第27話 火縄銃と十字弓

 ササクラ軍を待ち構えるカイドウ軍は、鉄砲兵が三百・十字弓と槍を持った兵百五十という編成になっていた。俺は鉄砲兵三百を二つに分け前列・後列として並べた。

 鉄砲隊の指揮はトウゴウ、弓隊の指揮はクガヌマが執っている。


「火縄に火を点けろ!」

 トウゴウの命令が戦場に響き渡った。射程の関係で最初に攻撃するのは鉄砲隊となっている。準備を終えた鉄砲兵は火縄銃を敵軍に向けた。


 俺は今一度空を見上げ雨が振りそうにない事を確認。

「ササクラ軍には、弓兵は居ないのか?」

「百人ほどの弓隊が居るようです。ですが、少数ならば耐えられます」


 ササクラ軍の弓隊が遠距離で矢を放ち始めた。山なりに飛んだ矢がカイドウ軍に降りかかる。鎧と兜で身を守るカイドウ軍で負傷する者は少なかった。


 ササクラ軍は弓矢の攻撃があまり効果がないと分かり、槍隊を繰り出した。敵兵が叫ぶ声が聞こえてきた。トウゴウが鋭い視線で、敵との距離を測っている。


「構え……撃て!」

 前列の鉄砲兵百五十が引き金を引いた。その瞬間、戦場で初めての火縄銃による一斉射撃が起こった。カムロカ州のクジョウ家も火縄銃を使ったが、それは少数だったので一斉射撃と呼べるものではなかった。


 戦場に鳴り響いた黒色火薬の爆発音は、敵兵を驚かせた。そして、横に並んで走っていた兵が、突然倒れたのを見て理解できなかったと思う。


 倒れた兵をつまづいて倒れたのだと考えた敵兵は、そのまま駆け続けた。

 そして、トウゴウが前列の鉄砲兵を下げ、後列の鉄砲兵に撃つように命じた。また戦場に爆発音が響き渡る。


 二回の射撃で、百五十ほどの敵兵が倒れた。敵兵も恐ろしい武器で自分たちが攻撃されているのだと分かったのだろう。その足が遅くなる。


 鉄砲隊が下がり、十字弓を装備した兵士が敵に狙いを定める。クガヌマが『放て!』と命令を叫んだ。

 この攻撃で百ほどの敵兵が倒れた。十字弓を後方に放り投げた味方兵は、槍を構える。そして、激しい戦いが始まった。


 数において劣勢であるカイドウ軍がじりじりと後退する。トウゴウは鉄砲隊を俺の目の前に整列させた。クガヌマが敵と戦っている兵士たちの中央をわざと逃す。


 中央に開いた穴に敵兵が集まり突破、本陣に居る俺たち目掛けて迫ってくる。火薬と鉛玉を装填した鉄砲兵は、近距離に迫った敵に鉛玉を撃ち込んだ。


 この攻撃により敵兵がバタバタと倒れた。それを見た敵兵は足を止める。ササクラ軍の指揮官である武将も二人倒れたので、再び走れと命令する者が居なくなっていた。


 倒れている同僚と自分たちを狙っているらしいカイドウ軍の鉄砲隊を見て、怖気おじけづいた。じりじりと後退し回れ右をすると逃げ出す。


「危なかったな」

「はい、敵は火縄銃に弾が込められていない事が分からなかったようです」

 はったりで敵を追い返した事になる。もちろん、鉄砲隊の足元には槍が置かれている。敵がこのまま迫ってきた場合には、武器を槍に持ち替えて戦う事になっていた。


 トウゴウもホッとしているようだ。

「追撃はどうしますか?」

「もう一度、火縄銃に装填して撃たせてくれ」

「畏まりました」


 カイドウ軍はササクラ軍を撃退した。その事でヒルガ郡のカナヤマ郷とタカサゴ郷は、カイドウ家のものになった。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 カイドウ軍が勝利したという報せは、オキタ家のヨシノブへも届いた。

「何……カイドウ軍が勝ったというのか」


「はい、ササクラ家の瀬畔督様は無事だという事です。ただ兵の多数が死傷し、兵力がかなり減少しているようでございます」

 オキタ軍の武将タカツキが報告した。ヨシノブは目をグッと見開き驚いている。


「カイドウ軍は、どのような戦いを見せたのだ?」

「それが……火縄銃と特殊な弓を使って敵を倒したようでございます」


「火縄銃だと……確かカムロカ州のクジョウ軍が使ったと聞いた」

「そうでございます。特殊な弓……カイドウ軍が十字弓と呼んでいるものは、こちらです」


 タカツキが戦場に落ちていた十字弓を配下に回収させたらしい。

 ヨシノブは十字弓を手に取り調べた。

「どのようにして使うのだ?」


 タカツキは十字弓を戻してもらい、背筋を使って弦を引いた。

「このように弦を引いた状態で矢を番え、この引き金を引くと矢が飛び出す仕掛けになっております」


 ヨシノブはゆっくりと二度頷く。

「なるほど、これなら我が領地でも作れるな」

「作れるでしょう。ですが、この十字弓には弱点があるようです」

「それは?」

「矢を番えるのに時間が掛かるというものです」


 タカツキは弱点を伝えると同時に、扱いやすさや高い貫通力などの利点も伝えた。

「ふん、使いどころを選ぶ武器という事か。だが、カイドウ軍は上手く使って領地を拡大した。キリュウ郡との戦いでも使えるだろう」


 キリュウ郡はホタカ郡の南にある領地で、最近小競り合いが続いていた。オキタ家の主敵は、キリュウ郡のユウキ家である。


「しかし、ササクラ家をどういたしましょう?」

「サガエ郷が落ち着いたら、カイドウ家と話し合う事になるだろう」


 タカツキは頷いた。ササクラ家の将来は暗いようだ。

「それにしても、カイドウ家が火縄銃を使ったのか。カムロカ州で購入したのだろうか?」

「それにしては、使われた火縄銃の数が多すぎるようです」


 ヨシノブが腑に落ちないという顔をする。

「数が多すぎる? それだけ買ったのではないのか?」

「いえ、火縄銃は高価なものなのでございます。三百丁もの火縄銃だけなら買えるでしょうが、その分の火薬も必要です。全てを揃えられるのは、カムロカ州のクジョウ家やアダタラ州のカラサワ家くらいに限られましょう」


「しかし、ミザフ郡には銀鉱山があったはず。そこの銀を売ったのではないか?」

「おっ、そうでございました。銀鉱山の事を忘れておりました。なるほど、カイドウ家が火縄銃を揃えられたのは、銀鉱山の御蔭でございましたか」


「羨ましい事だ」


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 俺は新たに手に入れたカナヤマ郷とタカサゴ郷の整備を始めた。そこに住む領民たちを労働力として雇い入れ、道の整備とトガシの港の整備を行う。


 将来を不安に思っていたカナヤマ郷とタカサゴ郷の人々は、安心したようだ。自分たちは見捨てられていないと感じたのである。


 カイドウ家は戦が続いたので、武人も領民も戦いは嫌だという気分になっている。そして、カイドウ家が大量の火縄銃を使ってササクラ軍を撃破した事で、カイドウ家には手を出さない方が良いという評価が周りの豪族や大名から下された。


 カイドウ家は領内を整備する時間をもらった事になる。

 俺は評議衆と話し合い、ササクラ家の領地との境にカナヤマ城を建設する事にした。


「殿、カナヤマ城に配備する兵の数は、どれほどになるのでございますか?」

「三百ほどを配備しようと考えている」


 俺に質問したのは、ササクラ家の元家臣センゴクである。センゴクは建築に関して造詣が深いので、カナヤマ城の建築を任せる事にした。


 そして、ササクラ家の元家臣がもう一人いる。行方不明だったミテウチである。戦の最中に矢を受けて、気を失っているところを、農民に助けられて農家で療養していたらしい。


 動けるようになってビゼン城に戻ると、激怒したヒロフサによって放逐されたという。一族を連れてカイドウ家の領地に来たミテウチを、俺は召し抱える事にした。


 カイドウ家は人材不足なのだ。ササクラ家と関係のない場所で働かせれば問題ないだろうと判断した。ミテウチには、イスルギ郷のネムロで物頭ものがしらとして働いてもらう。


 物頭は中隊クラスの指揮官を意味する。ミテウチは一族を率いてイスルギ郷へ向かった。彼は優秀な指揮官なので、イスルギ郷を守ってくれるだろう。


 ササクラ家の元家臣でカイドウ家に従うと決めた者は召し抱え、拒否した者は領地から追放した。ヒロフサにより、左遷された者はカイドウ家を選んだ。


 新しい領地の体制が整ったので、俺は溜まっていた大量の仕事に手を付け始める。片付けるのに何日も掛かった。


「やっと終わった」

 仕事部屋で背伸びをしていると、チカゲがほうじ茶を入れて持ってきた。

「お疲れの様子でございますね。少し休憩してください」

「ありがとう」


「カイドウ家は、五万石近い領地を持つ豪族となりました。もう大名と名乗っても良いのではないですか?」

「いや、まだミザフ郡の全てを掌握した訳ではない」


 俺は兵力を千五百まで増やすために、兵の募集を始めた。そして、領内の整備を進める。そんな平和な日々が半年ほど続いた。


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