第53話 参戦要請
俺と評議衆は評議部屋で、ホシカゲからの報告を聞いていた。
「こうして、大路守様の鎮圧軍は、タカツナ殿の反逆軍に撃退されたのでございます」
イサカ城代が納得できないという顔をしている。
「三虎将のコウリキ殿が指揮をしておったのだろう。なぜ無様に敗走する事に?」
「この度の戦は、大路守様が総指揮をしていたようでございます」
「つまり、大路守様の指揮が原因で鎮圧軍が負けたというのだな」
俺が確認すると、ホシカゲが苦笑いする。
「大路守様が、敗因にどう関係しているのか、正確には分かりませぬが、コウリキ殿の指揮とは思えぬ鎮圧軍の動きがございました」
コウリキが辺境に左遷されたとホシカゲが報告する。それを聞いた俺は、溜息を吐きたくなった。大名とか太守が傲慢になりやすいのは理解しているが、家臣の扱いが酷すぎる。これでは家臣に見捨てられる日も近いのではないか。
「タカツナ殿は、どう動いている?」
「七つの郡を掌握した反逆軍は、兵を集めているようでございます」
最後まで残っていたナセ郡とアガ郡だが、ナセ郡はタカツナの手に落ちたらしい。残りはアガ郡だけである。
「コウリキ殿が去ったカラサワ軍を誰が纏めるのだ?」
「三虎将のネズ・ナガツナ殿は、カムロカ州方面を抑えておりますので、動かせませぬ。それでもう一人の三虎将、ホソカワ・ヒデハル殿が指揮を執ると思われます」
ホソカワは三虎将の中で攻城戦に優れた指揮を行うとの評判である。
「問題は、ホソカワ殿が火縄銃に対応できるかでございますな」
トウゴウが声を上げた。
一歩先に火縄銃を扱うようになったカイドウ家でも、敵が火縄銃の部隊で攻撃した時にどうするか、最適な戦い方を考え出せずにいる。
「殿ならば、どうされますか?」
「俺なら、雨の日に戦う」
その答えを聞くと皆が頷いた。
「なるほど、火縄銃の一番の敵は雨でございますからな」
クガヌマが納得の声を上げる。それを聞いたモロスが難しい顔になった。
「それはカイドウ軍にとっても、弱点になるという事ですぞ」
「分かっている。なので、雨の日でも撃てる鉄砲を開発させている。ただ、新しい火薬から創り出す事になるので、時間が掛かるのだ」
俺は綿などの繊維を元にして作る綿火薬と雷酸水銀の起爆薬で銃弾を作る事を考えている。ただ安全に大量に作る方法を研究中で、これには時間が掛かりそうだった。
「殿、鉄砲兵が傘を差して、火縄銃を撃つというのはできぬものなのでございますか?」
クガヌマが俺に尋ねた。
「小雨なら、可能かもしれぬ。だが、大雨の場合は火薬自体が湿気る事も考えられる」
評議衆と話し合い、少々の雨なら使える火縄銃というのを考えだした。これには二つの工夫がある。一つは雨の日でも火が消えない火縄だ。
火縄の縄は火持ちの良い木綿が使われている。これを一度硝石で煮て、乾燥したところで漆を塗って作る『雨火縄』というものを考えた。
もう一つの工夫は、火蓋に雨覆いを付ける事だ。火縄銃は銃身に詰め込む発射薬だけでなく、火皿にも点火薬を入れる。両方とも黒色火薬であり、その点火薬に火縄の火が押し付けられて点火薬が火花を飛ばし、それが発射薬に火を点け爆発し鉛玉が発射される。
その火皿には
火縄銃の雨の日対策が終わった頃、カラサワ家から使者が来訪した。
使者の用件は、参戦要請だった。タカツナ軍を攻撃しろというものだ。この時にはアガ郡もタカツナの軍門に降っていたので、アガ郡を攻撃制圧する事も可能になっていた。
カラサワ家では、最初の方針であるカラサワ家だけで反逆軍を叩き潰すという事を諦めたようだ。
使者はキタザト・タダオミというヨシモトの用人の一人で様々な交渉事が得意な人物らしい。
「月城督様、どうか、鉄砲隊を率いてハシマに来ていただきたい」
「カラサワ家の窮状は、理解しておりますが、反逆軍はアガ郡まで手に入れました。我がコベラ郡との郡境にも兵を集めている様子、それほど多くの兵は送れませんぞ」
キタザトは頭を下げた。キタザトはハシマに居る時には、あまり表に出ない。こういう交渉事をする時だけ出てくるので、この男に関する情報が少なかった。
「それは重々承知しております。鉄砲兵三百で良いのです」
鉄砲兵三百という数は、出せない数ではなかった。だが、簡単に出したのでは手の内を読まれそうだ。
「厳しいですな。二百五十にしてもらえませぬか。その代わり槍兵二百を出します」
キタザトは考えてから承知した。
「ところで、カイドウ軍が単独で切り取った領地は、カイドウ家のものとなると考えてよろしいですな」
キタザトが苦い顔となる。だが、これを否定する事はできなかった。カラサワ家とカイドウ家の関係は緩い同盟関係であり、カイドウ家はカラサワ家の下に在る訳ではない。
「それはもちろんでございます」
これでカラサワ家から
キタザトが俺の目を覗き込んだ。
「月城督様、アガ郡を攻められるのでございますか?」
「そういう事もある、というだけです」
「なるほど、そうなりますと、守護大名となりますな。羨ましい事です」
守護大名とは、大名と太守の中間に位置する大きな大名の呼び方で、三つ以上の郡を支配下に持つ存在で領地が五十万石未満の大名を指す言葉だった。
現在でもミザフ郡とコベラ郡、それにヒルガ郡の八割を支配下に置いているので、守護大名に近い存在なのだが、アガ郡を手に入れれば名実ともに守護大名と呼ばれる存在になる。
キタザトがハシマへ帰ると、俺はハシマに送る部隊の編成を相談した。現在のカイドウ軍は、三千五百の兵をコベラ郡のソボヤマ砦へ送っている。
その中から鉄砲兵二百五十と槍兵二百を抽出しなければならないだろう。
「残りは三千五十となる。アガ郡を攻め取るには十分な兵力だと思うのだが、反逆軍が取り返しに来るかもしれぬ。その反逆軍を撃退できるか?」
俺の問いに、トウゴウとクガヌマが頷いた。
「もちろんでござる。タカツナ軍は兵を集めているようでござるが、それほど集まるとは思えませぬ」
「ホシカゲ、その点はどうなのだ?」
「タカツナ殿は、兵として働くなら、戦が終わった後に、農地を分け与えると宣言しております。そのせいか、多くの若者がタカツナ軍に集まっているようです」
「それは問題だな。だが、新兵のほとんどは訓練する時間が足りないはず。それほど脅威になるとは思えぬ」
俺が意見を言うと、トウゴウが難しい顔をする。
「それでも数は力でございます。新兵だからと言って
「分かった。二人は協力して、アガ郡を手に入れてくれ」
イサカ城代が目を見開いて驚いた。
「ハシマへ行く部隊はどうするのでございますか?」
「俺が率いて行く」
「殿だけでは……そうだ、ソボヤマ砦に居るソフエ・マゴロクを連れて行ってはどうでしょう?」
ソボヤマ砦にはトウゴウとクガヌマが行く事になるので、ソフエの仕事は少なくなる。
「だが、ソフエは元カラサワ軍の武将だったのだぞ」
「それ故、カラサワ軍の内部事情にも詳しいでしょう。今更裏切る事を心配する必要もないでしょうから、適任だと思うのですが」
俺一人では頼りないと言われているようで、ちょっと納得できない点も有るが、ソフエは役に立ちそうである。連れて行く事にした。
イサカ城代が最後に心配な点を告げる。
「殿、今回のカラサワ軍への助勢には、ホウショウ軍も参加すると思われます。気を付けてくだされ」
久しぶりに聞いたホウショウの名前に、俺は頷いた。
「新しい瑠湖督殿は、どのような人物か確かめられるな」
「毒蛇のような人物かもしれませんぬ。油断なさらぬようにお願いします」
「分かった」
俺はソフエと一緒に四百五十の兵を率いてアダタラ州のハシマに向かった。トガシからイコマ丸に乗ってナガハマを目指す。
「ナガハマの町が見えてきた。マゴロクは、懐かしいのではないか?」
俺はソフエを呼ぶ時は、なぜか名字ではなく名前を呼んでいる。何となく呼びやすいからだ。
「まだ懐かしいと思うほど、時が経っている訳ではございません」
マゴロクがカイドウ家に来てから半年ほどが経過している。その間にカイドウ家の家風に馴染んだようだ。
「しかし、カイドウ家は豊かですな。このような船を建造しタビール湖を渡るとは」
「色々と商売をしておるからな。このような船が必要になるのだ」
俺たちがナガハマの湊に着いた時、ホウショウ家のミツヒサが率いる部隊もナガハマに滞在していた。
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