第104話 去る者・来る者

 三虎将のネズを討ち取り勢いを増したクジョウ軍は、増援部隊として派兵されたミノダの部隊も打ち破り西アダタラ州の各郡への攻撃を始めた。


 その間に、カイドウ軍もユドノ郡・ヒメカミ郡を落とし、東アダタラ州だった全域を掌握する。

 そこまで拡大したカイドウ家は、兵を止めた。領地が急激に拡大したせいで、そこを管理する人材の配置に苦労するようになったのだ。


 人材の育成に努力していても、領地の拡大に追い付かなかった。

 それにミザフ河を越えて領地を取りに行けば守りが難しくなるので、内政を充実させる時間を得るために戦いを止めてカラサワ家の最後を見守る事にした。


 ホクト城の一室にイサカ城代・モロス家老・フナバシ・コウリキが集まる。

「夢のようだな」

 イサカ城代が言った。


 モロス家老が頷く。そして、イサカ城代に顔を向けた。

「話がある。そろそろ隠居しようかと考えている」

 それを聞いたイサカ城代が慌てた。


「待て、早すぎるだろう。もう少し頑張ってくれぬか」

 モロス家老が溜息を吐いた。

「勘弁してくれ。儂も年なのだ。そろそろ身体がきつい。それにカイドウ郷やミモリ城の夢を見るようになって、仕事に集中できんようになった」


 イサカ城代が複雑な表情を浮かべた。モロス家老にはもう少し頑張って欲しいが、その気持ちも分かるのだ。カイドウ家は急激に大きくなり、取り巻く環境が激変した。年寄りには、それがきつい。


「だが、評議衆の仕事はどうする?」

 イサカ城代の問いに、モロス家老は視線をコウリキに向けた。

「儂の後任は、コウリキ殿に任せたいと思う」


 今度はコウリキが慌てた。

「お、お待ちください。某は新参者で、譜代の家臣ではございませんぞ」

「御屋形様は、新参者だろうが、譜代だろうが気にする方ではない。儂が推挙すれば、お認めになるだろう」


 モロス家老の言葉にイサカ城代も同意した。

「そうだな。しかし、コウリキ殿は武将だ。評議衆の仕事は内政関係も多いのだぞ」

「クガヌマも評議衆としての仕事を熟しながら、武将として働いておる。コウリキ殿にできぬはずがない」


 クガヌマには、内政に詳しい部下が付いている。それらの部下が細かい仕事をして、大きな判断を必要とする案件だけは、クガヌマ自身が判断している。同じようにすれば、コウリキも大丈夫だろうとモロス家老が言う。


「カイドウ家は、五千石の豪族から、今や百二十万石の太守となった」

 アマト州は東アダタラ州とアビコ郡を組み込んだ事で、百二十万石となっていた。クジョウ家には敵わないが、ミケニ島で二番目に大きな勢力が誕生したのである。


「御屋形様は、凄い方ですな」

 コウリキが感心するように言った。

「ふふふ……、近くで働いた儂らは、過労で倒れるのではないかと思うほど、大変だったのだがな」


 モロス家老の言葉を聞いたイサカ城代が尋ねた。

「辛かったのか?」

「馬鹿を言うな。楽しかったに決まっておろう。だが、もう身体が悲鳴を上げておる。少し休ませてくれ」


「……分かった。カイドウ郷に戻るのか?」

「そうしようと思っている。代わりに息子のトモヨリをホクトに呼んで、コウリキ殿の手伝いをさせようと思う」


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 俺はモロス家老が隠居すると聞いて落胆した。長い間、自分を支えてくれた家臣が去るのだ。

 しかし、モロス家老の歳を考えるとダメだとは言えない。


 後任にコウリキをという件も承認した。コウリキが信頼に値する人物だと分かっているからだ。

「評議衆が、武将三人になったか。もう一人内政家を増やしたいな」


 アシタカ府と東アダタラ州からも多数の武将や内政家を召し抱えた。その中から頭角を現す者は、まだ出ていない。だが、アビコ郡から興味を惹いた者が仕官した。


 ホウショウ家の内政家だったニシザキ・ナオムネである。小さな町の代官からホウショウ家の勘定奉行にまで出世した人物だ。但し、当主のミツヒサとは折り合いが悪く、その意見はあまり取り上げられなかったらしい。


 俺はニシザキをホクトに呼び寄せ、交易区の管理を任せる事にした。ニシザキには他国との交易を学んでもらい、広い視野を持った内政家へ成長して欲しいと思ったのだ。


 成長と言えば、ソウリンが小姓を卒業してアマト政武館に入学した。基礎的な知識を学ばせ、側近として戻すつもりだ。


 俺は隠居するモロス家老に何か贈ろうと思い、アマト州で一番の刀鍛冶クニアキに脇差の製作を頼んだ。同時に鞘や柄を作る職人に特別なものを依頼した。


 出来上がった脇差は見事なものだった。そして、その脇差を入れてある桐の箱には、『我が評議衆に贈る 月城守ミナヅキ』と書かれていた。


 それを贈られたモロス家老は涙を浮かべて礼を言った。

「御屋形様、ありがとうございます。我が家の家宝といたします」

「退屈したら、ホクトへ来て顔を見せてくれ」


 去る者も居れば、新しく来る者も居る。ソウリンが去った後釜に、トウゴウの息子であるマサシゲが小姓となった。歳は十歳であり、元気な少年だ。


 また、ホタカ郡のオキタ家が、カイドウ家に臣従する事になった。それを聞いたフタバは、驚いたようだ。

「本当でございますか?」

「真だ。ヒルガ郡のサガエ郷を割譲し、アマト州に組み込まれる」


「ホタカ郡は、どうなるのでございますか?」

「今まで通り、オキタ家が治める事になる。但し、ニイミにアマト州と連絡を取る伝達館を置く事にした」


 カラサワ家が崩壊する事で、クジョウ家とカイドウ家が対立する構造が出来上がった。オキタ家は旗色を鮮明にする必要があると感じたのだろう。


 俺は単発銃の生産を増やすように命じた。

 それと同時に、野戦砲をミザフ河沿岸に築いている防衛陣地に運び込み、クジョウ軍に睨みを利かせる。


 キリュウ郡に送ったクガヌマは、約束通りスザク軍からキリュウ郡を守った。

 そして、カイドウ軍が東アダタラ州を手に入れると同時に、スザク軍の攻撃がピタリと止まった。スザク家から使者が来て、休戦協定を結ぼうと提案した。


 勝手な話だと思ったが、新しい領地の内政が整い戦力が充実してからスザク家に対応しても遅くないと判断して休戦協定を結んだ。但し、一年だけとする。


 アマト州が内部を固めている間に、クジョウ家は西アダタラ州の各郡を食い荒らし、残りはハシマがあるシントミ郡だけとなった。


 カラサワ家は最後まで抵抗した。ハシマ城に籠城し包囲するクジョウ軍に大きな打撃を与えたらしい。

 ホシカゲからの報告によると、ホソカワが最後のカラサワ軍を指揮して、近付くクジョウ軍の兵に弓矢と火縄銃で攻撃したという。


 矢が尽き火薬が尽きた後も、石を投げ落として敵兵を殺したらしい。

 だが、最後の時が来た時、当主ヨシモトは家族を連れて抜け道から逃げ出そうとした。その抜け道は、城の背後にある山に通じていたのだが、偶然居合わせたクジョウ軍の兵に発見されてしまう。


 ヨシモトはハシマ城の城門前に連行され、その首に刀が当てられた。ハシマ城に居る兵に、降伏しろと告げられる。それを見たホソカワは、持っていた軍配を投げ捨てたという。


 この時、カラサワ家が終わった。


 ヨシモトは腹を切らされ、ホソカワなどの主だった重臣も腹を切った。一緒に捕まったホウショウ家のミツヒサは全てを奪われて解放されたが、二度と歴史の表舞台に出る事はなかった。


 聞き終わった俺は、深い溜息を吐いた。

「カラサワ家ほどの家が滅ぶのか。この世の中、むなしいものだな」

「先代の大路守様が、後継者を選び間違えたのです。後継者を選ぶという事の難しさと大切さを感じます」


「うちの坊主は大丈夫だろうか?」

「フミヅキ様は、これからでございますよ。それにお二人目も出来たそうではございませんか」


 嬉しい事にフタバが懐妊した。

 カイドウ家にとって喜ばしい事だ。長男のフミヅキは、お前の弟か妹が生まれるのだと教えても、よく分からないようだ。


 この先、カイドウ家はクジョウ家と戦う事になるだろう。だが、すぐにではない。クジョウ家もカイドウ家も新しい領地を掌握し内政を整えるという仕事があったからだ。

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