第50話 大陸の国家

 俺は何度も頷いた。

「なるほどな。硝石が手に入るのは、フラニー人と交易しているクマニ湊だけなのか?」


「そうでございます。西方諸国は交易に関して、厳しい決まり事があるようです。通商条約を結んだ国としか交易ができないのです」


 トウゴウが疑問を挟んだ。

「それは建前ではないのか? 密貿易をしている連中が居そうなものだ」

「ええ、ですが、その連中も硝石だけは手を出していないようです」


 俺は何となく理由が分かった。

「硝石を国が管理しているのだろう。だから、密貿易をしているような連中も手を出していないのではないか?」

「そうかもしれませぬ」


 クガヌマも状況が分かったようだ。

「火縄銃は、硝石を元にして作る火薬がなければ、ただの棒でござる。硝石を管理する事で、カラサワ家にある火縄銃を制御するのでございますな」


「そうなると、クジョウ家に逆らえば、クマニ湊で硝石を買えなくなる。カイドウ家もクジョウ家に逆らえなくなったという事でございますぞ」

 モロスが鼻息を荒くして言った。


「そうだな。当分の間は、クジョウ家の顔色を窺わねばならんだろう。だが、それもイナミ村で硝石生産が成功するまでの間だ」


「そうでした。イナミ村に硝石小屋を建設し、硝石の生産を行っているのでございましたな」

 イサカ城代が硝石小屋の存在を思い出して言った。


 トウゴウが俺に視線を向けた。

「殿、アダタラ州で内乱が起きた場合、我々はタカツナ殿の鉄砲隊と戦う事になるのではありませんか?」


 俺もそれを心配していた。火縄銃同士の撃ち合いになれば、苦労して育てた鉄砲兵が命を失う事になる。何とか対策を考えねばならない。


「火縄銃の長さを伸ばすか」

 俺が独り言のように言うと、トウゴウとクガヌマは理解できなかったようだ。火縄銃を長くして、何が変わるのかと思ったのだろう。


「殿、長くするとどうなるのでございますか?」

「鉛玉が遠くまで飛ぶようになる」

 皆が驚いたような顔をした。

「真でございますか?」


「嘘は言わん。火薬が爆発し、その力が鉛玉を押し出す事で、鉛玉は飛ぶのだ。火縄銃を長くするという事は、爆発が鉛玉を押す時間を長くするという事になる」


「なるほど、それで遠くまで鉛玉が飛ぶのでございますな」

 イサカ城代が感心したように頷いた。


「他にも、鉛玉を小さくすれば遠くまで飛ぶようになる」

 トウゴウが異議を挟んだ。

「それでは、威力が落ちるのではないですか?」

「まあ、そうだ。だが、鎧兜を付けていない部分、顔などに当たれば死ぬぞ」


 評議を終えた俺は、城の敷地内にある鉄砲工房へ行った。工房の中では、弟子たちが忙しく働いていた。鉛を熱して溶かし型に流し込んで鉛玉を作っている者、壊れた火縄銃を修理している者などが居る。


 工房の奥で弟子たちに指示を出していた鉄砲鍛冶のトウキチを見付け、新型火縄銃の製作を頼んだ。

「火縄銃の銃身を長くするのでございますか?」

「そうだ。トウキチならできるであろう」


「しかし、銃身の長さを変えても良いものかどうか?」

 トウキチに確認すると、銃身の長さは大陸製の火縄銃と同じにする事になっているという。

 大陸製がそうなので、長さも何か理由があって決まっているのだと、勝手に思い込んでいたようだ。


「武器は戦術や使う者に合わせて変えるものだ」

「ですが、鉄砲鍛冶の中には、銃身の長さと火薬の量には決まりが有り、変えてはならぬという者も居ります」


「その決まり事には、意味がない」

「そんな……ならば、何のために長くするか、伺ってもよろしゅうございますか?」

「銃身を長くすれば、射程も長くなる」

 答えを聞いたトウキチは驚いていた。


「それは知りませんでした。それで、どれほど長くすれば?」

 今までの火縄銃より二割ほど長くするように指示する。


 トウキチが長大化した火縄銃を完成させた。俺は『長筒ながづつ』と呼ぶ事にする。長筒を試してみると、有効射程が五十メートルほど伸びたようだ。


 完成した最初の長筒をトウゴウとクガヌマに見せると、自分たちで撃って射程と命中率を確かめたいという。射撃訓練場で試射した二人は満足そうに頷いた。


「これなら、クマニ湊で作られた火縄銃が撃たれる前に、敵の鉄砲兵を仕留められるのではないか?」

 トウゴウがクガヌマに確認する。


「そうでござるな。これなら敵の鉄砲兵より先に撃てるであろう」

「命中率も良くなったように感じる」


 試射の様子を近くで見ていた俺は、二人の意見を聞いて決断した。

「長筒を二百丁ほど作らせよう。それを考慮して作戦を検討してくれ」

「畏まりました」


 今年最後の日、大掃除を済ませた使用人たちも家に戻り、俺とフタバは年越し蕎麦を作っていた。

「ミナヅキ様は、蕎麦も打てるのですね」

「いや、やり方を知っているだけだ。今回が初めてだよ」


 俺は綺麗に伸ばした蕎麦を包丁で切り始めた。中々同じ太さで切れない。

「難しいものだな」

「ふふふ、ミナヅキ様にもできない事があるのですね」

 フタバが楽しそうに言う。


「できない事だらけだよ。そのために家臣たちや領民が必要なんだ」

「私もですか?」

「もちろんだ。フタバは絶対に必要な人だ」


「ごほん」

 傍らに居たミズキが、わざと咳をする。

「殿、このままでは日が暮れてしまいそうです」

「そうだな。早く蕎麦を切って、夕食を始めよう」


 蕎麦を切り終わると、俺とフタバはミズキたちに任せて、居間に戻った。

「もう今年も終わりか」

「来年は、どんな年になるでしょう?」


「騒がしい年になるかもしれんな。フタバも覚悟しておけ」

「そうなのですか。もしかして、アダタラ州でございますか?」

「ふん、チカゲから聞いたか。カラサワ家のタカツナ殿が騒動を起こしそうだ」


 俺とフタバが話していると、奥御殿で暮らしているミズキたちが、鴨南蛮蕎麦を作って持ってきた。

「おお、旨そうだな」

 年越しの夜には、蕎麦を食べるという風習が有る。いつの頃から始まったのか分からないが、随分古くからの習わしらしい。


 初めて作った二八蕎麦だったが、美味しかった。

 俺がカイドウ家の当主になってから、三年目が終わる。フタバと結婚し天駆教徒と戦ってコベラ郡を手に入れた大変な年だった。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 新しい年になって、アダタラ州のハシマに大名や豪族が集まる日が近付いた。

 ハシマ城では、カラサワ家のヨシモトが家臣たちから年始めの挨拶を受け、上機嫌で酒を飲んでいた。


「御屋形様、ミカト湊のタカツナ様が体調を崩し、挨拶に来れなくなったそうでございます」

 側用人のフルタが当主ヨシモトに報告した。


「ふん、風邪でも引いたか。名代として誰が来た?」

「タカツナ様の副官タカギ・ノブテル殿でございます」

 フルタが厳しい顔をしていた。

「どうした?」


陽炎かげろうからの報告で、クジョウ家の者がミカト湊に頻繁に訪れているようなのでございます。その点について、タカギ殿に質した方が良いかもしれません」


「何? クジョウ家が……分かった。タカギを呼べ」

「承知しました」

 フルタはタカギを呼んできた。


 ヨシモトの前に進み出たタカギは、年始めの挨拶をする。

「ミカト湊にクジョウ家の者が出入りしているようだが、知っておるか?」

「はい。聞いております」


「クジョウ家の目的は何だ?」

「桾国の絹織物を買いに来ているようでございます」

「絹織物だと……何だ、そのような事か」


「お待ちください。某から尋ねてもよろしゅうございますか?」

 フルタが口を挟んだ。

「構わぬ。何を聞きたいのだ?」


 フルタはミカト湊で兵の募集をしている事実を指摘した。

「その件につきましては、タカツナ様より報告してあると思います。天駆教徒の残党がミカト湊近くに現れ、不穏な様子を見せております。天駆教徒に対処するために兵を増やす事は、御屋形様の御許可も取ってございます」


「某が気にしているのは、数が多すぎるのではないかという事だ」

「御屋形様、相手は天駆教徒なのです。万一のために兵を増やす事がいかんと仰せられるのならば、ハシマより援護の兵をお送りください」


 ヨシモトが顔をしかめた。昨年、天駆教徒との戦いで大勢の兵が死んだ。ハシマでも兵を募集しているほどである。ミカト湊に出す兵はなかった。


「相手が天駆教徒というのならば、仕方あるまい」

 もう少し厳しく追求していれば、後に起こる騒動も事前に止められたかもしれない。だが、天駆教徒という言葉がヨシモトの判断を狂わせた。


 天駆教徒が与えた被害は、ヨシモトの心にも傷を残していた。天駆教徒への対策だと聞くと、仕方あるまいという思考停止に陥るのだった。


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