第109話 イングド国の艦隊
桾国に潜り込んだ影舞たちからの報告では、チュリ国は定期的に自国の美女と銀を桾国皇帝に献上していたようだ。だが、チュリ国がイングー人の支配下に置かれ、それがなくなったのが、耀紀帝は気に入らないらしい。
ちなみに、イングー人が湊町の建設を始めたエナム地方は、美女が多いと言われている地方である。耀紀帝に献上された美女の多くはエナム地方の出身だったようだ。
「耀紀帝は、確か還暦を超えていたはず。それに後宮には美女千人が居ると聞いている。それでも新しい美女を欲しがっているのか?」
「桾国皇帝の中には、後宮に三千人の美女を置いていたという皇帝もおりますので、耀紀帝はまだまだと思っているのかもしれません」
「それだけ精力を使ったら、早死にしそうなものだが、相変わらず元気なのか?」
「政務には、それほど関心がないようですが、元気なようでございます」
俺はフタバ一人で十分だと思っているのだが、耀紀帝は女性を一人の人間として見ていないのかもしれない。
「チュリ国を占領したイングー人は、どのような動きをしている?」
「ファソン湾に建設している港湾施設から推測しますと、大規模な艦隊を本国から呼び寄せるのではないかと思われます」
「厄介なものを……それに備えて、大規模な艦隊が必要になるかもしれんな」
「あの帆船を増やすのでございますか?」
サコンが思わず質問を口にした。言ってから、しまったという顔をする。
「いや、キャラベル船より大型の軍船が、チュリ国へ来るはずだ。それと戦えるような軍船が必要になる」
ホクトで建造しているキャラベル型帆船は、二本のマストを備える全長二十五メートルほどの帆船である。西の列強諸国では、五十門以上の舷側砲を搭載した戦列艦が造られていると聞く。
当然、その戦列艦もチュリ国へ来るだろう。大型軍船を建造するには時間が掛かる。短期間で同じ数の戦列艦を用意するのは、さすがに無理だ。何か別の戦力を考えるべきだろうか?
俺は評議衆を集めて、評議を開く事にした。評議部屋にイサカ城代・トウゴウ・フナバシ・コウリキが集まった。クガヌマだけは、キリュウ郡へ行っているので参加できない。
「御屋形様、何かございましたか?」
トウゴウが尋ねた。俺はホシカゲにもう一度チュリ国の説明をさせた。
「イングド国から大艦隊が来るか。……その規模はどれほどなのでしょう?」
「詳細は分かりません。ですが、ファソン湾の港湾施設は、四十隻から五十隻を停泊できる規模だと報告がありました」
最大五十隻、その半分が輸送船だとしても帆走軍艦が二十五隻ほどチュリ国へ来る事になる。また輸送船に乗っている兵士の数を考えると頭が痛い。
「本当に、艦隊が来るのであろうか? 交易船のために港湾施設を建設しているのではないか?」
イサカ城代が質問した。
「それはありません。交易船のための港湾施設は、別に建設を開始しております」
「ふむ、なるほど。イングー人は艦隊を呼び寄せて何をさせるつもりなのでしょう?」
コウリキが疑問を口にした。俺は頷いてから予測を答える。
「たぶん、チュリ国のような大陸の小国を占領して、植民地化しようと考えているのだろう」
列強諸国が東部にある大陸の国を植民地化するのは、チュリ国が初めてだった。だが、十数の中東の国や島国を植民地化している。
「それならば、輸送船だけでよろしいはず」
小国だけだったら、輸送船だけで良かっただろう。だが、東部には大規模な海軍を持つ国が一つだけある。桾国は大規模な海軍を持っているのだ。
その事を指摘すると、コウリキが眉間にシワを寄せた。
「イングド国は、桾国まで植民地にしようと考えているのでござろうか?」
桾国がどれほど巨大か知っているコウリキには、イングー人が桾国の領土を掠め取ろうとしているのを、無謀だと思えるのだ。
「イングー人も桾国全土を奪おうと考えている訳ではないと思う。俺なら海岸線の地域を奪って、桾国を内陸に押しやろうと考える」
その言葉を聞いた評議衆が顔を強張らせた。
「御屋形様は、そんな事を考えておられたのですか?」
フナバシが声を上げた。
「俺なら、そうするかもしれないという話だ。そんな事を実行しようと考えた事はない。大体ミケニ島の統一もできていないのに、桾国に手を出すはずがないだろう」
トウゴウが鋭い目を俺に向けた。
「天下統一されたら、桾国に手を出す事も有りだと?」
「いや、耀紀帝の治世が悪すぎる。桾国に将来はない」
コウリキが首を傾げた。
「それならば、桾国に弱点が有るという事です。十分狙えるのでは?」
「桾国はこれから荒れると思う。それを抑えて自領に組み込むのは面倒だ。それに、言葉も違えば、生活習慣も違う国を植民地化する事と、言葉が通じて生活習慣も同じ郡や州を切り取って自領に組み込むのは違う事なのだ」
植民地化はミケニ島の内部で行っている他領を奪い、その領民を組み込む事とは違うと説明した。
「桾国との交易を盛んにさせようと考えているが、取り敢えず桾国は放置だ。但し、イングー人の動きには注意して、ミケニ島に攻め込んでくるのなら、追い返す」
評議ではイングー人が万一侵攻してきた場合に備えて、どうするかを話し合った。
「大型軍船を沈める手段が必要になりますぞ?」
イサカ城代が言う。
「それは、俺が考えよう。トウゴウとコウリキは、多数の火縄銃を装備した敵を、どうしたら撃退できるか考えてくれ」
「畏まりました」
評議が終了になる直前、影舞のイゾウが外で声を上げた。
「入れ」
俺が許すと、疲れた顔をしているイゾウが報告を始めた。
「スモン郡の町が、海賊に襲われました」
「何という町だ?」
「クジ湊でございます」
クジ湊はスモン郡で三番目に大きな湊町である。その町を海賊が襲い、多数の死傷者が出たらしい。モウリ家が滅んだ混乱から立ち直り、やっと領民の生活が普通に戻ったばかりの町だった。
俺の表情が険しくなった。それに気付いたホシカゲがイゾウに命じる。
「もっと詳しく説明しろ」
「その海賊は、ハジリ島の北西にあるコタン島を本拠地とする海賊だと思われます」
コタン島は大小二つの三角形が並んだような形の島で、それほど大きくはない。
「確かメムロ府のミヤモト家が領地としている島ではなかったか?」
俺が質問すると、評議衆が首を傾げた。誰もはっきりした事を知らないらしい。ミケニ島の近くにあるハジリ島だが、その島民とはあまり交流がない。
ハジリ島とミケニ島は大昔に大きな戦をした事があったらしい。その影響かもしれないが、詳しい事は知らない。
「誰かをメムロ府へ行かせて、抗議するべきだろう」
「それならば、使番組頭のコニシがよろしいかと思います」
イサカ城代が推薦した。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
ハジリ島の大名や太守は、ミケニ島との交易を禁じている。と言っても、厳格な罰則が有る訳ではなく湊に来たミケニ島の船を大名や太守が追い払うだけだ。
コニシを乗せた船がハジリ島のメムロ府にあるルソツ湊に現れた。すると、ミヤモト家の家臣が小舟に乗って近付いてきた。
「そこの船、どこから来た?」
「こちらはカイドウ家の船だ。
ミヤモト家の当主はミヤモト・華平督・トシカツだ。ミヤモト家は四十二万石の守護大名であり、ハジリ島でも大きな勢力である。
「ダメだ、引き返せ」
「我々はコタン島の海賊により、被害を受けた。その事について話し合いたい」
「海賊の事など知らん」
「ならば、カイドウ家がコタン島の海賊を討ち果たし、コタン島を制圧しても文句はないな」
ミヤモト家の家臣たちが、何か話している様子が見えた。
「待て、城に戻って確認してくる」
小舟が岸に戻って行き、それから二時間後に話し合うという事になった。
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