第26話 ササクラ家の選択
ヒルガ郡のモロツカを占領したカイドウ軍は西へと向かい、トガシまで近付いた。トガシに駐屯している兵は、百人ほど。ササクラ家にとって重要拠点であるトガシを守るために残した兵だ。
カイドウ軍はモロツカに百五十人ほどの兵を残したので、四百五十ほどの兵力でトガシに侵攻し駐屯兵を降伏させた。ここまで一発も火縄銃を発射していない。
「殿、予想より抵抗が少ないですな」
トウゴウが何か物足りないような顔で言った。
「味方の主力軍は、領地の反対側に居るんだ。五倍近い兵力に囲まれたので諦めたのだろう」
「不甲斐ない」
トウゴウが
「いや、その判断は正しいと思うぞ」
「ですが、一戦もせずに降伏など……」
「それは驕りだ。無駄に兵を死なせてどうする」
トウゴウが目を見開き謝った。
「申し訳ありません。確かに勝利が続いたので、慢心していたようでございます」
「殿はどうして冷静でいられるのでしょう?」
どうしてだろう。確かに戦に勝利した瞬間は心が高揚するが、なぜか長続きしない。神の叡智を刻まれた心が、すぐに平常心に戻してくれるような気がする。
「神の叡智の御蔭かもしれない。それより、敵兵の武装を解除して、一ヶ所に纏めて監視してくれ」
俺はホシカゲを呼んだ。
ホシカゲが傍に来て、片膝を突いた。
「ササクラ軍はどうなった?」
「最初は互角の戦いを繰り広げておりましたが、副将のミテウチ殿が矢に射られ倒れた後は、劣勢となっております」
ササクラ軍はずるずると後退し、敗走寸前だという。
「瀬畔督殿は、戦が得意ではないのだな」
「そのようでございます。ササクラ軍はミテウチ殿が支えていたようです」
「おかしいな。ササクラほどの家なら、他にも戦上手の武将が居てもおかしくないはずだ」
「それらの者は、瀬畔督様に嫌われて、閑職に追いやられたようです」
「ふん、筋金入りの阿呆だな」
影舞のイゾウが現れ、ホシカゲに報告しようとした。
「殿の前だ。そのまま報告しろ」
ホシカゲに言われて、イゾウが俺の方に顔を向ける。
「ササクラ軍が破れました。瀬畔督様は居城のあるササクラ郷に向かって逃げているところでございます」
ヒルガ郡は、五つの郷で構成されている。北部にトガシのあるカナヤマ郷、モロツカのあるタカサゴ郷があり、中部にカナヤマ郷の南のササクラ郷、タカサゴ郷の南のトヨハシ郷がある。
この二つの郷が中部で、その南にはモルハ川を含むサガエ郷がある。このサガエ郷が南端であり、今回の戦場となった場所だ。
オキタ軍はサガエ郷を占領したらしい。原因がそこを流れるモルハ川にあったので、確実に手に入れようと考えたのだ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
ササクラ郷のビゼン城に逃げ戻ったヒロフサは、留守を守っていた武将ナトリから仰天する報告を受けた。
「な、何……カイドウ軍がカナヤマ郷とタカサゴ郷を奪っただと」
ヒロフサは激怒した。
「なぜ、カイドウ家の動きに気付かなかった」
ナトリが目を伏せ、ボソリと答える。
「それは、諜報活動をしていたヤミセの一族が居なくなったためでございます」
それを聞いたヒロフサは、鬼のような形相になった。
「影舞か、だが、影舞のような下賤な者など不要だと言ったのは、そちたちではないか」
「某は言っておりませんぞ。言ったのは、ミテウチ殿です」
ナトリは行方不明となったミテウチに責任を負わせた。
「あの役立たずが」
ヒロフサは立ち上がって、部屋の端から端まで往復しながら考え始めた。そして、急に立ち止まって大声を出す。
「出陣の準備をしろ!」
「殿、さすがに無理でございます」
「なぜだ。破れたとは言え、十分な兵力が残っておる」
「オキタ軍はどうするのでございますか?」
ヒロフサが間抜けな顔をする。綺麗に忘れていたらしい。
「どうすれば良い?」
ナトリは主の顔を見て、ササクラ家はダメかもしれないと感じた。
「一度に二つの敵と戦う事はできません。どちらかと交渉し停戦するしかないと思われます」
ヒロフサは悔しそうな顔をした。停戦するという事は、奪われた領地を諦めねばならないという事だ。ササクラ家にとって奪われた領地の中で最も重要なのは、トガシのあるカナヤマ郷である。
「分かった。オキタ家に停戦の使者を出せ」
ヒロフサはサガエ郷を諦めた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
ヒルガ郡のサガエ郷を占領したオキタ軍は、城下町であるスモンに駐屯していた。そのスモンにササクラ家の使者がやって来た。
その知らせを聞いたオキタ家のヨシノブは、眉をひそめる。傍に居た武将のタカツキが、
「ミザフ郡のカイドウ家が、ヒルガ郡のトガシとモロツカを掌握したと報告がありました。おそらく停戦の交渉でしょう」
「ふむ、カイドウ家か。最近当主が替わり躍進している豪族だな。カイドウ軍の兵力はどれほどだ?」
「総兵力は六百、モロツカに百五十人の兵を残したようですので、現在の主力は四百五十ほどでございます」
「我が軍の兵力は、先の戦いで減ったとはいえ、千二百。我々と停戦して、カイドウ家と戦うと判断したのは、当然だな」
サガエ郷での戦いで、ササクラ軍の兵力は三百ほど減っている。ササクラ家の本拠地であるビゼンに守備兵を残さなければならないので、実際にカイドウ家との戦いに使えるのは八百ほどのはず。
ササクラ家の使者は、やはり停戦の交渉だった。
「なるほど、サガエ郷を諦めるので、停戦しようという事だな」
「はい、その通りでございます」
ササクラ家の使者は、僅かに無念そうな表情をチラリと見せたが、停戦交渉を進め停戦が決まった。使者は急いで帰っていった。
「タカツキ、カイドウ軍とササクラ軍、どちらが勝つと思う?」
「兵力を比べれば、ササクラ軍でしょう。ですが、カイドウ軍は奇妙な弓を使うと聞いております。対策もなしに正面から突撃すれば、数の多いササクラ軍でも危ういのではないか、と考えております」
「ドウゲン郷での戦いで、使ったという弓だな。どんな弓か見てみたいものだ」
「配下の者を向かわせ、探させましょう」
「うむ、そうしてくれ」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
カイドウ軍がヒルガ郡の北部を占領してから数日が経過した。
俺はササクラ軍の進軍経路となる地点を探させ、そこに陣を張ってササクラ軍が来るのを待っていた。影舞の報告では、敵軍はビゼンから出陣し、こちらへ向かっているという。
「トウゴウ、敵の到着はいつ頃になると思う?」
「行軍の速度から計算しますと、そろそろのはずでございます」
敵を待っている時間が、何だか嫌だ。そわそわと落ち着かず、急に不安になる時がある。意志の力で顔に出さないように努力していたが、無駄だった。
神の叡智は不安を取り除いてはくれないらしい。
「殿、落ち着いてください。敵は盾も用意しておらず、ほとんどが槍兵なのですぞ」
「分かっているが、十字弓の威力を知っているササクラ軍が、何も用意せずに向かってくるというのが、不安なのだ」
トウゴウが頷いた。
「ササクラ軍は、十字弓が矢を番えるのに時間が掛かると、知ったのだと思われます。なので、一射目を何とか耐えて、突撃するつもりなのでしょう」
火縄銃がなかった頃のカイドウ軍だったら、嫌な戦法だった。だが、今は火縄銃がある。
「そうだろうな。連中は火縄銃の存在を知らんからな」
「今回の戦い、雨にならなければ、勝てると思っております」
俺は空を見上げた。雲が少しあるが、雨は降りそうにない。
「ならば、勝てるな」
俺がそう言った時、ササクラ軍の姿が見えた。
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【あとがき】
執筆用の参考資料を公開します。みてみんにアップロードしたヒルガ郡の地図です。
未完成ですが、よろしかったら参考にしてください。
https://15132.mitemin.net/i499520/
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