイドウ家は、拡大した領地を掌握するために内政に力を入れ始めた。
「トヨモリ、ミカグラ郡にある石油精製工場の生産はどうなっている?」
「報告によりますれば、昨年の三倍になるという事でございます」
モロス家老の息子であるトヨモリが、報告する。計画通りだ。このまま順調に工場が拡大すれば、灯油がカイドウ家最大の収入源となるだろう。
「エサシ郡のクナノ平原はどうだ?」
「用水路と溜池の工事が進んでおり、畑を水田に変えた農民も居るようです」
クナノ平原というのはクナノ河の西側に広がる大地で、畑は可能でも水田は無理だろうという土地だった。降水量がそれほど多くないので、稲作が難しかったのだ。
領民の中には畑で作る米『
俺はクナノ河の水を利用しようと考え、用水路と溜池を建設した。雨の多い時期に溜池へ水を溜め、その水を水田で使うのである。洪水対策にもなるので一石二鳥だ。
小麦などより米の収穫量は多いので、エサシ郡の石高は増えるだろう。昨年までは十一万石だった石高も、十五万石まで増えるかもしれない。
「フナバシ、イズナ山の金鉱はどうだ?」
ニコリと笑ったフナバシは、俺に報告書を差し出した。
「報告書にもあります通り、イズナの金鉱脈は素晴らしいものでした。バラペ王国から金を輸入する必要はなくなるでしょう」
バラペ王国は、金属資源が豊富な国だ。金・亜鉛・鉛の鉱山が多数あり、カイドウ家は金の輸入もしていた。その代わりアマト州からは、穀物・陶磁器・綿織物・ランプ・灯油・武器などを輸出している。
「いや、今まで通り金の輸入はしてくれ、金貨の発行量を増やす事にする。金貨にしない金は、延べ棒にして貯める」
「理由を教えて頂いてもよろしいですか?」
「バラペ王国は、歴史的に桾国との繋がりが強い。属国ではないが、経済的には桾国の支配下にあると言っていいだろう。カイドウ家としては、バラペ王国の金属資源が、これから先も欲しいので、交易量を増やし経済的な繋がりを強くしておきたいのだ」
フナバシは納得した。
「それで、バラペ王国から買い取ったビシェンナ亜鉛鉱山はどうだ?」
「順調です。カイドウ家の採掘技術を導入したので、採掘量も増えております。ただ気掛かりな事が一つございます」
「何だ?」
「鉱夫たちの待遇を改善した事により、周りの鉱山との格差が広がりました。それにより他の鉱山主が、カイドウ家に不満を持ち始めたようです」
他の鉱山主がカイドウ家に不満を持つ? 俺にはちょっと理解できなかった。
「なぜカイドウ家に不満を持つ。他の鉱山の鉱夫が、そこの鉱山主に対して不満を持つというのなら、分かるのだが」
フナバシが頷いた。
「その通りございます。鉱夫たちは鉱山主に不満を持ったのです。そして、鉱山主に待遇改善を要望したようでございます」
鉱夫たちの要望を受け入れて待遇を良くすれば、鉱山から上がる利益が減る。他の鉱山は従来通りの非効率な採掘方法と昔ながらの道具を使っているので、採掘量がそれほど多くない。膨大な利益を上げているという訳ではないのだ。
そんな状況なので、鉱夫たちから要望など拒否したかった。だが、要望を全て拒否したのでは、鉱夫たちが納得しない。それで一つ二つだけ要望を受け入れ妥協したようだ。
結果として、鉱山からの利益が減り鉱山主はカイドウ家への不満を持ち始めたらしい。
「ビシェンナ亜鉛鉱山は大丈夫なのか?」
「それらの鉱山から採掘される金属を、相場より少し高く買う事で、鉱山主の不満を宥めました」
「それらの金属というのは何だ?」
「銀と鉛でございます」
両方ともカイドウ家が必要としている金属だ。少しくらい高くても、他国で問題を起こす事を回避できるのなら、安いものだろう。
「他に何か報告する事は有るか?」
「カイドウ家が発行する貨幣、淡寛銭・姫佳銀がバラペ王国でも使われ始めました」
「バラペ王国では、金貨は使わぬのか?」
「はい。桾国が金貨を使わないので、バラペ王国でもあまり使われていないようです。但し、交易商人だけは使っております」
勘定方の報告を聞いた俺は、武将たちに質問した。
「トウゴウ、クジョウ家の武将だった者たちの中で、カイドウ家に仕える事を承知したのは、何人だ?」
「合わせて三百六十六名でございます」
「少ないな。カイドウ家は恨まれているのか?」
「恨まれていないとは言えませぬが、それが戦国の世というものです。クジョウ家の者は、主家を失った武人がどれほど大変かを、まだ知らないのでございます」
そんなものかと、俺は頷いた。
「ならば、募集を後半年続けよう」
「承知いたしました」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
クジョウ家で名将と呼ばれたナイトウの息子フジマルは、久し振りにクルタに戻って来た。フジマルが最初に行ったのは、クルタ城である。
クルタ城は野戦砲の攻撃で廃墟となっていた。美しかった白壁に穴が開き、屋根瓦が落ちている。廃墟になったクルタ城を見て、フジマルは無常を感じて吐息を漏らす。
フジマルは武家屋敷が多い地域に向かった。ここに父の同僚であったクロダの家族が残っているはずなのだ。見覚えのある屋敷が見えてきた。
その屋敷の前に立ち、声を張り上げようとした時、中から声が聞こえた。
「フジマル様」
中から現れたのは、名将クロダ・ムネトシの息子ドウセツだった。
「おお、ドウセツ。元気にしておったか?」
「はい。ですが、母上が……」
「どうした。ミオ殿が身体を悪くされたのか?」
ドウセツが暗い表情をした。
「いえ、気の病です。父上が討ち死にされたと聞いて、塞ぎ込まれたままなのです」
フジマルは心配そうな表情を浮かべた。
ドウセツが案内して、フジマルを屋敷の奥へと連れて行った。屋敷はガランとしている。人の気配がしない。
「使用人たちはどうした?」
「皆、離れていきました」
フジマルが少し怒った顔で頷いた。薄情だと感じたのだが、人間は働かなければ食べていけない。
「親族はどうした? ドウセツには叔父が居たはずだ」
「御屋形様が腹を召された数日後、叔父たちが来て、クロダ家が貯めていた財貨を勝手に分配した後は、近付こうともしません」
「何という事だ。薄情にもほどがある」
フジマルは屋敷の奥へ行き、ドウセツの母親であるミオに挨拶した。
「フジマル殿、よく来てくださいました。ですが、我が家にはもてなすものもありません。本当に申し訳も……」
ミオは悲しいというより、怒りを秘めた表情を浮かべていた。使用人や親族の仕打ちが恨みとして心に巣食っているのだろう。
このままではダメだとフジマルは思った。
「本日、某がここへ来たのは、ドウセツに仕官先を紹介しようと思ったからです」
ドウセツが驚いて声を上げる。
「私のような若造を、召し抱えてくれるという方が居られるのですか?」
「ああ、御屋形様が才能のある小姓を探しておられる。そこで父が、クルタの神童と呼ばれていたドウセツを思い出された」
「御屋形様? それはカイドウ家の月城守様でございますか?」
ミオが確認した。フジマルが肯定すると、ミオは顔を息子に向けた。
フジマルもドウセツに顔を向ける。
「もしかして、ムネトシ様の
「いえ、戦場で父は亡くなったのです。誰を恨むつもりもありません。恨むとしたら、薄情な叔父たちです」
クロダ家の財貨のほとんどを叔父たちに奪われたので、困窮した生活をしていたらしい。よく見るとドウセツの手が荒れており、爪の間に黒い土が入っている。庭の一部を畑に変えて、作物を栽培していたようだ。
「クルタを離れ、ホクトへ来ないか?」
ドウセツが難しい顔をする。
「月城守様は、どのような方なのです?」
「お優しい方だ。だが、恐ろしい方でもある」
フジマルは知っている限りの事をドウセツに話した。
「カイドウ家は、バラペ王国とも交易をしているのですか。凄いですね」
「クジョウ家もイングー人と戦ったが、カイドウ家はイングー人や桾国人とも戦っている。ミケニ島の中だけを考えていればいいという小さな大名ではないのだ」
それを聞いたドウセツは深く考え答えた。
「カイドウ家に仕えます。フジマル様、よろしくお願いいたします」
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