第49話 ササクラ郷

 三人の部下を連れたトウマが、船でニイミを出てトガシに到着。そこから賃貸馬車を借りてミモリに向かった。

「初めて馬車に乗ったが、乗り心地がいいものなのだな」


 部下であるヤストミ・ヒデマサは、馬車の窓から道を確かめた。その道は綺麗に整備されている。

「乗り心地がいいのは、街道が整備されているからでございます」

「さすがカイドウ家が支配する土地だ。月城督様の統治が行き届いている」


「羨ましいです。オキタ家では道普請に掛ける金など、ありませんでしたからな」

「オキタ家とカイドウ家のどこに違いがあるのだ?」

「やはり、神明珠ではございませんか」


「神の叡智か。噂は本当だという事だな」

「トウマ様なら、闇風から何か聞いておられるのでは?」


「いや、神の叡智については聞いておらぬ。だが、月城督様が様々な産業の育成に力を入れ、発展させている事は聞いておる。特に鉄については、生産量を三倍に増やしたと報告があった」


 製鉄は大量の炭を必要とする。だが、カイドウ家では、炭の代わりに石炭を使う方法を開発したようだ。その鉄から釘や鉄瓶、鉄釜などが作られ各地で販売されている。


 トウマはヤストミにカイドウ家の情報を教えながら旅を続け、ミモリに到着した。

 ミモリ城に先触れを出すと、すぐに城から迎えが来た。登城したトウマたちは、客室に案内された。そこは来客用に作られた建物で、待楼館たいろうかんと呼ばれている。


 この待楼館は、ミモリ城が完成した後に追加で建てられたものらしい。来客用の宿泊施設がないのは不便だという意見がでたからのようだ。


 部屋に入ると暖かかった。六人が寝泊まりできる部屋で布団も用意されている。案内した者が、部屋にある鉄火鉢というものの使い方を教えてくれた。


「これはいい。ニイミ城にも欲しいですな」

「この建物には、風呂も有ると言っておったな。いたれりくせりだ」


 その日は十分に休養をとった。その翌日、トウマはカイドウ家当主と面談し礼を述べ、二通の手紙を渡した。そして、帰り際に主への手紙を託された。


 ゆっくり休養をとったらどうかと勧められたのだが、トウマたちは用が済むと帰途に就く。そして、ヨシノブに報告した。


「ご苦労であったな」

 ヨシノブが労いの言葉を掛ける。

「いえ、行きも帰りも船と馬車でございましたので、楽なものでございました」

「ほう、馬車か。一度乗ってみたいものだ」


 トウマがカイドウ郷の様子を少し語った後、ササクラ郷の件と手紙を渡した事を報告した。

「それで、月城督殿に喜んでもらえたか?」

「はい。喜んでおられました。これは月城督様からの手紙でございます」


 ヨシノブは手紙を読んで笑った。

「月城督殿には、特別な配慮をされているようだ。読んでみろ」


 手紙を渡されたトウマは、中身を読んで驚いた。過分な礼に対する気持ちだという事で『蚊取り線香』の製法が書かれていたからだ。


「月城督様は、お優しい方なのですね」

「そうかもしれぬが、オキタ家が弱体化するのは、カイドウ家のためにならぬ、とでも思っているのかもしれんぞ」


「ですが、そう考えてくれる事が、オキタ家のためになります。カイドウ家とは良い関係を続けるように配慮すべきです」


「そうだな。ところで、除虫菊とタブ粉を手に入れられるか?」

「これから探します」

「頼んだぞ」


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 オキタ家から割譲されたササクラ郷に、郷将と代官を決めて送らねばならなくなった。評議を開いた俺は、評議衆に誰が良いか尋ねる。


「郷将はミノブチの弟が良いのでは?」

 トウゴウが意見を言った。

「ミノブチ・ナオタカの弟……カネナリだな。優秀なのか?」


 ナオタカは知っているのだが、弟のカネナリについては名前ぐらいしか記憶にない。トウゴウからの情報では兄と同じ堅実な武将らしい。


「いいだろう。代官は誰にする?」

「それでは、フナバシ殿の弟はどうでござろう?」

 クガヌマが推挙した。フナバシ・センゾウの弟コレマサは兄と同じく内政家で、十五年の経験があるらしい。フナバシに確認すると、十分な力量があるようだ。


「問題ないようだな。しかし、カイドウ家の人材不足は頭が痛い。学校でも作るかな」

 学校はカムロカ州とアダタラ州に存在する。州校と呼ばれており、それぞれの領地を支える多くの人材を排出している。


「学校でございますか?」

 イサカ城代が渋い顔で考え込む。俺はなぜイサカ城代が考え込んだのか、思い至った。学校を作っても教える側の人材が居ないのだ。


「難しいでしょうな」

「そうだな。人材不足だからな」

 溜息が出そうになった。家臣の前で溜息を吐くのはダメだと言われている。まあ、そうだろうと俺も思う。溜息ばかり吐く主君を見ていれば、家臣たちの士気が下がる。


「ところで、ササクラ郷は、どんなところなのでございます?」

 クガヌマが尋ねた。ホタカ郡へ行く途中にササクラ郷を通った事はあるのだが、ササクラ家の居城であったビゼン城がある中心部には行った事がない。


 ただホシカゲからビゼンの様子は聞いていた。俺はホシカゲに視線を向ける。お前の口から説明せよ、という合図だ。


「ササクラ郷は、タビール湖を使った輸送業で栄えている土地でございます。最近はトガシの湊が整備されて、輸送量を伸ばしておりますが、ササクラ家が支配していた頃は、ヒルガ郡全域から物が集まり、大勢の商人が訪れておりました」


 他にはかわらが有名らしい。この地方にはいくつも瓦窯があり、各地方に船で瓦を運んで売り込んでいる。

「瓦ができるのだから、陶器も作れないか?」


 フナバシが難しい顔をする。

「さすがに瓦と陶器は、違うのではないですか?」

「簡単にできるとは思っておらん。ただ陶器作りに使える土が有るのでは、と思ったのだ」


「なるほど、そういう土が有るのなら、陶工を育てられると言われるのですな。コレマサに伝えておきましょう。それと、道普請はどういたしますか?」


「そうだな……トガシとビゼン、ビゼンとモロツカを繋ぐ街道を整備する。資金面に問題はないな?」

「ハッ、問題はございません」


 ササクラ郷についての討議が終わってから、ホシカゲが報告を始めた。

「カムロカ州のクマニ湊で、火縄銃の生産が増えているようでございます」


 それを聞いた評議衆が沈黙する。敵が火縄銃を装備した場合の戦術を確立していないからだろう。火縄銃で攻められるカイドウ軍を想像し、兵たちが倒れる光景しか思い浮かばないようだ。


「その火縄銃でござるが、トウキチ殿が作るものと同じなのでござるか?」

 クガヌマの質問に、ホシカゲが首を振って否定する。

「殿が最初に、クマニ湊で買ってきたものと同じものでございます」


「ああ、やたらと重い火縄銃でござるな」

 イサカ城代たちが少し安心したような表情を浮かべた。あの火縄銃は扱い辛く装填も時間が掛かったからだ。


 トウキチが『二重巻張り法』と呼んでいる作り方を、クマニ湊の鉄砲鍛冶が発見していないと分かり安堵した。


「性能は劣るが、数を揃えられると厄介だ。何者が火縄銃を集めているのだ?」

「カムロカ州のクジョウ家が集め、ミカト湊のカラサワ・タカツナに送っているようでございます」


「馬鹿な!」「狂っておるのか」

 俺と評議衆は、反射的に立ち上がるほど驚いた。


 裏で手を組んでいると言っても、クジョウ家とカラサワ家は基本的に敵対勢力である。タカツナの下剋上が成功し、カラサワ家の当主がタカツナとなった場合、必ずタカツナとクジョウ家は手を切り、元の敵対関係に戻るだろう。


 それが分かっているのに、火縄銃を送るなど馬鹿げている。

「ん、待てよ。アダタラ州のミカト湊も大陸と交易をしているはず。なのに、火縄銃が作られていないのは、なぜだ?」

 ホシカゲが笑みを浮かべた。


「さすが、殿。良いところに気付かれました」

 他の評議衆は首を傾げている。

「クマニ湊で交易している大陸人と、ミカト湊で交易している大陸人は違う国の者なのか?」


 俺の質問に、ホシカゲが頷いた。

「その通りでございます。クマニ湊で交易しているのは、フラニス国から来たフラニー人で、ミカト湊で交易しているのは、くん国の桾人なのでございます」


 フラニス国は西方諸国と呼ばれる国々の一つで、様々な進んだ文化があるらしい。一方、桾国は大陸の東方地域の半分を支配する国で、人口五千万人ほどの大国である。


「桾国には、火縄銃がないのでござるか?」

 クガヌマがホシカゲに質問した。

「西方諸国から購入したものはありますが、自国では製造していないようでございます。そして、硝石を輸出しているのは、フラニス国なのです」


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