第94話 アマト州の太守

 アシタカ府全体を手に入れた俺は、太守となる決心をした。フラネイ府は『州』になるが、フラネイ州とはせず『アマト州』と呼ぶ事にする。


 このアマトという名称は、太陽神が現れた場所という伝説が残っている。新しい州を名乗る事になり、『アマト州』が相応しいと思ったのだ。


 太守となって初めてした事は、アマト政武館という学校を設立することだった。この学校は、学びたいと思う家臣とその子弟に、統治・経済・軍事について教える学校である。


 教科書は一年掛けて教師たちと協力して作った。軍事は、ある程度以上の部隊を動かすために必要な基礎を教える内容になっている。これは三虎将のコウリキと協力して制作したものだ。


 統治と経済は、フナバシたち内政家に協力させて作り上げた。内政に必要なイロハを教え込み、優秀な者を育ててカイドウ家に不足している人材を確保しようという計画である。


 初年度は、家臣の子弟の中から優秀な者百名をアマト政武館に入学させ、学ばせる事にした。これで人材不足が解消すれば嬉しいのだが。


 俺の仕事部屋でホシカゲが報告を始めた。

「御屋形様、カラサワ家に動きがありました」

 俺は太守になったので、御屋形様と呼ばれるようになっている。呼称は変わったが、中身は変わりないのでやっている事も同じだ。


 東アダタラ州は、反逆者であるタカツナが暗殺されたので混乱していた。その混乱に付け入る形で西アダタラ州のカラサワ軍がユドノ郡とヒメカミ郡に攻め入った。


 前回の報告ではユドノ郡とヒメカミ郡を掌握したばかりだったはず。次はどこに手を伸ばすか、と注目していた。


「三千の兵を率いたカケイ・ナガチカ殿が、ミカト湊を制圧するためにハシマを出たようでございます」

「ミカト湊ならば、アラサワ郡の制圧か。妥当なところだろう。だが、動きが遅いのはなぜだ?」


 タカツナが暗殺されたのは春で、今は夏。俺はカラサワ軍の動きが遅いと感じていた。

「戦費の問題だと思われます」

「カラサワ家に、金がないというのか。長期間、西と東に分かれて戦っていたからな」


「それもありますが、大路守様は戦いにばかり目を向け、内政は放置されていました。その影響で規律が緩み、横暴な振る舞いをする者や賄賂を受け取り一部の者を優遇するような代官が増えたようです」


「賄賂を差し出すような商人だけが栄え、真面目に商売をしている商人はやる気を失くしたか。全体的に経済が停滞しているのだな」


 大名や太守が商人から徴収する税は、使用人税と商取引許可税である。これらの税は商人の数が減ると税収が少なくなるので、一部の商人を依怙贔屓えこひいきするような内政を行えば、税収減に繋がるのだ。


 そうなると、特定の商品が一部の商人により独占されるようになる。結果として、その品物の値段は高くなる。アダタラ州では、物価が少しずつ上がり始めていた。


 アダタラ州の状況を聞いた俺は、どう動くか迷った。東アダタラ州の東部に位置するナセ郡やハヤチネ郡を手に入れて、防衛線を西に動かしたい。


 そう思っているのだが、アシタカ府を手に入れたばかりで人手が足りないのだ。俺は評議を開いて、評議衆の意見を聞く事にした。


「御屋形様、今は無理です。クリコマ郡やスモン郡はまだまだ手が掛かります」

 勘定奉行でもあるフナバシが意見を述べた。


 手に入れたばかりの領地であるクリコマ郡とスモン郡は荒れていた。それに元モウリ軍だった将兵をどうするかという問題も解決していなかった。


 その多くは雇い入れて郷警やカイドウ軍に編入するつもりでいるが、中には山賊や追い剥ぎと化して暴れる者も居た。それらを捕縛するために、カイドウ軍も忙しいのだ。


 新しい領地を手に入れたら、必ず内政を立て直しカイドウ家の支配地として組み込むという作業が必要になる。

「軍としましても、もう少し後にした方がよろしいかと思っております」

 エサシ郡から戻ってきたトウゴウも、先に延ばす事を勧めた。


「今が絶好の機会なのだが、無理をしても良い結果にはならんだろう」

 アダタラ州は衰退するのではないかと、俺は予想していたので無理をせず次の機会を待とうと決めた。


「御屋形様、一つ報告がございます」

 ホシカゲが声を上げた。俺が報告を促すとホシカゲが話し始めた。桾国の沖合にある海翁島をイングー人が制圧したという説明から始まる。


 この島はサド島の半分ほどの大きさで、少数の原住民だけが住む未開地だった。ただ島には良い湊となる場所があり、そこに目を付けたイングー人が占領したのである。


 この事を知った桾国の耀紀帝は、イングー人に出て行くように命じたらしい。だが、イングー人が素直に従う訳もなく、桾国とイングド国の関係は益々険悪なものとなった。


「桾国とイングド国か、両国の相性は最悪なようだな」

 俺がそう言うと、評議衆たちが同意した。

「この海翁島ですが、桾国の属国であるチュリ国の南東にあります。位置的にも近く、チュリ国を狙うイングド国としては、是非にも欲しかった島のようです」


「そのチュリ国だが、特産品などはないのか?」

「申し訳ありません。特産品については、調べていないようです。ただ桾国の属国になってからの期間が長いので、桾国を真似て内政が行われております。その結果、産物も桾国にあるものが多いと聞いています」


 俺はチュリ国に対する興味が薄れた。桾国を小さくしたような国だとすれば、商売相手とするには旨味がないと思えたのだ。


 この半島国家がミケニ島の近くだったならば、もっと興味を持っただろう。しかし、カイドウ家の軍船でも五日から十日ほど掛かる距離にあった。


 桾国にある湊の方が近いので、特産品がないのなら態々わざわざ行く必要はなさそうだ。

 神明珠から得た知識の中に、島国が大陸に手を出すと厄介な結果にしかならないという歴史があった。小さな島の天下も取っていないカイドウ家が口出す事ではないと判断し、影舞に状況だけは調べるように命じた。


「イングー人は、極東地域を植民地にしようと、着々と手を打っているようでござる。何らかの対策が必要になるのではござりませんか?」

 クガヌマが進言した。


「将来的には必要かもしれん。だが、カイドウ家はまだまだ小さいのだ。桾国やイングド国などの大国と張り合える状況ではないぞ」


 それを聞いた評議衆が笑った。

「そう言いながら、御屋形様は居留地に居たイングー人を追い出すように、命じられたではありませんか?」


 フナバシの指摘に、俺は思わず顔をしかめた。

「あれは、自分の家の庭で、毒蛇を放し飼いにしたいのか、というのと同じだ。誰だって、毒蛇は追い出すか殺すかするだろう」


 評議衆が笑って頷いた。モロス家老が複雑な顔をして呟くように言った。

「アシタカ府を組み込んだカイドウ家は、七十八万石。それでも小さな存在なのでございますか……世界は広いのですな」


 それを聞いた評議衆は、モロス家老と同じような顔になる。

「ミケニ島全体が、八百万石ほど。桾国は五千万石以上だという。七十八万石など小さな存在ではないか」

 俺が言うと、評議衆が溜息を吐きたそうな顔で頷いた。


「御屋形様、もし仮に桾国と戦になるとしたら、どうされますか?」

「そうだな。海軍を創設して、兵を乗せて近付く桾国の船を一隻残らず沈めてやる」

 トウゴウの質問の答えを聞いた評議衆は、海軍という言葉に興味を持った。


「水軍ではないのござるか?」

 クガヌマが問う。

「海軍は、湖や川ではなく海で戦う者たちの軍だ」


「そう言えば、列強諸国は海軍を持っていますな。なぜ海軍が必要になったのございますか?」

「列強諸国では、大小合わせると何百、何千という商船が活動している。それらの商船が安全に航海するためには、航路を守る軍が必要だったのだ。海賊も居れば、敵対国の船を拿捕しようとする国もあるからな」


 トウゴウが俺に視線を向けた。

「近付く船を一隻残らず沈めてやると言われましたが、海は広く海岸線も長いのです。実際には無理なのではありませんか?」


「そうだな。運悪く海で発見できずに、ミケニ島に上陸されてしまうかもしれない。その時は、強力な武器の力を借りて、打ち倒すしかない」


「それは単発銃や野戦砲の事でございますか?」

「大国と戦になると分かったら、全てを犠牲にして、新しい武器を作ろうと思っている」

「それはどのような武器でしょう?」


「単発銃があるのなら連発銃もあるという事だ。カイドウ家に蓄財した富と人材を使って、一人で百人を倒せる連発銃を量産し、敵を撃退する。そうなれば、カイドウ家に手を出そうと思う国はなくなるだろう」


 評議衆の顔が強張っていた。

「心配するな。急いで連発銃を開発するような事態には、させないつもりだ」


「そうですな。イングー人や桾国人のためにも、そうなる事を祈ります」

 トウゴウの言葉に他の皆が賛同した。


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