第134話 商人の見識

 コウリキとの話を終えた俺は、展望台に登ってホクトの町を見下ろした。戦をしている最中だというのに、ホクトの町は拡大を続けている。


 アポール教会の武装商船から攻撃を受けたが、死傷者の数が多くはなかったので、ホクトの町に不安は広がらなかったようだ。


「御屋形様、樽﨑屋カヘエ様と三島屋ヒコスケ様が来られました」

 サコンが報告した。樽﨑屋と三島屋はホクトでも指折りの商人である。樽﨑屋は交易区でアムス人を相手に大きな商売をしており、三島屋は自前の船で桾国と取引をしている。


「ここに案内しろ」

「ここへでございますか?」

「いい風が吹いている。椅子とテーブルを用意しろ。それと飲み物は冷たい麦茶でいい」

「畏まりました」


 家臣たちがテーブルと椅子を運び込み、麦茶の用意をする。サコンが樽﨑屋と三島屋の二人を連れて現れた。樽﨑屋は四十前の商人で、ヒコスケは四十を少し過ぎたほどの商人である。


 二人とも顔には笑顔に浮かべて愛想よくしているが、その目には鋭いものを潜ませていた。

「お会いできて光栄に存じます。三島屋ヒコスケでございます」

 初めて会うヒコスケが先に挨拶して、次にカヘエが挨拶する。


 俺は挨拶を返して、二人に座るように言う。ヒコスケは遠慮していたが、カヘエが先に座ると自分も座った。

「樽﨑屋、相変わらず儲けているようだな」

「いえいえ、手前どもの儲けなど、僅かなものです」


 樽﨑屋はホクトの中心に大きな店を新築している。以前の店が手狭になったので、新築したらしい。三島屋も店を新築している。どちらも巨万の富を掻き集めているようだ。


 特に三島屋は、桾国から絹織物や綿織物を輸入して、ホクトで販売するという商売が当たり大儲けしていると聞く。


 俺は笑ってから用件を切り出した。

「そちたちは、桾国人や列強人から、アポール教会の話を聞いた事がないか?」

 カヘエは頷いたが、ヒコスケが顔をしかめた。


「三島屋、何か有るのか?」

「桾国で人を売買している者どもが居るのでございますが、それにアポール教会の者たちが関与しているという噂を聞きました」


 アポール教会は奴隷商人とも関わりがあるらしい。

「それは桾国人を奴隷にしているという事か?」

「困窮している桾国人を、仕事が有ると言って集め、射杯省にある炭鉱へと送っているようでございます」


「それは仕事の斡旋ではないのか?」

「送られた者たちは、一人も帰って来ないのでございます。しかも、その炭鉱近くの海で死体が発見されたという事件が多発しているようです」


 俺は眉間にシワを寄せた。そのような事が多発するとなれば、ゆくゆく耀紀帝の耳にも入るだろう。その時は必ず戦となる。


「そう言えば、交易区に出入りする桾国人の中に、火縄銃を求めている者が居りました」

 カヘエが思い出したように言った。

 桾国の軍部に戦が近いと考えている者も居るのだろう。


 俺は麦茶を一口飲んだ。二人にも勧める。二人とも喉が渇いていたようで、一気に飲み干した。サコンが麦茶を注ぎ足す。


「ふむ、そうなると、火縄銃の生産も増やすか」

 俺の言葉を聞いたカヘエが目を光らせた。

「新型銃ではなく、火縄銃という事は、桾国に武器を売るおつもりでございますか?」


「カイドウ家としては、イングー人が桾国を荒らす事を好ましく思えない」

「なぜでございましょう?」


「イングド国は、他国の一部を占拠すると、そこの住民を兵にして、周りを攻めるという策を取る。桾国が侵略されれば、桾国人を使って、ミケニ島を攻めるという事も有るだろう」


 ヒコスケとカヘエが苦虫を噛み潰したような顔をする。ヒコスケが尋ねた。

「イングー人が占拠したところの商人は、どうなるのでしょう?」

「自由に商売はできなくなる。それどころか、財産を取り上げられ、牢屋に入れられるかもしれんな」


 ヒコスケがゴクリと唾を飲み込んだ。

「それは、なぜでございますか?」

「イングー人は原住民、この場合なら我々だが、その中の商人が儲ける事を嫌がる」


「イングー人だとて、税を取るのではありませんか?」

「ああ、商売ができなくなるほど、搾り取るそうだ。商人が儲けた金で武器などを買い、反抗勢力に渡さないようにするためだ」


 樽﨑屋カヘエが少し青くなった顔で尋ねる。

「ミケニ島は大丈夫なのでしょうか?」

「カイドウ家は、列強諸国に侵略されないように、準備をしている。装甲砲艦や新型銃、大砲などを造っているのは、そのためでもある。しかし、カイドウ家が天下を取った訳ではないからな」


「月城守様は、天下を取られるでしょう。商人たちの間では、そう言う者が大勢おります」

「嬉しい事を言う。だが、クジョウ家が相手だ。容易な事ではない」


 カヘエがにこやかに笑った。

「スザク家は、風前の灯火だと言うではありませんか。カイドウ家がクジョウ家を降せば、天下が目の前に見えてくるのではありませんか?」


「そうだな。だが、カイドウ家は大きくなる速度が速すぎた。内政を充実させぬうちに、どんどんと領地が広がるので、支障が出ている」


 カヘエとヒコスケが顔を見合わせた。カイドウ家が大きくなるのに合わせて、店を大きくしようとしているのだが、人材の問題や輸送の問題などで支障が出ている。


「それは理解できますが、解決するには時間が必要でしょう」

 俺は二人の顔を見た。

「そこでだ。二人に協力して欲しい事がある」


 それを聞いた二人が緊張した顔になる。

「カイドウ家が、アマト政武館という学校を設立した事は、知っておるな」

「はい、存じております」「存じております」

 二人がほとんど同時に返事をした。


「カイドウ家では、学校を増やすつもりでいるが、それは役人や軍人に向いた人材を育成するためのものだ。商人に向いた人材を育成するには、別の学校が必要だろう。商人たちを集めて寄付を募り、そのような学校を造れぬか?」


 年上であるヒコスケが、代表して答える。

「それは命令なのでしょうか?」

「違う。提案だ。嫌だというのなら、従わなくとも良い。だが、商人たちも人材不足で困っているのではないか?」


 二人は頷いた。

「ですが、大工や左官、他の職人を育成する職業訓練学校というものを、カイドウ家で設立すると聞きました。同じように、商人向けの人材を育成する学校は造らないのでございますか?」


「大工や左官は、学校を造れるほど儲けておらん。しかし、商人はどうだ? たっぷりと儲けておるのではないか」


 俺に言い返されたコウスケが、顔を強張らせた。その顔を見て付け足す。

「不満げな顔だな。少しこころざしが低いのではないか?」


 カヘエが理解できないという顔をする。

「志と言われるのは、何でございましょう?」

「お主たち商人は、何のために商人になったのだ?」


「何のため? 手前は生まれた家が貧しかったので、金を儲けてやろうと思い商人になりました」

「では、もうたっぷり儲けたであろう。後は何する。もっと儲けて、金を残して死ぬのか?」


 俺は二人の商人と話して、商人の視野が思いの外狭いのに気付いた。商売に利するかどうかだけしか考えていないのだ。



「月城守様は、儲けているから学校を造れと言われますが、不公平ではございませんか?」

 俺は冷めた目で二人を見た。

「そう思うのなら構わぬが、商人向きの人材を育成する学校を設立するのは最後になるぞ」


 そう言われて、二人は考え込んだ。商人になりたいという子供は多い。だが、そんな子供を一人前に育てるのは大変な苦労がある。


「ホクトの商人を集めて話し合ってみます」

 そう言って二人の商人が帰った。俺は溜息を漏らす。外国を目にしたはずの商人でさえ、世の中について深く考えていないようだ。


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